「ふう、は〜っ」
数えきれないほど深呼吸をして、マルス様が私を呼びに来てくれるのを待った。
きっと私が動転していたら彼の元へ連れて行ってもらえない。だから冷静になろうと深呼吸しているの。
アランの体調がどうなったのか気になってしょうがなかったし、本当はみんなの目を盗んで城内に走って行きたかったけれど、そんなことをしても彼の元へ行けるのが遠くなるだけ。
だから私も我慢してその時を待たなきゃ。
「ふう…」
「なあ…」
ちょうど心が落ち着きかけた時、ザガロ殿に話しかけられた。その隣にはロシェ殿が青白い表情で私を見ている。
二人の後ろにはウルフ殿がいて、何かに怒っているような雰囲気を醸し出していた。
「なんですか?」
心はアランの方に向いていたけれど、何とか話すことが出来そうと思い答える。
すると、少しホッとした表情でザガロ殿が言葉を続けた。
「こんな時に申し訳ないけど、ひょっとしてあんたが見てた男ってアラン殿か…?」
「!」
本当にこんな時に聞くなんて、空気が読めないにも程があるわ!
それに後ろにはウルフ殿もいるじゃない!!!気まずいったらありゃしないわ。
キッとザガロ殿を睨んだ。
「睨むなよ。大切な事なんだ」
「……そうです。私とアラン殿は恋人でした」
「う……」
それを聞いて、ザガロ殿はロシェ殿と同じように青白い顔になると、彼と顔を見合わせた。そして後ろのウルフ殿を見る。
いったい何がしたいのかわからない。何か言いたいみたいだけど、言いにくいって雰囲気が伝わってくる。
「何か?」
「……怒らないで聞いて欲しい…って無理だろうけど、俺さ、話しちゃったんだよ」
「何をです?」
強く言うと、ザガロ殿はびくりと震えた。
「…その、あんたとウルフの事をロシェに」
そう言ってロシェ殿を私の面前に突き出した。するとロシェ殿が震えながら後ろに戻ろうとする。
そんな二人を見て、ウルフ殿が二人の背中に剣を突き立てた。
「お前ら、早く言え!」
「わっ、お前らって〜!もとはといえばザガロが言ったんだろ」
「ロシェ、逃げんなよ!聞いた方にも責任がある!」
「バカ言うなよ!」
二人で擦り付け合いを始めてしまい、どうするべきか困ってしまった。
とりあえず、私とウルフ殿が裸で抱き合って寝てたことをロシェ殿に話してしまったことはわかったわ。
それは仕方がないでしょうね。あの時のザガロ殿はまだ酔っていたもの。
「私はあなたがロシェ殿に話したくらいでは怒りませんよ」
「…思いがけず寛大なんだな」
さりげなく酷いことを言ったザガロ殿を睨み先を促す。もっと他に言いたいことがあるみたいなんだもの。
私の思いがけない寛大さを知った彼は、恐れずに話す気になったみたいだった。
「ロシェに話した時にさ……いたんだよ」
「いた?」
「アラン殿が、その場に」
「えっ…」
頭の中が真っ白になった。
心にしまっておいて、一生話すことがないと思っていたことを彼が知っていたなんて。
それも私ではない他の人から聞くなんて!
「ほ、本当ですか…」
「すまないっ!!!」
ザガロ殿は突然その場で土下座をした。そのため、全く関係のない人達が私達をいぶかしげに見ている。
さっきのこともあるしこの事実も明るみにしたくはなかったので、私は彼を無理矢理立たせると、もう一度本当か聞いた。
「本当だ。すまない、本当にすまない…」
「……いいですよ」
「えっ?」
ザガロ殿だけではなく、ロシェ殿もウルフ殿も驚いた表情で私を見た。
私はにっこり微笑むと、城の方を見る。
アランは今どうしているかしら、具合は良くなったかしら。
早く会いたい。会って話したい…
包み隠さず、あなたへの思いを打ち明けたいわ。
愛してるって伝えたい。
「?」
「まだ何か?」
「……いや。本当にすまなかった」
ザガロ殿とロシェ殿は深々と頭を下げると行ってしまった。ウルフ殿は何も言わずに私を見ていたけれど、気付いたらいなくなっていた。
私に掛ける言葉はもう何もないと思ったのでしょうね。
衝撃の告白だったけれど、あまり気にならなかった。
なぜならば、それを知っていても彼の愛情がわかったから。彼は私を遠ざけようとはしているけれど、愛してくれているもの。
原因は吐血してしまった病気とウルフ殿との関係かしら。きっとそんなところね。
アランは優しいから、私のために遠ざけようとしているのだわ。
今ならわかる。
アランの病はきっと治らないもので……彼は、私を置いて…いなくなる。
それがあの時から感じているいいようもない不安の原因だ。
私達には見えない深い絆があるから、だから私はそれを感じ取ったの。
そしてアランは、私が体を許せる男性を見つけたならそちらで幸せになればいいと思ったのだわ。
だから身を引くために私から遠ざかった。
彼は全部私の為にしてくれたの。
私は自分を守るために逃げてしまったのに、アランは私のために!!!
涙が溢れそうになるのを我慢して唇を噛み締めた。ここで泣いてしまったらアランのところに行けない気がした。
「おい、」
ルークの声が聞こえ振り向く。彼はいつも通りつんけんした態度で私を見下ろしていた。
私は自分に「冷静に、冷静に」と言い聞かせつつ彼を見上げる。ルークは絶対マルス様からの命令を持ってきたはず。
「なあに?」
「行くぞ」
彼は私の腕を掴み、思い切り引っ張った。向かう方向は城。
あまりにも力強過ぎて痛かったけど、一刻でも早くアランに会うために我慢することにした。
「お前さ、アラン隊長とどうなってんだよ」
「……」
「ま、いーけど。好きなら絶対に離れんなよ」
ルークはそう言って、並んでいる一つのドアを指し私の背中を押した。
あそこにアランがいるのね。
「じゃあな」
立ち去ろうとする彼の手を掴みじっと見つめる。連れてきてくれたお礼を言わなきゃ。
「ありがとう、ルーク」
彼はニッと笑うと、ひらひらと手を振って去って行った。
その後ろ姿を見送ると、アランがいる部屋の前に立つ。
アリティアで初めてアランの部屋に行った時を思い出した。
あの時、なかなか部屋に入る決心がつかなくてドアの前でぶつくさ言ってたのよね。
確かそれを彼が知ってて、やっと入ってきたって言われたわ。
くすくすと思い出し笑いをして、その時を鮮明に思い出す。
確か私はこう言ったわ。
「勇気を出すのよ、。このドアの先には幸せな未来が待っている」
あの頃から色々あったけど、その思いは変わってないし今もそう思ってる。
私達には幸せな未来しか残ってないわ、アラン。
ずっと一緒にいたいの。
ノックを二回、返事を聞く前にドアノブに手を掛けて回す。
軋んだ音がしてドアが開いた。
「か?」
アランの声が聞こえた。いつもの低くて静かな心地好い声。
「はい」
ゆっくりドアを閉め、彼と向き合う。特に具合も悪そうじゃないし、いつも通りだった。
アランは窓辺に立ち、顔だけこちらに向けていた。彼は困ったように微笑むと、ぎこちない手つきで両手を広げる。
ああ、彼が私を呼んでる!
一目散に走り抱き着く。広い背中に手を回し、力いっぱい抱きしめた。
外から見ているだけじゃ気づかなかったけど、彼は以前より痩せていた。最低限の筋肉しかないと思っていた体は、今が本当にそうみたいだ。
アランは紳士的な手つきで抱きしめ、私の髪を梳く。
そのまま頬に手を添ええ上を向かせると、口づけた。
彼はきっと軽いキスだけしようと考えてたと思う。でも私は彼の唇の間に舌を突っ込んだ。
舌先から広がる鉄のような味…そうだ、アランは吐血したんだった。
でもキスは止められなかった。今まで離れてきた分を取り戻すように求めると、彼もこたえてくれた。
「、すまなかった」
唇を離すと彼は言った。
アランの何が悪いの?私の方が悪いのに。
「私があなたを無視したんです」
「いいや、それ以前の問題なんだ。お互いつつみ隠さず話そうと言ったのに、私は最初から話さなかった」
「最初から?」
「お前と出会う前から、病のことはわかっていたのだ」
アランはそう言うと、私をベッドに座らせて自分も横に座った。
「結論から言う。私はもう永くない」
あまりにも単刀直入過ぎて、気持ちの準備が出来ていなかった。けれどそれが良かったのかも知れない。
だって私、泣かなかったもの。
「あなたのことを考えると、私のために遠ざかろうとしていたから……、そうじゃないかって思ったところです」
「そうか」
アランはもう一度私を抱きしめると、首筋にキスを落とした。
そのままの流れでベッドに横たわり彼を見上げる。
「私は馬鹿だった。わかっているならば、告白を受け入れるべきではなかった」
「そんなことないです!」
怒りに任せて彼の頬をつねる。
するとアランは、驚いたように私を見下ろした。
「あなたが告白を受け入れなかったら、受け入れてくれるまで私が頑張ったもの。
あなたが欲しくて欲しくてたまらなかったんだから、どんな理由でも逃げられるわけがない…」
鼻息荒く言うと、アランはくしゃりと笑った。
「そうか。では離れたのが馬鹿だった。お前が嫌がろうとも、ずっとそばにいればよかった。もったいないことをした」
笑いながら言う彼の鼻をつつき、「その通りですね」と言ってあげる。
もうどちらが悪いなんて関係なかったの。
だから私も自分の罪を気にすることなく、ずっと一緒にいたかのように振る舞えたし、アランもそうしていた。
たくさんの事があったけれど、今が幸せならばそれは全部消し去れた。
「私、アランとずっと一緒にいたいです」
「ありがとう、」
何度も何度もキスを交わし、生身の体で愛し合う。
彼がマルス様からこの部屋を朝まで使うように言われた事を聞いて、思わず誰かが聞き耳を立てて見張ってるんじゃないかって思ってしまった。
アランはそれでも全く問題ないと言い、久々に何度も愛し合った。
今日は彼が先に眠りにつき、私はその金髪を撫でていた。
規則正しい静かな眠りをするこの人が、厳しくも優しいアリティアの騎士隊長が、私が愛して止まないアランがいなくなってしまうなんて。
目を閉じると隣にいる彼が消えてしまった。
私の周りには誰もおらず、孤独の二文字が支配する。
突然、悲しみが襲ってきた。
その波は高く、どんどん押し寄せて心を飲み込んでいく。
私の中は悲しみだけになってしまったのではないかと思うほど重い何かが渦巻き、涙がとめどなく溢れてきた。
止めなければアランが起きてしまうかもしれないのに、彼を愛しく思うほど涙が溢れた。
どうしよう、どうしたら止まるの?
どんどんパニックに陥り、そのうち彼に自分が泣いていることに気付いてほしくなってしまった。
そのために彼の腕に自分の腕を絡ませ、顔を押し付けた。
温もりが愛しくて、それがなくなる未来が辛くて、彼の腕を強く握り泣く。
今こうやって覚えておかないと、彼がいなくなった時に私は発狂してしまうだろう。
「……ん、?」
アランが目覚め、自分の腕にしがみついている私を見つけた。
ほどなく私が泣いていることに気づき、もう一方の腕で抱きしめてくれる。
「すまない、…」
きっと彼じゃなくともその言葉しか言えなかっただろう。
私がそうでもそれしか思い付かない。
お前を置いて死ぬなんて、すまない。
その時まで一緒にいると誓ってそれで幸せでも、その後どうすればいいのだろう。
…わからない。
あなたがいなくなってしまった後、私はあなたの思い出を胸に騎士を続けていけばいいの?
生まれた空虚は、どう埋めればいいの。
お腹を摩って新たな命のことを考える。
この子が空虚を埋めてくれるかもしれない。けれどそれはアランじゃないわ。彼の代わりにはならないし、してはいけない。
本当にどうすればいいのか…わからない。
彼の腕に縋りながら、朝日が昇るまでずっとそればかり考えていた。
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愛する人を置いていく自分
愛する人に置いてかれる自分
二人の苦悩は、幸せに変わるのでしょうか
2011/07/05
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