別の井戸で顔を洗って、部屋に戻ろうと歩いていただけのはずなのだが…。
私は本当に間が悪いと言うか。

今度はルークとが話している場面に出くわしてしまった。






「すまなかった!!!」

「ルーク…、もういいわよ。恥ずかしいから立ってくれる?」

「いや、それじゃ俺の気が済まない!」






ルークは土下座しているらしく、は焦って立たせようとしていた。
きっと彼女には謝罪よりも、羞恥を感じない方が大切なのだろう。






「いいから立ちなさいよ!」






しびれを切らしたは大声を上げた。
するとじゃり…と砂が擦れる音がする。ルークが立ち上がったのようだ。






「……謝りに来たのに、怒らせちまったな」

「本当よ!」






表情は見えなくとも、彼女が頬を膨らませて怒っているのが想像できた。
私は二人には見えないが、こちらからは二人とも見えるところに移動する。






、昨日は本当に悪かった。……俺、全然覚えてないんだけどさ、全部ロディから聞いたんだ」

「相当酔ってたから覚えてなくて当然よ。覚えてたらきっと、あなたは私の前に来ないでしょうね」

「う……そんなに酷いことをしたんだな」

「恋人のいる私を襲いかけたのよ?……でももういいの。私は怒ってないし、数少ない同期のあなたと仲違いしたくないのよ」






は溜め息を吐くとルークに近づいた。そして私がいつも彼女にそうするように、ルークの頭をぽんぽんと撫でた。
するとルークは顔を歪ませ泣きそうになると、腕で目を擦る。






「俺、お前のそんなとこが好きなんだ」

「ルーク…」

「わかってる。お前が俺の気持ちに答えられないことなんてさ。でも言わせてくれ…いや、言う資格ないかもしれないけど」






はもう一度ルークの頭を撫でると、わざとらしく咳払いをした。






「資格資格って、一体だれが決めた資格なのよ。これだから男はもう」






何か文句を言っているのが聞こえたが、はっきりとは耳には入ってこなかった。
しかし男について文句を言っているのはわかったので、背中がぞっとする。



…私もそう言われるようなことをやったかもしれないな。



思い当たることはなかったが、彼女の気に障らないように「資格」という言葉は使わないようにしようと思った。






「告白するのに資格なんていらないのよ。言いたくなったら言えばいいの!」

「…」

「でもあなたの気持ちには答えられない。私はアランを愛してるの。私の相手は彼しか考えられない」

「……そか。お前も目が高いよな!アラン隊長なんて最高の騎士だぜ」






空笑するルークを彼女は気付いていただろう。でもそのことについては特に答えなかった。
彼の気持ちに答えられないのに、振られたばかりの男をからかうようなことはしないというわけだ。

まったく、心が広くて出来た女性だ。






「…ありがとな、。俺、すっきりしたわ!よし、次の女を探すぞー!」






すっきりした表情で笑うルークを、は嬉しそうに見ている。
やはり思った通りだ。昨日の出来事もあるべくして起こったことだ。
この世に起こることは小さいことも大きいことも全て意味があるのだろう。



ならば私の病にも、何か意味があるのだろうか……






「盗み聞きか」






突然耳元で喋られ、今までにない程に驚き、振り向く。
すると、そこにはミネルバ王女が立っていた。






「ミネルバ様」

「若者の告白を盗み聞きとは、趣味が良いなアラン」

「……あなたに言われたくないですが」






そうだ。
私とが付き合いだしたあの日にも、彼女とたまに外で視線を交わす日も、いつでもミネルバ王女は盗み見ていた。






「私はたまたまその場に居合わせただけだ」

「今の私もそうです」

「ふーん…」






彼女はニヤリと笑って腰に手を据える。そして下から私を見上げた。
この方は扱いが難しい。というか、恐れ多いが同じ類の人間だからそう思うのだ。
何事にも動じず、涼しい顔をして何でもやってしまう肝の据わった人間など、そう簡単にはいない。






「お前と私は似ているところがある。だから少し気になっているのだ」

「そうですか」






まさか同じことを思っていたとは思わなかった。
ミネルバ王女を見据えると、彼女はじっと私の顔を見つめる。
どちらが先に目線を外すかの我慢比べみたいだ。






「…時に、お前の病は治るのか?」

「……いえ」

「不治の病か」






彼女は私から視線を外すと腕を組んで考え込んだ。まさかとの逢瀬だけでなく、そこまで見ているとは思わなかった。
確かに誰も見ていないような場所で咳をしていたが、病持ちだと気付くとは……、恐るべきドラゴンナイトだ。






に早く話した方がいいぞ」

「わかっています。しかしここ最近、は身近で不安な出来事がたくさん起きている、だから機を窺ってからと思っています」

「機を窺ってからか。窺っている途中に昨日の様な事が起こってしまっては元も子もないな」

「!」






言われて気付く。そうだ、機を窺って二人の関係を話さないでいるうちに昨日の事件が起こった。
今ではこのようにとルークの仲もおさまったが、いつもうまくいくわけではない。

王女の顔を見ると、彼女は小さく頷いた。






「いつばれるかわからない。それなら自分から明らかにしておいた方が後悔はない」

「ミネルバ様…」






わかってはいる。わかってはいるのだが……、話さなければならないと思う決定打がないのだ。
だからどうでもいい理由をつけては回避してしまう。



私はズルい人間だ…






「アラン、私は…」

「ミネルバ様とアラン隊長?」






ルークの声が聞こえ振り向くと、そこには彼とが呆然としていた。
私とミネルバ王女が話しているところなど、そうそうないからな。






「…な、何を話されてたんです?」






の震える声が耳に入る。まさか疑ってはいないだろうな。
この状況で、どうしてそのような震える声で聞かれねばならないのだか、わからん。

後ろから王女の笑う声が聞こえ、首に腕が回される。
ミネルバ王女はたまに笑えない冗談を言ったりしたりする。今回は両方だ。






「逢引の話だ」






王女のニヤリ笑いに顔が引きつる。とルークは完全に停止してしまったではないか。
私は丁寧に首に絡んだ腕を外し定位置に戻すと、じろりと睨んだ。






「笑えない冗談です」

「やはりか」






やはりかではない!!!
本当に扱いにくいお方だ。

……しかし。






「あなた様も何か悩んでおられるのでは?」






そうでなければ私になど話しかけてきはしないだろう。
私の弱みを握っているからこそ、その秘密を守れるような者に弱みを見せようとする人間もいる。
何かを共有できるのではと思い、私に話しかけてきたのではないですか。
そういう視線を送ってみた。人の心を汲み取ることに長けている人間は、視線だけで言いたいことがわかるはずだ。






「……お前の思い違いだ」






最初の間が気になりますが。そういうことにしておきましょう。
やはりミネルバ王女は全てに長けた素晴らしい女性だ。必ずやマケドニアは発展するだろう。






「そうですか」

「後悔だけはするなよ」






王女はそう言って背を向け、ひらひらと手を振って行ってしまった。
とルークがもう少し遅ければ、彼女の話をもっと聞けただろう。
王女は明らかに何かを話そうとしていた。






「アラン隊長?」

「なんだ、ルーク」

「浮気をするにしても、ミネルバ王女はマズイんじゃないでしょうか」






バカなことを言うこの騎士を拳で殴ると、の手を引いて歩き出した。
昨日の事、これでチャラにしてやろう、ルーク。

ふっと笑う私の背にの手が触れる。
その温もりが、いつまでも残り私の背を押してくれるのだ。



後悔だけはするな…か。今話してしまったら、私はきっと後悔してしまうだろう。
だから、すまない。もう少しだけ、普通の恋人でいさせてほしい。






すまない、





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アランは何事に掛けても運が悪そうというか(笑
それをちょっとでも良くしたいと思ってはいるのですが…
運が悪いのは、やっぱり彼の性かもしれません。


2011/05/22



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