まさかあんな律儀な面があるとは思わなかった。
間接的だとはいえ、ルークのことで迷惑をかけた謝罪をしに来たのは素晴らしいことだ。
しかし謝罪だけでは気が治まらず、背中を流すとはなんと律儀な事か。
の印象がどんどん変わっていく。
彼女と共にいることで、私の心は浮かれてしまったのか、あのバルコニーから見える景色だけではなく、他に見つけた景色も見せたくなってしまった。
そのため、彼女を部屋に送るのに何度か遠回りしてしまう。
はそれに気づいていなかったのか、自分の部屋からかなり遠くまで来てしまったと思ったようだった。
「私、こんなに遠くまで来ていたんですね。カダインって結構奥が深いです」
その言葉を聞いた時、もしや彼女は地図に疎いのではと思った。
通常ならば気付くはずだ。同じところも何度か通っている。
「、お前は方向音痴か?」
「えっ?な、なぜそれを!」
真っ赤になって答える彼女は今まで見た中で一番可愛らしく、ユデダコ以上のものだった。
そうか。にはこんな秘密があったのか。
「夜の景色を楽しんでほしいと思い、色々な廊下を何度も連れまわしてしまったのだが…気付いていなかったのか」
「はい……申し訳ありません」
「いや、最初に確認するべきだったな」
「いえ!私は……嬉しいです。ただ、方向音痴なのが恥ずかしいんです。第七小隊のみんなにはばれてしまって、迷惑をかけているので」
もじもじと下を向いて言う姿は、いつもの彼女より小さく見えた。
鋭い矢を放つアーチャーではなく、一人の少女に見える。すると、いつのまにか口を付いて出た。
「もしどこかで迷ってしまったら、心の中で私の名を呼べ。そうしたらいつでも迎えに行く」
「えっ……」
「任務中は駄目だぞ」
「う……はい」
が先に動揺してくれたお蔭で、私の動揺はかき消せた。
言ってしまったことは取り消せないので仕方がないが、これでは告白しているのと同じだ。
しかしあの言葉をことの他喜んでもらえたようだ。嬉しそうに微笑んでいる。
「さあ、今度こそ部屋に送ってやろう」
彼女にあてがわれた部屋の前まで送ると、深々とお辞儀をして中に入っていった。
最後に言った小さな「おやすみなさい」が儚げなのが印象的だ。
その儚さはどこから来るのだろうか。
もしかして私との時間を名残惜しく思ってくれたのだろうか。
そんなこと、あるわけがないか。
私は特に魅力的ではないし、目立ってもいない。
彼女のような若くて美しい女性は目もくれないだろう。
それでも一緒に昼飯を食べ討論し、こうやってルークのことで背中を流しに来てくれたり、共に美しい景色を眺めてくれた。
それだけで自分の心が有頂天になっているのがわかる。
私の心は勝手に早とちりしている。
そのために自分を窘めなければいけなかった。
「私は彼女の上官にもあたる存在だ」
だからこそ、私に話しかけてくれるのだろう。
そうか、彼女は騎士道について悩んでいた。しっかりとした考えを言わなかったから、気になっているのかもしれない。
とすると、私が騎士道に関して答えてしまったらこの関係は終わるのか。
「それは残念だ」
「何が残念なんだい?」
突然後ろから声を掛けられ、二杯目と思って用意したホットミルクを落としそうになってしまう。
恐る恐る振り向くと、そこにはマルス王子が立っていた。
「いえ、特には」
「ふーん。それよりアラン、ホットミルクなんて持ってどこに行くんだい?」
「それは…」
私は先程に見せたバルコニーに王子をお連れした。
すると王子は感嘆したように柵から乗り出し、美しい景色を魅入っていた。
「よく見つけたね!アランはこういうのを見つける天才だよ」
「恐れ入ります」
「僕もここを気に入ったよ。あとでシーダを連れてきてもいいかな」
「どうぞ。戦いの癒しになります」
「本当だよ。シーダ、喜ぶだろうなぁ」
にこにこして子供のようにはしゃぐ王子を見ていると、今の戦いが嘘のように感じた。
砂漠の夜はこんなに美しいのに、昼になればアカネイア兵が追ってくるのだろうか。
「ねえ、アラン」
「はっ」
「具合は大丈夫なのかい?」
心配そうに私の顔を覗きこみ、王子は聞いた。
私がもう永くないことは王子だけが知っていることだ。
「大丈夫です。まだまだアリティアのために戦えますよ」
「そうか。きみは望まないかもしれないけど、いつでも休んでいいんだ」
「ご心配ありがとうございます。しかしこのアラン、死ぬときは戦いの中と決めております」
そう言うと、マルス王子の表情が一変した。怒ったような顔で私を見上げる。
私は王子の嫌いな言葉を言ってしまったと思い、すぐに謝罪した。
「今回の戦いが私にとって最後となるでしょう。ですからこの戦で死ななかった場合は、おとなしく病の床で死にますよ」
「……どっちも嫌だよ」
「王子……」
王子は頬を膨らませると、思い切りベンチに座った。
そして腕を組み、何かを考えている。
「きみが助かる方法はないのかい」
「それは……」
「それなら、きみが幸せになる方法はないのかな」
「えっ」
突然の言葉に驚いたと同時に、王子の言葉を聞いての笑った顔が浮かんだ。
もしかして、私の幸せはなのか?
「いつも哀しみを背負っているだろう?昔何があったかは聞かないけど、その哀しみを癒せる何かを見つけてあげたい」
「それが私の幸せに繋がると」
「うん。アランは僕とアリティアのために尽力してくれているから、僕も恩返ししたいんだ」
「もったいなきお言葉…」
感動で胸が詰まってしまった。
マルス王子のようなお方は、この世に二人といないだろう。
いや、もしかしたら…アリティアのアンリはマルス王子のようなお方だったのかもしれない。
さすれば、王子も後世に残る偉大な王になるだろう。
そんな王子に仕えられた私こそ、幸せであるではないか。
「王子に仕えられたことこそ、私の幸せです」
「アラン……ありがとう。でも僕ではきみの哀しみは癒せない」
王子は立ち上がると私のホットミルクを取った。そして口に含む。
蕩けるような笑顔でこちらを見ると、マグカップを掲げた。
「これ美味しいじゃないか!!!僕がもらったよ。さ、もう遅いからアランは寝なよ」
「王子…わかりました。おやすみなさい」
「うん、おやすみ。ゆっくり休んでね」
こんな私に気を遣ってくれる王子。素晴らしい指導者だ。
そして新たな心をくれた。私の癒しだ。
王子に報告したかった。私はに癒され、その笑顔に幸せをもらっていると。
でもそんなことは出来ない。
王子にもにも迷惑をかけることになってしまう。
先亡き者の我儘な願いになってしまうのならば、全てを秘めて愉しむ方がいい。
もし私に哀しみがあったとしても、それを癒そうとは思わない。
けれども今は、微かな幸せに浸って愉しんで過ごそう。
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マルス王子は若くて純粋で真っ直ぐだからこそ、
こんなにたくさんの仲間が出来るのかなぁって思います。
アランもその一人だもんなぁ…(しみじみ)
2011/02/23
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