橋の向こう、里を守るように立つ壁に寄り掛かりながら、彼はこちらを見ていた。
あたしの体は、不思議と動かなかった。
ううん、引き攣って、動けなかった。
あんなに会いたくて想っていたのに、会ったらきっと抱き着いちゃうくらいだと思ったのに、あたしの体は動かなかったんだ。
「?」
セネルがあたしの異変に気付き、肩に手をかけてきた。
途端、引き攣った体は一気に崩れ落ちる。
「、大丈夫か!?」
セネルが驚いてしゃがみ込む。
そして横にいるジェイが、立ち上がらせるために白い手を出してくれた。
「うん…」
その手を掴むと、ゆっくり立ち上がる。
あたし、なんか変だ。
そう思いながら、原因がわからずに困惑した。
「ワルちんのかっこよさにやられちゃったんじゃん?」
「ノーマ、そんな事を言うな!」
「そうかもしれない…」
ノーマの意見に頷くと、あたしはにっこりと笑う。
「もう大丈夫。ありがと、みんな」
「…」
皆は心配そうに頷くと、再び里の方を見た。
里を囲む川に、さざ波が起こる。水は石に当たり、僅かな水音を奏でた。それを背景に、あたしが想いを寄せる金髪の青年は少しずつ近寄ってくる。
彼は少し大人びた様に見えて、自分がおいて行かれた気がした。
期待の眼差しで彼を見ると、彼は何ともない普段の顔をした。
え?
と思ってもう一度視線を投げかけても、その応えが帰ってくることはない。
「貴様ら、何をしに来た?」
「お前には関係ない」
ワルターは皆…というかセネルを睨んで言った。拳を握り締め、明らかに嫌悪感を抱いている。かたやセネルも同じような対応で、ぶっきらぼうにも程があると思った。
「ハリエットとシャーリィが来ているだろう?」
二人の対応を無視してウィルが言った。するとワルターは彼に向き合って目を細めると微かに頷く。
「メルネスとチビガキはフェニモールの墓の前にいる」
ウィルはワルターの表現を不快に思ったようだったけど、あえて気にしなかった。「すまない」と言うとそのまま里の中へと向かって歩き出した。
「ちゃん、行こー」
「うん…」
ノーマに腕を組まれて引っ張られ、そのまま引きずるように里の中へと入って行く。
ワルターの横を通り過ぎた。
でも彼にはあたしを知っている兆候はなく、終始セネルの背中を睨んでいた。
そんな…
悲しみが心を渦巻き、持っていた彼のピアスを強く握り締める。
心臓がきゅっと収縮してそのままなくなってしまうくらい苦しい。
胸が締め付けられるってこういうことなんだ。
あたしはうっすらと涙をためると、皆に見られないように下を向いた。
「リッちゃ〜ん!」
里の奥まで行くと、シャーリィがハリエットと並んでフェニモールのお墓の前で祈っていた。ノーマは周りを気にせずに大声で叫ぶと、大きく手を振る。
「あ……」
シャーリィは嬉しそうに手を振り返したけれど、あたしの姿を見つけると振るのをやめる。
完全に勘違いされてる。
あたしはセネルと何の関係もないのに。
「皆さん、どうしてここにいるんですか?」
シャーリィは立ち上がると、セネルの横に走ってきた。あたしはセネルの横から離れると、ノーマの横に行く。
「ウィルがハリエットの事心配なんだってさ」
「ほんと、パパ?」
セネルの発言にハリエットはきらきらした目でウィルを見上げた。ウィルは恥ずかしそうに口をもごもごさせると、
「セネルがシャーリィの事が心配だったのだ」
とあからさまな嘘をついた。
でもハリエットは嬉しそうだった。きっと、その嘘がウィルの心配を裏付けてくれたのだろう。
「ほんとなの、お兄ちゃん?」
「うーん、まあそういうことにしておくか」
セネルは曖昧に答えると、フェニモールのお墓を見た。
「フェニモールは元気そうか?」
そしてシャーリィに聞いた。
「うん。元気だよ」
シャーリィは嬉しそうに笑うと、恋する瞳でセネルを見上げる。
ああ、なんかいいなって思う。
ああやってずっと見ていられるのが羨ましい。
あたしなんて側にいられないどころか、知らない人みたいだった。
そこら辺に転がる石ころと同じ。
セネル達の仲間の一人に過ぎないのだろう。
考えると悲しくなった。
ワルターはきっと、ここに戻って来るために記憶を無くさなければならなかったのだろう。
あたしと再び会うことなんて、忘れちゃったのだろう。
約束も何もかも。
あたしの事も
「、青い顔しとるぞ?」
モーゼスが突然、腰を屈めてあたしの顔を覗いた。泣きそうな酷い顔をしてるのに、いきなり覗き込むなんて酷い。
「大丈夫か?さっきもいきなり座り込んだし、顔色もよくないな」
モーゼスを退かして、クロエがあたしの顔を覗き込んだ。
「うん、大丈夫。クロエもモーゼスもありがと」
「いや…」
あたしにこれ以上意見するのが差し出がましいと思ったのか、クロエは何か言いたそうな顔で引き下がった。モーゼスも同じように引き下がる。きっとまだ会って間もないのに、心配しすぎたと思ったのかな。
嬉しいことなのに、なんだか何もかも悲しくてしょうがない。
もう、この世界からいなくなりたい。
消えちゃいたい!!
「」
涙を我慢して瞑った目に、温かな手が触れた。
じわりと伝わる温もりにじんときて、思わず流れてしまう涙。
こんなに我慢したのに。
悔しく感じるも、心は氷が溶けたかのように満たされていく。
この手は、セネルだ。
「セ…ネル?」
微かに呼ぶと、「ん?」と優しい顔で覗き込んでくる。
「ご…ごめ…」
「いいよ」
セネルの手は目の上から異動して、あたしの頭をぽんぽんと叩いた。
その人間らしい温もりは、セネルの手から頭を伝わって心まで届く。
優しい温もり。
セネルの優しさだ。
「なあ」
「な…に?」
「はさ、いきなりこんなとこ来て心細いと思うんだ。
でも、今は俺が…俺たちがいるだろ?」
「……」
「甘えたっていいんだ。俺の仲間は、誰一人の気持ちを撥ねつける様なことはしない。
だからさ、泣いていいんだ」
セネル越しに見る皆は、無言でうんうんと頷いていた。
あたしを睨んでたシャーリィも一緒に。
「な?」
「うん……ありがと…」
感動の瞬間、涙がまた溢れだした。
ワルターを想ってきたこの一年間、彼が生きている事を願って過ごしてきた。
そして、そのお願いが叶えられてる事を知った。
それだけでいいじゃない。
半ば言い聞かせるように自分へと押し付ける。
彼が生きていれば、自分の事を忘れていたって…また会えたんだし。
これからも、ワルターを想っていけばいいじゃない。
だよね?あたし。
「ありがと、みんな。ありがと、セネ…」
「セネル、やっとメルネスから離れる気になったのか」
その時、里の方から声がした。
ワルターの、声だ。
振り向くと、冷たい表情のワルターがあたし達を見下ろすように見ていた。
「どういう意味だ」
セネルがすごむ。
するとワルターは冷たい表情のままくすりと笑う。
「どこの国の女だかわからないが、ばかに優しくしてるじゃないか。
貴様には、そんな泣いてばかりいる弱い陸の民がお似合いだ」
そして、言い放った。
あたしは何が起きているのか、ワルターが何を言っているのかわからなかった。
思考が停止したようにあたしの何もかもが止まってしまった。
あたしの一年間も、あの…十日間も、なんだったというのよ。
彼は、あたしの知っているワルターじゃない。
あんなのは、ワルターじゃない。
あんなのは…
「のことを馬鹿にするな・・・って、!?」
セネルが自分よりもあたしのことを庇ってくれた。
でもあたしの心はそれどころじゃなかった。
あたしは振り返ることなく走り出す。
セネルの横から離れ、ワルターの横を駆け抜け、どこか遠くへ。
ここじゃない、どこかへ。
彼がいないどこかへ行ければ、どこでもいい。
あたしは、そう思った。
***************
ワルター登場☆
でもヒロインを覚えていないようだ!!!!
これからのヒロインはいかに?
そしてどこ行っちゃうんだろう?(笑)
2007/09/08