これ以上聞く事は出来なかった。だって、ハーディン王がアランの大切な幼なじみをなぶり殺したなんて。
アカネイアの王だというのに!

私はアランとマルス様が話している場所から逃げるように走った。
とても失礼なことだとはわかっていたけれど、そうせずにはいられなかった。

抑えていた涙が溢れ出して、止められなかったの。



ハーディン王は闇のオーブに支配されてたからって、常軌を逸していた。
ううん、よく考えれば全てにおいて常軌を逸していたのよ。今回のことだけじゃない。

それもこれも、王がニーナ様に愛されなかったからだ。
愛している人に愛されてないとわかったら、苦しいという言葉だけじゃ済まない。身が張り裂けそうで、全てがなくなってしまえと思える。

私もそう思い込んでしまって、こんなことになってしまった。











真実は明かされたわ。

マリス殿が言っていたアランが貧民街に会いに行った女性は、亡くなった彼の幼なじみ。
最後の別れを言いにいったのよね。

もう一つ、彼が私を怒った理由もカタリナが言った通り。
私は恋にかまけてマルス様をお守りすることを忘れていた。
アランは私の恋人の前に上官だもの。間違ったことは言ってない。



でも、腑に落ちないのは言いようのない不安。彼に何かが起こるってこと。
それだけは、彼のことを考えるだけで溢れてくる。

どうしてだろう。
アランに一体何が起こるのか…。わからないから恐いの。











「でも、もう全てが遅いわよね」











私は自分を守るために彼を無視した。彼を擁護するカタリナも無視した。
本当に最低な人間だわ。

アランは大人だから、私がそうしたらそれを尊重してくれた。
けど、カタリナは…











、ここにいましたか!」

「……」











ちょうど本人のことを考えていた時にカタリナが現れた。私のことを探していたんだろう、息が上がっている。
無言で見据えると、畏縮したように体を縮めた。











「今日で明らかになりました!やっぱり浮気なんかしてないんです」











きっぱりと言って私を見つめる。やっぱりアランのことを擁護しに来たんだ。











「アランさんは、幼なじみさんに会いに行っただけだったんです」











アランさん…?











「仲直りするなら今ですよ!アランさんはを待ってます!」











カタリナはアランのこと、アランさんなんて呼んでいるの!?
アリティアの騎士隊長だっていうのに、隊長ってつけないでさん付けするなんて!



胸の奥からもやもやしたものが広がってくる。気持ち悪い。
それにカタリナへの怒りが込み上がる。

唇を噛み締め、彼女を睨んだ。











「…?」











私の目を見て、カタリナはびくりと震えた。出しかけた手を引っ込め、一歩下がる。











「もう私に関わらないで」











静かにそう言ってその場を後にした。彼女がどんな表情をしたかなんて知らない。
嫉妬の炎が体中を支配し、私の全てでカタリナを拒否していた。



私はまだアランが好きなんだ。



とぼとぼ歩きながらそう思った。あんなに無視したのに、いないことにしたのに…



そばにいたい。触れたい。

愛してる…



その後はパレス中を歩き、迷子になっていた。
中庭に着いたり、牢屋についたり、やっとわかる場所に辿り着いた時には夕食の頃合いになっていた。

今日はささやかな宴をするらしく、兵士が忙しく行き交っている。手伝いを申し出ようとした時、宝物庫からカタリナが現れた。
笑ってはいたけど、泣いたのがバレバレだったので、さっきのキツイ言い方をしたことは謝ろうかと思った。
そこら中を歩いていたら、嫉妬も鎮静化して自分が悪いことに気付いたんだもの。
私って本能で動いてしまう人間なのね。

一歩踏み出したところで、彼女が誰かの手を引いていることに気付く。
まさかと思って柱の影に隠れて見ていると、そのまさかだったの。











「もう夕食の時間です。今日はパレス解放でちょっとした宴が始まりますね」

「そのようだな」











カタリナはアランににっこり微笑み、彼も優しい表情で彼女を見下ろしている。
見たくないのに、確かめるように見入ってしまう。
また嫉妬の炎が燃え上がった。

そのうち、私の特権だった頭ぽんぽんがカタリナにされ、彼女は嬉しそうに受け入れていた。



宝物庫の中で一体何をしてたの!?
泣いてるカタリナにアランは抱きしめてキスをしたの?二人はどんな関係なの?



頭が二人のことでいっぱいになり、おかしくなりそうだった。



宴の最中もアランとカタリナは一緒にいた。
カタリナは奥ゆかしくみんなの話に耳を傾け、アランはそんな彼女を優しく見守っている。
誰が見てもお似合いの二人だと思った。

それに、気付いちゃったの。アランがカタリナに手を出しかけて握りしめるのを。

二人はまだ恋人とかじゃない。
けど、その仲は急速に発展しているのだわ。アランはカタリナに惹かれ始めてる…。



嫉妬の炎はパッと消え、残ったのは空虚だけだった。
彼の横はずっと私が独占していたはずなのに、それをカタリナにとられてしまった。



…ううん、そんな考えはダメ。最低なのは私なんだから。



アランもカタリナも自分で無視したんじゃない。だから今みたいなことになったのよ。
元はといえば、私が悪いのだから。
自分を守ろうとしたのに、結局は守るどころか壊しただけ。

心は砕けてしまった。











力無く歩いて、歩いて…玉座の間に辿り着いた。ぼーっと広間を見回して中庭に向かう。
誰もいないと思ってたのに、そこにはウルフ殿が座っていた。

彼の背中はだいぶ小さくなってしまったと思う。
そう、信じていたハーディン王を討った時から。

邪魔してはいけないと思って引き返そうとした時に小枝を踏んでしまい、闇夜に渇いた音が響いた。











「誰だ?」

「…私です。ごめんなさい、邪魔をしてしまって」

「いや、なら大歓迎だ」











ウルフ殿は力無く笑うと、隣に座るように促す。頷いて彼の横に腰を下ろした。

きっとハーディン王のことで黄昏れていたのだろうと思い、特に話しかけなかった。
どのくらい経っただろうか、ウルフ殿は小さく溜め息を吐いて私を見る。











「何か話してくれないか」

「でも…」











何て言っていいかわからないと言いそうになって止めた。失礼だもの。











「本当に素直だな…」

「すみません」











しょんぼり謝ると、彼は間に置かれていた私の手をぎゅっと握った。

えっ?と思ったけど、温もりを求めている人の手を振り払うほど酷くはない。
それに、私も今は人の温かさを求めている。











、ハーディン様を救うにはどうすればよかったんだ?」











強く握られた手を、優しく握り返す。
この人は、自問自答して迷ってしまってるんだわ。











「ウルフ殿、もう過ぎてしまったことは変えられません」

「随分きっぱり言い切るな。慰めはないのか」

「慰めても、あなたは自分の殻に閉じこもるだけです。それならきっぱり本当のことを言う方がいい」











彼はじっと私を見返した。
本当はわかってるんだ。でもまだ迷いから抜け出せないでいる。
私に導いてあげられるかしら。











「ハーディン王は自らを亡くすために、マルス様に助けを求めたんです。そして目的は達せられた」

「…ああ」











彼の手を離し、きゅっと肩を抱く。私の温もりが、伝わりますように。











「ハーディン王は、自ら望んだ方法で召されました。それこそが一番の救いです」

「……」











ウルフ殿も私の体に手を廻し、抱きしめ返してくる。それを受け止め、背中を優しく叩いてあげる。











「ザガロも、ビラクもロシェもみんな同じ事を言った。でも最後の部分は……『救われただろう』と仮定だった。だが、あんたは言い切るんだな」

「はい」











だって、ハーディン王は最期までマルス様にニーナ様を頼むって言ってた。
愛する人を自分を殺す人になんて頼めない。
だからハーディン王は、マルス様を心から信頼している。











「……俺もそう思っている。ハーディン様は誰よりもマルス様を信頼したんだ。俺達よりも」

「ウルフ殿、それは…」

「ああ、わかっているさ。マルス様のような優しさがないと王を倒したり出来ない。もし俺達が王に殺せと命じられたとしても、命令を遂行することは出来なかった。
いや、命令されなくても出来なかったんだ。ハーディン様がおかしくなったなんて信じなかった…現実を見なかったんだからな」











彼は強く私を抱きしめ、大きく息を吐いた。
肩の力を抜いて全てを預けてくる。











「すまない、。もう大丈夫だ」

「謝らないで。こういう時はお礼の方が嬉しいです」











昔、アランに言われた言葉を無意識に言っていた。あの時の彼もそんな気持ちだったのだろう。

こんな私がウルフ殿を救う事が出来てよかったわ。











「ありがとう、…」











ゆっくりと体を離し、彼は触れそうなくらいの至近距離で私の目を見つめる。
奥底に炎の宿った瞳は、もう迷ってなんかいなかった。

ウルフ殿はもう大丈夫。きっと最後までマルス様を助けてくれるわ。



そんなことを考えていると、ゆっくりと彼の唇が近づき、私の唇に触れた。
驚いている間に彼は何度も口づけ、私の舌を絡め取った。

拒まなければいけないと思ったけれど、その時アランとカタリナが一緒にいる姿を思い浮かべてしまったの。
そうしたら胸がきゅうっと苦しくなって、私だって!…と思ってしまった。
拒むことなんて忘れ、あろうことか求めてしまったの。



ウルフ殿が求めるがままに舌を絡ませ、彼と何度も口づけた。
優しくて気持ちよくて、でも激しくて情熱的なキスだった。

そのまま草むらに押し倒され、首筋にキスをされた。服の上から乳房を揉まれ、喘ぎそうになる。
見上げると、彼は目を細めてフと笑い、私を抱き上げて、あてがわれた部屋に向かっていった。











ベッドにおろされて、あっという間に服を脱がされた。
荒々しい手つきで自分も上着を脱ぎ、私に覆いかぶさる。
口に含まれた乳首は弄ばれ、甘噛みされると喘ぎと言うよりも嬌声をあげていたと思う。

気持ちよくてしょうがないはずなのに、体はこんな素直にウルフ殿を受け入れているのに、心だけはとても虚しかった。
自分の行為を第三者目線で見て、「ばかね、なにやってるの」とずっと思っていたの。

彼の指が私の下腹部まできて、そこを掻き回す。何度上げたかわからない程の嬌声をあげ、その指を深く受け入れた。
すると、今まで無言だった彼が突然口を開いたの。











「ザガロに……あんたはやめとけって言われた」

「えっ」

「あんたは別の男を見てるから、絶対痛い目を見る。だからやめとけって言われた」

「!」











何も言い返せなかった。
私もザガロ殿に注意されてたんだ。それなのに、自分でその機会を作ってしまった。
ウルフ殿は大丈夫、紳士的な方だからと。
でもそんな彼を拒まずに自分から求めてしまった。



自分が嫌なことを忘れたいがために!!!

なんて失礼な奴なの!?なんて悪女なのかしら!!!











「あんたを最初に抱いたのはその男なのか?」

「はっう…んっ!」











ウルフ殿は私のそこを指で出し入れしながら、問い詰めるように聞く。
でも快感が体を走り抜け、うまく答えられない。











「俺はあんたに惹かれてるんだ。純粋で美しいが好きだ。しかし、別の男を見ている女を想うなんて器用なことは出来ない!」

「んんっ」











指が私の最奥に当たり、体が弓なりにはじかれる。











「オレルアンの男は、一人の女を一生愛し続ける。俺を選んでくれるなら、俺だけを見て、戦いが終わったら一緒に草原に来てくれ!」

「あっ……はああああぁぁぁんっ」











快感が溢れだし、体の力が失われる。くたりと横になり、荒い息を整えようと必死になった。


私が弱いからこんなことになったんだ。いつでも強くありたいと願って訓練してきたのに、心は弱いまま。
真っ直ぐ気持ちをぶつけてきてくれたこの人の気持ちに答えたい。

でも、心が弱いくせに自分の気持ちには逆らえない!











「っ…ごめんなさい」











絞り出すように言った言葉に、ウルフ殿は顔を歪めた。
怒ったような悲しい顔で「クソッ」と声を漏らす。

こんな場面で涙を流すのは女のズルい癖だと思う。けれど、私の目からはとめどなくそれが溢れてきた。
あられもない姿をさらしながら、私は顔に両手を当てて涙を止めようと必死になった。

すると逞しい手が私の腕を顔からどけ、その顔が覗く。
でも罪悪感がある私は、ウルフ殿の瞳を真面に見返せなかった。











「あんたはなんでそんな傷ついているんだ?その男は、一体何をやっている?」

「ふっ…ふええ…」

「他の男を受け入れてしまうくらい、人の温もりを求めているんだろう?その男は何故手を差し伸べないんだ?」

「ちっ…がうの、私が無視したの…私が悪いの。私がっ……恐くなって彼を無視したのっ…」











言えたのはそれだけ。それからはずっと泣きっぱなし。
でもウルフ殿は困った顔も嫌な顔もせず、私をずっと抱きしめてくれていた。
何も聞かず、その広い胸を私の為に貸してくれたの。



そして彼に抱かれたまま、朝までそこで眠ってしまった。



起こされたのは日がかなり高く上がってしまった昼。
それも私達を起こしたのはザガロ殿だった。

ウルフ殿とザガロ殿は同室をあてがわれていたみたい。
部屋に帰ってきてみたら私がいたから、かなり驚いたでしょうね。











「ザガロ殿っ!?」











ガバリと起き上がった私を見て、彼は後ろを向いた。











「服を着るか、シーツを巻くかしろっ!」











そう言われて自分が裸だったことに気付く。私は再び布団を被った。











「お前らここで何してたんだよ!俺はどっちにもやめとけって忠告したはずだぞ」











ウルフ殿は驚いた顔で私を見て、肩をおろした。きっと自分と同じように忠告されているにも関わらずこんなことになって、と呆れているんだろう。
彼は裸のまま布団から出て、散乱した服を拾った。そして私の分を渡してくれる。











「俺達はお互いの心を癒していただけだ」

「はあ?体で癒せるかよ!」

「…体の付き合いはない」











二人とも裸なのに、この言葉ほど説得身のないものはなかっただろう。
ザガロ殿も半信半疑で私を見返すものだから、何度も頷いた。











「本当か?」

はずっと泣いてたんだ。俺は冷やすものを持ってくる」











ウルフ殿はそう言って部屋を出て行ってしまった。
そして残された私は、ザガロ殿にじっと見つめられる羽目になる。











「嘘じゃないようだな。あんたの目、腫れ過ぎて外に出られるようなもんじゃない」

「えっ?そんなにですか」

「ああ」











彼はカーテンを開けると、窓の外を見つめた。
窓からは暖かな日差しが入ってきて、心地よい気持ちになった。

あんなにたくさん泣いたから、心に巣食っていた闇は消えかかっていた。辛くて苦しい痛みも消えかかっている。
傷つけてしまったのにこんなに優しくしてくれて、ウルフ殿は草原の紳士だと思った。



ほどなくしてウルフ殿が部屋に戻ってきて、冷たくした布を私の瞼に乗せてくれる。
そんな行為を見てザガロ殿は溜め息を吐き、











「お前ら、変な絆つくるんじゃねぇよ。見てらんねぇ」











と言って部屋から出て行ってしまった。
私はウルフ殿と顔を見合わせ、くすくすと笑っていた。

ウルフ殿が大丈夫になったように、私ももう大丈夫になったんだ。











「もう大丈夫だな。はやはり笑っているのがいい」











私の頬に優しく触れ、ウルフ殿は目を細めて笑った。










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人として、心が弱くなっている時には何が起こるかわかりません。
みなさん気をつけましょう(笑)

…でも相手がウルフならちょっと考えちゃうかも(ぉ



2011/06/13



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