「詳しく聞かせてくれるね」











これは尋問だと思うことにした。
何故ならば、どんな些細なことも報告しなければならない立場でありながら、私はそれをしなかった。
時間はたくさんあったにも関わらず、自分の勝手な思い込みで王子に負担を掛けまいとしたからだ。











「わかりました」











報告しなければならないにしろ、この場にがいるのが不思議だった。
きっと本人もそう思っているだろう。
私を見ないように目を伏せ、ひっそりとマルス様の後ろに控えている。

無理やり連れてこられたのは明らかだ。











「座ろうか」

「いえ、私はこのままで」

「…わかった」











王子が座ったのを確認し、私は膝を着いた。

報告を怠ったのだ、これくらいは私の好きにさせてくれるだろう。
頭を深く下げ、片手の拳を地面に突き立てる。

王子は何も言わなかった。私の思いを汲み取ってくれたのだ。











「我らの軍がノルダを解放する前の日、彼女は街の前に無残な姿で打ち捨てられていたそうです。まだ息はあったようで、貧民街の者が助けてくれました」

「貧民街の者が?」

「彼女はノルダの奴隷出身なので、ノルダを解放しようと尽力しておりました。貧民街の者には人気があったようです。
そのため、まだ息のあった彼女を手厚く介抱してくれたのです。しかし手遅れだった…」

「…そうか。きついことを聞くかもしれないけど、そもそもなぜ彼女はハーディンを探っていたんだい?」











やはりそこを聞かれるか。
曖昧な説明ではマルス様は納得してくれないだろうことはわかっていた。
私は息を吐くと、王子の瞳を見返す。











「彼女の仕事への誇りと、持ち合わせた優しさのためでしょう」

「仕事の誇りと優しさ…?」

「ハーディン王に近づくなとは言っておりました。しかし同じ様な仕事をしていた少年が王に見つかってしまったのです。通常なら見捨てるはずのその少年を、彼女は庇った」











マルス様は息をのんだ。

私が王に言ったのは彼女が仕事をミスしたという結果論だ。だからこそ王は喰えない男だと私を表した。
しかし事実はそうではない。それを知って、王子は事の残酷さを受け止めた。

陰で聞いていたは受け止めきれなかったようだ。啜り泣きが聞こえる。
彼女は心優しき優しき女性だからな。

王子はを同席させたことを後悔しているようだった。声を抑えて泣く彼女の背を見つめ、溜息を吐く。











「私が到着した時には既に遅く、彼女は亡くなっていました。ノルダを解放した我等に深く感謝していたようです」

「そうか、それなら救われるよ」











その時、青い顔をしたが走って行ってしまった。
マルス様はは彼女の背をチラと見て、私を見据えた。











「ハーディンは本当に彼女をなぶり殺したのかい?」











かつての仲間で、アカネイアの皇帝にまでなった方だ。信じたい気持ちは私にもわかった。
けれど目撃者もいて、本人も認めている。私は苦々しく頷いた。











「彼女に守られた少年が全てを見て、ミディアの処刑の件とともに報告してくれました」

「わかった。ミディアの件はそこから来た情報だったんだね」











王子は私から目を逸らし、遠く遥か彼方を見つめていた。

その目に何が写っているかはわからない。けれどもその感慨深い時間を、邪魔するわけにはいかなかった。
私は静かに下がり、その場をあとにした。











城内もあらかた片付き、ジュリアンの様子を見に行った。
しかし彼は宝物庫にはおらず、片付けられた箱だけが閑散としている。
その一つに座り込み、今まで起こったことを思い返していた。











「っ…ゴホッゴホッ」











突然咳が込み上げ、思考が中断される。以前よりも咳の頻度は増え、胸の痛みも辛くなってきた。
近くにがいたら、既にばれてしまっていただろう。

だからこそ、私達が離れることは運命だったのかもしれないな。











「っふう…」











口元をハンカチで拭い、一息吐く。
咳は治まり、胸は平静を取り戻していた。用心のために深呼吸をした時、ドアが開く音が聞こえた。
振り向くと、そこにはカタリナが立っていた。彼女は入ろうとせず、入口付近で立ち止まっている。











「カタリナ…?」

「…」

「どうしたのだ?」











明らかに様子がおかしい。俯いて見えにくい顔は青白く、両手は交差して二の腕を握り締めている。
肩はぶるぶると震え、いつにも増して小さな存在に見えた。











「ふえっ…」











上げた顔はくしゃりと歪み、瞳は潤んでいた。
体当たりするように私の元へ走って来ると、大声を出して泣き出す。











「とうとうに嫌われてしまいました!」











カタリナはそう叫ぶと、私の胸に顔を押し当てる。
肩を抱いてやると強張りが解け、全てを預けてきた。



詳しく聞いてみると、今までは無視で済んでたらしい。
無視こそ相手の存在を認めているようなものだから安心していたが、今日は「もう私に関わらないで」とハッキリ言われたそうだ。

どれも私のせいなのだろう。

最初は私との仲のせい、今日は私の話を聞いて気が滅入っていたせいだろう。
そこへカタリナがいつもの調子で私のことを説きに行ったんだろうな。

しゃくり上げるカタリナの肩を強く抱き、頭を撫でてやる。
すると不思議に涙が止まったようで、ゆっくりと私を見上げた。











「私、と仲直りしたいです」

「それならば私と話さず、話題にも出さずにと話したらいい」

「それは出来ません。私はアランさんと話したいですし、一緒にいたい…」











カタリナはそう言った途端、ハッとして口元を押さえた。顔は赤い。
口元の手を私の胸に当て、再び顔を埋める。目をつむって額を擦りつけ、もう片方の手を私の背に回した。



ああ、まさかそんなことは起こりえない。



焦るなと自分に言い聞かし、カタリナの肩に手を乗せる。











「私はではないぞ。相手を間違えるんじゃない」

「え?」

「カタリナ、お前が好きなのはだろう?」











ゆっくりと体を離し、瞳を見据える。
不安そうに揺れる瞳は、真っ直ぐ私を見返していた。











「私はを愛している。きっと彼女は私の愛する最後の女性になるだろう」

「アランさん…」

「私達はライバルのはずだが?」











私の言葉に、カタリナは一瞬止まる。そして少し考えて頷いた。











「はい、そうでした。私達はライバルでしたね」











滅多に見せない笑みを見せ、一歩下がる。
お互いに手を伸ばさなければ触れられない位置に立ち、無言の了解をした。











「ここは埃っぽいから咳が出るんです。出ましょう」

「!……ああ」











宝物庫が埃っぽいのはどこの城も共通だ。それに助けられるなど、思いもしなかった。
と考えたが、そうでもなかったらしい。カタリナは人をよく観察しているからな。











「……そういえば、アランさんは最近、咳が多い気がします。風邪ですか?」

「まあ、そんなものだ」











同じ病気という意味だが、嘘は言っていない。
腑に落ちないという表情で私の腕を掴み、外へ導く。
廊下では兵士達がせわしなく働いていた。











「もう夕食の時間です。今日はパレス解放でちょっとした宴が始まりますね」

「そのようだな」











せわしなく働く兵士の表情は、一つの目的を達した満足感が見え隠れしていた。
そして、ちょっとした期待感も篭っている。
笑みを浮かべると、嬉しそうにカタリナも私を見ていた。その頭にぽんと手を乗せて、私達は手伝いに向かう。



ありえない。そう思ったカタリナとの微妙な関係…それに救われているのは私なのかもしれない。

しかし、愛する女性はだけだ。これは誓って言えるし、これからも命尽きるまで愛し続けるだろう。



カタリナもそれを理解してくれた様だった。それでも、彼女は宴の間共に居てくれた。
一緒にいられる仲間が少ないからかもしれないが、横にちょこんと座って、でしゃばる話もせずに仲間達の会話に静かに耳を傾けている。

そのか細い肩を何度抱き寄せたいと思ってしまったことか。
しかしそれは罪深く、自分の意に反する。弱くなった心を、誰かを犠牲にして癒してはならない。



カタリナのように幼少から傷付いて生きてきた者なら、尚更だ。



私は出しかけた手を握り締め、たまに浮かべる彼女の笑みに癒されることにした。







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あらぬ方向へ進みつつある二人の関係。
書いた私もちょっとハラハラします。



2011/06/11



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