わ…私は何してるんだろう…



湯殿からの帰り道、恥ずかしさでここから消えてしまいたかった。
顔が熱く、手が震えている。胸がドキドキと高鳴り、破裂しそう。

ガチャ…

ドアを開けて中を見ると、セシルは既に床に着いていた。ホッと胸を撫で下ろしベッドに入る。






「こんな遅くに何してたの?」






ビクウゥッ

驚きに体が飛び上がる。セシルは起きてたんだ。






「ルークのこと、アラン殿に謝罪しに行ったの」

「ふーん…」






少し間があり、溜め息が聞こえる。






「声が震えてるわよ」

「そう?」






出来るだけ平静を装い、私は布団を被った。
彼女は起き上がって私の方を見たみたい。けれど、また溜め息を吐いて寝てしまった。
セシルの規則正しい寝息が聞こえ始める頃、体の強張りがやっと解れてきた。
彼女は鋭いからすぐにバレてしまう。そうしたら素直に恥ずかしい出来事を話さなければいけなくなる。

今回ばかりは話したくなかった。
本当に恥ずかしかったし…でも、楽しかった。

アラン殿は、私の背中を流しましょうか発言を快く引き受けてくれた。
確かに、少し間があって戸惑っていたけれど…。
幸い男性の湯殿には誰もいなかったので、私は脱衣所でその時を待つことにした。その時が一番ドキドキしてたかな。
近くにいたら、その音が聞こえてしまうくらいね。













彼に呼ばれ、腕を捲って湯殿に入る。
アラン殿は腰にタオルを巻いて座っていた。

胸が高鳴り、広い背中を見て彼の胸に抱かれる夢も見れるほど。
なんてたくましいのかしら。

私は彼の後ろに座ると、タオルを手にとった。






「…失礼します」






背中に流れる金色の髪を持ち上げ、肩の前に落とす。

ゴシ、ゴシ、ゴシ…

無言で背中をこする。
昔はよく祖父の背中を流したけど、こんなに広くもたくましくもなかった。
アラン殿の体は美しい彫刻みたい。肌は白く、必要最低限の筋肉しかついていない。
引き締まった体は硬く、ちょっとやそっとのことでは傷つかない鎧のようだった。






「ありがとう、

「いえ」






頭の中が妄想だらけで、ちゃんと背中を流してあげられたかもわからなかった。
でもアラン殿は満足そうだし、いいわよね。






、少し時間あるか?」

「え、はい」






明日は休みだし、大丈夫。それに少しでも一緒に時間を過ごせるならとても嬉しい。






「では、少し待っていてくれ」






私は脱衣所を出て、待合室のようなところで彼を待った。
体がふわふわしていて心はここにない。出るのは溜め息ばかりで、ドキドキが治まらなかった。

アラン殿が出てきて、私達は調理場へ向かった。
彼はここでも待つように言うと、中に入っていく。しばらくして両手にコップを持って現れた。






「それは?」

「ホットミルクだ。飲めばよく寝られる」

「用意なら私がしましたのに!」

「いや、背中を流してもらったしな。しかしあれは、気持ち良かった」






彼の言葉に全身が熱くなる。恥ずかしいったらありはしない。

アラン殿がコップを持ったまま歩きだすと、ドキドキしながら後ろをついていった。
到着した場所はあるバルコニー。でもそこからの景色を見て感動してしまう。






「わあ、きれい!」

「そうだろう」






そこはお伽話に出てくるような砂漠の月夜。
小さなバルコニーには、それを見渡せるように椅子が置かれていた。






「さっき見つけたのだ」

「よく、見つけましたね」






彼は優しく微笑むと、持っていたミルクを渡してくれた。口を付けてコクンと一口……






「美味しい」






ほんのり甘くて、リラックス出来る。
全部飲み終わった頃には、眠気が襲ってきそう。






「眠れない夜は、こうやってミルクを飲んで景色を見るのだ。するといつの間にか眠気が襲ってくる」

「そうなんですか!今度試してみます」






とは言ったものの、私が眠くならない日はあまりない。
日々鍛錬をしているから、夜になると体も勝手に休みたがるの。






「……アラン殿は、アリティアに奥様とかいらっしゃらないのですか?」






口が勝手に動いた。
ずっと気になってたけど、聞こうかどうしようか迷ってたの。






「私に妻はおらぬ。アリティアには家族と呼べる者はいない」

「そう……ですか」






すみません、と恐縮する。けど、心の中はつっかえが取れたようでスッキリしていた。
アラン殿は独り身なんだ!!!
私は心を落ち着けるためにもう一口ミルクを飲んだ。






「騎士達のほとんどは、アリティアに家族を残してきている。マルス様も同様だ。しかし、私はその気持ちを共有することが出来ない」

「……私も一緒です」






もう祖父はいない。
アリティアに家族と呼べる人はいないから、だからこそ騎士になってマルス様を命がけでお守り出来る。
家族がいたら、やっぱり気が気じゃないだろう。






「そうか。その気持ちが無い分、私達は今の戦いに集中が出来る。その者達をフォローすることが出来る。お前も同じだ、

「フォロー?」

「そうだ。戦いの他に考える事がある者は絶対に隙が出来る。私達は戦いだけではなく、周囲を把握してそれを見つけてやるのだ」

「!」






アラン殿の考えはずっとずっと先を行っている。
私では追いつけない程に、彼は隊長として遠く離れている。
寂しさと胸の痛みを感じた。
素晴らしい話をしてくれているのに、こう感じてしまう自分が嫌だと思う。






、どうした?」






異変を悟ったのか、彼は私の顔を覗いた。
月光でアラン殿の顔色は青白く見える。でもきっと、今の私の方が青くなっているはず。






「アラン殿は全てに気を配っていて、私にはとても真似出来ないと痛感しておりました」

「はは。今は難しいかもしれん。しかしいつかは私を追い越し、もっとずっと先に行く」

「行けますか?」

「保証してやろう」






彼は自分のコップを私のコップにカチンと当てた。
その音でモヤモヤした気持ちが晴れると、自然に笑みが出てくる。






「そうなる様、努力します」

「私も尽力しよう。……では、名残惜しいが部屋に戻るぞ」

「はい…」






この月夜の景色が名残惜しいのですか?
それとも私とのこの時間が名残惜しいのですか?

素直に聞いてしまいたかった。
でも、それは出来ないわよね。私の気持ちなんて知らないもの。






「…と話していると、時間を忘れてしまうな」

「え?」

「昼を食べている時もそうだ。特に今は……邪魔をする者がいない」

「アラン殿…」






私、やっぱり期待していいのかしら?






「本当に、実りある話が出来る」

「……」






そっちですか!と思わず突っ込みそうになった。
でも、まあいいか。アラン殿の中の私、役に立ってるみたいだもんね。






「私も名残惜しいです。アラン殿の話は、勉強になりますから!」






そう言うと、彼は嬉しそうに微笑んだ。
私も嬉しくなってにっこり笑う。






「またこうやって話そう、

「はい!喜んで!」






一歩どころか、数歩前進!
凄く恥ずかしいことを言って、やっちゃったけど、結果オーライ。万々歳だわね。

私達はまた戦の話に花を咲かせながら部屋へ向かった。



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寝る前のホットミルクは美味しいです。
砂糖とかいれちゃったりしてね♪



2011/02/


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