夢と現実を行ったり来たりしてる中、おでこに温かなキスを感じて、誰からの贈り物か確かめようと目を開けた。
けれど誰もいない。でも誰からからの贈り物かはわかった。










「ここ…ミラースの部屋だ」










いつの間にか彼のベッドに寝ている。
なんの記憶も無いし、彼が私をこっちに運んでくれたんだろうと思った。
私に宛がわれた部屋は小さいし、地べたに寝転ぶから体が痛くなる。
けれどミラースのベッドは、簡易ベッドにも関わらずたくさんの座布団が置いてあって、ふかふかだった。










「だからよく寝ちゃったのかも」










彼が出てから結構な時間が経っていたみたい。私に用意された朝食は冷めかかっていた。
でも覚めてても食べ物はありがたいもの。だって、これから戦場に赴くんだもの。

朝食を平らげて外に出ようとすると、待っていたかのように一人の兵士が向かってきた。
たぶん待ってたんだろうけど。
彼はエドマンドがこの陣営に来た時に私を呼びに来た、ソペスピアン卿の兵士だ。










「なに?」

「こちらのお召し物にお着替え下さい」










出された服は、王族が着るようなきらびやかなドレス。たくさんの黄金と宝石が着いたものだった。










「ソペスピアン卿の命令だよね」

「…」

「わかった」










呆れたように溜息を吐いて、ドレスを引ったくりテントの中に戻る。
それを広げて体に当てると、今度は感嘆の溜息が出た。ナルニアではこんなキラキラしたドレスはない。
一度は着てみたいと思うような美しいドレス。女の子の夢、こんな時に叶えられるなんてね。

きつくコルセットを締めて腰をくねらせると、たっぷり使われた布が優雅に舞う。飾られた宝石達が流れるように揺れ、シャラリと鳴った。
置いてあった鏡を見てドレスの美しさを堪能したあと、自分の髪の短さに落胆する。
ドレスを着こなすには短すぎる。かといって、いきなり髪の毛を伸ばすことは出来ないし。
穴があきそうなほど鏡を見つめて思い付く。










「これ、使えそう!」










腰に巻き付けたリボンを外して頭に乗せた。そう。ローブみたいにね。こうしたら髪の毛が短くても見えないし、むしろ長く見えるよね。
ドレスと一緒に渡されたイヤリングをつけて、腕輪をして、ネックレスをして、アイシャドーをつけた。出来るだけ妖艶に見えるように。
ドリアードが言ってた。女の武器を使えって。たぶんこういうことだと思う。










「待たせたわね」










そう言ってテントを出る。
顎を引いて胸を張って、前だけを見つめる。兵士をチラリと見ると、彼は口を開けて私を見た。










「王の愛人どのですか」










あまりにもマヌケな問いだったので、一睨みする。兵士は顔を赤くして恐縮すると、歩きだした。



ほとんどのテントは片付けられていて、残っている兵士は僅か。彼らは私の姿を見つけると作業の手を止めてじっと見つめてくる。
それを上官は怒鳴るけど、その上官も口を開けて私をぼーっと見つめてきた。



首尾は上々だ。



というか、こんなに効果があるとは思わなかった。もしかしたらアスランの力が働いてるのかも。



前を歩く兵士は、いつの間にか私の歩調に合わせてくれている。
ゆったりとしながら、毅然と歩く私の歩調に。

そしてテルマール軍の陣営の最後尾に着いた。










「見間違えましたぞ」










待っていたのはソペスピアン卿。わかってはいたけど、ミラースじゃなくてがっかり。










「お待たせして申し訳ありません」

「いやいや。女性は着飾るのに大層な時間をかけますからな。それにしても…」










ソペスピアン卿はつま先から頭のてっぺんまで舐めるような視線を這わせてきた。
気持ち悪いということよりも、この姿に穴がないか、それを見つけられてしまわないか緊張してしまう。










「美しい」










その言葉に自信をつけて、強く見返した。










「その姿も輝く瞳も、昨日とは大違いだ。やはり自国の者にはそのような姿を見せたいものですかな」

「…」

「権力を持つ者は体面も気にします。それが当たり前のこと。貴女が推した我が王もその策略にはまって身を破滅させる」










ミラースのことを言っている。
やっぱり私の存在を利用して、彼を失墜させる気だ。










「その体面をも守れず、我が王は貴女の存在のせいで消されるでしょうな。ナルニア国アスランの守人、殿」










そう言われても特に表情を変えず、つんとした態度で彼を見る。
顎を少し上げて私より背の高いソペスピアン卿を見下ろすように。










「それで、私をどうしたいの?」

「ふ、貴女は私と共にあの場に行って頂くだけで結構だ。それでカタはつく」

「ふうん。ずいぶん簡単な要求」










興味なさそうに言ってローブを払う。そしてその手をすぐに袖の下に隠した。
緊張のし過ぎで手が震えてる。心臓はばくばくと鳴って、その音がソペスピアン卿に聞こえてしまわないかと、内心ひやひやしていた。
元々嘘をつくのも苦手だし、思ってることも顔に出やすいたちだから、こういう演技は苦手。
気を強く持つのも、本当は自信ない。

前を見ると、少し離れたところにミラースと将軍、数人の兵士が控えている。
びりびりと緊迫した空気が伝わってきて、もうすぐピーターとミラースの一騎打ちが始まるのがわかった。










「貴女にとっては素晴らしい要求でしょう。ナルニア人が救出に必死になってくれる」

「そうしてナルニア人とミラースを葬るわけだ」

「ふ、そういうことだ。昨日エドマンド王が来た時に逃げるかと思ったが、残っているとは。まさか本当にミラースの愛人になったのか」










予定が狂ったと言わんばかりだったけど、どちらにしろ自分の思い通りに計画が進むと思ってる。
彼がほくそ笑むのを見たけど、私は乾いた笑みが出た。
ソペスピアン卿はナルニアに対して勉強不足だ。










「そう。私は彼の愛人なの」

「……今では、それも信じられなくはないな」










彼がそう言った時、ラッパの音が響き渡った。決闘が始まるみたい。
ソペスピアン卿は私の腕を強く掴んで引っ張る。










「私は逃げない。そういうのはやめて」










捕まれてない方の手で彼の腕を叩く。睨まれたけど手は離してくれた。
ソペスピアン卿の横に並んで、ゆっくりと足を踏み出した。踏み出す度にミラースの背中が近くなってくる。
そして向こう側にはピーターとカスピアン、エドマンドとグレンストームの姿が見えてきた。

私には気づいてないみたい。










「我等の勝利は確実だ。ナルニアは滅びる。泣いて請うのなら、貴女一人救うことも出来るぞ」










ソペスピアン卿は前を向いたまま言った。










「馬鹿言わないで。ナルニアは勝つ。ミラースも救うから」

「ふっ、出来ぬ事を願うとは愚かだな、守人よ」

「あなたがナルニアの歴史を知らなくて良かったよ。私を連れて来たこと、後悔するからね」










ニヤリと笑って、ローブで口元を隠す。前だけを、良い未来だけを見つめて、信じて歩き出す。

ソペスピアン卿は一瞬止まると、無言で私の後を着いてきた。
きっと私のセリフのせいで、これでもかというほど頭を回転させてるだろう。



でも千三百年前のナルニアの歴史を知らないとわからない。きっと知ってたとしても、そうなるか判断つきかねるだろうし。



でも私はそうなるってわかってる。
だから、どんなに辛く苦しくてもそれを利用するのみだよ。









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2011/12/11