自分の部屋に戻る途中、ロディとばったり会ってしまった。
彼も噂を知ってると思い気まずそうにすると、不思議そうな顔で首をかしげた。

もしかしてまだ、知らないの?






、それ!」






ロディは私がガッチリ抱え込んでいる兵法書を指差した。






「え?これ?」

「それ、見たことがないな。どこで手に入れたんだ?」

「え、えと…」






どもってたらカモフラージュにならないじゃない。
そう思って息を吸い込んだ。






「アラン殿に借りたの!」

「隊長に?」

「そう。アラン殿は見たことのない兵法書をたくさん持っていて、快く貸してくれるのよ」

「そうか!それならば是非頼まなければ!!!」






彼はこう言うと、私が歩いてきた方向に走って行っってしまった。
きっと、アランのところに行くのだろう。

あ、でもロディが読んだことのない兵法書って私が読んだことないやつだよね。
そうしたらほとんど私が借りちゃってないかも!
後で貸しに行こうかな…

なんて考えて気付く。ロディってルークと同じ部屋だ!
ってことは今は出来るだけ会いたくないかも…。

ごめんロディ、この戦いが終わったら渡しに行くわ。

幸運なことに、部屋に戻るまではロディ以外の人とはすれ違わなかった。
ホッと胸を撫で下ろして部屋に入ると、セシルが仁王立ちして待っていた。






!」

「セ、セシル…」

「部屋に全然帰ってこないで!いるだろう場所は予想着いたけど、呼びに行きにくいじゃない!!!」

「ご、ごめんなさいっ!」






もうそれからは平謝りだった。
悪いのは私だし、セシルにはたくさん迷惑かけただろうから。
だから何を聞かれても素直に答えたのよ。






「恋人いる宣言をしたって聞いたんだけど?」

「はい…」






稽古場での出来事からアラン殿が公にするって言ってくれたことも全部話すと、セシルはふんと鼻を鳴らせた。






「やっとみんなに話す決心がついたのね。どう見てもアラン隊長は公にしたそうだったのに、あなたが隠そうとするからこうなるのよ。自業自得ね」

「え?今、なんて…」

「自業自得って言ったのよ」

「そこじゃなくて!アラン殿が公にしたそうなのを知ってたの!?」






セシルは目を細めると私を睨む。そして大げさなほどの大きなため息を吐いた。






が他の男と話す度に、アラン隊長は小さな怒りを燃やしていたからわかったのよ」

「小さな怒り?」

「拳を強く握るの。癖なのかしらね?観察してたら気付いちゃった」






セシルはくすくすと笑った。
私の知らないアランを他の女性が知っていると、たとえその女性がセシルみたいにアランに興味がなくとも嫌な気分。
それが顔に出ていたのか、セシルは「あなたに教えたから、もう私は忘れるわ」っと言ってその話題を止めた。






「それで、どうだったの?」






皆に会いたくないと言うと、セシルは快く食堂から夕食を持ってきてくれた。
やっぱり噂は広まっていて、食堂で何人にも声を掛けられて私の事を聞かれたらしい。






「どうって、何が?」

「初夜よ」






きっぱり聞かれ、驚きで真っ赤になる隙も与えてくれなかった。






「な、なな何聞いてるの!?」

「ああ、やっぱりちゃんと過ごしたのね。アラン隊長の事だから、あなたのために我慢したんじゃないかと思ったけど」

「…痛がったらそうしてくれようとしたけど、私が頼んだの」

「やっぱりね。そう来ると思った。あなたは頑固だから、こうと決めたら最後までやるもの」

「……しょうがないでしょ。愛しすぎて、もっともっと近くに行きたいんだもの」






そう言ったら惚気だと呆れられるかと思ったけど、セシルは嬉しそうに笑っていた。
なんだか自分の事のように幸せそうに笑っている。






「嬉しいな。が幸せだと、あたしも嬉しい」

「セシル…」

「ここにカタリナがいたら同じように喜ぶわね」

「うん。そうだと良いな」

「絶対そうよ」






夕食が終わると、私達は明日の用意をして早めに床に就いた。
明日はグラに進軍だ。戦いは明後日になるけれど、それに備えなきゃ。

ベッドに入って冷たいシーツに頬を擦りつけると、空虚が襲ってきた。



さみしい。



隣にいるべきあの人がいないと、ベッドはこんなにも冷たいんだ。
私は、さみしさを紛らわすために自身を抱きしめた。







翌朝、グラに進軍予定だったアリティアに衝撃が起こった。
また暗殺集団が現れたのだ。

でも城に入り込んだのではなく、何かを待つようにアリティアから少し離れた場所に待機している。
見つかっているというのに、彼らは陣形をしいていた。






「どういう事だ!?あれでは暗殺にならん」






ジェイガン殿が困惑した叫びを発する。
マルス様も腕を組み、何かを考えているようだった。

そこに偵察から戻ってきたシーダ様とカチュア殿が入ってきた。






!」






シーダ様はマルス様のところではなく、私の方に走ってきた。
そして私の両手を取ると、目を見て言う。






「暗殺部隊を指揮しているのはカタリナよ。あそこであなたを待っているんだわ」

「えっ…」






私は反射的にアランを見た。すると彼は小さく頷き返す。






「そうか。カタリナの助けてほしいというメッセージだったんだな…」






マルス様は腕を解いて私の肩に手を置く。






「彼女は君を待っている。行ってくれるね」

「はい!」






任務としてだけじゃない。友達として、あなたを迎えに行くから。






「第七小隊、招集します」















            *























呼ばれて振り返ると、ルークが立っていた。
こんな時だから冷静にしなきゃと思うけど、早々簡単にはいかない。






「っ…」






彼から目を逸らしてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
ゆっくりと視線を戻し、「ごめん」と言った。
呼び止めたのは自分のくせに、ルークは私をじっと見据えてるだけで何も言わなかった。






「ルーク?」

「カタリナを取り戻そうな」

「!」






大きく頷くと、彼は笑った。
けど、その表情に陰があるのに私は気づかなかった。



私達は暗殺者達に突っ込んでいった。なりふり構わず、ただカタリナを目指すだけ。
私は中央から。セシルはライアンと右から、ルークとロディと左から。癒し手であるマリーシアには後ろでリブローを持って待機してもらった。
でもね、特に誰も傷つかなかった。勢いよく突っ込んで来る私達を見て、暗殺者達は狼狽してた。
強くなった私達には敵にならなかったわけ。



そして一人残ったカタリナに話し掛ける。

最初は頑なだった彼女だけど、何回も説得するうちにそれも解けてきた。






「カタリナ、あなたを待ってるのは私だけじゃない」






集まってきた第七小隊のみんな。彼等は口々に言った。






「戻ってこい、カタリナ。みんなでまた馬鹿やろーぜ」

「私達は仲の良い同期だ。これからだって楽しくやっていける」

「そうですよ!カタリナさんもいての第七小隊です」

「カタリナに戻ってもらわないと、のお守りは手に余るのよ」

「ちょっ、セシル!」






ごもっともだけど、何もこんな時に!






「ふふ…」






すると、カタリナが笑った。
そして彼女の懐かしい笑顔が向けられる。






「ありがとう。、みんな!」






彼女は戻ってきてくれた。



マルス様の元に連れて行くと、喜んで歓迎してくれた。二人で何か話していたけど、私は席を外して聞かなかった。
親友でも、聞いていいことと悪いことがあるものね。

戦いは思ったより早く終わったけれど、説得に時間がかかった上にみんなでたくさんお喋りしたせいで、既に夕方近かった。
早くアランに報告したいと思って城に入ろうとすると、カタリナが追ってきた。






!」

「カタリナ、もういいの?」

「大丈夫です。マルス様は私を許してくれただけではなく、道を示してくれました」






柔らかく微笑む彼女にはもう陰はなかった。私はカタリナの手を握ると、周囲を見渡して言う。
よし、誰もいない。






「カタリナ聞いて」

「はい?」

「私、恋人が出来たのよ」

「本当ですか!おめでとうございます!」






思った通り、カタリナは喜んでくれた。そしてセシルと同じ様に嬉しい事を聞いてくれた。






は幸せですか?」

「うん。幸せ」

が幸せだと、私も幸せです」






にこにこする彼女を抱きしめ、機会があったら紹介すると言う。
でもセシル以外には内緒なのとも言っておいた。






、相手はルークではないのですね」

「え?何でルーク…」

「いえ…。でもさっきの陰は…」






カタリナはボソリと呟く。






「ルークには気をつけて下さい」

「え、ええ…」






彼の何に気をつけなければならないのかわからないけど頷く。






「さあ、部屋に戻りましょ」






カタリナに手を引かれ部屋に向かう。
彼女の言葉が気になったけれど、部屋に入って女子三人で話に花を咲かせる時にはすっかり忘れてしまっていた。



今日はもう、アランには会えなそう。



私が思った不満はそれだけだった。








翌日は休む暇もなくグラへの進軍がおこなわれた。
休む暇もなくとは言ったけど、実際は第七小隊だけが戦って、それ以外の兵士は四日も休みをとったのだった。
だから昨日の稽古場は大盛況だったみたい。

私の噂は誰かに抑えられたのか、誰一人話題にする人はいなかった。

少し考えるとマルス様のお陰だとわかる。
アランはうまく言ってくれたのね。

でも彼は私達の事を公にしようとはしなかった。きっと言うタイミングがあるのだろう。
みんなも噂しないし、私はもう大丈夫。アランが思ったタイミングで、公にしてほしいと思った。

マルス様とジェイガン殿、私とアラン等、戦の指揮官クラスの人物が集まると、作戦会議が始まった。
グラは小国で、亡き王の後にあげられたのがシーマ王女だった。彼女は傭兵を雇い、新兵とアカネイア兵で城を守っている。
ううん、アカネイア兵はグラが反抗しないか見張っているだけだ。あとアリティア軍を食い止めるためね。






「僕はグラ兵に攻撃するつもりはない。出来ればグラは、無血開城したいんだ」






場がしんとなる。
マルス様が言いたいことはわかるし、そうしたい…けれど。






「それは難しいですな。アカネイア兵が黙ってはいません」

「わかってるよ、ジェイガン。…それならグラ兵だけを攻撃しないように出来ないものか」






それなら出来るかもしれない!






「グラ兵は新兵ばかりと聞きます。きっと私達が新兵だったように、見ればわかるのではないでしょうか」

「見ればわかる?」






ジェイガン殿が眉間に皺を寄せた。






「はい。新兵というのは初々しい雰囲気を纏っていますし、私達が気迫で向かって行けば、恐怖で攻撃してこないと思うんです」

「しかしそれだと…曖昧過ぎる。万が一アカネイア兵が扮していたら区別がつかないな」

「マルス王子、それはない」






部屋の隅で会議を黙って聞いていたジョルジュ殿が口を開いた。






「アカネイア兵はアカネイア兵だという誇りを持っている。だからグラ兵に扮することもないし、アカネイアの兵服を着て待ち構えているはずだ」

「そうですか!ならば見分けもつきやすいな…」






マルス様は腕を組むと考え込んだ。






「じゃあ、グラ兵はアカネイア兵服ではなく、初々しい雰囲気を纏った若者だ。アカネイア兵は真っ直ぐ向かって攻撃してくる者ってことで、とりあえず兵服で見分けてほしい」






マルス様の結論を聞いて、その場にいる者はみんな笑った。
結局、作戦じゃなくなって曖昧なものになってしまった。
でも見分け方がわからない以上、兵服と感覚を宛てにするしかない。






「わかりました。兵士達に伝えます」

「宜しく、






私はいち早く部屋を出て、兵士が待っている場所へ走った。
















             *
















私達が作戦会議で話し合ったことに間違いはなかった。
言った通り、グラの兵士はアリティア軍の気迫に負けて武器を握りしめ、震えながら立っていただけだった。






「問題なくグラの無血開城だな」






隣でジョルジュ殿が笑う。
本当!きっとシーマ王女もマルス様の人柄を認めてくれるかもしれない。






「ところで、お前の恋人は誰なんだ?」

「っ…」






番え途中の矢がへろへろと飛んでいってしまった。






「痛て!誰だよ!!」






奥の茂みからオグマ殿が出てきた。腕に小さな傷が出来ている。






「ああっ!すみませんオグマ殿!ジョルジュ殿がっ」






私は咄嗟にそう言った。






「おい!お前が放したんだろう!」

「ジョルジュ殿が戦闘中に関係ないことを言うからです」

「あんなことで矢を放すお前が悪い」






私達が言い合いをしだすと、オグマ殿が持っていた矢を真っ二つに折った。
それにゾクりと背筋を凍らせる私達。






、王子があそこで呼んでる。ジョルジュ、あんたはマリーシアを連れて来い」

「俺は悪くない」

「新兵をからかう奴が一番悪い」






オグマ殿はジョルジュ殿を人睨みすると、後方を指差した。そこにはマリーシアが控えている。






「姫抱きで連れてこい」

「そこまでの傷じゃないだろう!」

「いいから行けっ」






傭兵とアカネイアの貴族の会話とは思えなかった。
巻き込まれる前にとそそくさその場を離れる。






「あの娘に誤解されるのは嫌だ!」






最後にジョルジュ殿の叫びが聞こえた気がした。















             *
















「マルス様、お呼びですか?」






マルス様の元に着くと、王子の横でアランがドアに耳を着けていた。
それを横目で見やり、到着を告げた。






「うん。アランが突入するから援護してほしいんだ」

「アラン殿が突入!?」

「声が大きいぞ!

「す、すみません」






前代未聞の出来事に大声を上げた私をアランが窘める。
小さくなった私は小声でマルス様聞き直した。






「本当ですか?」

「本当だよ」






嬉しそうに笑う王子を見て、心配になった私はアランの背中を見た。
剣を構えて突入の準備は万端だ。

アランは騎士隊長で騎兵なのに!?どうして突入なんて…
普通だったら城内の戦いは剣士とか傭兵がするはずなのに、まさかアランだなんて。

心配そうに震える私を見て、マルス様は肩に手を置いて微笑んでくれた。
「大丈夫。心配ないよ」私にそう囁いて、アランの背中を見る。

彼の背中は、何でも任せられるくらい大きくて広かった。
ぴんと張られた背筋、構えられた剣。全てが美しく、気高い。
洗練された美しさを感じさせられて、アランも貴族なのだと思う。






「ジュリアン」






アランが呼ぶと、どこからともなく現れたジュリアンが素早く鍵を開ける。
カチリと鳴り、ゆっくりと開くドア。キキ…と音が響き緊張が一気に高まった。

敵が飛び出してこないことを祈る。
アランは強い。でも突入なんて危険な仕事、本当はやってほしくない!






「おおぉっ!!!」






大きく開かれたドアから、がっしりとした体躯の男性が剣を振り下ろしてきた。
アランはそれを受け止めると、すぐに刃を流した。






「くうっ!」






男は後ろに飛び退き、再び大剣を構える。
あの姿は傭兵…?くせのついた青い髪を荒い息で上下させている。

アランは男を追う様に部屋の中に駆け込んでいく。
その後ろからマルス様とナバール殿とオグマ殿が駆け込んできた。






「アカネイア兵を倒してくれ!」






マルス様の命令と同時に、二人はアカネイアの兵服を着た者に向かっていった。
驚いたアカネイア兵達は抵抗する間もなく倒され、残されたのは青い髪の剣士と玉座で佇む女性。






「……俺の一撃を避けるとは、流石だなアラン」

「ふ…お前の攻撃など当たることはない、サムソン」






えっ!?

私は耳を疑った。

だって、だってアランがこんなに楽しそうに会話するのを聞いたことがない。
二人は知り合いなの!?

周囲を見渡すと、マルス様もナバールどのもオグマ殿も剣をしまっている。
そしてドアから覗き込むように、他の仲間達が二人を見ていた。



誰も心配していないみたい…?



アランがサムソンと呼んだ剣士を足止めしているうちに、マルス様は玉座で剣士を見守るように佇む女性…シーマ王女を説得しに向かった。
そして説得が終わると、剣を構えていたサムソン殿も剣を収めた。






「久しいな、サムソン。元気そうでなによりだ」

「アラン…また会えたことを嬉しく思う」






二人は固く握手を交わすと、軽い抱擁をした。
アランにあんな表情をさせるなんて、少し妬けてしまう。

サムソン殿はシーマ王女に駆け寄ると、その肩を抱いてマルス様に礼をし部屋から出て行ってしまった。
アランは追う事もなく、静かにその背中を見守っていた。





***************

なんか感動的なシーンが足早ですみません。
オグマとジョルジュって仲良くなったら、こんな風に話しそうじゃないですか?


2011/05/06



20話→