「二度と私の身を危険にさらすな!」











ミラースの怒号が響く。けれど将軍はそれとなく肩を竦め、頷いただけだった。
私はすぐにミラースの元へ行き、傷の具合を見る。











「少し切れちゃっただけだね」

「ふん」

「ミラース…」











今の彼に何を言ってもしょうがないみたい。そうだよね。戦っている男の人に女の人が出来ることは、応援することだけだよね。
そう思ってすぐに下がり、将軍が彼を手当てするのを見守った。











「あそこにいるのはなの!?」











スーザンの声が聞こえ、視線を向ける。
彼女とカスピアンは驚いた表情で私を見ていた。











「……」











両手を広げて走っていきたい衝動を抑え込み、無表情で彼らを見返す。
心の中ではたくさんの「ごめん」を言いながら、曇りガラスを通したような目で見つめ続けた。











、どうして。本当にテルマールにいたのね」

「本当にって…知っていたのか」











カスピアンの言葉にスーザンとエドマンドが視線を交わす。
ピーターだけが地面を見つめていた。けど一言、











はミラースのものだ」

「え?」

「ピーター、笑え」











カスピアンの疑問を退けるように、エドマンドが言った。するとピーターはふっと後ろを向いて剣を掲げると、笑ったようだった。
ナルニア陣営から歓喜の声が上がる。雰囲気が一気に盛り上がった。

さすがエドマンド、よく考えてる。
こちらを見ている彼に小さく微笑み掛け、視線をミラースに戻す。











「奴の様子はどうだ」











そう言う彼に、ソペスピアン卿は何食わぬ顔で言う。











「若い」

「でも陛下も実に見事です。お歳の割に」











将軍は包帯を力強く縛り上げ、ミラースを唸らせた。



再び戦いが始まる。
さっきよりも激しい打ち合いが繰り広げられ、力任せな一撃も幾度となく見られた。
二人とも体力はつきかけ、気力だけで戦っているようにも見える。
剣も落とし、盾で殴り合い、そして拳の打ち合いに代わっていく。

そして、その時はやってきた。











「うおぉっ」











その声と共に、鈍い音が響く。
ピーターが、さっき切りつけたミラースの怪我に拳を入れた。











「休憩だ。休憩……」











苦痛に歪んだ顔で、ミラースが乞う。剣を構えて戸惑いを見せたピーターを煽るように、エドマンドが叫ぶ。











「騎士道精神は無用だ!」











けれどピーターはその持前の誠実さで休憩を受け入れると、背を向けて陣営へ歩き出した。
それを見計らって、ミラースは剣を拾いピーターの背中へ襲い掛かる。











「「危ない」」











私の声とエドマンドの声が重なる。
ピーターは素早く振り向くと、攻撃を避けてミラースの腕を掴む。
そして目にも留まらぬ速さで体を回転させ、彼のお腹に剣を突き入れた。











「!!!」











ミラースは目を見開くと、ゆっくりと地面に膝を着いた。その行動を助けるかの様に、ピーターが剣を引き抜く。
彼は立ち上がって剣を構えると、荒く肩を上下させながらミラースを見下ろした。

誰もがピーターの行動を見守った。私でさえも。
だってピーターはとどめを刺そうとしないってわかってたから。

もしとどめを刺すとしたら、それはカスピアン。ピーターは彼にその役目を譲るはず。
そしてカスピアンは生来の優しさがあるから、とどめは刺さない。その時こそ、私がミラースを助ける時。











「どうした坊主、殺す度胸がないか」











ミラースの言葉に、ピーターは唇を引き締めて構えを下す。











「僕の役目じゃない」











後ろを向き、自らの剣の柄を差し出した先にはカスピアン。
彼はピーターを無言で見つめると、一歩また一歩と近づき、差し出された柄を掴んだ。

恨みや苦しみを噛みしめるように剣を構え上げ、真っ直ぐに叔父を見下ろす。
唇は一文字に引き締められ、瞳は構えた剣を同じように陽に照らされて澄みきっていた。



カスピアンの答えはもう出ているんだね…



いつの間にか祈るように強く組んでいた両手を離して、体の力を抜いて見守る。
ミラースは大丈夫。カスピアンを信じよう。











「私が間違っていた。お前には王になる資質があるのかもしれん」











呟くように言って、ミラースは覚悟を決めて頭を差し出した。
カスピアンは全てを叫びとして放出させると、構えていた剣を地面に突き立てた。











「あんたとは違う。生かしてやろう、だがナルニアは彼らに返す」











そう言ってソペスピアン卿に視線を送ると、彼は背を向けてナルニア陣営に歩いて行った。
同時に起こる歓喜の声。ナルニア人立ちは両手を挙げて喜び合う。
テルマール軍はというと、誰も何も喋らない。横にいた将軍はカスピアンの行動をじっと見つめて、何かを考えている。
ソペスピアン卿はそんな彼を叩き、ミラースを支えに走った。



まずい!



確かここで彼はスーザンの矢をミラースの背に突き刺して、戦争を強制的に続行させるはず。
それさえなければ、ミラースも助かって、戦争も起こらない!!!

一目散に走りだしてソペスピアン卿を抜かすと、ミラースに駆け寄った。
この行動をナルニア人達にどう思われようとかまわない。けど、この小さな行動で助かるならば、私はそれをするだけ。











「ミラース、大丈夫」

「大丈夫なように見えるのか」

「見えないけど、命はあるじゃない」

「……そうだな。こんなことになっても、お前は私の元を去ろうとしないのか」

「ふ、当たり前だよ。今、私を必要としているのはあなたなんだから」











ミラースは少し視線を上げてナルニア陣営を見ると、ピーターと目が合ったようだった。
けどすぐに視線を逸らされてしまう。











「…ピーター王も必要としているみたいだが」

「それは……」











何と答えようか迷った時、後ろからソペスピアン卿が割って入ってきた。
私をどけようとはしなかったから、油断してしまったの。
ミラースはそんな彼を睨み付けながらも肩を借りようと腕を伸ばす。











「陛下」

「…覚悟するがいい。これが終わったら…」

「もう終わった」











その時、ニヤリと笑った卿が小さなナイフでミラースの胸を一突きした。
覚えている内容とは全く別なことが起こってしまったから、私の頭は混乱してしまう。











「な、なんてことを!!!」











すぐに卿を突き飛ばして彼の体を支えたけれど、その一突きが致命傷になってしまったのは明らかだった。











「裏切りだ!陛下がナルニアの守人にやられた!!!」











信じられない一言が待っていた。











「命を助けられて愛人にまでしてもらった女が、陛下を裏切った!この、売女が!!!」











卿はそう叫びまくると、ふと私に近づいて言った。











「これで、お前の味方は誰もいなくなった。誰も助けられなくて残念だったな」











まんまとやられてしまった。してやったりと笑いながら去る卿の背中を睨みつつ、頭を回転させたけどこれ以上考えるのは無理だった。

テルマールもナルニアも、一気に敵になっちゃったんだもん。











********************

2011/12/18