ウルフ殿が仲間になって以来、気付くといつも共にいる気がした。



嫌じゃない。



だって彼は一流の弓使いでとても強く、冷静沈着。オレルアンの狼騎士団の隊長で、仲間に慕われている。
尊敬に値する人物だもの。

マルス様を信じていないことを除けば。

でもそんな魅力的な彼と一緒にいても、私の意識はずっとふわふわしてる。
戦いの最中はちゃんとしてるわ。マルス様を守り、しっかり近衛騎士の仕事を熟してるもの。
でもそれだけなの。

大事なものが欠けてる。
私の中にそれがないから、意識が留まってられないの。











、これは新しい弦か」

「はい」











ハッとして答え、持っていた弦を渡す。するとウルフ殿はしげしげと観察し始めた。











「ウルフ殿?」

「ああ、すまない。よく巻いてあると思って。通常、スナイパーの弓だとこんなに巻かないはずだが」

「ああ、それは私が女だからです」











そう言うと、触れるくらい近くに座っていた彼が勢いよく離れた。











「そうか。確かに、は女だ」

「…まさか、忘れてたんですか」

「そういうことではないが。オレルアンにはこんなに弓に精通している女はいなかったし、そもそも女は戦わないからな」

「それで私が女だと忘れていた…と。ふーん…」











じとりと睨むと、ウルフ殿はクールに笑った。きっと誤魔化す気だわ。
もっと詰め寄ろうとしたその時、ザガロ殿が私達の元に走ってきた。











「おーい、ウルフ!!」











彼は私の横にストンと腰を下ろし、ウルフ殿と同じように私の弦を見つめる。











「巻きすぎじゃないか?」

「いいえ、こうしないと威力が出なくて。やっぱり男性と比べると力が劣ってしまうんです。だから、万が一のために補足してるんです」











ザガロ殿はほーっと頷く。
しかしウルフ殿は浮かない顔だ。











「涙ぐましい努力だな、ウルフ」

「……気に食わん」











ウルフ殿はそう言うと私の弦の巻きを弱めた。そして弓に張ると私に持たせる。
そして、

「女は守られてればいいものだ」

こう言って行ってしまった。


ポカンとしている私の肩をザガロ殿が叩く。そして弓をヒョイと持ち上げ、弦の張りを解いた。











「すまないな。ウルフのやつ、を女だって意識し始めちまったんだ」

「…前から女ですけど」











むっつり言うと、ザガロ殿は膝を叩いて笑った。











「そういうところがそそるんだ」

「?」











再び肩を叩かれ、弓と弦を渡された。弦の巻きは弱められたままだ。
また調整して巻きなおさないと。











「あんた、自分がどれほど男にとって魅力的だか知ってるのか?」

「え?」

「知らないんだな」











彼はウルフ殿が走って行った方を眺め、溜め息を吐いた。
一体、今の質問の意図はなんなのかしら。











「ウルフが気付かなくとも、あんたの目線の先に誰か男がいるのはわかってる」

「!」

「おっと、誰だかまではわかんねぇけどな。いっつも遠くを見てるからわかったんだ」

「…いつも遠くを見てる?」

「ああ。うちの隊長のために、あんたを観察してたんだよ

「そう、ですか」











忘れようと誓ったのに、私は自分の知らないところで彼を追いかけてるんだわ。
自分では認めたくなかったことも、他人から言われると不思議と簡単に認められる。

もしかしたらアランとカタリナ以外の誰かに気付いてもらって、こう言われたかったのかもしれない。











「その男があんたに紳士的に接してたのもわかるぞ」

「えっ?」

「あんたのその無垢さだ。純粋に仲間を…男でも信じてしまう」

「それは…」

「これは例えだが、今ここで俺がすごくあんたを欲しい、モノにしたいと思ったとする。そこであんたを襲う。
他の奴らが気付いた時にはあんたは既に奪われた後で、俺は自分の欲望を満たす。これで終わりだ」

「終わり?」

「ああ。男は欲望で動くんだ。あとは逃げるだけさ。アリティア軍はここから動けないし、あんたは一介の兵士だ。
体を奪われたくらいでは、他の兵士が俺を追う事もないだろう」

「……そうですね。その通りだと思います」











素直に答えると、ザガロ殿は呆れたように再び溜め息を吐く。そして私をデコピンした。











「あんたはその機会を自分で作ってるんだよ」

「私がその機会を作っている?」

「そうだ。あんたの紳士的な彼氏とは違って、オレルアンの男は草原の荒れくれだ。欲望に逆らえるなんて考えない方がいい」











もしかして、ウルフ殿がそうなるかもしれないと言っているのかしら。

そんなことありえないのに。
でも男性には注意しなければいけないのは、ルークの時に確信したことだわ。
こうやって、ザガロ殿と二人きりになることも本当はいけないのかもしれない。

でも……もう、あの人は私に何があっても気にかけてくれないのよね。
わかってる。自分でこの状況を作り上げてしまったの。











ノルダにいた時は底知れない恐怖に怯えて、私は自分自身を守らなければおかしくなりそうだった。
だからあの人のことを忘れることにした。

そしてこの数日間離れてみて、それが間違いだってことに気付いたの。
離れたって、忘れたって何も解決しない。
不安はどこからもやってくるし、そもそも今は戦時中だからいつ誰が死んでもおかしくない。
いつだって抱えていた不安であるはずなのに、あの時は恋に盲目になって何も考えられなくなっていた。

カタリナの言った通りだったの。



でも、今気付いてももう遅い。アランもカタリナも失ってしまった。

二人とも私に話しかけてこようとしないもの。私がそう仕向けたように、私がいないようになってる。
それに今、あの二人は良い雰囲気だ。
よく一緒にいてお喋りしてる。あまり笑わないアランもカタリナもよく笑っている。



だから私、気持ちがふわふわしてるんだわ。
どうしていいかわからずに彷徨っているの。もう、前みたいに戻れないってわかっているから。











?」

「あ、すみません。肝に銘じておきます、ザガロ殿」











私はそう言って立ち上がると見張りに戻った。

今は戦時中。それもハーディンを倒せるか否かという大事な局面だ。こんなことで悩んでいる場合じゃない。
マルス様のお力にならなければいけないの。























やっとのことでハーディン王の守りを崩し、私達は城内に潜入出来た。
私やウルフ殿はもちろん。アストリア殿、ジョルジュ殿などパレス内に詳しい者や癒し手であるマリーシアやカタリナもいて、アランとロディも参戦していた。

私はアランを避けるようにマルス様の横に行き、カタリナとも目線さえ交わさなかった。

城内を少し進むと、カタリナがいち早く魔法の気配を察し、マルス様の命を助けてくれた。
そのうち、軍はグループに別れて進んで行く。

アランはロディを引き留めて援軍に備えている。マリク殿はカタリナと共に牢屋を探りに向かった。
ジュリアンはアランを待って宝物庫前で待機。残りのみんなはハーディン王の元へ向かう。

途中で竜の存在に浮足だったけれど、アストリア殿が一発で仕留めてくれたので、寧ろ軍の士気が上がった。



そして私達はハーディン王の前にたどり着いた。
マルス様はウルフ殿達狼騎士団の人達と約束した様に、王の説得を試みた。
きっと約束していなかったとしても、マルス様はそうしたでしょうけどね。
でも、ハーディン王は受け入れなかったわ。

ウルフ殿も説得しようと一歩踏み出した。けれど、王は赤く光る瞳で彼をねめつけた。
まるでウルフ殿なんて知らないかのように、敵であるかのようにしたの。
ウルフ殿はそれ以上動くことはなかったわ。動けなかったんだと思う。

彼の背中は泣いているようだったから。

彼も、マルス様もわかってたんだと思う。もう、ハーディン王の説得は手遅れだと。
けれど諦めきれなかったのよ。



…でも、きっかけはやってきた。



ハーディン王の左後ろの壁がゆっくり開いて、それに気付いたハーディン王はそちらに槍を向けた。
それまではそこが開いたことなんて誰も気付かなかったわ。
そしてそこから出て来たのはアランとジュリアンだった。どうやら宝物庫に隠し扉があったみたい。

闇のオーブに対抗するオーブも持っていないアランがハーディン王に武器を向けるなんて誰も思いもしなかったしその通りだったけれど、王だけはそう思っていなかった。
だから王は、驚愕の事実を明かしたの。
アランの大切な幼なじみの彼女をなぶり殺したと。

それを聞いた時、私は倒れそうになった。あの美しい女性に無惨なことをするなんて!
アランの大切な幼なじみを奪うなんて!

そう思ったら怒りが込み上げてきた。ハーディン王なんて、私が倒してやりたいとまで思った。

その時、私は彼女の言葉を思い出したの。「全てを任せる」って。
あの女性は私にアランの全てを任せてくれたのに、私は何をしているの?
何故、彼を無視しているの。











「もう元に戻れないんだね」

「無論だ」











マルス様の交渉は決裂した。



あとはハーディン王を倒すのみ。私達は全員武器を構えた。
ウルフ殿もアリティア軍と共に、かつて仕えていたハーディンに弓を引く。
迷いはあったと思う。ずっと信じて仕えてきた主人だもの。
でもハーディン王のこの姿と言葉を聞いたら、もう元に戻れないことは確信できた。

私達の助力なんて必要なく、マルス様は華麗な剣技で王を倒してしまった。

マルス様は一人で倒すと決めていたみたい。
かつての仲間を殺すのは自分一人でいい、そう思ってる。自分だけが重い責任を担い、ウルフ殿のような者達からの恨みも引き受けようとしている。



エリス様がかつて言っていた「マルスは強くない」という言葉…、今ならすごくわかる。
目の前にいるマルス様は、何かに押しつぶされてしまいそうなほど脆く見えた。











「マルス様!」











考えるよりも先に体が動く。私はマルス様の力になりたい。
ううん、ならなければならないの。だって、彼の背を任された近衛なのだから。











…」

「ニーナ様たちを探しましょう」

「ああ」











恐れ多いと思いつつ、マルス様の腕を掴んで引っ張る。
最初は驚いたように目を見開いたマルス様も、私の意図が分かったのかクスリと笑ってついてきてくれた。











「マルス、よくやってくれました」











その時、城の奥から行方不明になっていた四人のシスター達が姿を現し、マルス様の前に駆け寄ってきた。
マルス様は嬉しそうに歩みだし、ニーナ様の手を取る。



何かおかしい。



私の本能がそう告げ、この四人は本物じゃないと言っている。
でもマルス様は気付いていない。どうやったら正体を暴けるだろう。











「ニーナ様、ご無事だったのですね!」

「はい……ぐぅぅっ…」











突然、ニーナ様に扮したそれは苦しみだした。すると他の三人のシスターも苦しみだす。











「いったい、これは…」











驚いているマルス様の手を引き下がらせる。
私は彼を守る様に前に踏み出した。











『マルス、これはガーネフの司祭だ…』

「ガトー様!?」











ガトー様の声が頭の中に響き、それと同時にシスターたちの正体も暴かれた。
そこにいたのは闇の司祭で、ガトー様の力で苦しんでいる。











『おのれ、ガトーめ!マルスよ…シスターたちは我が元にいる。助けたければ我が元にくるのだ!』











ガトー様とは別の禍々しい声が聞こえた。これがきっとガーネフの声なのだろう。
ねっとりとした感覚を残す、闇の声だ。











「ガーネフ!!!」











マルス様は砂の様に消えていく闇の司祭を見つめながら、禍の元凶の名を叫ぶ。
私はそっと彼の手を離し、同じように残された闇の司祭の服を見つめていた。










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ちょっと説明的な文章になってしまいました^^;
ザガロとウルフってどんな感じなんでしょう?
違和感があったらごめんなさい。


2011/06/05



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