アリティアは既に春が訪れていた。
暖かな風が吹き、緑が萌えている。花の蕾はふっくらし、色とりどりの花びらが見え隠れしていた。
とうとう戻ってきた。
懐かしい景色を眺め、平和を噛み締める。
平和を知る一番の方法は人々の表情だ。皆、笑みを浮かべて大声で喋る。
楽しそうに働き、一日を過ごす。
これが平和といわず、なんというのだろうか。
アリティアにもそんな笑顔や声が溢れていた。
そして城主の帰還を喜び、凱旋パレードが行われている。
隊長としての最後の仕事は、この凱旋パレードでマルス様とシーダ様の馬車を後ろから見守ることだった。
鎧に身を包み、槍を構え、白馬の歩をゆっくりと進める。
民達が作ったキラキラ光る色紙が舞い、空を彩った。
それに目を奪われていると、その一枚がシーダ様の髪に落ち、優しく微笑んだ王子が取ってやっているのが見えた。
平和だからこそある、微笑ましい光景だ。
王子の元で、この世界は平和が続くのであろう。
その始まりを見れただけでなく、少なからずとも貢献することが出来たのだ。
騎士として誇らしい。
民を思う素晴らしい君主に仕えられた上に、二度の偉業に居合わすとは。なんと誉深いことか。
アリティアに来て本当に良かった。
思いきって生まれ故郷をあとにした時はどうなるかと思ったが、そのおかげで今日の私がいる。
あのままあそこに居たら、もっと早くに死んでいたかも知れんな。
凱旋パレードが終わり、「これからのアリティア」という会議を始める前に、私達のことを王子に話しておくべきだと思った。
「王子、話があるのですが」
「なんだい?」
「アリティア騎士隊長の退任を嘆願致したく思っております」
「…そうか」
マルス王子は書類の束を置くと、私をじっと見返した。そして気が変わらないと知り頷く。
「わかった。残念だけど、君には無理してほしくないから」
「ありがとうございます」
その場に膝をつこうとしたが止められてしまった。見返すと、何か企んでいる表情でニヤリとされる。
「それは退任式でやってもらうよ」
「退任式…」
苦手どころだ。
騎士が列ぶ中、目立ったところでマルス様に膝をつき、言葉を発しなければならないなど!!!
わなわな震えていると、王子のニヤニヤは激しくなった。
これは盛大な式でも企んでいる顔だ。
「ところで、の休職は君のためかい?」
「もう聞いたのですか」
「うん。でも詳しいことはアランに聞いてほしいって言われちゃって」
いつの間に王子の耳にいれたのかわからないが、ちらりとしか話す暇がなかったのだろう。
と二人で報告すべきだと思ったが、私が言ってしまっていいのだろうか。
「はなんと申しておりましたか」
「無期限で休職したい、詳しくはアランに聞いてくださいって言ってたよ」
「……(なんか)申し訳ありません」
言葉が足りな過ぎるだろう!言葉が!
のした事だが、私が恐縮してしまった。
王子はくすくす笑いながら書類を持ち上げ、目を通しはじめた。
言うべきか迷ったが、ここまできて報告しないのもおかしいだろう。
「子供が出来たのです」
バサッ
せっかく束ねてあったのに、全てが床に舞った。私はそれを拾おうとしゃがむ。
「…なんて言ったのかな」
「子供が出来たのです」
一字一句同じように言った。
そのあとの返事がなかったので、無言で書類を束ねて立ち上がる。
今度は王子がわなわなと奮えていた。
「付き合ってるって報告された時もそうだけど、二度も僕を驚かすなんて…」
「驚かれたとは。光栄です」
「アラン!!!」
この後、ジェイガン様が入って来るまで王子は私が無理して戦っていたことと、
妊娠しているのに戦っていたのことでずっと小言を言っていた。
しかし全て終わったことだ。平和になった今はもう時効ではないか?
*
厳かな雰囲気で空気が張り詰める中、正装したマルス様の前で膝を着いた。
かくいう私も鎧に身を包み、心を引き締めて退任式に臨んでいた。
私のための式だけでは盛大に出来ないという理由で、後日行うはずだった任命式も同時に行うこととなった。
隊長任命の晴れ舞台なので、退任式と同時で申し訳なく思ったが、次の騎士隊長は豪快で広い心を持つ男だ。
そんなことは露とも気にしていなかった。
「アリティア宮廷騎士団隊長アラン、貴公の任を解く。
貴公は解放戦争からこの度の戦まで、マルス様をお守りし隊長としての功績を修めた。
任を解かれた後も、貴殿の功績は語り継がれるであろう」
ジェイガン様の声が響く。
老齢らしく低く整った声は、私の評価をより一層重く表現してくれた。
思えばジェイガン様が引き止めて下さらなければ、今の私はここにいない。
「ありがたき幸せ」
深く頭を下げる。
このような式を執り行って頂けるだけでも光栄なのに、あのように尊大な評価を貰えるとは嬉しい限りだ。
いや、勿体ないくらいではないか。
「それではマルス様にお言葉を頂戴する」
マルス様は玉座から立ち上がると、私の肩に手を置かれた。そして私に立ち上がるように促す。
「アラン、君はジェイガンの我が儘に付き合ってよくアリティアに残ってくれたよ」
この言葉で騎士達から笑いが起こり、ジェイガン様は絶句していた。
「君がいてくれたからこそ、今の僕達がある。きっと誰もが思っている。
戦争に至るまでの兵士の訓練方法の見直し、そのおかげで近年稀に骨のある新人騎士が残ってくれた。
そして城内、城外の守りに対する指摘はいつも的確だった。
戦いの時は全ての兵士の気持ちや動向を見て、理解し指示を出す。
でも信頼している者には決して口を出したりしなかったね。これは尊敬したよ。
まだまだたくさんある。けれど言い尽くせない…」
王子は言葉を詰まらせた。
私から目を逸らし、深呼吸をして再び私を見据える。
その瞳は、アリティアに来てずっと守ってきた純粋な瞳だった。
「君はいつも僕が願うものを守ってくれた。大切な場所、人、仲間達。感謝しても感謝しきれない」
「もったいなきお言葉」
その信頼だけでもおつりがくるくらいなのに、感謝を頂けるとはもったいないことこの上ない。
マルス様は列ぶ兵士の方をちらりと見て、にっこりと微笑んだ。
そちらを見てみると、が涙を流しながらこちらを見ていた。
「これからは、君だけの大切なものを守っていってほしい」
「はっ!」
深く頭を下げ、元に居た位置に戻る。
次はカインの番だ。次の騎士隊長は彼を推薦したのだ。
式は滞りなく終わり、ささやかな宴会のために場所を移った。
広間には大きな皿に盛られた料理や酒が並べられている。
「さあみんな、今日は楽しく過ごそう」
マルス様の声に浮かれた兵士達が我先にと料理に手を出そうとする中、王子は思い出したかのように大きく手を叩く。
すると兵士達の手はピタリと止まった。
「そうそう。みんなも知っての通りなんだけど…アラン、」
私達は別々の場所に立っていたが、呼ばれてすぐに向かい、その横に立つ。
「この二人は恋人同士だ」
今更という風に皆が頷く。それを見てから、王子はを前に突き出した。
「にアランの子が出来たんだ。だから彼女は無期限の休職をする」
「「「ええーっ」」」
驚きの声が溢れる。
「みんな、アランとを頼ってたようだったけど、もう頼れないからね。
僕達だけでもアリティアを守っていけるように頑張ろう。二人が安心して生活出来るように」
「マルス様…」
は早くもぽろぽろと涙を流していた。王子は彼女の背を優しく叩き、抱きしめる。
信頼しあった主君と家臣。
マルス様が光の英雄ならば、は影の英雄だろう。
二人の絆は、他の誰も知れないほど深く強く結び付いている。信頼という二文字で繋がっているのだ。
王子はの功績を称えて名を残そうとした。しかし彼女は望まなかった。
マルス様が覚えていてくれれば、それでいいと言って。
王子だけではなく、ここにいる皆がの功績を語り継ぐだろう。
彼女は最後まで近衛騎士として、マルス王子の右腕を担ったのだから。
「二人はお酒は駄目だよ。体によくないからね」
マルス王子は私達にそう言うと、シーダ様を探しに兵士達に紛れていった。
二人で広間の角に座り、次々と祝いの言葉をもらった。それが一通り終わると、水の入ったコップを鳴らす。
兵士として最後の夜、は騒ぐ周囲を嬉しそうに見渡して言った。
「騎士になってよかった」
同感だ。
「ああ。アリティアの騎士になってよかった」
「これからはあなたとこの子と平和に生きるわ」
自分の腹を優しく撫でる。
彼女のそこは、服を着なければ子供がいるとわかる程膨らんできていた。
「ああ」
「だから、宜しくお願いします」
突然の言葉に目を丸くしてしまった。
まじまじと見返すと、は照れたように肩を竦めて笑った。
「言ったこと、なかったかもって」
「ふ…こちらこそお願いする」
私も同じ様に頭を下げた。
二人でそんなことをしていたら滑稽に見えたのだろう。ルークが馬鹿にしたように笑う。
「二人で何やってるんですか!」
「ホント!おかしいですよ!」
二言目はカインだ。
二人は相当酔っているらしく、肩を組んでこちらにやってくると、私達を立たせて自分達の会話の輪に座らせた。
それからは兵士達と、後に英雄戦争と呼ばれることとなるあの戦いについて話の華を咲かせた。
皆が私の退任と、の休職を残念がってくれたのが嬉しかったし、子供のことも喜んでくれえ良かった。
まあ一番聞かれたことは、あの状況でいつ子供をつくったのかということだったが。
そしてこの宴も、宮廷騎士隊長だったことも、全てが今となってはいい思い出だ。
私とには子供が二人出来た。
一人目が生まれた後、はすぐに二人目を欲しがった。
彼女が望むならばと思い、あの夜は体に鞭打って頑張ったのだ。そして授かった。
は大喜びし、私も嬉しかった。
しかし同時に成長を見ていけない自分が悔しかった。
この気持ちはには内緒だ。負の気持ちは隠し、あの世まで持って行く。
幸福だけをここに置いていきたい。
「アラン、本当に行かないの?」
「ああ。私は家で待っている」
「マルス様があなたに会いたがってるのに」
「すまないな」
「ううん。じゃあ、行ってくるわね。夕方には戻るから」
「ああ。気をつけて行くんだぞ」
は笑顔を振り撒きながら、二人の子供を胸と背にくくりつけて家を出ていった。
王子に二人目を見せに行くらしい。私も誘われたが断った。
今日は駄目なのだ。
窓から彼女達を見送り、その姿が見えなくなると壁に手を着いた。
もう立っているのも難しかった。
しかし彼女の前では元気でいたかった。私と同じように苦しむは見たくない。
だからいつも気力を振り絞り、可能な限り彼女の話を聞き、子供の世話をした。
それも今日で終わりだ。
ベッドに入り目をつむる。
が帰ってきた時にはもう、私は私ではない。
でもそれでいい。
が泣くのを見るよりは、そばにいなくとも笑っているのを感じれた方が…
………
意識が消えかかっていた。
もう足掻くのはよそう。幸福を思い浮かべて、安らかに眠ろう。
浮き掛かった意識をそのまま托すと、様々な光景が流れていった。
私が生まれ、騎士道を重んじ教えられたものだけを信じていた時。
人としての過ちを目の当たりにした時。
マルス様に出会った時。
アリティアの騎士隊長に任命された時。
に出会って恋をし、本物の幸福を掴んだ時。
全てが走馬灯のように流れていった。
私は幸せだった。
光に出会えた人生、短くとも素晴らしい人生だった。
マルス様にとって影でも、私にとってお前は光だ、。
私の道を照らしてくれてありがとう。
…
「本望だ………」
全ての音が、光景が途切れた。
弾き飛ばされた闇の中、最期にの笑顔が見えた。
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アラン隊長、お疲れ様でした!
そしてここまで付き合っていただいたみなさんも、ありがとうございます。
本編は次で終了です^^
2011/07/14
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