今日は進軍だというのに朝から具合が悪くて、同室の二人はもとより、マルス様に隠すのも難しかった。
幸い吐くほどではなかったけれど、胃がむかむかしてしょうがなかったの。
そのため一軍のマルス様の元から外され、二軍のみんなと行動することになった。
マルス様の護衛はカタリナに任せて、今日は休ませてもらおうっと。
二軍を見渡すと、アランがせわしなく駆けているのが見えた。
もしかして私、得しちゃったかも。
彼、きっと二軍の纏め役を任されたんだわ。この人数を纏めるにはそれ相応に慣れた人じゃないと難しいもの。
私はたまにみんなに声をかけ、素早く行動するよう心掛けた。
それでも我が儘を言ったり、自分勝手に行動する者がいるものだなら大変!アランの動きがもっとせわしなくなっていく。
彼ったらイライラしないのかしら。私だったら怒鳴ってるわね。
そのうち、蛮族と飛竜が一斉に襲ってきて二軍は混乱状態。
飛竜と戦うには力のない人達が多いから、無駄に戦いを挑もうとしたり逃げ回ったり…アランは逃げる人は無視して、無謀な人達を止め回っていた。
私はその隙に飛竜を一体倒し、蛮族を迎え撃つ歩兵の援護に回った。もう一匹の飛竜はウルフ殿とザガロ殿が倒してくれた。
そのあとはまた一軍が通った後の残党狩りに戻る。
「」
呼ばれて振り向くと、ウルフ殿が馬を引いてこちらに向かっていた。
「具合が悪いらしいな、大丈夫か?」
彼はさりげなく私の頬に手を当てる。冷たくて気持ちいい。
「ありがとう、もう大丈夫ですよ」
「それは良かった」
フッとクールに笑い、遠くを見据える。前方は左右に道が別れている。
一軍は二つに部隊を分け、一方は村を助けに、一方は城の制圧に向かう。
私達は城へ向かう手筈になっていた。
「後ろから敵軍が来ると思うか?」
「わかりません」
来てもおかしくない。でもここで私達を深追いするかしら。
そんなことを考えていると、私の名を呼ぶ声が聞こえた。
「!!」
久しく呼ばれなかった声だ。
ハッと後ろを向き彼を見る。アランのあの低い声が私の名を呼んでいた。
「一名足りない!探しにいってくる。軍の先導を頼めるか?」
彼はそう叫んでいた。
彼が名前で呼んでくれているだけではなく、私にこの軍を任せてくれようとしている!
嬉しさに身を奮わせ、踊りだしそうになる。そうならないように息を吸い、笑顔で返事をした。
「はい!」
すると、奇跡かと思う事が起こったの。アランがあの優しい笑みを向けてくれた。
その表情で伝わってしまったわ。
あなたは私を愛してる。
確信が持てた。
ではなぜ私を遠ざけるの?
私は目を瞑った。
今はそれを考えるべきじゃない。あとで考えればいいの。
頷き、彼の背を見送る。
さて、二軍の人達はアランが優しいからって好き勝手やってくれたわね。懲らしめてやらないと。
「病み上がりの女に任せるなど、何を考えているんだ」
「私はうれしいです。うふふ」
怒っているウルフ殿にそう言うと、弓を掲げた。
ちょうど二軍の中心にいたから、みんなからは私がよく見えるし声も聞こえる。
「みなさん、聞いてください!今から二軍の指揮権は私に移りました!私は甘くないですよ!少しでも自分勝手な行動をしてください…」
ニヤリと笑うと、みんなの喉がゴクリと鳴るのが聞こえた気がした。
「後ろから矢が刺さると思って下さい!絶対に外しませんから」
最後に優しく微笑み、可愛く首を傾げた。
すると背中に悪寒が走ったのだろう、みんなは一目散に目的地に向かって走り出した。
「ウルフ殿、私はしんがりをつとめます。先導をお願いしていいですか?」
「必要ないと思うが…まあいいだろう」
ウルフ殿が手綱を引くと、横からザガロ殿とビラク殿、ロシェ殿が現れた。
「僕達も行くよ。ったら、みんなを煽り過ぎだよ」
「あれじゃあ、一軍が城を制圧する前に着いてしまうぞ」
「ま、具合悪いあんたが嬉しそうだからいいけどさ」
嬉しそう?私ってばそんな表情してるのかな。うーん…確かに、口が緩んでニヤニヤしてるかも。
口元に手を当て、頬っぺたを引き延ばす。
「ほんなことないれす」
パシンと頬を打ち、しんがりへ走る。
「みなさん、先導をお願いしますね!」
私はウキウキ気分で、弓に矢を番えた。
目的地到着後、アランが帰ってきた!と思ったら、村を助けに行った一軍が合流しただけだった。
それにしても遅い気がする。一軍が帰ってくる前に合流してもいいのに。
そわそわと行ったり来たりしていると、ユミナ王女が血相を変えて走ってきた。
「!ユベロがいないの!」
「ユベロ王子が!?」
一人足りないって、ユベロ王子の事だったのね!ちゃんと聞いておけば良かった。
「アラン隊長が捜しに行ってますから大丈夫ですよ!」
「本当…?」
泣きそうな王女を抱きしめる。これ以上は待ってるより、マルス様に報告した方がいいわね。
ユミナ王女をウルフ殿達に任せ、報告に向かった。
報告すると、大目玉をくらってしまった。
ジェイガン様だけではなくマルス様も怒ったので、私はうろたえてしまう。
アラン、私を選んだのは人選ミスだったみたいよ。
「アラン一人だなんて無謀過ぎる!」
マルス様は力いっぱい拳を握りしめた。それを見てジェイガン様が反論する。
「マルス様、アランはアリティア軍の騎士隊長ですぞ。の報告が遅れたのは由々しき事ですが、それは検討違いかと…」
困惑した表情で言うジェイガン様を見て、マルス様はハッとして拳の力を抜いた。
なんか…おかしい。
私とかを心配するならわかるけど、騎士隊長の事をそんな風に心配するなんて。
「とりあえず、誰か応援に行ってほしい」
マルス様は冷静を装って言った。
…やっぱりおかしいわ。
「!」
その時、ウルフ殿の声が聞こえた。私を探してる。
「!帰って来たぞ!」
私達とマルス様は顔を見合わせて、大急ぎで城門へ向かった。
「ユベロ!」
私達が到着した頃にはユミナ王女がユベロ王子を力いっぱい抱きしめていた。
アランは馬の鞍を点検し、ロディとルークと話していた。
「アラン!」
私が名前を呼ぶ前に、マルス様が彼の名を呼んだ。そして駆け寄ると、ホッと肩の緊張を解く。
やっぱりおかしいわ。
「王子、報告が遅れて申し訳ございません」
「いや、報告はがしてくれたよ」
マルス様は一歩下がると、彼に私への道を開けてくれた。アランは槍をロディに預けると、頷いた。
「、よく二軍を導いてくれた」
「いえ…」
あんな方法でと思ったら、照れ臭くなってしまう。誰かが彼に報告しないでくれればいいけど。
そう願ったけど、すぐに崩れ去った。
「ユベロはあそこにいなくてよかったわ。は竜より怖いのよ」
「ユミナ、どういうこと?」
ユミナ王女はつんけんしながら言う。あわわ、恥ずかしい。
「ちょっとでも道をそれたら、後ろから矢を放つって脅したの」
うう…。恥ずかしくて顔が真っ赤になる。俯いて両手で顔を隠した。
一気にマルス様とアランに報告されてしまった。きっと唖然として、呆れてるだろうな。
ちらりとも表情を窺う気にもなれなかった。
そのうち、一軍にいたルークの大笑いが聞こえ、ところどころで吹き出す声が聞こえた。
私らしいとかやるなとかも聞こえたの。
私の気持ちが小さくなりつつあった時、大きくて温かな手が頭に乗せられた。アランの手だ。
「二軍の奴らは自分勝手な者が多い。そんな中、よくやったな」
労いの言葉と温かな優しさをもらい、小さくなった心は元に戻った。やり過ぎではなかったのかしら。
「本当だ。あの二軍を一気にまとめあげたからな」
ウルフ殿もそう言ってくれた。
けど、彼はアランをチラリと見て鼻を鳴らす。
「貴公より上手くまとめあげていたぞ」
「ちょっ、ウルフ!失礼だよ」
アランを嘲るように言い、ロシェ殿が止めようとする。
ウルフ殿の目線は私の頭上にあるアランの手に注がれていた。
「その通りだな。私より上手くやったのだろう」
アランは手を退けると、集まっていた二軍のみんなが無傷なのを確認して頷いた。そこまで見てくれてるなんて。
私はあんな方法でもみんなをまとめたことを誇らしく思えた。
「…怪我はしていませんか?」
彼を見上げ、思いきって聞く。
アランは少し驚いた様に私を見、微笑んだ。
「ああ。無傷だ」
「良かったです…」
その微笑みからは愛情を感じるのに、なぜ受け入れてくれないのだろう。
置いておいた問題がよみがえってきて、頭の中がそれでいっぱいになる。
「アランはすごいんだよ!」
遠くでユベロ王子のアランとの冒険たんが語られているのを聞き流し、考えることに没頭した。
「ゲホッ…」
隣から咳が聞こえアランを見ると、彼は口を押さえて苦しそうにしていた。
「ゲホッ、ゴホゴホッ…」
咳は止まらず、彼は片方の手で胸を掴む。心配になって触れると、その手で払われてしまった。
アランは地面に膝をつき、未だ咳をしている。
咳はどんどん酷くなり…
「ガハッ…」
血を吐いて止まった。
集まっていた(私を含めた)みんなが驚きで動けない中、マルス様だけがアランの肩に手をかけた。
そのまま自分の肩を貸し、ルークを呼ぶ。
「ルーク、手伝ってくれ」
「は、はい」
現実に戻ったルークは、アランに肩を貸して城に向かって歩いて行く。
何が起こったかわからなかったし、理解したいとも思えなかった。でも実際にアランが血を吐き、苦しそうに支えられている。
その冷静さから、マルス様だけが理由を知っているのがわかった。
だから、真実を知るにはついていくしかない。
「私も行きます」
マルス様は私を見て横に首を振った。
それはっ、今は彼女でもなんでもないからついていく理由がないけども!
「私も行かせて下さいっ!」
「ダメだ。ロディ、を頼む」
「はっ」
マルス様に命令されたロディは、私の肩をがっちりと掴んだ。
それを感じて、絶対に行かなければならない気がした。
「やっ!離して、ロディ!」
「だめだ」
「、落ち着いて下さい!」
いつの間にかカタリナが横にいて、私の手を握っていた。彼女は泣きそうな顔で私に訴えている。
カタリナだって追って行きたいんだわ。
アランの姿は既に城内に消えてしまっていたけれど、諦めきれなかった。
この先に、彼が私を避けようとする理由がある。だから…
突然、あの時感じたいいようもない不安が襲ってきた。
全身が竦み上がりその場に崩れ落ちる。涙が溢れて止まらなかった。
「離して…行かせて!アランがいなくなっちゃう!!!」
止める手を振り切って、私は走り出す。けれどもすぐに手をつかまれて転んでしまう。
一緒に地面へ転がったのはカタリナだった。
「、そんなことを言わないで下さい!アランさんはあなたを置いていきなりいなくなったりはしません!」
「!」
「だから、話してもらえるまで待ちましょう?」
私を安心させようと精一杯の顔で微笑むカタリナ。
そしてゆっくりと私達を立たせてくれるロディ。見守ってくれるみんな。
全てが優しくて、そして残酷に感じた。
***************
とうとうこの日がやってきてしまいました。
一体どうなるんでしょう…
2011/06/27
36→