「ちょっと、まだやる気!?」
「うるさい!何回でもやるんだよ!」
怒号と共にパンチが入ってきた。それをかわし、蹴りを入れる。
「うっ…」
もはや訓練と言えるものではなく、子供の喧嘩みたいなものだとはわかっていた。
でもルークの気が済まないと終わりは来ない。
「ちっ…くしょ!」
足首辺りで蹴りが回され、ジャンプして避ける。するとルークはふらりと倒れた。
「大丈夫?」
「クソ…クソーッ!!!」
今日の荒れ方は凄まじく、手に負えない。それどころか、どんどん機嫌が悪くなってない?
「お前、アラン隊長に、謝りに行ったんだって?」
起き上がったルークが息も切れ切れ言った。突然の言葉に息をのむ。
「…行ったけど」
「余計なことすんなよな!隊長だったからって、お節介なんだよ」
「でも、あなたがああなったのは、私がのしたからでしょ?」
「のしたとか言うな!」
子供さながらに拗ねる彼を見て、込み上げそうになった笑いを堪える。
ああそっか。のされただけでなく、自分の醜態を勝手に謝罪されて怒ってるのね。
「さ、もう終わりよ。せっかくの休みだし、訓練だけで終わらせたくないわ」
そう言うと、ルークは目を丸くして見返してきた。
私の発言が信じられないかのよう。
「訓練馬鹿のお前が、そんなこと言うなんてな」
「訓練馬鹿とは何よ。私だって、武器くらい買いに行くわよ」
そう言うと、ルークはあからさまに溜め息を吐いた。
「なんだ武器か。女らしくねぇ」
「いちいち気に障る言い方するわね…」
彼は立ち上がると、服に付いた汚れを払った。
そして私に手を出す。
「何?」
「ほら、行くぞ」
「…この手、何?」
「お前迷子になるだろ?だから手を繋いでいけば安心だ」
っ……恥ずかしいことをつらつらと!
出された手を払うと、冷たく「行くわよ」と言い放った。
彼は特に何も言わず、私の後をついて来るだけ。
一体、何がしたいのよ。
*
ルークの行くぞは、武器屋まで行くぞという意味だった。
街に出る支度を終えると、彼は当たり前のように部屋の前で待っていた。
それも、それもよ?「せっかく街に出るんだから、もっと女らしくしろ!」とか言うし。頭きちゃう!
武器屋に着き、私は矢を眺めた。やっばり魔導の国…矢の品揃えはよくない。
とりあえず、少なくなっていた鋼の矢と弦を購入して店を出た。
「あんま品揃えよくなかったな」
「しょうがないわ、魔導の国だもの」
「だよな………あっ!」
何か見つけたのか、彼は大声を上げた。そちらを見ると、マルス様とシーダ様が並んで歩いている。
誰が見ても幸せそうなカップルだ。
「いいよな〜、可愛い恋人……おっ」
そちらを見ると、ナバール殿とフィーナが歩いている。
こっちは恋人同士っぽくない。でも目立つわね。剣士と踊り子って。
「羨ましい…」
「あなたも作ればいいじゃない?」
見習当時から、ルークは可愛い女の子がどうのって言ってる。
この性格じゃあなかなか出来ないかもしれないけど、まあ一人くらいは…。
「俺だってなあ、こうして…」
「こうして?」
続きが気になり、顔を近づけて聞く。すると、ルークは真っ赤になって私の後ろを指差した。
「ああっ!」
「誤魔化そうとしたって駄目よ」
「違う!アラン隊長が美人と一緒にいる!」
「え?」
ガバリと後ろを向く。
ルークの指差す先には、アラン殿が女性と歩いていた。
「あの美人、うちの軍じゃないし、ここの街の女だな。ナンパしたのかされたのか…。ちょっとつけてみようぜ」
「え…ええ…」
ルークの申し出はありがたかった。だって気になるどころの話じゃないもの。
今すぐ出ていって、どんな関係か確かめたい。
動揺を隠せなかったけど、ルークは気づいていなかった。ホッとしながらも、落胆している自分がいる。
ナンパとか…するような人には見えないのに。
信じたいけど信じられない。だって、まだ知らないことが多過ぎる。
こそこそと後を追う。
重い荷物になってる矢が恨めしい。今すぐ捨ててしまいたいわ。
「どこまで行くんだ…?」
ルークが呟く。
本当にその通りで、アラン殿は女性に連れられてどんどん人気のない場所に向かっていく。
まさか…まさかじゃないよね。
いらぬ想像が掻き立てられ、いっきに肝が冷えた。その時、
「止まれ」
ルークに腕を掴まれ、我に返った。
「なんか、話してる」
「えっ」
見つからないように体を隠し、そっと二人を見つめた。
「ちょっと待って……」
じっくりと二人を見て、その口の動きを読む。
「どうだ…
…最近は、忙しい
…私達は…アンリの道を行く
報告しろ…?」
女性が動き、二人の口の動きが見えなくなった。
「お前、読唇術まで出来んのかよ」
「少しはね。それより、今の会話おかしいわ…」
何で私達が知らない女性に、アラン殿はこれからのアリティア軍の動向を話してるの?
「あの女性、誰かに今のを報告するのよ。アラン殿は確かに報告しろって…」
「まさかお前、隊長が裏切り者だって言いたいのか!?んな訳あるかよ」
「そう…だけど」
わかってる、わかってるわ。アラン殿がマルス様を裏切る訳がない。
でも…!それじゃあ二人の会話の説明がつかないのよ。
「俺が確かめてやる!」
飛び出そうとした彼を押さえた瞬間、これみよがしな声が聞こえてきた。
「アランには私がいるから、大丈夫よねぇ。あなたのこと、ずっと思ってるわ」
猫撫で声みたいで寒気がした。
嫌だ、嫌だ…嫌……聞きたくない。アラン殿に特定の女性がいるなんて、いや!
「あっ…」
わかった。
私、知りたいんだ。あの女性がアラン殿の何なのかを。
ただ確かめたいだけに、こんなに焦ってる。
「アラン〜」
「ルーク、行きましょ」
「あ、ああ」
強引に彼を引っ張り、私は帰宅した。
ルークは「隊長も隅におけない」とニヤニヤ笑っていたから、最後の方は殆ど無視をしてしまった。
今、私には心の余裕がない。
城に着き、部屋に篭っても何も手につかないのでうろうろすることにした。
絶対迷子になるってわかってたけど、そんなのどうでもよかった。
何も考えないようにずんずん進んだけど、歩いているだけじゃ結局考えるはめになる。
目的のない歩みに、頭は使わないもの。
行き着いた先は、昨夜アラン殿に教えてもらったバルコニーだった。
まだ空が明るいので、昨日とは全く違う場所に感じてしまう。
私は椅子に座ると、雲一つない空を眺めた。
眺めているうちに干渉に浸ってしまい、涙が出そうになった時、声を掛けられた。
「じゃないか」
「マルス様…」
横にシーダ様はいなかった。きっと買い物から返ってきて別れたんだろう。
「君は、いつも僕のお気に入りの場所にいるね」
「えっ?」
言われて思い当たったのはアリティア城のあの場所。アラン殿と初めて会った…
「違うんです。ここは、アラン殿に教えてもらって…」
「アラン?ああ、そうか」
マルス様はくすくす笑うと、私の横に座った。
「あ…申し訳ありません。マルス様がいらっしゃるのに座ったままで」
「はは、僕がそういうのを気にする奴じゃないってこと、わかってるだろう?」
「はい…」
そう。
マルス様は身分も振る舞いも気にする方じゃない。
人は皆同じ…そう考えている。だからこそ、皆が信頼して集まって来る。
アラン殿だってそうだ。だから裏切る訳がない。
でも…と、あの女性の姿がちらつく。
黒髪で、本当に美人だった。
「アランは、僕の好きな場所を守ってくれてるんだ」
「え…」
唐突に話され、一瞬ついていけなかった。
「彼はあの場所が危ないことも指摘してくれた…と、これは話したね」
「あ、アラン殿の進言とは聞いていませんでした」
やっぱり思った通りだった。
「そうか。アランはいつも的確に指摘してくれる。でも私の意見も聞いて、どうにか叶えようとしてくれる。頼りになる騎士隊長だよ」
「ええ、そうですね」
マルス様が彼を信頼してるとわかるほど、私の心は暗くなっていった。
どうしよう…
「…それで、アランに気になることがあるのかい?」
当たり前のように聞かれ、驚いて顔を見る。マルス様は優しい表情で私を見守っていた。
「きみが言いたくなければいいんだ。でもこれだけは言っておくよ。アランは信じるに値する人物だ」
力強く言われ、凝り固まった疑念がするすると解けていく気がした。
でも、報告するべきなのか。
「…報告するべきが迷ってるんです」
「アランのために?」
アラン殿のため?
ううん、私のためだ。アラン殿に何かあってほしくないから黙ってようって。でもあの女性のことが気になって葛藤してる。
ふるふると首を振って話し出す。
「…アラン殿が、見知らぬ女性に私達の動向を教えていて、その後報告しろって言っていて…」
「話してたのかい」
「その、唇の動きを呼んで…」
読唇術か…とマルス様は呟いて考えこんでしまった。
「…女性の特徴は?」
「黒髪でとても綺麗な方でした」
そう言うと、マルス様は「ああ」と頷いた。
マルス様が知っている女性なの?
「アランは、アリティア軍に加わる前は村で暮らしていて、その前はどこかで騎士隊長をしていたんだ」
それは風の噂で聞いたことがある。
私はこくんと頷いた。
「だから、僕にも詳しく知らないことがあるんだけど……、アランには彼だけのために働く密偵がいるんだ」
「密偵、ですか」
情報を得るために色々なところに忍び込む者だ。
今度はマルス様が頷いた。
「彼女はその密偵なんだよ」
「アラン殿のために働く密偵…」
パズルのピースがカチリとはまった。それなら、報告しろの意味がわかる。
自分に報告しろって意味だったんだ。
私のはやとちりだ。
でも、彼だけのために働く密偵なら…特別な関係なのかもしれない。
私の心はまだ暗闇から抜け出せなかった。
「私のはやとちりだったんですね。中途半端に読唇術なんて出来るから…」
「はは、でもは密偵にもなれるね」
「ふ…恐れ入ります」
マルス様は私から視線を外し、空を見上げた。
「彼女はね、アランの幼なじみなんだって。でも身分が違うって言ってた。アランの身のこなしはどう見ても貴族だったと物語ってるし…僕の前では言わないけど、彼女は奴隷の身分なんじゃないかな」
「奴隷…」
「本当のことはわからないよ」
「はい…」
マルス様は私の肩を叩くと、アランは大丈夫だと言ってくれた。そうよね、マルス様への忠誠心は保証されたもの。
でも、私の心はもやもやは真実を知るまでずっと残るだろう。
アラン殿とあの女性の本当の関係を知るまでは。
「マルス王子、とか?」
呼ばれて振り向く。
そこにはアラン殿が立っていた。
「会議ですか?」
「いいや、きみの幼なじみについて話してたんだ」
アラン殿はバルコニーに出てきて、柵に手を掛けた。
「ああ、やはりだったのか。ということは、一緒にいた緑の青年はルークだな」
「はい」
あまりにもあっさり認められてしまい、こちらが戸惑ってしまう。
彼にとって、そんな簡単なことなの?
「何か新しい情報はあった?」
「いえ、特には」
「そうか……彼女には無理しないように伝えて。あと、アランもね」
「…心得ました」
アラン殿の表情がサッと曇った。けれどそれを気にすることなくマルス様はこの場を後にして行ってしまった。
「さて、。あのように不審な行動を見せてしまって悪かった。まさか読唇術まで出来るとは思わなかった」
「いえ…勝手につけてしまって申し訳ありませんでした」
アランは左右に首を振ると、マルス様が座っていた場所に腰を下ろす。
「君達は正しいことをした。悪いのは私の方だ、気にするな」
アラン殿はそう言うと、いつもと同じように私の頭を撫でた。
「王子から聞いただろうが、あの娘は私の幼なじみに近い」
「近い…?」
不思議な言葉づかいに思わず顔を向けると、アラン殿はひどく真剣な表情で見返していた。
「私は昔、貴族だった。その時屋敷で働いていたのがあの娘だ」
アラン殿は懐かしそうに言った。
*************
アランて平民かしら?それとも貴族かしら?
きっと貴族だっただろうと妄想しました(笑
2011/03/01
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