「アラン様、今日からこの家で働く娘です」
執事はそう言うと、明らかに早急に小綺麗にした風の娘を私の前に出した。
その頃の私は十代になったばかりで、両親の期待を背負って勉強や剣術にせいを出していた。
「そうか」
はっきり言って興味がなかったので、さらりと答えてその場を後にする。
家で何人の小間使いが働いていようが、その時の私には関係がなかったのだ。
一年程経つと、娘は仕事も覚えて自分の時間を持つようになった。
私が剣術の稽古をしていると、いつの間にか近くで見守っているのに気付く。
「何故いつもここにいる?」
気になった私は聞いてみた。すると、彼女はこう言った。
「剣術に興味があるのです。私も強くなりたい」
その時から私は一人で稽古するのをやめ、彼女に剣術を教えることにした。
先生が言っていたんだ。他人に教えることによって気づくこともあり、自らも強くなると。
両親にも執事にも、奴隷に剣術を教えるなど自分の首を絞めるだけだと叱られた。
だが私はやめなかったし、彼女も与えられた仕事を熟し、稽古もしっかりした。
それから数年経ち、彼女は見違える程強くなった。
私には出来すぎるくらいの弟子だったんだ。
そしてある日、稽古の途中で大雨に降られ、屋敷の物置で二人で過ごしたことがあった。
考えてみれば、初めて面と向かって話した。
屋敷の中では挨拶をしてくるのに返すだけ。稽古の時は剣を打ち合うだけだ。
数年も過ごしたのに、私は彼女のことを何も知らないことに気づいた。
「…お前は何故、強くなりたいんだ?」
「運命から逃れるためです」
「運命?」
聞き返すと、彼女は押し黙った。少し悩んだ後、口を開く。
「私は、ここから逃げだすために強くなりたかった…」
「ここから逃げたいのか?」
彼女は深く頷いた。
「私は人…奴隷ではいたくない…」
当時の私には、その言葉は衝撃的だった。奴隷が雇い主に意見することはないからだ。
しかし答えるようにさせたのも、そのように接する程近づいたのも私だ。
よく考えればその通りだと思った。私だって誰かにこき使われるのは嫌だ。
「お前はもう強い。いつでも逃げれるだろう?」
彼女は左右に首を振ると、ぽつりぽつりと自分の境遇を語りだした。
彼女は貧しい家の生まれで長女だった。しかし弟や妹が生まれると、身を売る話が出たらしい。
そして家がいよいよ貧しくなると、ノルダの奴隷市場に売られたのだ。買い叩かれ、一年も暮らせるかわからないはした金で。
その彼女を買ったのが私の家だった。
だからこそ、払われた金分だけは働いて、追われないようになってから逃げ出したい、そう思ったらしい。
「お前は十分に働いたぞ。逃げても追っ手を出さないよう、進言しよう」
「いえ、だめです。私…」
まだ何かあるのかと、問いただす。すると、彼女は顔を赤くして言った。
「私、ここにいるのが自然になってきました。…嫌では、なくなってきたんです」
「そうか、それは良かった。特別扱いは出来ないが、お前がいなくなると稽古の相手がいなくなる」
「…十分、特別にして頂いてます」
彼女は再び顔を赤くした。
「アラン様は、騎士になるのですか」
「なる。あと一年くらいで城勤めになるだろう」
「そうですか。…あなたは良くしてくださった。私はあなたが好きです」
「ありがとう」
彼女は真剣な表情でこちらを見ると、主君に忠誠を誓う騎士の如くひざまずき、深々と頭を下げた。
「アラン様が騎士になった時、私はあなたのためだけに働く者になります」
「そうか」
軽く受けたつもりだったのだが、彼女は真剣だったのだ。
私が城勤めになると、彼女は家から消えた。そのすぐ後、密偵となって私の元に戻ってきた。
驚いたよ。そんな短い間でどうやって仕込まれたのか。
彼女は本物の密偵になっていたんだ。
「だから、アラン殿のためだけに働く密偵なんですね」
が感心したように言った。
私は頷くと、先程まで話していた彼女との会話を思い出す。
「私達はガトー様のおられる場所に行くため、アンリの道を行く。お前の報告をしろ」
「はい。ハーディン王は…」
彼女は体の向きを変えると、私の体に密着して小声で囁く。
「誰かに見られています。今からごまかしますから、我慢して下さい」
そう言って、私の首に腕を回した。
「アランには私がいるから、大丈夫よねぇ。あなたのこと、ずっと思ってるわ」
娼婦さながらの声色を使って体をくねらせる様は、さすがの私も赤くなった。
いやはや、密偵とはこんな演技もしなければならないのだな。
「行ったようですけど…、あの女の子の方は…」
「女の子の方?二人連れだったのか」
「はい。女の子は紫色の髪で、きっとアーチャーですね。もう一人は緑髪の青年です。新兵のようでしたが」
「ふむ…、近衛騎士のだな」
彼女は私の表情を見て、少し驚いている風だった。
「何だ?私の顔に何かついているのか」
「表情が…。いえ、そうですか」
「ああ。お前と歩いていたから不審に思ったのだな。あの娘は、他の者と目のつけどころが違う。未来のある若者だ」
「……」
「だからなんだ?」
彼女はじとりとした目線を向け、すぐに逸らす。
こういうときは、何か意見がある時だ。
「褒めるなど、珍しいなと」
「頭の中ではいつも褒めている。お前もな」
そう言うと、パッと表情を明るくして嬉しそうに笑った。
私とそう歳は変わらぬのに、いつまでも無邪気に笑う奴だ。
「で、報告ですが…、今回は目立った収穫はありません。ハーディン王が黒い玉を常に持ち歩いていること。あとはアリティアの元騎士のアベル殿が、恋人を人質にされてしまったことくらいです」
黒い玉…これはガトー様に聞いた方がいいな。
アベルのことは、アリティアに帰らぬと何もしてやれん。
「わかった。ハーディンの方はもう手を引け、アリティアの方だけを…」
「嫌です」
遮られた。
唐突にこういうことをするところも好ましいが、今回は何かが違う。
「気持ちは負けてしまいましたが、これで負けるのは気がすみません」
「何を言っている?」
「あなたと一緒です。騎士が主君のために命をかけるのと一緒なんです!私はこの仕事に誇りを持ってます。途中で投げ出したりしません」
その気持ちはわかる。
そう言われてしまうと、何も言えないではないか。
「わかった。しかし深入りし過ぎるな」
「善処します」
再び嬉しそうに笑って私に背を向けた。
本当に純粋で子供みたいな奴だ。
「あ」
何かを思い出したのか、振り向いて笑う。今度は悲しそうな笑みだ。
怪訝な表情で見返す。
「近衛騎士に、全てを任せるとお伝え下さい」
「ん?ああ」
訳もわからず頷いた時には、既に彼女の姿はなかった。いつも風のように去っていく。
「アラン殿」
「ああ、すまない」
に呼ばれ、我に戻る。
そういえばあいつは、そんなことを言っていたな。
「あいつが、お前に全てを任せると言っていたが、何かわかるか?」
「!」
唐突に言ったにも関わらず、は意味がわかったのか顔を隠した。
一体、どういう意味なのだろうか。
「あの女性は、それを言うときどんな表情をされていましたか?」
「えらく悲しそうな笑みだった」
「ああ…!」
は嬉しそうな、しかし悲しそうな複雑な表情をしていたが、空を見上げて言った。
「その方は、本当にアラン殿を大切に思ってらっしゃるのですね」
「きっと、そうなのだろう」
「絶対にそうですよ」
「私、任されましたから」と呟くと、は立ち上がった。
「ルークをのしてきます」
「またか。あまりやり過ぎて明日に疲れを残さないようにな」
「はい!」
嬉しそうに去っていく彼女の後ろ姿が、あいつと重なった。
私の周りには純粋な女性が多い。
「うっ…」
ゲホゲホッ…ゴホッ…
込み上げる咳に容赦無くやられ、苦しさにうずくまる。
咳が止まった後は、深呼吸をして息を整える。そうしないと、誰かとすれ違った
時に病を見破られてしまうかもしれない。
「ふう…」
最近は、戦と仲間との会話で忘れていた。私は病で、もう長くないのだ。
強くなることは諦められても、他のことが諦められない。マルス様を最期までお助けしなければ。
他にも、騎士達に教えなければ。
それとにも…
いや……それは駄目だ。
限りが見えて来ると、人はこんなにも欲深になるものか。自分をあざける。
いつの間にか膨らんだこの思いに気づかない訳がない。
私はに惹かれ、彼女を欲している。
しかし今は戦だし、うまくいく可能性があるわけではない。
私が告ったせいで、彼女の態度が変わるのは堪える。
いや、そうではないぞ。
私はもう永くはないのだ。告って彼女を困らせるべきではない。
誓ったではないか。
病と共にこの気持ちも封印すると。
私はを見守るのだ。
彼女と共にいたというルークの姿が頭にチラついた。今もまた、彼女と訓練しているのだろうか。
胸が痛い。
もしかしたらこの思いは、病よりもやっかいかもしれぬ。
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妄想話ひと段落(笑
アランサイドでは、マイユニと同じくらいアランが
マイユニに惹かれていくのが伝わればいいな…
2011/03/04
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