「……あんたの相手が誰だか知らないが。少し勇気を出せば進めるんじゃないか」











服を着ている途中の私に、ウルフ殿は言った。

さっきはザガロ殿がいて服を着ることが出来ずにいたけれど、今はもうここにいないしウルフ殿とは裸で抱き合った仲になってしまった。
だから彼の前でそうしても恥ずかしくはなかった。
ウルフ殿も何も言わず眺めている。











「勇気…ですか?」

「少しでいいんだ、普通に話しかけてみろ。そいつが嬉しそうに笑ったら、まだお前を愛しているだろう。
しかし嫌そうにしたり無視をしたら、その時はそいつを忘れるんだ」











簡単な方法だと思った。でもそれが一番の方法だとも思ったわ。
だってアランはある意味わかりやすい反応をしてくれるんだもの。
私といるときは優しく語り、普段は厳しい上官の口調をしている。

そうか!と思ってにっこりすると、ベッドに腰掛けていたウルフ殿が突然、私を抱きしめた。











「ウルフ殿!?」











慌てる私を強く抱きしめ、額にキスをされる。
でも不思議と嫌じゃなくて、拒む理由も見当たらない気がした。











「次に心が弱くなったあんたを見たら、今度こそ俺が射止める」

「えっと、はい。でもオレルアンには行けません」

「アリティアの騎士だからか?」

「はい。私はマルス様の近衛ですから!死ぬまでずっと、アリティアの騎士でいたいんです」

「そうか…」











ウルフ殿は考え込むと、一つの案を話してくれた。











「もし俺があんたを射止めたら、とりあえず草原で抱く。子供はたくさん欲しい、アリティアもオレルアンも埋め尽くすくらいにな。
俺とあんたの子だ、弓の筋は最高に良い。それを期待している」

「…もしかして、弓の筋が良い子が欲しいとか?」

「それが一番だな。あんたの美しさなどはその次だ」











ニヤリと笑う彼に、思わず私も笑ってしまう。これじゃ私が良い種馬(ウルフ殿)と掛け合わせられるみたいじゃない。

ウルフ殿は私の髪を梳くって、さらさらと流しながら首筋に顔を埋めてきた。
くすぐったさの中に快感が混じり、思わず喘ぎそうになった。











「はぁっ…ウルフどのっ…」

「それが出来ないのが残念だ。ここであんたの全部を俺のものにしたかった」











私を覆う薄布の上から荒々しい手がそこを弄る。
体中にしびれが走り、中がきゅうと縮まった。











「体はこんなに求めてくれるのに、心がなければ意味がない。俺はハーディン様の二の舞にはならない」











彼は手を離し、私を再び抱きしめた。
今度は優しく抱かれ、昨日からずっと守る様に私を支えてくれた温もりを感じ、勇気をもらった気がした。











ウルフ殿にお礼を告げ、私はその部屋を後にした。

あんなに思ってもらえるなんてとても嬉しいし、彼はオレルアンの狼騎士団の隊長だし、若くてかっこいい。
セシルに言わせれば、なんてもったいないことをしたの!だろうな。



でも私はアランを愛してるから。この愛にはあの不安ももう勝てない。



とりあえず部屋に戻って今後の事を考えようと歩きだした時、女性用トイレから唸り声が聞こえた。
化け物か変質者か?と思い、恐る恐る覗き込む。











「ノルン!」











そこには流し台に突っ伏したノルンがいた。











「ちょっと、大丈夫?」

「ああ……」











二日酔いなのかと思ったけど、彼女が痛そうに押さえているのはお腹だ。











「腹痛?」

「違うの、生理痛で…」











苦しそうに言う彼女は、本当に辛そうで見ていられなかった。
生理痛じゃ何もしてあげられないと思い、とりあえず部屋に送って布団を掛けてあげた。



…そういえば、私はいつ生理きたっけ?



このところ気持ちが立て込んでて考える暇がなかったけど、かなり前だったはずだ。
ストレスも溜まってただろうし、遅れてもしかたないわよね。
今まで遅れて来たことなんて一度もないけど、最近の気持ちの立て込みは初めての辛さだったから…これも初めての遅れかしら。




部屋に戻ると、セシルはあられもない姿で寝てるし、カタリナも布団を剥いでいた。
彼女が部屋にいてほっとしながら布団をかけてやり、私はベッドに座った。

ほんの少しの勇気を出すにはどうすればいいのかしら。話しかけるには、どうすればいいのかしら。
無視する前に出来ていたことをするのはとても難しい気がする。
それをするという行動が勇気なんでしょうけど…。

ボーッとしていると、うとうとしてきてしまった。ウルフ殿の腕の中であんなに長く眠ったのに…

思い出して赤くなる。私ったらどうしてあんな大胆なことが出来たのかしら。
あったことは全部内緒よ。絶対にアランには言わないわ。
だって私、彼を愛しているのに浮気したんだもの。これからの私たちには必要ない話だわ。











?」











か細い声で呼ばれ振り向くと、怯えた表情でこちらを見つめているカタリナと目が合った。
セシルの寝息しか聞こえない部屋は無音そのもの。だから彼女がゴクリと唾を飲み込んだのが聞こえた。
私の勝手な嫉妬で傷つけたんだもの、謝らなきゃだめよ。カタリナが何かを言う前に、「ごめんなさい」って言うのよ。

心の中で「少しの勇気、少しの勇気」と呟いた。
すると気持ちがスッと軽くなり、詰まっていた言葉が出てきたの。











「ごめんなさい」

「え…」

「あなたを傷つけてごめんなさい」











カタリナは瞬きを忘れてしまったようだった。私をじっと見つめて、唇をぶるぶる震わせている。
そのうち口元が歪み、大粒の涙を流し始めてしまう。











「私はやっぱりがいないとダメです。が一番大好きです!!!」











そう言って、自分のベッドから私の元へダイブしてきた。











「もう、カタリナったら!そんな簡単に許してもらっちゃっていいの?」

「はい!が私と話してくれるなら、いくらでも許せます。あ、でも恋にかまけて他が疎かになっている時とかは許しませんよ!」











人差し指を立てて真面目に言うものだから思わず笑ってしまった。
カタリナはまっすぐな人だから、間違っていると思ったことはちゃんと指摘してくれるのよね。
ただ、それを私が聞かなかっただけ。











「ありがとう。私も大好きよ、カタリナ」

〜〜!」











大袈裟なくらい抱きしめ合い、お互いが満足して体を離すと、大きな声で笑う。
こんなに大きな声を出しているのにセシルが全然起きないのがおかしくて、もっと笑ってしまった。











「あの、…」











カタリナが突然気まずそうに切り出し、すぐに何を言おうとしてるのがわかった。











「待って!アランの事なら自分でちゃんとするから口を出さないで」

「!…どうするつもりなんですか?」











そう聞かれ、小さく深呼吸して答える。











「元の私達に戻るの。彼を愛してるから」











きっぱりと言う。
喜んでくれると思っていたカタリナは驚いているだけ。そんなに意外な答えだったかしら。











「そう…ですか。頑張って下さいね」

「ありがとう、カタリナ」

「私は、が幸せなら私も幸せです」











カタリナはあの時の嬉しい言葉をもう一度言ってくれた。
私は何度も頷き、彼女をぎゅうっと抱きしめた。











部屋を出て一人で歩き出す。何か考え事したい時はこうやって城内を迷うのが一番よね。
無心になりたい時は訓練をするのが一番だし。

それにしても、考え事してもすぐ気がそれちゃうくらいに廊下が兵士で溢れかえってるわね。
みんなぐっすりと寝込んでるし…
でも不思議とお酒とかつまみとかは片付けられていて異様。

そんな様子を見ながら歩いていると、訓練所から声が聞こえてきた。宴の後だっていうのに、誰かと誰かが戦ってる。
こっそり覗こうと格子に手をかけた。











「はあっ!」

「ふんっ」











木のぶつかり合う音が耳に入る。
きょろきょろしていると、戦っている二人の姿が目に入って来た。

サムソン殿と……アランだ!











「っ…!」

「もらった!」











木剣の先がアランの脇腹に入る。
痛そう…











「今のお前じゃ俺には勝てないぞ」

「その通りだな」











アランは頷いて剣を床に置き、サムソン殿に礼をした。
サムソン殿も同じ様にすると、逞しい腕で額の汗を拭う。











「して、のことはどうするんだ?あちらさんがお前を無視しているようだが」











えっ?いきなり私の話題!?
驚いて耳をそばだてる。











「…もう、何もあるまい」

「ふん、そう言いながら、自分の元に戻ってきたら鞘におさまる気だろう」











サムソン殿は鼻で笑った。
アランもそう思ってくれてるとわかれば、私も勇気を出しやすい。











「それはありえん。私はもう誰にも気を許すことはない」













心のどこかで思ってた。
アランは優しいから私を迎え入れてくれるって。

でも完全な甘えだった。

愛する者から無視されて、嫌な顔一つしない人なんてどこにいるの?アランは聖人君子じゃない、一人の人間だもの。
裏切られたら信用しなくなる。気だって許せなくなるわ。











「彼女は若い。これから相応しい相手がたくさん現れるだろう」

「まあ、それもそうだな」

「だろう」











そこまで会話が進んだところで、訓練所のドアが勢いよく開く音が響いた。
覗いてみると、そこにはカタリナが立っていた。











「うそです!アランさんだってに戻ってきてほしいはずです!」











彼女はそう言うと、アランの前まで駆けていく。











「どうにもならないこともある」

「だって…は変わりました!私に謝ってくれたんです。だからアランさんとも…」

「カタリナ、彼女が変わっても、私は変わらない。もう元に戻ることはない。に伝えてくれ。新しい恋をしなさいと」











新しい恋…

そんなの出来ないよ。だってこんなにアランを愛しているのに、あなたの元に帰りたいのに。
涙が溢れ、冷やして抑えた腫れがまた出てきてしまう。











「っそんな!

とはもう、だめなんですか?」

「……」











アランは何も答えずに頷いた。











「では、私ではだめですか…?」











カタリナの言葉に目を見張る。

今、なんて言った…。私ではって、アランに告白したの?











「カタリナ、それは」

「わかってます。私はが好きですし、アランさんがそう思いたいことも。でも…アランさんが好きなんです。
最初はのことを伝えに行くためだけだったのに、あなたの優しさに触れる度にどんどん感情が溢れました。それが好きという感情だと気づいたのは最近です。
アランさんに触れたい、触れられたいと思ってしまうのです」











普段感情をあらわにしないカタリナが、思っていることを吐き出した。
真っ赤な顔で真剣に訴えている。それほどアランのことが好きなんだ。

そっか、さっきはこれを言おうとしてたんだわ。でも私が勘違いして止めちゃって、言えなかったんだ。
あんな寂しそうな顔してたのに、私は自分のことばっかでカタリナのことに気づかなかった。

全身が震える。
アランがカタリナを選んでしまったら、幸せそうな二人を見守るなんて出来ない。もうアリティアにいられないわ!











「カタリナ、私が最後に愛した女性はだ。これは変わらない」

「これから誰も愛さないで生きていくのですか…?」











泣きそうな彼女は、私を選んでほしいと懇願するように彼を見つめている。
アランの言葉は私にとって嬉しいものだけれど、元には戻れないのだから意味はない。











「…そうだ。死ぬまで誰も愛せない」

「っ…!お邪魔して、申し訳ありませんでした…」











カタリナは深くお辞儀をすると、目頭を抑えつつ訓練所を出ていってしまう。
私ももうここにいてもしょうがないわ。そう思って彼女を追うことにした。











城内に戻り走り出すと、次第に胸がむかむかして気持ち悪くなってしまう。
歩くのが辛いくらい吐き気をもよおしてしまい、トイレに駆け込んだ。
流し台に腕をつき、吐こうとしたけれど何も出てこない。











「うぷ…おえっ……、はあ」











とにかく胸がむかむかしているのに、通常の吐き気と何かが違う気がした。

誰かがトイレに入ってきて、私の背中をさすってくれた。
吐き気が治まり、そちらに気を向けられるようになったので顔を上げる。
すると、それがパオラ殿だとわかった。











「大丈夫、?」

「は…はい」

「二日酔い?」

「いえ、昨日は飲んでなくて。食べ物も食べてないですし、どうしてでしょう」











原因がわからず、どうしていいかわからないのが本音だった。
パオラ殿に聞いてもしょうがないのに、誰かに頼りたくなっちゃったの。











「何も食べてないのに?……それってまさか」

「?」











パオラ殿は一人でもごもご言うと、自分のバッグに手を突っ込んだ。そして布に包まれたパンを取り出す。
トイレで?と思っている内にそのパンを無理矢理私の鼻に押し付けられる。
パンの香りが私の中に入ってきた途端、また胸がむかむかしておえっとなった。











「やっぱり」

「やっぱりって…いきなりパンを鼻に押し付けられるなんて思いませんでした」

「ごめんなさいね。でも原因がわかりそう」

「えっ?」











そんなことでわかるの?と顔を上げると、パオラ殿は困ったように頷いた。











、だいぶ生理が来てないでしょう」

「え?なぜそれを…」

「……あなた、妊娠しているのよ」

「妊…娠…?」











あまりの予想外さに、ぽかんとするしかなかった。
こんな戦いの最中に妊娠したの?











「確実かはわからないけれど、生理も来てない様だし、食べ物のニオイもだめとなるとそれしか考えられないわ。
その気持ち悪くなるのは悪阻というの。今の時期に悪阻が始まったということは……アランさんの子供じゃないの?」











バッと両手でお腹を触る。

ここにアランと私の子供がいるの…?
ああそっか。あの最初の日に、ずっとアランと一緒にいたいから子供が欲しいって願ったんだ。











「嬉しい…」











気持ち悪いのなんて吹き飛んでいた。嬉しくて、お腹を摩りながら涙を流してた。











…あなたたちって一体…」

「あっ…えと、事情があるんです。だからこの事は誰にも言わないで下さい」











そうだ。今の状況じゃアランにも伝えるべきじゃない。私の中だけで温めておきたい。











「…わかったわ、誰にも言わない。あなたももう大丈夫そうだし、もう行くわ。無理しないでね。何かあったら相談して」

「はい!」











パオラ殿はとりあえずなかったことにしてくれたみたい。

彼女がいてくれて良かった。指摘してもらえなかったら、普通にリフ殿とかに相談しちゃってたわ。











「私と…」











アランの子…











言いようもない喜びに包まれ、思わず自分を抱きしめた。

絶対に産んでみせるわ。

新たな決意を胸に、再びカタリナを探しに歩きだした。










***************

愛する人との間に出来た命は、計り知れない幸せが待ってると思います。
アランにもそれを味あわせてあげたい、それが私の願いです^^

そううまくいくかは、続きをご期待(笑)


2011/06/20



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