「ソペスピアン卿!」
ミラースが表情を歪ませて叫んだ。卿を睨みつけた後、私を見る。
明らかに狼狽した様子で、これから始まる決闘に悪影響が出なければいいけど…。
「愛する者が近くで応援した方が、王の力は何倍にもなると思いましてな」
ククと笑う卿は、してやったりという表情。ミラースはやられたと唇を噛み締める。
「お前は下がれ」
彼が私に言う。けれどそれは卿が許さない。背中に拳を当てられた。
私はゆっくりとミラースに近付き、頭を下げる。
「、お前がここまで愚かだとは」
小声で戒められた。けど気にしない。
「そんなことない。ソペスピアン卿の思い通りにはならないから」
「なんだって?」
顔を上げて彼に微笑みかけた。ミラースは訝し気に見返す。
「ソペスピアン卿は勉強不足。ナルニアの勉強をしたあなたならわかるかと思ったけど」
そう言っても彼にはわからないようだった。そうだよね、イキナリは思い付かない。
それにこの状況だし。
ミラースの腕に自分の手を置き、真っ直ぐナルニアの方を見つめる。
私達のやりとりを不思議そうに見ていたナルニア人達が、私の存在に気付いてざわめきだした。
彼は腕に力を入れた。少し震えていて、緊張しているのがわかる。
そこを優しく撫で、もう一方の手で覆っていた布を取り、口元をあらわにした。
「守人だ」
「守人がテルマール王と共にいる!」
ナルニア陣営から叫びが上がった。ざわめきが大きくなり、痛いくらいの視線が突き刺さる。
少し離れた場所にいるグレンストームが目を見開き、エドマンドは顔を逸らした。
そしてピーターは、怒りをあらわに歯を食いしばる。
小さく息を吸い、鼻から一気に吐き出した。
「私はテルマール王のものになりました」
どよめきが広がる。
「ナルニアのテルマール奇襲が失敗に終わった時、私は取り残されました。けれど残った戦士達を盾にして生き残り、テルマール王の保護で寵姫の座を賜りました」
泣き出したナルニア人達もいる。きっとテルマール城に取り残された戦士の家族だろう。
既にどよめきは悲痛な叫びに変わっていた。私を非難する声もちらほら出る。
ミラースがハッとして私を見た。それに目もくれず、淡々と言う。
「私は、テルマール王のものです」
ザクッ
そう言った瞬間、ピーターが地面に剣を突き立てた。途端に叫びは止み、ナルニア陣営に静寂が訪れる。
「……やっぱりその女は裏切り者だった」
誰かが叫ぶと静寂は崩れ、雪崩を起こすように彼らの不安が次々と飛び出してきた。
「何が守人だ!」
「ナルニアを他国に売る守人なんて必要ない!」
「売女め!」
その罵倒は、一本一本の矢になり束になって飛んできた。鋭く、素早く致命傷を追わせるような攻撃。
痛い
胸が締め付けられる。頭が割れそうに鳴り、吐き気をもよおした。
それでも冷静をよそわなければダメ。
ここで私が悪役にならないと、ミラースを救えないもん。
散々罵倒されて心が折れそうになったけど、なんとか耐えて前を見つめ続けた。
そのうちおさまり、また静寂が訪れる。私はつんと顎を上げて言った。
「…気が済みましたか。それでは決闘を始めましょう」
そう言って踵を帰し、ソペスピアン卿の横に戻る。
彼は歯を食いしばって、悔しそうに息を漏らした。
「貴女が言ったのはこういうことか」
「あなたの計画通りにならなくて残念だね」
「…ふ、まだまだ手のうちようはある」
脂汗を額に浮かべつつの言葉がどんなに説得力がないことか。
もう策は尽きたのだろう。けど策がついた輩は何か小さなことでも揚げ足をとって、自分の都合が良い方にもっていくはず。
気をつけなきゃ。
ソペスピアン卿がミラースの隣に移り、少し後ろに下がって控える。
ミラースは将軍に何か耳打ちした後、「私が生き残ってもあまり失望するなよ」と言った。
そして仮面と盾を付け、剣を抜き放つ。研ぎ澄まされた金属音が響いた。
二人はゆっくりと近づき、言葉を交わす。
「降伏するなら、まだ間に合う」
「したいなら、しろ」
「玉座のため、あと何人死ぬのか」
「たった一人だ」
ピーターがそう言って切りかかったのを皮切りに、決闘が始まった。
ミラースはピーターの倍以上歳をとっているはずなのに、動きは鈍っていなかった。さすが王に就くだけの実力はあるってことだ。
高い金属音が何度か鳴り響いたかと思うと、一層大きく鈍い音が鳴り響く。
ミラースの盾がピーターの兜を殴り飛ばす。
ああっ!ピーター!!
すると今度はピーターが、ミラースの足に傷を負わせた。
「ミラース!!!」
思わず声を上げてしまって、両手で口を覆った。
ピーターの悔しそうな表情の向こうに、ミラースが将軍に合図を送っているのが見えた。
まさか、不意打ちさせる気!?
彼らしいといえばそれまでだけど、その行為は達成されなかった。
将軍がその合図を無視したの。
二人は雄たけびをあげながら打ち合い、ピーターが押されて転がりながら攻撃を避けていた。
けれど盾を括り付けた腕を踏まれ、苦痛の声が上げる。
それでも盛り返したピーターに押され、二人は元の位置に戻った。
心の中ではどちらも応援していて混乱しそうだった。
でも平静を装ってなきゃいけなくて、思わず手を握り締める。
その時、視線を感じてそちらを見遣ると、エドマンドが私を見つめていた。
ソペスピアン卿に気づかれていないのを確認してから彼を見返すと、もの問いた気な視線を送ってくる。
何を言いたいのかはわからない。けど、「大丈夫?」と聞かれた気がした。
にっこり微笑み返すと、彼は安堵した表情をして試合を見直した。
それと同時に馬に乗ったカスピアンとスーザンがこちらに向かってきたのが見えた。
ルーシーがいない。きっとアスランを探しに行ったんだろう。
「国王殿、一休みしたいか」
一瞬心配そうな表情を出したピーターに、ミラースが言った。
ピーターは少し考えた上で言葉を返す。
「5分?」
「3分だ」
そうして、少しの休憩が入った。
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2011/12/17