「さーん、お手紙ですよ〜」
その声に誘われて出ていくと、配達屋が笑顔でを待っていた。
しかし私が出てきたのであからさまに落胆した表情になる。
は美人だ。そして明るく人当たりもいい。どんな人間に好かれてもおかしくはない。
そう理由をつけても、胸中にくすぶる気持ちを押さえることは出来ない。
「は出かけているんだが…」
「それではこれを渡して頂けますか」
「わかった」
配達屋は律儀に頭を下げると、次の手紙を取り出して宛名を確認し走り出した。
その後ろ姿を見送り、渡された手紙の差出人を見る。
「ウルフ殿……」
オレルアン狼騎士団の隊長で冷静沈着な男。彼もに魅せられた一人だ。
そしてアラン隊長の次に、が自身を許した男だった。
危うく手紙を握り潰しかけてしまい、心を落ち着けるために深呼吸をする。
私はこんなにも嫉妬に駆られる情熱的な男だったのか。
情熱的というのは、相棒であるルークの特権だったはずなのに。
「ルークがいないからだ」
だから私もその部分を少しは出さなければいけなくなったんだと適当に解決すると、家の中に入った。
ここはアリティア城下街の外れ。この家にはとその子供達、そして私の妹達が住んでいる。
貧しい私の家のために、は妹達を子守として住み込みで雇ってくれた。
思い入れのあるぼろやを捨てて、妹達はここでの生活を始めた。
心配だった彼女らもだいぶ大人になったが、やはり近くにいるのは安心出来る。
きっとそんな私の思いも、は汲んでくれたのだろう。
「ただいま、ロディ」
「おかえり。手紙が来たので受け取っておいた」
「え、手紙……?」
ハッとした彼女は真っ赤になったかと思うと、私の手からそれをひったくった。
そして差出人を確認すると、ちらりとこちらを窺う。
「その、ウルフ殿からはよく手紙が来るのか」
「……ええ」
「そうか」
「……」
「……」
気まずい雰囲気が漂い、これ以上この話題に触れてほしくないのだと気付く。
そうだな、とウルフ殿の問題だから私が気にすることじゃないんだ。
「天井の修理はやっておいた」
「えっ、本当!?さすがロディね。ありがとう!!!」
にっこりと微笑んで嬉しそうにお礼を言われると、その表情も声も全て自分に向けられていることに幸せを感じる。
「いや。喜んでもらえて光栄だ」
「コーヒーを淹れるわ。そうだ、今日は泊まっていくでしょ?」
「ああ。そのつもりだ」
は頷くと、ぱたぱたとキッチンへ走って行った。
私の今の状況は通い夫の様だった。きっと誰もが…マルス様でさえもそう思っておられるだろう。
けれどもそれでもいいと思っていた。
への思いは、アラン隊長が亡くなってからどんどん募っていくばかりだった。
隊長が亡くなった直後、残された子供達二人と気丈な笑顔で生活するを見た時は胸が張り裂けそうになった。
本当は悲しくて泣きたいはずなのに、幼い子供たちのために我慢しているのが痛々しかったんだ。
が泣いたのを見たのはあの時、隊長が亡くなった日だけだ。
あの日、は泣きながらマルス様の謁見の間に走った。口を一文字に結んで、叫びたいのを我慢しながら。
マルス様の顔を一目見ると、あろうことか彼女は主君に抱きついた。シーダ様の目の前でだ。
けれど誰も咎めることはなかった。それがにだけ許された特権だから。
それからのマルス様の命は早く、カイン隊長と私とセシルはの家へ馬を駆った。
そして明りの無い家のドアを開けて入ると、安らかな表情で眠るアラン隊長がいたんだ。
その表情を見ただけで自然と涙が出てきた。
私と同じように、カイン隊長もセシルも泣いていた。きっとルークがいたら号泣していただろう。
そのくらい穏やかで、幸せそうな顔だった。
気丈に振る舞うを見てからというもの、秘めていた気持ちの芽が息吹いた。
彼女を助け、守り、幸せにしたいと願う様になったんだ。
だからこそこうやって通い夫を演じている。
我ながら自分は勝手な策士家だと思う。
妹達をの元へ送り、一緒に住まわせ、あげくの果てに私用の部屋を設けてしまうなんて。
これでは私がどんなにお堅い男でも、目当てに通っているのはバレバレだな。
だからといって、だけ目当てに通っているわけではない。彼女の可愛い子供たちも大好きだし、愛してもいる。
アラン隊長似の長男はまだ幼いにも関わらず、剣の稽古を欠かさない。ポニーも乗り熟し、少年たちの中ではリーダーシップを発揮している。
瞳だけはに似ていて、愛らしく微笑む姿もそっくりだ。
似の長女はまだお喋りが出来る様になったばかり。言っていることはまだ理解出来ないが、おませさんだということはわかる。
妹達も小さいころはそうだったからな。
二人とも私に懐いてくれて、ここに来るたびに新たな遊びに付き合ってやるのが楽しみなんだ。
「子供たちはどこに行ったんだ?」
「あら、聞いてなかったの?前に住んでた村に遊びに行ったのよ」
「あんなところまで。そろそろ迎えに行った方がいいんじゃないのか」
「やあね、泊りに決まってるでしょ。あなたの妹達もいるし、大丈夫よ」
くすくす笑いながら言う彼女は何も意識していないようだったが、私はそうはいかなかった。
今日はと二人きりなのか。
それならば、と思い気持ちを固めた。
「私が夕飯を作ろう」
*
給金も入ったばかりだったため、いつも以上に豪勢な食卓を演出した。
豪勢にするなんて自分らしくないと思ったが、が喜んで食べてくれたのでほっとした。
「やっぱり料理はあなたが一番ね。美味しかった」
そう言われると、妹達はどんなものを作って食べさせているのか…ぞっとする。
嗜み程度に料理は教えてやったが、お世辞にもうまくはなかった。もう少し特訓してやればよかったな。
「そう言ってもらえると嬉しい」
皿を片付けようと重ねだすと、は「私が」と言って手伝ってくれた。
知り合った頃は家事全般が全く駄目な彼女だったが、結婚して子供が出来れば変わるのだろう。
優雅な手つきで素早く重ねるその姿は主婦そのものだ。
「、差支えなければウルフ殿の手紙の内容を聞かせてもらえないか」
「えっ…」
まただ。また赤くなった。
内容は教えてもらわなくても手に取る様にわかる。けれども本人から聞かないと何も言う事が出来ない。
しばらく間があったが、彼女はしぶしぶと話し出した。
「……近況報告と、オレルアンに来ないかってお誘い」
「子供達も一緒に?」
「ええ」
「行かないのか」
そう言った私に、は驚いた表情を見せた。
私が行くと思ってるの?という顔だ。
「行くわけないな。ここは隊長との思い出がたくさんある」
「そう。アランと離れたくないの」
そう言って悲しく笑う君は、以前よりもずっと美しい女性になった。
今のを見たら、ルークはすぐに口説くかもしれない。
「ウルフ殿にはいつもお断りの手紙を出しているのに、手紙が来るたびにオレルアンに来ないかって書いてくれるの」
「たまにその気持ちに負けそうになる?」
「……否定はしない。私だって、誰かを頼りたくなるときがたくさんあるから」
「そうだな。私にはいつも頼ってばかりだし」
そう言うと、はムッとして見返してきた。まあ、私がムッとして言い返したから仕方がないか。
「それは、第七小隊のよしみだからつい!」
けれどすぐに肩をすくめて言う。
「嫌だったならもっと控えるわ」
「いいや。私は光栄だと思ってるよ」
「本当?」
「ああ。でも……」
皿を洗うの体に両手を回す。
すると驚いて一枚割ってしまったようだ。家の中に乾いた音が響いた。
「ロディ……?」
「もっと、私を意識してくれないだろうか」
「意識って」
顔を真っ赤にさせて言うは、純粋な少女になっていた。
二人も子供がいる母親には見えない。
「かつて君に言ったことがある。、私は君が好きなんだ」
「お、覚えてるわ」
「それは今も変わらない。ウルフ殿の様に、男として意識してくれないか」
「でも私、アランのことを…」
わかってる。忘れられないのはわかっているさ。
でもそれを含めて好きなんだ。
「わかっている。隊長が一番で、私が二番でもいい」
「ロディ!!!」
あながち冗談ではなかったが、は怒ってしまった。
きっと彼女の中では私は親友で、幸せになってもらいたい人の一人なんだろう。
でも私はきっと、君が受け入れてくれない限りは幸せになれないだろう。
「すまない。でもアラン隊長を好きな君が好きなんだよ、」
は最後まで腑に落ちないという顔をしていたが、私を男として意識するようにした様だった。
抱きしめられた彼女は、真っ赤で可愛らしかったから。
「私が何故ここまで君たちをかまって、この家に自分の部屋を設けたのか考えてほしい」
「それは、妹達もいるし……」
「本当にそう思っているのか?」
「!」
絶句して何も言い返せない彼女を残して自室に戻る。
そういえば割れた皿を片していなかったが……まあいいか。
そう思ってベッドに横になると、窓から外を見た。
「星がきれいだな」
暗がりに瞬くたくさんの星が私を応援しているように見える。
いつもだったら騒がしいこの時間が、静かで寂しく感じた。私はどこまで子供たちを愛しているんだろうか。
ふと笑いながらもう一度空を見つめる。
せっかく二人きりだというのに間違えた方向に話を進めてしまったかも知れない。
ああいう話は苦手だ。自分が出来得る限りのことは言ったつもりだが……正しかったかなんてわからない。
その時、セシルの気持ちを断った場面を思い出した。
「ちょっとロディ、大丈夫!?」
崖から足を滑らせて落ちた私は、その日は誰にも見つけてもらえないと思っていた。
非番だったし行先は誰にも告げていなかったから……しかしセシルだけは見つけてくれた。
あの戦いの頃からずっと、セシルの視線を感じていた。
でも気付かないフリをしていたんだ。私はが好きだったから。
ありがたいことだとわかっていたが、もう終わりにしてもらわなければとも思っていた。
セシルの気持ちには応えられない。これはいい機会だ、今言おうと思った。
「よく見つけてくれた。助かった」
「あ、えと。街を出ていくのを見掛けて」
「ずっと私を見てくれてたからな」
「え…」
「私もある女性をずっと見ているからきみの視線に気付いた」
「そう」
セシルはこう言っただけだったが、その日から彼女の視線を感じることはなくなった。
あの時はこれが正しい言い方だったと思ったが、最近になってこれが間違いだったことに気付いた。
しっかりというべきだったんだ。「私はが好きだから気持ちに答えられない」と。
自分があんな言われ方をしたら嫌だ。はっきり言われないと気持ちにケリがつけられないだろう。
に一度断られた時ははっきり言われたから引き下がれたんだ。
けれど今日はどうだ?はっきり断られていないからもやもやしてるじゃないか。
セシルはきっと私が見ている女性がだと知っていたんだ。
だからあの後から私との仲を応援してくれた。残酷な断り方をしたのに応援してくれたんだ。
セシルこそ優しくて素晴らしい女性だったのかもしれない。
「でも私が好きなのはだ。と子供達と暮らしたい」
そう言った時、ノック音が一度だけ鳴った。次の音を鳴らす前に手を止めたらしい。
素早くベッドを下りてドアを開けると、目の前にはがドアをノックする姿勢で立ち竦んでいた。
彼女は困惑した表情で私を見つめている。
「?」
「今のは本当?」
「今の……?ああ、私はが好きだ」
「そこじゃなくて」
「と子供達と暮らしたいってところか?本当だが…」
そう言うと、彼女は突然抱きついてきた。力いっぱい抱きしめられて少し苦しい。
「、苦しい」
「あ、ごめんなさい」
ぱっと離れて舌を出す彼女はやはり可愛らしい女性だと思う。
「ねえ、ロディ。あなたはアランから何か頼まれごとをしていない?」
「隊長から?特にないが」
「本当に本当?」
「ああ。嘘はつかないよ」
「そう!」
今度は嬉しそうに微笑み、私の手を握った。
「てっきり、アランから頼まれてると思ってたの。あの人ったら、マルス様に自分がいなくなったらロディを私にすすめてくれって言ったのよ!」
「え、隊長が…?」
「私と子供たちと幸せな家庭を築けるのはロディだって言ったんですって」
「!」
アラン隊長がそんなことをマルス様にお願いしていた?
私がと子供達を幸せに出来ると、そう思ってくれていた?
そんなこと、本物の騎士だと認められる以上に光栄すぎて…言葉が見つからない。
「あなたが二番目でも良いとか言うから、そう頼まれてたのかもって思っちゃったじゃない」
「……」
「ロディ?」
「隊長が、私を認めて……?」
「……ふふ、そうじゃなくて良かった。これからはちゃんと向き合えるのね。それじゃ、おやすみなさい」
ドアの閉まる音が聞こえて我に返った時にはもうの姿はなかった。
肝心なことを聞き忘れてしまったが、彼女は部屋に戻ってしまっただろう。
その時、の最後の言葉を思い出した。
「そうじゃなくて良かった」
そう言ったはずだ。
頼まれたわけじゃなくて良かったという事だろう。
「これからはちゃんと向き合えるのね」
これは、どういう意味だ?
私の都合が良いように考えてしまっていいのか?
これからは私の気持ちに向き合ってくれるということか。
私の努力は無駄ではなかったわけだ。
の言葉の真意はわからない。
今すぐに彼女の部屋に行って問い質したい気持ちを抑え、気長に知っていこうと言い聞かせる。
明日には子供たちも妹たちも帰宅して騒がしい家となる。
いつになるかわからないが、私らしくのんびりと構えていこうじゃないか。
なんたってアラン隊長のお墨付きだからな。
「明日からはここから城へ通うか」
そう決めた夜。
もう相棒のいない部屋には帰らず、愛する者達と共に暮らそう。
**************
「ロディ、あなたって資格だの特権だの、そういう言葉が好きよねぇ」(笑)
ずいぶんと長くなりました(汗
ここまで読んで頂きましてありがとうございます。
さんの真意はわかりませんのでご想像にお任せします。
みんなが幸せになれたらいいですね!!!
2011/09/25