「そうか。ルークがそんなことを」
穏やかに微笑むあなたを見ていると、私の心は落ち着きます。
そして小さな幸せに満たされる。これは嘘ではありません。
「はい。アランさんのところには手紙が来ないのですか」
「ああ、私に気を遣っているのだろうな。病状が悪化したら困ると思っているのかもしれん」
自分で仰って笑うあなたを見て、今日もこうやってお話が出来て良かったと胸を撫で下ろした。
アランさんとが一緒になって、もうだいぶ経ちました。
は二人目の子供を妊娠中で、今日は村をお散歩中。アランさんの方は具合も良い様で、楽しくお喋りをしてくれています。
さっきは久々に来たルークさんの手紙の話をしていたのですが…
ルークさんたら、旅先で出会った女性がそっくりで、声を掛けたら殴られたとらしいのです。
それがあまりにも面白かったので、アランさんに話してしまったところです。
「ルークは元気そうにやっているのだな。他の皆はどうだ」
他の皆とはきっと第七小隊のみんなのことでしょう。
「元気にやってます。セシルとロディさんとライアンは相変わらずですよ」
「そうか…」
何か思うところがあるのか、アランさんは少し考え込む。
けれどもすぐに顔を上げて違う質問に移った。
「今年の新人騎士はどうだ」
「はい。やる気に満ちている人が多くて、私達も教えるのに全力を出しています。けれど…」
「けれど?」
「一人だけヤケで騎士に志願したのではないかという者が…」
はっとして口元に手を当てた。
こんな悩みを話してしまって、アランさんの心痛に繋がってしまったらどうしよう。
言葉を続けるか迷った挙句おそるおそる顔を上げると、アランさんは何かを考え込むように窓の外を見ていた。
その横顔を見上げてみて、勝手にショックを受けてしまう。
頬はこけてかつての英姿は陰ってしまい、鋭い瞳も穏やかな憂いを帯びている。
それが現状なのだと言い聞かせても、私の心は落胆を隠せなかった。
それでも、あなたを思うこの心は変わっていない。これも嘘ではありません。
今でも私はアランさんに憧れているんです。
「その新人騎士はきっと、心に何か重いものを抱えているはずだ」
「え、どうしてそのように?」
「お前の時もそうだったろうが、必ず誰かが面接してから採用する。だからその面接でヤケなっている奴はふるい落されたはずだ。
けれどその騎士はアリティアで新人騎士としているんだろう?そうなったのは新人騎士になってからのはずだ」
「……それは思いもしなかったです」
「ふ、そのうちわかるようになる。カタリナ、先輩としてその新人騎士を助けてやってくれ」
「はい!!!」
やっぱり相談して良かった。
だってカインさんに話してもそうはならない。だってその新人騎士はカインさんに嘘の告げ口をされて他の新人騎士にいじめを受けているから。
カインさんはその嘘を真に受けて罰を与えてしまうし、私が何かしようとしても彼は私のことを先輩と認めてないから嫌がるし。
これからどう対応していくか考えものだけど、アランさんの頼みを断るなんて出来ないもの。
私はもう、誰も裏切らないから。
「……きっと奥深い事情があるのだな。敢えて聞かないが、何かあったらまた相談してほしい」
「はい。ありがとうございます」
「この平和の中に埋もれていると、今までのことを忘れて消えてしまうのではないかと思ってな……」
ぽつりと呟かれた言葉にあなたを見ると、焦って口元に手を当てている。
思わず言ってしまったという驚きの瞳で私を見返していた。
「カタリナ、今のは…」
「いいんです!!!何でも言ってください!」
思わずそう叫んでしまった。
「アランさんは我慢し過ぎなんです!本当に辛いのはあなたのはずなのに、神様みたいな笑顔を張り付けて!!!そんな…全部を持っていかないで下さい」
涙が溢れて止まらなかった。
だってずっと言いたかったから。アランさんのいないところでセシルや私に涙を見せると違って、アランさんは誰にもそういう弱みを見せない。
ずっと溜め込んで、亡くなるその時まで持っていこうとしている。
「私に少しだけ分けてください。にはたくさんの幸せを、私にはあなたのちょっとした苦しみをわけてください!!!」
そう言ってしがみつく私は滑稽だったかもしれない。
けれどアランさんは、優しく抱きしめてくれた。
「ありがとうカタリナ。そう言ってもらえると心が休まる」
「アランさん…」
「……では、少しだけ聞いてもらえるか」
「はい…!」
どんな苦しみでも受け止める覚悟があった。それを大事に私の中にしまい込んで、ずっと大切にしていくつもり。
アランさんは「すまない」というと、もう一度私を抱きしめた。
「今が幸せ過ぎて、失うのが怖いのだ。でも必ず失う時が来る、それが決まっているのが怖い。自問自答して足掻いても仕方がないというのに」
「……」
「愛する者達を置いていくのに抵抗がないわけではない。
しかしアリティアにも、この世界にもを愛してくれる人々はたくさんいる。だから心配はしていないのだ。
けれども、自分が自分でなくなってしまった時に、この幸せな記憶はどこへ行くのか。ずっと持っていけるのだろうか。
忘れたくない。
私は、や子供達、マルス様やシーダ様、アリティアの騎士達、世界のために一緒に戦った仲間達……全てを忘れたくない」
涙が止まらなくなってしまった。
目がかすんでアランさんが見えない。そして何を言えばいいのかわからなかった。
「私のことは皆の記憶に残るかもしれない、けれど私の記憶は、私が感じた全てはどこに行くのだろうな……」
死ぬ事がわかっていて、それでも周囲の人々に幸せをもたらしてきた人。
それは自分の記憶がなくなっても、たくさんの人に覚えていて欲しいからなのかも知れない。
人々の中では、幸せな記憶は温かく残るから。
でも辛い記憶も、ずっと残ることを私は知ってる。
アランさんの告白は私にとって、とても辛いものだった。
聞いても何もしてあげられない、何も言ってあげられない。自分が無力だという事を知らしめられた。
でもこの辛さは、私の中で温かなものとして残っていくだろう。
だって、あなたが唯一打ち明けてくれた秘密だから。
「カタリナ、聞いてくれてありがとう」
「いえ、そんな…」
私の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
でもアランさんはそんなのを気にせずに笑いかけてくれた。
私に話したことで少しでも心が軽くなればいいけれど、そうなったかはわからない。
でもお礼を言ってくれた表情は、少し嬉しそうだった気がする。
「もう一つ頼んでいいか」
「はい、いくらでも」
あなたはふと笑って、私の頭に手を置いた。
懐かしいそのしぐさ。その場所が熱くなる。
「私の事を、覚えていて欲しい。私という存在があったことだけでもいいから」
「そんなことっ……当たり前です!アランさんと話した全ての事を覚えています!!!私、記憶力はいいんですよ」
「ありがとう」
「……その頼みは、にもお願いして下さいね」
そう言うと、あなたはきょとんとして私を見た。
「それは言わなくとも、妻として当然だろう」
「確かにそうですね」
私達はお互い笑いあうと、固く手を握った。
もう抱き合ったりはしない。けれど、じゅうぶんだった。
私だけにされたお願い。
あなたが何故私に話してくれたかはわからない。でもそれは私を身近に感じてくれたからだって信じています。
この気持ちが、少しでもあなたに伝わったことを願って……
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アラン×マイユニを見守るカタリナ。けどまだちょっとアランが好きな体で(笑)
これを書いている時、あろうことか涙が溢れてきてしまいました。
カタリナ目線でアランの言っていることを思ったら、不覚にも「ああそうだな」なんて。
自分が死に直面した時、何を考えてどう行動するかなんてわかりませんが、きっと今までの人生を思い返すでしょうね。
そしてこれから死ぬのに、今までの人生はどんな意味があったのだろう?
そんな自問をすると思いました。
まあ、その様なお話です。
2011/09/26