「じゃあ、僕は行くよ」










エドマンドはそう言って天幕をそっと開け、辺りを見回す。
真っ暗な森は静かで、人ひとりの息遣いも聞こえてこなかった。



本当に一人で助けに来てくれたんだ。誰にも言わず、私だけのために。



そう思うと、一緒にいけない自分を申し訳ないと思う。
その罪悪感と共に、あろうことか嬉しいような不思議な気持ちが胸の奥を突く。
心をきゅっと掴まれるような感覚。

私を信じてくれて、助けてくれるエドマンドの存在が嬉しいんだ。
きっとそんな気持ちだと思って頷いた。










「どうしたんだい?」

「あのね、エドマンド」










少し開いた天幕を閉じ、彼に向き合う。エドマンドはきょとんとした表情で見返してきた。










「誰も私を信じてくれなくても、あなたが信じてくれるだけで嬉しい」

「!」

「エドマンドが信じてくれるから、私は裏切り者って罵られても頑張れるよ」










エドマンドは瞳を潤ませて唇を引き締めた。
何かに耐えるように拳を握り血の気が引くと、力を抜いた。










「本当はそんな目に合わせたくない。は大切な女の子だよ」










俯いたまま、ぽつりと言う。










「でもきみが選んだ道だから、信じるんだ。無理強いはしない。僕は正義王だ、きみの正義を信じてる」

「うん、ありがとう」










もう一度天幕を開けて周囲を見渡す。誰もいない。










「気をつけて戻って」

「うん、も」










エドマンドはそう言って軽く私の頬っぺたを撫で、暗闇に走り去っていった。
しばらくそっちの方を見つめてたけど何も起こらず、戦いの音も聞こえない。大丈夫だ。

中へ戻り、一息つく。
ミラースが呼びに来るって言ってたけど、構わず寝ることにした。
だってピーターに会いに行かなきゃ。

信じてもらえなくとも、明日に影響がでなければいいの。それだけで…心配ことは減る。










「信じてもらえるのが一番なんだけど」










今のピーターとスーザンは大人への階段をほとんど登っちゃってる。
アスランが言ってた一筋縄ではいかないっていうのは二人のこと。
私とかエドマンドやルーシーみたいに、真っ向から信じられる純粋さが成長しちゃってるんだ。



その場に横になって目を閉じた。
考えるのはピーターのこと。

初めて会った時の彼、白い魔女軍と対峙する時にナルニア軍を率いてた彼、大人になって巨人を退治してくると言った彼…
元の世界に戻る直前に、帰ってきたら言いたいことがあるって言ってくれた彼。



そして久々に会った私を抱きしめてくれたピーター…



頼りがいがあって、とても責任感が強くてお兄さん気質なピーター。私をも優しく守ってくれる。










あなたに会いに行きたいよ。










ぎゅっとつむっていた瞼や噛み締めていた歯の力が抜け、私は飛び上がった。
置いていく体は天幕の中でぐっすり眠ってる。

泳ぐように手を広げ、森を抜ける。そして目の前の石舞台跡に突っ込んでいった。



見張りのフォーンはろくに瞬きもせず前を見つめている。私が通っても特に反応はない。
これでピーターにわかってもらえるのかな。

みんなが寝てる頭上を飛び、カスピアンとリーピチープを見付けた。
二人は何か話し合ってるけど聞くのはやめた。その傍でピーピキークが本を読んでいる。ネズミ用の小さな本だ。
その場を過ぎ、寝ているルーシーを跨いで外に出ると、壁面で剣の手入れをしながらテルマール軍を見ているピーターを見付けた。
どうやって声をかけるか悩んでいると、後ろからスーザンが現れる。










「ピーター」

「スーザンか」










ピーターは彼女を見ず、黙々と手入れを続けている。
スーザンは溜め息を吐くと、彼の隣に座った。










「アスランは来てくれるかしら」

「来てもらうしか道はない」

「そうね。そうよね…」










しばらく無言が続き、スーザンはテルマール陣営を見つめた。
ピーターは剣の手入れを終え、片付け始める。










に会いたい」










おもむろに言われ、私はスーザンに目を向けた。彼女は瞳を潤ませ、そして瞼を閉じた。
頬を伝って流れ落ちる涙はとてもきれい。










「僕だって会いたいさ」

「まだ告白してないものね」










泣きながらくすくす笑うスーザンを、ピーターは優しい笑みを浮かべて見る。
スーザンの瞳からはぽろぽろ涙が溢れた。










「今度会えたら絶対言うさ。誰かに先越されたら困る」

「ふふ。みんなが鈍いことわかってるのに、優しく待ちすぎなのよ」

「急いてを傷つけたくないんだ」










ピーターは笑うと立ち上がった。










「明日に備えて寝るぞ。スーザンも早く寝ろよ」

「ええ。姿の見えないエドマンドを見つけたらね」










スーザンの言葉にピーターの動きが止まる。










「手のかかる弟だ」










私はゆっくりとスーザンに近寄り、彼女の体を借りれないか試みる。
このままじゃピーターに話し掛けることも出来ない。

スーザンごめん!と思いながら背中にぶつかった。

すると難なくするりと入り込めてしまい、私ってなんでもできちゃうんだなんて思っちゃった。

指先に力を入れると思い通りに動く。顔を触ると、姿は彼女のままということはわかった。
さすがにそんなうまくいかないか。あとはピーターに気付いてもらうだけなんだけどな…
とりあえず名前を呼んで引き止めないと。










「ピーター」










中に戻ろうとする彼を呼ぶ。するとピーターは不自然な動きをして止まった。










「あの…」

?」










スーザンの声で呼んだのになんで私だってわかったんだろう?
ピーターは素早く振り向いて、私(スーザン)を見た。










だろう?」










持っていたものを全て地面に置いて、彼は駆け戻ってきた。そして私の二の腕を握る。
嬉しそうに微笑む彼を見て、抱きつきたい気持ちになった。
でもこの体はスーザンだ。そんな勝手なことをしちゃだめ。










「どうしてわかったの?」

「言葉の滑らかさが、が呼んだ時と同じだからだよ」

「言葉の滑らかさ……私の言い方が流暢じゃないってこと?」

「そうともいうかもね」










ぷくっとほっぺたを膨らませると、ピーターはくすくす笑う。
そして膨らんだそこをぷにっと潰された。










「体はスーザンなのに中身は……、きみはやっぱり―」

「ううん!」










顔色を悪くして言いにくそうにしている彼を見て、私が死んじゃったんじゃないかと思ってるのがわかる。
左右に首を振って、考えてることは違うって言った。










「私、生きてるの。城門が落ちて閉じ込められた時、一緒に閉じ込められたみんなが命を張って助けてくれたの」

「本当か!?」

「うん」










ピーターは安堵すると、強く握り締めた腕を放してくれた。
さすがに体はスーザンだからいつもみたいに抱きしめてはくれなかったけど、こうやって普通に話せてよかった。










「じゃあ、今はどこに……まさか」

「うん。今はテルマール陣営にいる」

「捕らわれてるのか」










捕らわれてる…その様で違う。自分の意思であそこにいるんだもんね。
違うと言おうとした時、突然抱きしめられてしまった。










「ちょっ、ピーター!スーザンの体だよ!」

「中身はだ!」










苦しいくらいに抱きしめられ、その気持ちが嬉しくて何も言えなくなってしまった。
ピーターはこんなにも私のことを心配してくれてる。
その時、あの奇襲の後に私の姿が見えなくて言ってくれた言葉を思い出した。










「一人でも助けに行こうとしてくれてありがとう」

「え…?」

「テルマールに一人で私を探しに行こうとしてくれたでしょ」










抱きしめられる力が弱くなったかと思うと、ピーターの体が強張った。










「あの時、本当にいたのか。じゃあ、エドに…」

「え、何?」

「いや…」










ピーターは離れると、急によそよそしい態度になってしまった。
訳がわからず見つめていると、彼は冷たく装って言う。










「きみには聞きたいことがたくさんある−。……けど、スーザンの体を借りるくらいだ。何か言いにきたんだろう」

「う、うん」










彼の態度に萎縮してしまう。けど言わなきゃ。いつまでこの体を借りていられるかわからない。










「明日、何が起こっても冷静にね」










努めて気に障らないように明るく言ったつもりだったけど、彼はキッと目線を鋭くした。










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ひさびさ。
ちょっと数話前から読み直して頂いた方がいいかもしれません(笑

2011/10/04


95話