風が吹き荒ぶ夕暮れ、扉が軋む音に惹かれて目線を移す。
しかしそこに妻の姿はなく、扉はしっかりと閉じられたままだった。
「に限ってそんなことはない」
アランは不安な表情で呟くと、溜め息を吐いた。
はとても強い。英雄戦争を切り抜けてきて、マルス王子の影の英雄とまでいわれた女性だ。
帰宅が少し遅いだけで心配するまでもないのだが、今は状況が違う。
彼女は身重なのだ。
彼はゆっくり腰を上げると、戸棚を空けてグラスを取り、キッチンに置かれたワインボトルを掴む。
そしてとくとくと注いだ。
優雅な手つきでグラスを持ち上げてスワーリングし、角ばった鼻をグラスに近づける。
甘く深い芳香が鼻腔全体に広がり、それに酔いしれつつ一口含んだ。
久々の酒はそれだけで体を熱くし、不安と後悔で混乱した頭の中を払拭する。
途端、こんなにも取り乱している自分が馬鹿らしく思えてきた。
アランは勢いよく椅子に座ると、もう一度ワインを口に含む。
「ただの遠乗りだ。心配するまでもない」
彼はこう呟くと、窓の外を見た。
*
「だいぶ遅くなっちゃった」
は手綱を握り締め、馬の腹を蹴った。
英雄戦争終結時にした乗馬を教えてもらうという約束、それが今日果たされた。
随分前に祖父に乗馬を習った時は、「もう一生乗らない」と思うくらい酷かったが、
それは教える方が悪かったのだと明かされた。
アランは馬との心の通わせ方から始め、一つ一つ丁寧に教えてくれた。
それを飲み込みの早いは、すぐに吸収していった。
するとどうだろう。半日足らずでソシアルナイト顔負けなほどに上達したのだ。
「はセンスがあるな」
「ありがとう、あなたのお蔭よ。私が馬に乗れるなんて思いもしなかった」
その上達ぶりに感嘆する彼に抱きついた後、は馬に飛び乗った。
そして手綱を振るうと、笑顔で言う。
「遠乗りしてくるわ」
「!?」
アランが止めようとするのをよそに、彼女は馬の腹を蹴って駆け出した。
土埃を舞い上げながら、彼女が通った道がつくられては消えていく。
蹄の力強い音がリズムよく鳴り、合わせての体も浮き沈みした。
この振動がお腹の赤ん坊に良いとは言えないが、悪いとも言い難かった。
あまりにも規則正しい音なので、耳に心地よく感じてしまうのだ。
それにこの風はやみつきになる。
自分が走っただけでは感じられない鋭さや温かさが舞い込み、通り過ぎていく。
風と馬と自分が一体になり世界を駆けている。疲れを知らなければ、永遠に駆けていけるだろう。
「アリティア城にこんなに早く着くのね」
徒歩で半日かかる道もたった数十分で走りきる。
道中に見てきた景色は、いつも見ているはずなのに、見渡す高さが違うだけで異なる世界に見えた。
馬というものは人間のためにいるのではないかと思うほど。こんなに素晴らしい生き物はいない。
たった一回の失敗で距離を置いてきたことに彼女は後悔していた。
「もうお前を手放す気にはなれないわ」
首を撫でてやると、馬は嬉しそうに嘶いて鼻を震わせる。
「アランが手放したときは驚いたけど、マルス様が…世話してくれたのはロディか。大事にしてくれてたのね」
美しい毛並みをたたえたこの白馬は、二大戦争をくぐり抜けてきたアランの相棒だった。
その馬を手放すと言われた時、は激怒したが彼は折れなかった。
後に分かったことだが、馬の世話は慣れた者がやっても時間と労力がかかる。それを病人である自分と身重であるが出来るわけがない。
アランは自分たちの生活を思って苦渋の決断をしたのだった。
その気持を汲んだマルス王子は、白馬を引き取って城の馬小屋に入れてやった。そして大切に世話をしたのが、の同僚ロディなのだ。
「村の人たちが交代で世話してくれるって言ってくれたからもう大丈夫よ。村の仕事を手伝わなければならないかも知れないけれど、もう戦にでることはないわ」
そう言うと、白馬は寂しそうに鼻を鳴らす。気高い誇りが翳りを見せた。
もしかしたらこの馬は生まれながらの軍馬なのかもしれない。は思った。
「お前はもしかして、またアランと共に戦場を駆け巡りたいと思ってるの」
そしてそれがもう出来ないことも、知っているというの…?
白馬は特に反応しなかったが、彼女は馬がそう思っているとしか考えられない気がした。
そんな馬をアランの近くにおいていいのか困惑してしまう。。
彼のためにも、白馬のためにもならないかもしれない。そう頭に過ぎったが、すぐ首を振った。
「相棒がそばにいて悪いことがあるわけないわ」
はそう言うと、白馬の背に跨った。
気がつくと辺りは日が陰り出し、風も冷たくなっている。
思っていたよりも時間が経っていたようで、これでは村に着く頃には暗くなってしまう。
「やだ、早く帰らないと」
真っ暗になったら動けなくなってしまう。そうしたら最悪、野宿をしなければならない。
そんなことになったら、アランのことだ病の体に鞭打って探しに来てしまうだろう。
それは絶対に避けたい。
は両腿を引き締めて体を固定すると、白馬の首を軽く叩いて走り出した。
*
だいぶ暗くなってしまった空を見つめつつ、アランは未だワインを飲んでいた。
頭は冴え切っているはずなのに、体が追いついていかない。
気怠さに勝てず左手をテーブルに投げ出したまま、右手でグラスを傾けて口へ運ぶ。
それを何度繰り返しただろうか。繰り返したことさえも虚ろだった。
「…」
心配は頂点に達していた。
外は各家の明かりがぽつりぽつりと窺える程度で、村を離れたら歩くのも困難なほど暗いだろう。
もしかしたら困って野宿を決め込んだのかもしれないが、馬と身重の女一人では賊に襲ってくださいと言っているようなものだ。
世界中が平和になったからといって、世界中の賊が一掃されたわけではない。
このマルスの故郷アリティアだって例外ではないのだ。
「探しに行かなければ…」
左手をテーブルについて立ち上がると、長い間手放せずにいたワイングラスを置く。
ゆらりと歩き戸棚の上からランプを下ろすと、火を灯して外へ向かおうとする。
その時、大きな軋みとともに勢いよく扉が開いた。
「遅くなってごめんなさい!」
「!」
入ってきたのはだった。
彼女は背中越しに扉を閉めると、目の前にランプを持って立っているアランを見て胸を撫で下ろした。
「間一髪」
「……間一髪ではない」
不機嫌そうな声で咎められ、口に出して言ってしまったことに後悔する。
しかし言ってしまったことは取り返しがつかないので素直に頭を下げた。
「ごめんなさい」
「……無事ならいい」
アランはランプの灯を吹き消すと戸棚の上に戻した。
そしてに近づいて抱きしめる。
体は冷たく、疲労しているのが感じられた。しかしそれは当たり前のことだ。
身重の体で朝早くから乗馬をし、初めての遠乗りに出かけたのだ。これで疲れなかったら普通の人間ではない。
「こんなに体を冷やして……お腹の子に障るだろう」
「私の体は冷えてないわ。あなたが熱いのよ。熱でもあるの?」
は抱きしめられた状態から彼の体をペタペタ触った。
どこを触っても熱を持っている。こんなに熱くなるなんて、今までなかったのに。
まさか病の進行が早まっているのではと考え出した頃、彼女の目にあるものが留まった。
テーブルの上に置いてあるグラス。そして離れた場所にある中身の少なくなったワインボトルだ。
「ちょっ……ちょっと!何でワインなんか飲んでるの!?」
今度はが怒る番だった。
アランは驚いて彼女を離すと、グラスを見た。まだ少しワインが残っている。
「すまない。少しだけ飲んだ」
「……これが少しのわけないでしょう!」
はつかつかとキッチンへ歩き、ワインボトルを掴んで戻ってくるとアランに突きつけた。
彼はその中身を見て思う。私はこんなに飲んでしまったのか、と。
絶句して何も言い返してこない彼を見つめ、彼女は大げさな溜め息を吐いた。
「心配をかけてしまった私が悪かったわ。あなたがそんなに落ち着かなくなるなんて思わなかったのよ」
「……図星過ぎて恥ずかしい限りだ」
気まずそうに頭を掻くアランを見て、あろうことか可愛いと思ってしまったことは一人の秘密だ。
彼女は懇願するような瞳で彼を見上げて言う。
「もう絶対心配かけないから、ワインを飲もうなんて思わないで」
「ああ」
「約束よ」
「わかっている。約束しよう」
交差する視線。近づいていく唇は重なりどちらともなく求めるように舌を絡ませる。
そのまま激しく交わり甘い唾液が溶け込んでいく。
ワインの甘い香りが、の口内に広がっていった。
「アラン、ごめんなさ…い」
「いや、私も……強く止めなかった」
荒い息遣いで唇を交えながら、二人は謝罪し合った。
この様なところは付き合いだした頃と変わっていなかったが、今は全てを分かち合い信頼し合っている。
そのため喧嘩しようが謝罪しようが、その後は心からお互いを愛するだけだった。
「んっ…はぁ…」
「ふ……」
何度も顔の角度を変え、瞳を見つめながら口内を掻き回す。そして絡ませ、吸い、いやらしい音を立てて離す。
はこけた彼の両頬に手を当てると、その唇に軽くキスをした。
それと同時に、アランはの太ももに手を回して体を持ち上げる。
「アラン!」
「このくらい心配ない」
彼は彼女の体をゆっくりとベッドに横たえると、膨らんだ腹を摩った。
優しく、心を込めて。
そしてそのまま服の中に手を滑り込ますと、乳房を揉みしだく。
「あっ、アラン…」
「嫌か?」
「ううん、して、お願い……してほしいの!」
の懇願は悲痛をともなっていた。そう言いたくとも、自分の病のせいで我慢させているのかと思うと申し訳なかった。
しかし今はその我慢を乗り越えて求めてくれている。
これは自分の体調が悪くならない程度に可愛がってやらなければならないな。
アランはそう考えると、の服を引き剥がした。
「ああン…!」
両乳房を掴み、乳首に刺激を与えながら揉みしだくだけで、彼女は嬌声を上げて悶える。
乳首を口に含んで舌で掻き回し、片手でもう片方の乳首を弄びながらもう一方の手で秘所を弄った時には、耐えきれない快感に気絶しそうになっていた。
始めて見るあられもない姿に、アランの気持ちは昂るばかりだった。
は気を確かに持ち続けることに苦労していた。
快感が激し過ぎて、埋もれたら戻って来れそうになかったのだ。今まで感じた事がないくらい体が彼を求め、小さな刺激にも敏感に反応する。
自分がおかしくなってしまったのではないかと思いつつ、とめどなく攻めてくる波に飲み込まれないように耐えていた。
「あっ…あん!あん!あ…ン!」
乳首と秘所を攻められてイきそうになる。けれどアランに手を止められ、急に引いた余韻に酔いしれてしまった。
はぶるぶると腰を震わせて足に力を入れると、余韻を消し去って次の快感に備えた。
「今日のお前は…最高だ」
「そんな。私、おかしくない?」
「ああ。そんなに感じてもらえると、攻め甲斐がある…!」
「はっうん…!!!」
アランは言葉と共に猛々しくそそり立った自身をの秘所に突き入れた。
荒々しい挿入だが痛みはなく、寧ろその硬さにナカが強く掻き回され、痺れるような快感が全身に走る。
は求めるように下半身を摺り寄せていった。
彼はの膝を折り曲げて体に押し付け、深く挿入するような体位を好んだが、腹が出てきた今はそれが出来ない。
そのため彼女の両足を自分の肩に掛け、激しく前後に腰を振る。
初めての体位にどこに力を入れるのかわからず、は必死にシーツを掴んで体を固定した。
そうしなければアランと一緒に、自分の体が前後に揺れてしまうのだ。
しかしそれも少し後に無駄な行為となり、彼女の腰はアランが突く度に浮き上がっていた。
は固く目を瞑って喘ぎ、悦を感じる一点に集中した。
「あっ、ああっ、ああっ…」
声が上ずり、全身が緩やかな痺れに染まっていく。
それがつま先に到達した時、集中していたものが一気に弾け飛んだ。
「ああああああんっ!」
のソコは収縮するとアランのモノを強く締め付けた。
すると彼は低い呻きと共に、全てを放出する。
その熱が彼女を満たし、温かな幸せに包まれていった。
*
小さな蝋燭の灯りに照らされながら、は幸せに微睡んでいた。
腕枕とは別に、擦り付けた耳には彼の規則正しい心音が伝わってくる。繋いだ手は温かく、彼の生を示していた。
「、話しておきたいことがある」
こんな時に何かと思いチラリと表情を窺うと、不思議とこちらを見てはいなかった。
そこまで深刻な話ではないと判断すると、は小さく頷く。
「私がいなくなった後、お前は他の男と幸せになってほしい」
その言葉がこの状況にあまりにも似つかわしくないため、彼女の頭にすんなり入って来なかった。
すぐに反応できず思い返すと、酷いことを言われたと腹が立つ。
「なんでそんな話するの!?あなたがいなくなるなんて、考えたくないのに!」
そして言えたのはこの返事だ。少し考えればもっと良い言葉があっただろうに。
アランは鼻で溜め息を吐くと、を見下ろした。
「それでも私はお前をおいて逝かなければならないんだ。死んでしまっては言いたいことも言えないだろう」
「でも……何も今言わなくても…」
幸せの時間から一気に地獄へと突き落とされた気がした。
けれどもは泣かず、アランをじとりと睨むだけだった。
「今言わないと、きっと伝えられなくなる」
彼はそう言って、彼女の手を強く握りしめた。
「……アランは私が誰か他の男の人のものになってもいいのね」
地獄に落とされた後は、アランの真意を汲み取れるはずがなかった。
彼の言葉が、自分を否定しているように聞こえてしまう。
「自分はいなくなっちゃうからいいのよね!」
そう言っては勝ち誇ったようにアランを睨みつけた。あなたは私を置いていくんだから、その後のことなんて知らないのよね!そう意味を込めて。
しかし視界に入った彼の表情は悲しみそのものだった。強張ったその表情に、は自分の愚かさを後悔した。
「……その、ごめんなさい」
「私がお前を他の男にやってもいいなんて、考えていると思っているのか」
自分の謝罪が掻き消されるほど、アランの言葉は強く怒りを帯びていた。
だってわかっている。彼は嫉妬をする普通の男性だ。心から愛する自分を、他の男にやろうとするはずがない。
アランは痛いほどの手を握りしめた。
「私がいなくなっても、ずっと私だけを愛してほしいと思っているに決まっているだろう!!!
今日の様に心配して、わかりあって、愛し合ったことを…全てを記憶して、私だけを思ってほしいと考えている!
けれど死ねば共にいることも出来ず、残してやれるのは思い出だけだ。
そうなってしまうのに、お前の中だけで生き続けてその人生を縛りたくはない」
「アラン…」
「でも誰にも渡したくない。誰かのものになるなど、考えたくもない!!!」
彼は手を離すと、の頭からもう片方の手を抜いて背を向けてしまった。
はアランの言ったことをもう一度反芻し、その意味を考えた。
しかし彼の願いと本音は対極しており、どうすればいいのかわからなかった。
一つだけわかったことは…
「お互い考えたくないことを話すなんて意味がないわ」
自分は彼が死んだ後のことなんて考えたくない。彼もその後に私が誰かのものになるなんて考えたくない。
それならば、この会話が無意味に感じた。
けれどアランは、背を向けたまま言う。
「伝えなくて良いことを言っているのは分かっている。けれどしっかり伝えなければ、お前はずっと私を愛し続けていくだろう。それがわかっているから言っているのだ」
「…!」
アランが言った通り、はずっと彼だけを愛していくつもりだった。だから言われたことが無意味に感じたのだ。
しかし彼はそんなの性格を見抜き、布石を置いたのだ。自分としてはそうしたくないにも関わらず、ある一つのことのだめだけに。
「私がいてもいなくても、お前には幸せでいてほしいのだ。温かな家庭を、子供と愛する男とつくってほしい」
「アラン……!」
と子供の幸せのためだけに、彼は願ったのだ。
自分が共に生きていけるのがベストだがそれは叶わない。ならば死にゆく自分に残る記憶があろうと無かろうとも、と子供の幸せを願いたい。
アランはそれが出来る人物だ。騎士の中の騎士と言われた聖騎士アランなのだから。
「他の男の人と一緒になることも、それで幸せになることも約束出来ないわ。それでもいい?」
「ああ」
「ずっとあなただけを愛し続けるかもしれないわよ」
「…ああ」
全ての可能性があるならば。とアランは頷いた。それが妥協だかはわからない。
けれど以降、この話をすることはなくなった。
既に夫婦にはなっていたが、恋人らしい喧嘩はこれが最後だった。
この後の二人は、その生を別つまで幸せな笑顔に包まれていた。
*********************
アラン×マイユニット物語終了…
短編書き終わった状態で終了すると、アランがロディをめっちゃプッシュして終了になってしまうので(苦笑
アランもちゃんととこんな話をしてましたよ!これ前提☆って感じで終了させて頂きました。
最後は掲げていた18禁要素も盛り込まさせて頂きましたしね*^^*
ここまでほしのきのドリームアラン、ドリーム新・紋章の謎に付き合って頂き、
まことにありがとうございました!
何度も申しますが、読んで下さる読者様あっての物語です!
拙い文章ではありましたが、読んで頂き本当に感謝しております!!!
それではまたお会いできることを願って☆
2011/09/30 ノビルサフラン ほしのき