「私は守れただろうか」
ふと呟くシーマを横から見守る。
このグラの王女はパレスで人質という立場だったが、突然祖国に戻され、城を守り、民を守らなければならない立場に変わった。
時代に翻弄された一人なのだ。
彼女はいつも強くあろうとし、決して涙を流そうとしなかった。
言葉遣いはその意志を表すような物言いで、かつて共に戦ったマケドニアのミネルバ王女を思い出させる。
「ああ、守れたさ」
そう言うと彼女の手を握った。
頬を紅く染め、ちらりと俺を見上げて手を握り返すその行動も愛しい。
俺がグラを訪れたのは偶然だが、それは運命の為せる技だったのかもしれない。
***
グラはジオル亡き後、若い王女が跡を継ぎ混乱していた。
ジオルの元にいた兵士達はマルス王子アリティア軍が撤退させると自害し、残った政治家共はシーマを見限って他国へ逃げおおせた。
そして祖国を守らなければならない者達…シーマと若者だけが残された。これでどうやってアカネイアに逆らえるだろうか。そしてアリティア軍に対抗出来るのだろう。
戦争の「せ」の字も知らない者達が、アカネイア兵士に監視されながら戦わなければいけないんだ。グラの国情は最悪だった。
そんな時にこの国に流れ着いた俺は、酒場で安い酒をくらっていた。
このまま仕事を探しにアカネイアへ行くか、それとも決起したマルス王子を待つか…。
ハーディンは嫌いではなかったし、強さもカリスマ性も軍を貫いていた。
しかし最近の動向はいただけない。ハーディンが王となってからというもの、このグラのように干上がった国が多くなった。
グルニアではロレンス将軍が決起してアリティア軍に制圧されたが、そのアリティア軍はアカネイアに逆らって進軍している。
やはりハーディンが…おかしくなったとしか考えられん。
「噂ではニーナ王女の心はハーディンにはないとか」
しかし彼の心は、最初からニーナ王女の虜だったと聞いている。そして聞いたままだった。
ハーディンはニーナ王女だけを思い、守り、好いてきた。その心が受け入れられたと思って王女の元に参じたが、そうではなかったと知ったら。
ハーディンのような真面目な男のことだ、心が耐えきれないだろう。
男が女に入れ込むとろくなことがない。心から欲しいと願った女には、自分の全てを捧げなければならなくなる。
そうしたら、男としての欲やプライドで固めた人生が終わりを告げる。
「まさか、それが原因なのか……?」
何杯目かの安酒を飲み干しながら呟いた時、見知らぬ男が横に座った。
男がカウンターの方に軽く手を上げると、俺の前に再び酒が出される。
「頼んでいないが」
「奢りだ。勇者サムソン」
俺の名を知っている、ということは仕事か。それとも…
警戒して出された酒には口を付けなかった。すると男は満足したように小声で言う。
「会ってほしいお方がいる」
仕事の話かと息を付き、改めて男の顔を見る。
なんと、こんな度胸のある物言いをするには若い男だ。歳は二十歳を超えたか超えていないか。
そんな奴が会ってほしいなんて言う「お方」は一人しかいない。
若い者をそばに付けざるを得ない位の高い人物。
それは、グラの王女だ。
そう確信し、小さく頷くと先に酒場を出る。そして後から男が出てくると、静かにその後を追った。
そして出会った。全てを捧げるに値する、運命の女と。
***
「守りきれなかったら、一生自分を許せないところだった」
シーマはそう言うと、ほっと溜息を吐いた。そして守り抜いた友人とその恋人が向かった方を見つめる。
その横顔は満足そうに笑っていた。
「相変わらず責任感だけは強い」
「責任感だけか?」
「ふ……」
不満そうに俺を見上げるその瞼にキスを落とすと、頬を染めつつくすぐったそうに目を瞑った。
シーマは責任感が強く、信頼するものを最後まで信じ守り抜く。
今回もそうだった。僅か数時間前に意気投合した俺の親友の恋人を、身を挺して守ってくれた。
彼女がいなかったら、この軍で初めての暴漢事件が起こっていたかもしれない。
「こんなに震えて、大丈夫か」
握っていた手を持ち上げる。本人は震えていることに気付いていなかったようだ。
「あっ」と小さな声を上げて手を引く。白く小さな手は小刻みに震え、彼女の恐怖を表していた。
酔った男を相手にして、強気に正義を見せ付けた。
もし力に自信がある女でも、異性を相手にして怖くないわけがない。しかしそれを、シーマはやりきった。
「…はは、本当だ。震えている」
自分の手を見て笑う。その笑い方が異様で、心配になり顔を覗きこんだ。
泣いてはいない。しかし何かに落胆しているようだった。
「シーマ?」
「男一人相手に震えるなんて、何がグラの王女だ、何が民を守るだ」
自嘲するように言うと、両手で顔を覆った。
「私には最初から、全てを守る覚悟は出来ていなかったんだ」
そう言うと、彼女は俺の前で初めて泣いた。
***
男の後を追って向かった先は、やはりグラ城。
その裏手の扉から中へ入り、柱の陰に隠れるようにして奥へと進む。
そして辿り着いた先は小さな部屋だった。
「こちらにおられる」
「お前は入らないのか?」
「二人だけで話したいと仰っておられますので」
「しかし、心配ではないのか?主なのだろう」
「大丈夫です」
即答され、こちらがたじろぐ。
大切なグラの王女が中にいるのではないのか。思い違いだろうか。
男がドアを開ける。俺は思案しながら足を踏み入れた。
入りきると後ろからドアを閉められ、外に気配が無くなった。
本当に二人きりだ。
「勇者サムソン殿。この様な場所にお呼び立てして申し訳ない」
そう姿を現した女性は、凛とした美しさを兼ね備えている。そして、強くありたいと志を掲げる戦士の目をしていた。
「私はシーマだ」
「お噂はかねがね。この様にお呼び立て頂けるとは思いもしなかった」
「どんな噂だかは聞かないで置こう。…それで、単刀直入に言うが、貴公にはこのグラで傭兵として働いてもらいたい」
やはりな。仕事の依頼だったか。
傭兵として考えればグラでの仕事はやめておいた方がいい。アカネイアにとってアリティアに対する盾でしかない。
危うくなったらすぐに切り捨てられるだろう。命が惜しければグラに残るべきではない。
しかし…
もう一度グラの王女を見つめなおす。彼女はたじろぐことなく見返してきた。
その強く美しい瞳に惹かれた。
「いいだろう。俺でよければ力になってやる」
「ありがとう、勇者サムソン」
目を細めて穏やかに微笑む彼女に、俺は片手を出した。不思議そうにする彼女の手を取り、力強く握手を交わす。
「俺たちは今から同志だ」
「どう…し?」
「グラを守る同志だ。あんたが兵士達に仲間として接するように、俺にもそう接してくれ」
「!」
無礼者と俺を打つか、それとも受け入れるか、答えは分かっている。
この女は、俺が思った通りの女なのだから。
「ああ。宜しく頼む、サムソン」
***
優しく抱きしめて背中を撫でてやると、ゆっくりと体を預けてくる。
その軽さに驚きながらも、全てを受け止めてやった。
溢れる涙には、不安と悲しみ、そして安堵などが合わさっているのだろう。
シーマは特にこう思っていたとは言わなかった。言葉を発する事無く涙だけ流している。
そして俺も、無言で抱きしめていた。
時間は瞬く間に過ぎていった。しばらくの様な長い時間を経た後、シーマはゆっくりと体を起こし涙で濡れた顔で俺を見上げた。そして目を瞑る。
軽く口づけ、そして貪る様に舌を絡ませる。
俺達の立場が、ただの男と女になる初めての夜だった。
***
「私の兵士達は、大丈夫だろうか」
玉座に座り、威厳を現しながらもそう囁く彼女の肩に手を置く。「大丈夫だ」本当はそう言って抱きしめてやりたかった。
しかし現状はどうだ。俺たちもグラの兵士達も、全員がアカネイアの兵士に見張られている。
そして今、まさにアリティア軍に攻められているのだ。
「お前は心配するな」
これが精一杯だった。マルス王子を信じている、けれどもそれは100%とは言い切れない。
王子と共に戦ったのは傭兵稼業のほんのひと時だ。
それでもなお、ひと時という短さを超えて信じられるものがマルス王子にはある。
手を出さなければ、絶対にグラ兵には手を出さないはずだ。だからこそ、シーマにある作戦を持ちかけた。
*
「グラ兵に新しい兵服を?」
「ああ。マルス王子はこちらが手を出さなければ、絶対にグラ兵を傷つけたりしない。こっちの状況も掴んでいるはずだから、アカネイア兵とグラ兵の区別をしておくんだ」
「……そんなに、マルス王子は信頼たる者なのか」
「ああ。それに…」
マルス王子のそばにはあいつが騎士隊長として控えている。
俺がグラに加担していることはアリティア軍の知るところであろう。ならば俺の考えを酌んでくれるはずだ。
「それに?」
眉間に皺を寄せて言う。そんな表情をすると何を考えているかわかってしまうぞ。
可愛い女だ。
「王子のそばには、信頼出来る奴がいる」
「ふ…そうか。お前がそんなに嬉しそうに言うなら、そうなんだな」
眉間の皺はなくなり、シーマは笑った。きっと俺も同じ表情をしているのだろう。
二人で笑い合い、アリティア軍を…マルス王子を信じることにする。
なんとしてでも、シーマも彼女の兵士達も守らなければ。
*
「サムソン」
ハッとして彼女を見ると、アカネイア兵にわからないようにドアを指差している。
そちらを見ると、目を凝らしてみないと分からないくらい微かだがドアが揺れていた。
誰かが鍵を開けようとしている。
「そこで堂々としているんだぞ」
「わかった。気をつけて」
「大丈夫だ」
こんな状況なのに胸が高まっていた。手は嬉しさで打ち震えるほどだ。
扉の向こうにアランがいるのがわかる。何故だかわからないが、確信があった。
また、奴と真剣で一戦交えることが出来る日が来るとは思いもしなかった。
扉が開くと同時に、俺は大声と共に剣を振り上げ、駆けていった。
***
「っは……サムソン…」
長い口付けを終え、静かに見詰め合う。
ここはシーマの寝室だ。彼女は恥ずかしそうにシーツを体に巻き付けている。
俺はというと殆どの衣服を脱ぎ去り、裸体に近かった。体中に傷があるが、シーマはそれを愛おしそうに撫で「勇者と呼ばれる証だ」と言ってくれた。
「いいのか?王子なら、戦争が終わった後に良縁を見つけてくれるだろう」
「マルス王子は、私とお前のことを鋭く見抜いていた。そんな無粋なことはしない」
「……いつの間にか、俺よりお前の方が王子を理解しているな」
「ふふ…」
シーマは艶目かしく微笑むと、俺の頬に手を当てた。うっとりと見つめられ、こちらが恥ずかしくなってくる。
「私は、のようになりたいのだ」
「のように?」
「は、アランを心の奥底から全身全霊で愛している。話を聞いているだけでそれが伝わってきた。私もなにものにも縛られず、全身全霊で愛したい…」
そう言って、自ら俺の唇に口付けた。唇が離れると、頬に当てられた手が震えているのが感じられる。
不思議に思い見返すと、泣いていた。
「シーマ、やはり…」
「違う!違うんだ!!!」
彼女はそう言って、あの初めて出会った時に見せた強い瞳で俺を見た。
「ずっと、ずっと夢見てた。私が普通の女だったらと。やっと叶う…」
そう言って、普通の女さながらにさめざめと泣く。
酔った男を対等に相手する姿、か細い体に大きな鎧をつけて民を率いる姿、
今までの不安を露わにした姿、嬉しさに涙を流す姿、
全てが愛おしい。
「俺達は初めて会った時から、ただの男と女だった」
「……」
「それがたまたま、今から深くなるだけだ」
「あっ…」
彼女を覆うシーツを剥ぎ取ると、俺は深く身を沈めた。
*************
とアランが出てこない上に、色々わかりにくくてすみません。
シーマの言う「普通の女」=位や立場的なものがない一般人の女性
サムソンの言う「ただの男と女」=お互いに好意や欲望を感じる関係
物語の雰囲気は、色んな風にうけとって頂いてもいいかな^^
2011/09/01