は先がまだ長い。しかし私はもう限られた短い命だ。
これはいつも頭に刻んでいる。
だからこそ、それはいつ起こってもおかしくないとわかっていた。
彼女は若い。
全てを受け入れるにはまだ若い。
言いようもない不安を受け入れられないのは当たり前だ。
だから、病のことを話さなくて良かったと思った。
彼女は、私と違えたあの日から、私を見ないように努めていた。
話し掛けることはおろか、目も合わせようとしない。
怒っているのではない。私の存在をなかったかのようにしているのだ。
とても残酷なことだが、彼女にとって自分を守るにはそれしか思い付かなかったのだろう。
私にはそれがわかったし、彼女が傷つかずにすむならばそれでもいいと思っていた。
だから、私からその術を崩すようなことは決してしなかった。
話掛けず、気になっても目は向けない。見る時はいつも遠くからだけだ。
幸い、私は感覚も視覚も鋭い。
自分としては身を引き裂かれるような痛みがあるが、耐えることは出来た。
がそれを望み、それで心が保てるならば…、幸せならば、私が一番に望むことでもあるのだから。
私達にとっては最悪な別れかもしれないが、この状況だ。致し方ない。
今は戦時中なのだから、彼女が必死にマルス様を守る近衛騎士の務めを思い出したことで良しとしよう。
周囲の者達はすぐにこの状況に気付いた。
しかし口を出して来たのは数人で、他は特に遠巻きに見ているだけだ。
明らかにおかしいのがだからこそ、誰も何も言えないのだ。
私は至って普通に応対し、何か聞かれても特に詳しくは答えなかった。
そのうち、がオレルアンのウルフ殿と一緒にいるところをよく見かけるようになった。
病よりも酷く胸が痛んだが、彼女の中に私の存在がない以上、どうすることも出来ないのはわかっていた。
だから私も、それをあまり見ないように努めるようにした。
ハーディン王のパレス篭城は数日間続いた。
私からの情報を信じたマルス王子は、騎士ミディアを助けるためにオグマとナバール、ジュリアンとユミナ王女を潜入させ、レスキューの杖で救出した。
弱ったミディアを見たアストリアは彼女を抱き、自分が頑なにニーナ様の忠誠を守りたがったためにこんなことになったと詫びていた。
しかしミディアはこれからもそうでないと困ると叱咤していた。
ミディアさえ救えれば、あとはハーディンを倒してパレスを鎮圧するのみだ。
この数日は緊張が走り、見張りの兵士は瞬きの回数が減って目が充血している。
見張り以外の者もいつでも戦いに繰り出せるように備えていた。
見張りを交代し一休みしようとしていたその時、珍しい者に声を掛けられた。
「アラン様」
「カタリナ」
彼女はの親友だ。
一体どうして私に声を掛けてきたのだろうか。
「私はお前に様付けで呼ばれる地位はないぞ」
「あっ、で、ではアラン隊長」
「なんだ?」
「……やっぱり、アランさんでもいいですか」
「ああ。その方がいい」
堅苦しく呼ばれると、今まで染み付いた態度が出てしまう。それならば親しく呼ばれる方が楽だ。
彼女は魔導士であるため、直属の部下ではない。
「このままでいいんですか?」
「私とのことを言っているのか?」
「はい」
純粋な表情で頷かれ、思わず戸惑ってしまった。
こんなところはと似ている気がする。
「から聞いていないのか」
「あっ…、とは最近忙しくて話してなくて…」
気まずそうに言い、目を逸らす。
そういえば、二人でいる姿を見てはいないな。あんなに仲が良かったのに、何故…
「まさか、巻き込まれたのか?」
「巻き込まれてません!」
「やはりそうなんだな」
「巻き込まれてません!!!」
必死に否定するカタリナの両肩を掴み、瞳を見つめる。
嘘をついている者にやると、だいたいは私の恐さに降参して正直に話してくれるのだ。
「お前は自分で巻き込まれたといったようなものだ。通常、いきなり巻き込まれたか聞かれても意味がわからないだろう。
しかし意味がわかっているからこそ、即座に否定したのだ」
「うっ…」
カタリナは両手で口元を押さえ、顔を歪める。
「申し訳ありません…」
「いいや。どうしたのか話してくれるか」
「はい…」
彼女はしぶしぶノルダでの出来事を話してくれた。
広場でが泣いていたこと、恋に盲目になって務めを疎かにしていたこと、マリスの報告、自分がを否定してしまったこと、等々…たくさん話してくれた。
そこからはカタリナの愛情が溢れ、親友以上の絆が見えた。
「私を擁護してくれたのか」
「…の考えが間違っていると思ったのです。それがこんなことになるとは思いませんでした」
「はまだ若いから、仕方がない」
そう言うと、カタリナは怒った様に頬を膨らませた。
「そんな理由で諦めるんですか!そんな簡単な気持ちなんですか!」
「そういう意味ではない。しかし色々込み入っているのだ」
「そんな……私、諦めませんから!」
カタリナは立ち上がると行ってしまった。
その後何日も篭城戦が続き、カタリナは毎日やってきた。
いつの間にか、私にもそれが日課になってしまう。彼女が来るのが何となくわかるようになった。
「どうして本当のことを言わないんですか?」
今日はマリスが言ったことについての議論だった。
真実を言ったわけではないが、カタリナは私が女性とよろしくしていたわけじゃないと信じていた。
「証拠がない」
「信じてもらえればいいんです」
「今のに何を言っても無駄だ」
「だけど…」
カタリナもやっと、今のに何を言っても無駄だということに気付いてくれた。
彼女の中に私がいないという部分を説明したのだ。
「もう、いいです!」
こんな捨て台詞を吐いていなくなろうとするなど思わなかったので、追い掛けるのに手間取ってしまった。
彼女は案外足が早く、差がついてしまう。
アリティアを出た頃より進行してしまった病は、このように少しずつ私の体を蝕んでいた。
「見ろよ、元暗殺者がいるぜ」
突然、中傷が聞こえ耳を疑う。
対象のカタリナはびくりと肩を震わせ、言った兵士を睨んだ。
「暗殺者のわりには可愛い顔してんのな」
一緒にいた兵士がカタリナに近づき、彼女の髪を掴む。
「一発くらいいいんじゃね?」
「っ…」
カタリナは兵士の手を払って距離をとった。瞳が悲しく光る。
「お前達、何を言っている!」
そう言ってカタリナを背に隠し、兵士を見下ろした。
顔が赤く焦点が合っていないところを見ると、酒の飲み過ぎだ。
戦時中に酒を飲むなど、言語道断だ。罰せねばなるまい。
「今度は美人の近衛にフラれた隊長だぜ」
「…」
そう思われているだろうし、言われてもいるだろう。誰から見てもそう見えるのだから致し方ない。
「お前達、カタリナは立派なアリティア軍の魔導士だ。中傷は許さん」
「こえ〜っ!そんな吊り上がった目で真っ白な肌なんかしてっからフラれるんだよ」
「そーだそーだ」
完全に出来上がってしまっているな。これでは何を言っても聞きはしないだろう。
その時、後ろからカタリナの気配が消えたかと思うと渇いた音が響いた。
彼女は、二人の兵士の頬を平手打ちしていた。
「私のことを言うのはかまいません。暗殺者だったのは本当のことですから。でも、アランさんの事を侮辱するのは許せません!」
カタリナは一冊の魔導書を開くと、魔法を唱えた。
「シェイバー」
風の低魔法だ。
しかしカタリナの魔力は凄まじく兵士の鎧を切り裂き、彼等は真っ裸になった。
お互いにそれを確認すると、叫び声を上げて逃げて行ってしまう。
「すまない、カタリナ」
「いえ。こちらこそ庇っていただいて…とても嬉しかったです」
「当たり前のことをしただけだ」
笑うと、カタリナもおずおずと笑顔を見せてくれた。
たまににこりとするが、笑顔は滅多に見せない娘だ。かなり貴重な経験だな。
「の大切な人が悪く言われるのは、耐えられません」
彼女にそう言ってもらえると、自分がまだそうである気になれた。
「ふ、カタリナは本当にが大好きなのだな」
「はい、大好きです」
にこにこ笑うカタリナは、素直に可愛い女性だと思えた。
彼女の扱いは先ほどまではいかないにしろ、あまり良いものではない。
がそばにいない今、守ってやらなければと思った。
ハーディンの篭城が崩れ、私達は城内に攻め込んだ。
守りは堅く、敵は精鋭揃いだった。私達はゆっくりゆっくりと進み、確実に敵を倒していく。
は私の少し前にいて、マルス様を守っていた。
彼女の後ろにはウルフ殿とジョルジュ殿がおり、少し離れたところにカタリナとマリーシアが控えている。
私はしんがりを務め、援軍の出現を見張っていた。
「そこは狭くなっている。アストリア!」
「なんだジョルジュ」
「お前なら攻撃にも耐えられるし道もわかる。先に行け。もちろん俺が後ろを見張る」
「わかった」
二人はそんな会話をすると、王子の前にそろりと出ていく。
そして警戒しながら歩を進める。
「…っ」
「メティオが飛んできます!下がってください!」
カタリナが叫び、皆が上を見る。すると火を噴いた塊が迫ってきていた。
ターゲットは王子だ。
「マルス様!」
「大丈夫だ。君も避けて!」
「はい!」
二人がかわしたそこに、塊が落ちて黒く燻った。
全員で安堵の息を吐くと、壁の向こうから叫び声が聞こえる。アストリアとジョルジュ殿が敵を倒したんだろう。
私のすぐ前にいたマリク殿はカタリナのそばに行くと、彼女を労っている。
すると周囲も、彼女を取り巻くように何か話し掛けた。
「みんな、大丈夫だ」
程なくジョルジュ殿が顔を出し、先の敵はあらかた片付けたようだった。
私達が進み出したその時、城の入口で敵意が見えかくれした。
まさかと思い、ロディを引き留める。
「ロディ、援軍だ」
「本当ですか、隊長」
「嘘であってほしかったが」
私は槍と盾を構え城の方を向いた。援軍の知らせは、素早くこちらを見た王子にした。
ここは任せてくださいと。
「ルークでなくて役不足かもしれんが、宜しく頼む」
「隊長の隣で戦えるなんて、光栄です!」
ロディはそういうと、私と同じ様に槍と盾を構えた。
苦戦したが、援軍を無事撃破ししんがりの役目を終えた。
そのあとは宝物庫を整理するジュリアンを護衛していた。
宝物庫の奥から武器が激しくぶつかり合う音が聞こえそちらへ向かう。すると積み上げられた荷物の後ろに隠し扉を見つけた。
もしかしたらここは、玉座の後ろに出るのでは…そう思いジュリアンを呼ぶ。
「開けられるか?」
「任せときなよ」
彼は鍵穴を覗き中を観察すると、持っていた針金をくねくね曲げた。
それを差し込み、擽るように動かす。
カチリ
音が鳴り、彼が親指を立てる。
私は隠された取っ手を上げ、そっと掴んで開ける。
「ハーディン!以前の様に戻ってくれ!」
「くどい!これが本来の私だ」
間近で王子とハーディン王の声が聞こえ、本当に玉座の後ろに出たことを確信した。
「誰だ、そこにいるのは」
ハーディン王がこちらを見もせず言う。
闇のオーブで感覚が鋭くなっているのだろう。完全に気配を消していたのにばれてしまった。
姿を見せると、ハーディンはちらりと私を見て笑う。
そして驚いた表情の王子が、焦ったように叫んだ。
「アラン!君は宝物庫でジュリアンの護衛を…」
「俺もいますよ」
私の腰の辺りからひょっこり顔を出すジュリアン。
何を考えているんだ、ハーディン王の前なのに。危ないではないか。
「アリティアの騎士隊長は私を討ちに来たか」
「違います」
即答した。
しかし彼は信じていない様だった。グラディウスはマルス王子ではなく私に向けられている。
「あのゴミはどうした?まだ生きていただろう」
「っ…」
「絶対にお前の名を呼ぼうとはしなかったぞ。私はお前達のことを知っていたというのに」
笑うハーディン王が憎らしい。
しかしここは私が出る幕ではない。下がらなければ。
宝物庫の隠し扉を開けたことを後悔した。
「ハーディン、あなたは何を言っているんだ?」
王子が、王と私を交互に見る。
「ほう、王子には報告していないのか。マルス、こんな隊長ではアリティア軍など総崩れになるぞ」
「ハーディン王、私はあなたを自ら討とうなど考えてもいない。マルス様についていくのみだ」
「ほざくな!」
彼の怒号に、その場にいた全員が背筋を凍らせた。
しかしそれは私に向けられているのだ。受け入れないわけにはいかない。
「お前の女だ。私を探っていたお前の女を、なぶり殺してやったんだぞ。憎くないはずがなかろう!」
「!」
その場がシンとなる。
事情を知っている者だけが私を見た。
「彼女は私の手先…仕事を失敗しただけだ」
気持ちを悟られてはいけない。そう思い言い捨てた。
「フン……前から思っていたが、喰えぬ男だな。アリティア軍騎士団隊長アランよ。冷静な男だ」
ハーディンはそれだけ言うと、再びマルス王子にグラディウスを向けた。
「ハーディン、アランの密偵を殺したのか」
「そうだ。奴隷のくせに旨い処女だった」
「くっ…」
マルス王子はサッと剣を上げ、初めてハーディン王に敵対した。
彼女のために、王子に考えを変えてほしくはない。
しかし彼の剣は震えていた。
「最後にもう一度聞く。もう、元には戻れないんだね」
「無論だ」
フッと笑うハーディン王のグラディウスとマルス王子の剣がぶつかり合う。
闇のオーブに頼りきったハーディン王が、それを撃ち破るオーブを持つマルス王子に勝てるはずがなかった。
王子は彼の隙をつき、剣を繰り出す。
堅く大きな鎧を纏ったハーディンがそれを避けられるはずがなかった。
彼が倒れるのを見る前に宝物庫のドアを閉め、ジュリアンを追い立てるように整理を始めた。
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ちょっと長すぎた(笑
マイユニ出てこなくて、切なくてごめんなさい!
2011/06/01
29話→