「ごめんなさい!」






突然の謝罪に困惑する。
私は謝罪されるようなことをやられたのか?






「とにかく入れ」






そう促すと、は泣きそうな顔で頷いた。こんな表情でする謝罪とは一体、何なのだろうか。

性急なノックを聞きドアを開けると、目の前にはつい小一時間前に出て行ったが立っていた。
何事が起こったかと彼女の肩に手を掛けると、さっきの謝罪をされたのだ。



まさか朝まで愛し合いながら、突然別れるとは言わないだろう。
そういう風にも見えんし、彼女の身に一体何が起こったのか。






「ごめんなさいっ」

「…私は謝罪を受ける覚えがないのだが」






そう言うと、はみるみるうちに涙目になり泣き出してしまった。






「ほら落ち着くんだ」






椅子に座らせて白湯を渡す。
それを一口飲んで息をついた。



の感情はとても豊かになったと思う。最近はよく笑って、よく泣く。
泣くのはきっと甘えだろうが、全く嫌に感じなかった。

私はベッドに座り、彼女をじっと見つめた。いつでも話しやすいようにと努めて柔らかい表情をしながら。
すると、しばらくして彼女は口を開いた。






「私、恋人がいるって公言してしまいました」

「ほう」






とても興味深い話題だ。
そう思い身を乗り出す。

いつだって公表してもよいのに何故隠すのか。
きっと私の為を思っての事だろうが、私にとっては気が気ではない。
いつ彼女に手を出すか分からない輩が、軍にはたくさんいる。






「部屋を出た後、稽古をしようと思って稽古場に向かったんです。するとそこには暇を持て余した兵士達がたくさんいて、カイン殿とアベル殿の決闘を見ていました」

「ああ…久々の催しだな」

「え?」

「二人が騎士だった頃はよくあったんだ」

「そうなんですか。私はその傍らで稽古の用意をしていたのですが、ルークが話し掛けてきて…」






ルークという名前を聞いただけでこめかみがひくついた。
は私だけの女性になったというのに、まだ妬けてしまう。






「私の姿が二日間も見られなかったから、恋人と一緒にいたんじゃないかと言われて…」






ようやく言いたいことが理解出来たぞ。






「図星だから赤くなってしまったのだろう」






そう言うと、は目を丸くして私を見た。どうしてわかったのかと思っているようだ。






「お前は素直だからな」

「……うう。ルークも冗談で言ったみたいでした。続けて私に恋人が出来るわけないみたいなことを言おうとしてたんです。
けれど私が赤くなってしまったから、そのまま恋人がいるのか?って聞かれたんです」






その場面が容易に想像出来た。
ルークは信じられなくて大声で聞いたのだろう。だから、






「大声で、私にだって恋人はいる、とか言ったのだろう」

「……」

「図星か」

「はい…」

「お前は負けず嫌いなところがあるからな。そして素直」

「何も言い返せません」






しょんぼりするにキスをすると、私は言った。






「そんなお前を愛しているのだ」















              *
















「でも今頃、こんな男勝りの恋人は誰かって話題が酒の肴になっているわ…」






大きな溜め息を吐いて言う私の恋人は、本当に困っているようだ。
それほど私達の関係を誰にも言いたくないのだろうか。






「本当にごめんなさい。アラン殿に私なんて釣り合わないのに…私の意地っ張りでこんな事になってしまって」






ん?が私に釣り合わないだと、そんなことあるわけがない。






「何を言っている?お前に釣り合わないのは私だ。こんな若くて美しく強い女性を、将来もない私が恋人にするなどその方がおかしい」






思わず将来がないと口走ってしまったが、彼女は深い意味はないと判断したようだった。






「アラン殿こそ何を言っているのです!あなたは皆のお手本です!尊敬に値する人物を私のような新兵が…」






……私達はお互いそのように自分を卑下してきたのか。
そう思うと笑いが込み上げてきた。なんてばかばかしいのだ。






「ふ…、私達はお互い愛し合っている。これは間違っていないな」






突然の言葉に、は驚いたようだった。






「え?あ、はい。間違っていません」

「ではお互い最良のパートナーなのだから、自分が相手に相応しくないと考えるのはやめよう」






そう言うと、は瞳をきらきらさせて頷いた。
「最良のパートナー」と言っては頷いている。あまりにも嬉しそうににこにこしているため、思わず自分も微笑んでいた。






「さて、そろそろ私達の関係を公にすべきだと思うのだが」

「でも、それではアラン殿に!」






やはりな。私の立場的なことを考えて言わずにいたのか。






「私達はそのことについて最初に話し合うべきだった。お前が望むならばと思っていたが、私は気が気ではなかった」

「気が気ではなかった…?」

「前にも言っただろう?私達の関係が公になれば誰も君お前に手を出そうとしない。でも知らなければ…、ものにしようと男はアピールする。それが私には耐えられない」

「アラン…」

「やっとそう呼んでくれたな。部屋に戻ってきてからというもの、私を上官みたいに呼んで」

「だって…」

「まあいい。では、私はマルス様のところにいく。は部屋に戻りなさい」

「マルス様のところに?」

「私達の関係で王子にも迷惑を掛けることになる。だから公にする許可をもらいに行く」






そうですかと呟き、は黙ってしまった。
さすがに一緒に行くとは言わなかった。噂が王子の耳に入っていることを考えたら恥ずかしくなるのは当たり前だろう。






「ここで待っていてはだめですか?」

「駄目だ。公にする前にこのような場面を見られたくはない」






強い口調で言うと、は寂しそうに頷いた。そして冷めてしまっただろう白湯を一口飲み込んで席を立つ。






「兵法書を一冊借ります。ここから出た時、カモフラージュに使いますから」

「ああ、わかった」






は本棚から一冊取り出して抱えた。そしてドアへ向かう。













呼び止めて額にキスを落とすと、陰りを見せていた顔に赤みがさした。






「大丈夫、うまくいく」

「はい」






そして彼女は部屋を出た。
















                *
















を送り出した後、私は正装して部屋を出た。そして王子の私室へと向かう。
途中、ロディに声を掛けられた。






「アラン隊長!」

「どうした、ロディ」






彼ははきはきとしっかりした口調で言う。






「先程に会って聞いたのですが、隊長は珍しい兵法書をお持ちだとか。私にも貸して頂けないでしょうか」






あのカモフラージュは役に立ったようだな。
ふと笑い、私は頷いた。






「熱心で良いことだ。いつでも見に来るといい」

「はい!」






ロディは嬉しそうにすると、胸の前に腕を当て敬礼した。
彼は誠実で良い若者だ。私の亡き後、ロディのような男ならばを預けられるのだが。

後ろ姿を見送りながら、私は首をふった。
だめだ。これから王子に許しをもらいに行くのに、弱気なことを。

その場で深呼吸をし心機一転、王子の元へ向かった。



王子は私室にいなかった。とするとあそこだろう…目星をつけて向かう。
と出会ったあの場所だ。

そこに向かう途中、何人かの兵士とすれ違ったが、こんなに話題になるものかと言うくらい、皆がの恋人について話していた。
彼女はそれだけ、皆の目に留まっているということだ。

があれほど愛してくれなければ、私は彼女を諦めていたかもしれない。
こんな状況で恋人という自信が持てなかっただろう。



あの場所に到着すると、やはり王子はいた。寝転がって空を見上げている。






「王子、宜しいでしょうか」

「アランかい?いいよ」






そう言われて歩を進めると、王子の横にシーダ王女がいるのに気づく。
邪魔をしてしまったと思い、一歩下がった。






「申し訳ありません。出直します」

「いいよ。ね、シーダ」

「はい」






王女はふわりと微笑む。
王子は起き上がって私を見上げた。






「君の場所でもあるんだから、座りなよ」

「…はい」






王子がそう言うならばそうした方がいいだろう。彼はたくさんの王達とは違い、遠回しに人を試すような事も嘘も言わない。

その場に座り王子に向かい合う。なんか妙な気分だった。






「なんか、マルス様とアランのお見合いみたい」

「シーダ!」






くすくす笑う王女に苦笑いする王子。とてもお似合いの二人だ。






「それでどうしたのかな?」

「はい。の事なのですが」






そう言うと、王女が瞳をきらきらさせて喜ぶ。






に恋人がいるらしいわね。今、そこで聞いたのよ」

「シーダったら、さっきからこの話題ばかりなんだ。でも僕も知らなかったよ。には恋人がいそうには見えなかったし」






お二人はここでの恋人が誰かという話をしていたらしい。
あまりにも楽しそうなので、ここで名乗り出たら、それをなくして申し訳ないと思ってしまう。

興味がある話題でもあるし、お二人がどう思っているのか聞いてみるか。
そうして話を合わせることにした。






「それは私も聞きました」

「やっぱり?みんなこの話題ばかりなのよ!うふふ」






くすくす笑う王女を、王子は微笑ましく見守っている。
エリス様には申し訳ないが、シーダ様が無事だったのは王子にとって救いだった。






は相当人気者なんだね」






王子が言うと、王女は頷く。






「それだけじゃないの。相手の予想がつかないから、みんな必死に必死に考えてしまうのよ」

「確かに予想はつかないな。シーダは誰だと思うんだい」






王女は首を捻ると、困った様な表情で王子を見返す。






「既に予想が外れてしまって、わからないんです」

「予想してたのかい?」

「はい。ルークかと思ったんですが…、は恋人いる宣言を彼にしたみたいで」

「そうか。それじゃあ違うね。ではロディは?」

「さっき会ったので聞いてみたら違うと言われました。噂も知らないみたいで、どうしてそんなことを聞くのかって顔をしてました」

「じゃあ違うか。ジョルジュは?の事気に入ってたし」

「彼は違います」






私が言いそうになった言葉を、王女が即座に言った。驚いて王子を見ると、彼も驚いた表情でこちらを見ている。






「君の発言に、アランも驚いているよ」

「だって、彼は違いますもの。もし本当に彼がの恋人ならば、は騙されているのよ」






王女とジョルジュ殿の間に何があったかはわからないが、ジョルジュ殿はそういう人物ではないだろう。
一度は妬いた相手だから、擁護するのはおかしいかも知れないが…。






「王女、ジョルジュ殿は立場的にあのような態度でいるのですよ。そう否定するような方ではありません」

「男性として容姿が素晴らしいでしょう?だからその外見を利用しているところがあるの。それを飄々とやってのけるのよ」

「…王女が彼のどんなところを見たかわかりかねますが、貴族としてアカネイアで生きていくには、外見だけではなく自分の能力総てを活用しなければならないはずですから、ジョルジュ殿の苦労もあったでしょう。人は色々な方向から見なければ、本当の姿はわかりません」






そう言うと、王女は真っ赤になって恥ずかしそうに体を縮めた。
ああ、やってしまった。王女に説教するなど、騎士隊長の役目ではないのに。






「シーダ、アランの言う通りだね」

「…はい。言い過ぎました」

「はは。まあここでもそう振る舞ってるジョルジュが悪いんだけどね」






王子はさらりと言ってのけ、私を見る。
瞳には感謝の意が表れていたので、瞼を閉じて返事をした。






「で、僕の騎士隊長はの恋人についてどう思うんだい?」






意見を求められ、これ以上お二人も言う事はないと判断した。
思っていた通りの人物しか候補にでなかったが、なかなか面白い話だった。






「王子、私は答えを知っているのです」






王子と王女は「えっ?」と言って私を見た。王女が羨望の眼差しを向けて聞く。






から聞いたの?」

「そのようなものです」






噂については彼女から聞いた。嘘はついていないだろう。






は君を尊敬してるからね。こんな噂になってしまって、相談しにいったんだろう」

「で、誰なの?」






前のめりになって聞く王女を王子は止める。






「シーダ、本人が言うまで待たなきゃ」






そう言いながらも、王子も興味津々だった。






「特に問題はないでしょう。何せ本人から聞いているのですから」

「「え?」」






お二人の声が重なる。
ぽかんとした表情で見返され、思わず笑いそうになった。






の恋人は私なのです」






驚きの表情に変わっていくお二人が面白いこと。






「「ええ〜っ!?」」






驚く声まで重なるとは、なんて仲睦まじいことだろうか。
私はそんなことを考えながら荷を下ろしたのだった。






**************

の純粋さや素直さがとっても好きです。
マイユニットとして好感がもてましたよね。

ルークは損な役回りばかり。打って変わって、マルス様は良い役回りばかりになってますね(笑


2011/04/30



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