雲が覆う暗い空を見上げながら、は立ち竦んでいた。
別段動けないというわけでもなく、ただ動く気がないというのが本音だった。

自分の頭はおかしくなってしまったのではないかと思うほど、彼の言葉を考えていた。




シフォンが自分に思いを寄せているのはわかっていたこと。
でもそれは、二年近くも前の話だ。




それにあの時はクルザンドの王女だった。地位も権力もあって彼の手助けをする事が出来たのだ。…結果的に失敗だったとはあれ。




しかし今の自分には何を出来るというのだろう。




クルザンドでの地位も、権力も何もかも…ヴァーツラフ兄様との絆を分かつと失くしてしまった。
今繋がっているとすれば、故郷を思うこの心と…ヴァイシスなどの血縁関係の援助のみ。











「私には、何も残っていないのに。」










は呟いた。





シフォンが地位も権力も欲していない事にはも理解はしていた。しかし、クルザンドでのあの事件はが王女であるためにシフォンは近寄ってきた。そして悪く言えば地位を利用されたといってもおかしくはない。
こんな事を考える自分ではないのにと頭を振るも、やはり捉えられてしまう。









今度も私を王女として好きだと言われたなら……、私はもう……









「はぁ…。」









は小さく溜息をつくと首を振った。
邪念を払いのけるように強く振る。









「私には仲間しかない。シフォンもわかっているはずだわ。それでも私を思ってくれるならば…。」

「思ってくれるならば?」

「えっ…」









俯き加減だった目線を上げると、そこにはマダムミュゼットが立っていた。
優しい笑みをたたえて自分を見ている。









「マダムミュゼット…。」








はホッとした様に胸を撫で下ろすと、真っ直ぐと彼女を見据えた。きっと、マダムが自分の事をお見通しだということがわかったのだろう。









「貴女は、ずっと貴女らしく生きてきた?」

「?」

「自分に自分を偽るのはお止めなさい。後悔するだけですよ。」

「……」

「貴女が貴女らしく生きれない時期はきっとあるだろうけれど、それだけに取り付かれては駄目よ。生きていくというのはそれだけではない。同時に色々なことが進行しているのよ。」








マダムが言いたい事はきっと、『世界を見守る者』であったとしてもそれで生きていく事の中に違う事項が存在する。その違う事項を世界を見守る者としてではなく、・ボラドとして対応しろということだろう。
は思う。

彼女は自分がどんなに重い運命かわかっているのだ。世界を見守る者という言葉を知らなくとも。








「はい。」

「貴女はいつだって、・ボラドなのですよ。」

「はい、マダム…。」

「貴女らしく生きることです。」








マダムミュゼットはの返事を聞く事もなくその場を立ち去っていった。その後姿にクルザンドにいる自分の母の姿を重ね合わせると、は唇をゆっくりカーブさせるとにっこり微笑んだ。















































「シフォンてさ、誰かに似てるんだよな。」









ヴァイシスはそう言うと、ソファーにどかりと座り込んだ。その反動でハリエットが弾む。










「ちょっとヴァイシス君!」









ハリエットがキッと睨んだので、ヴァイシスの心臓は少し飛び上がった。





ハリエットは可愛いけど、恐いからな…





彼は心の中で苦笑すると、彼女に向き合って謝罪しようと口を開いた。
しかし、









「今の面白いからもっとやって!」









彼女はこう言ったのだ。










「へ?もっと?」









素っ頓狂な声を出すヴァイシスに、もう一つの鋭い視線が飛んでくる。恐る恐るそちらを見ると、ウィルが睨んでいる。
その口は、




「危ない」




と音を出さずに語っている。ヴァイシスはこちらの方が恐いと思うと、ハリエットに危ないからダメ、と言って座り直した。








「誰に似てるんだよ?」








セネルがむくれながら言う。最近のの態度が気に食わない様。









「それがさ〜っ、わっかんないんだよなぁ〜。」









しかしヴァイシスはそんな彼の気分を吹っ飛ばすくらいカと答えた。









「久々の登場なんですからもっと役に立って下さいよ。」

「うわっ、ジェイがさりげにひでぇ。」

「さりげじゃないじゃろ。」









男子達はウィルの家に集まって話し込んでいた。話題は専ら、突然現れたガドリアの騎士シフォンの事。
彼らはシフォンがと一緒にいる時間が多いのが許せないのだ。










さんもさんで、シフォンさんとばかりいますね。」

「本当だよな。誘ってもシフォンが…って断られるし。」

「それにじゃ!気付いたかセの字!」










モーゼスはセネルに人差し指を向ける。セネルはそれをうざったそうに払うと聞く。










「何が?」

「シの字はいつの間にかのこと様付けじゃなくなっとるんじゃ!!」









モーゼスはソファーの上に立ち上がった。しかし周りの男子は白い目で見ている。










「そんなの、とっくに気付いてますよ。」

「モーゼスが1番遅い。」

「なんじゃと!!!」









モーゼスはショックを受けてそのままソファーに倒れ込むと、動かなくなった。










「ところで、ガドリアの騎士であるシフォンさんと、クルザンドの王女であるさんに何の共通点があって知り合い何ですか?祖国の敵であるにも関わらず、シフォンさんはさんに惚れているみたいですし。」

「俺もそれ気になってたんだ。ヴァイシスは知ってんのか?」










ジェイは腕を組み、ヴァイシスを見る。の事に関しては誰よりも多くを知りたいのだ。セネルも疑問を投げかける。










「あれ、ジェイもセネルも知らないの?え、ウィルも?」









皆が首を横に振ることにヴァイシスは驚いた。はどれだけの事を皆に話したのだろうか。
特にシフォンとの事は、彼女が遺跡船にくる要因となったことだ。











「金髪は?」

「…知らん。」










ヴァイシスはワルターの返答ににんまりすると、深呼吸する。
そして、











「シフォンはクルザンドにいたんだ。一種のスパイだね。」

「スパイ…?」

「そんな関係なのか…?」











家の中がざわつく。ヴァイシスはそれを制すると、続きを語り出す。











「だけどね、彼はスパイっていう感じじゃなくてさ、紳士で。ダンスパーティだったか、ヴァーツラフ叔父と話してるに声をかけたんだ。
ヴァーツラフ叔父と話してるにダンスを申し込む奴なんていないからさ、皆がシフォンに注目してたな。」

「へぇ〜」

「でさ、叔父が睨むから一度は誘うのやめたみたいなんだけど、が彼に興味を持って一緒に踊ったんだ。それが始まり。」







途端、セネルが溜息をついた。表情は凹んでいる。








「一緒にダンスか…俺には無理だな。」

「何言ってるんですか、セネルさん。」

「ホント。セネルくん馬鹿みたい。だって、男の人はダンス出来るかで決まるんじゃないわよ。」

「ハリエット…!」








セネルはハリエットの言葉に感動した様だった。










「ダンスはいいとして…。その後がよく城を抜け出して…シフォンに会いにな。あの二人は集会してたらしいんだ。」









ヴァイシスは曖昧に言うと、申し訳なさそうに首を竦めた。









「らしいって?」

「俺もちゃんとは知らない。俺がそれを知ったのはが投獄されてからだし…。ただ…。」









ヴァイシスは神妙な顔付きで仲間を見回す。そして、










「二人で戦争をやめる活動してたって言ってた。」

『!!』









ヴァイシスの言葉にハリエット以外が目を見開く。そしてごくりと唾を飲み込むと、ジェイが言う。










「それは、聞いたことがありますね。…あの二人がそんな、仲だったなんて。」

「…ああ…。シフォンとには戦争を止めるという一つの共通点があるのだな。」

「きっと、強い絆なんじゃないか…?」









しんみりとしてしまう仲間達の中、ヴァイシスは知ってたのかとがっかりしていた。










「でもさ、のシフォンを構う様はちょっと異常じゃないか?」










セネルはそう言うと、自分が何回用事を断られたか指折りし始める。










「そっかなぁ…?」

「…ああ。あの男に何かを感じているのかもしれないな…。」










話し掛けない限り喋ることのなかったワルターが呟いた。それもセネルの意見に賛成するかのようにだ。彼は窓の外を見ると、小さく息を吐く。










「何を感じるんじゃ?」









ショックで動かなくなっていたモーゼスがむくりと起き上がる。そしてワルターに問う。
しかし、









「知らん。」








彼はそう言うだけだった。
それは、彼にもにもきっとわからないことなのだろう。

結局愚痴をぶつける会になってしまった集まりは、昼食の時間と共に打ち切られた。
なぜならば、ハリエットが人数分の昼食を作ると言い出したからだ。










「じゃ、また来るよ、ハリエット。」










ヴァイシスはしゃがむと、ハリエットの手を口元寄せる。そして音を立ててキスをした。











「ヴァイシス君だけでも食べてけばいいのに。」

「いや、俺は遠慮しとく。」

「それがいいですよ。僕の家でホタテ料理なんてどうですか?」

「ちょっと、ジェイ君!」










ジェイの言い草に頬を膨らませるハリエット。ヴァイシスはまあまあ、と宥めながらハリエットの頬にキスを落とす。すると、ハリエットの顔は途端に赤くなった。










「何をしている!」









いち早く気付いたウィルは、ヴァイシスにげんこつを落とそうとするが、ヴァイシスはすんなり逃げた。










「ごめんな、ウィル。あ、ジェイもごめん。俺、ホタテ苦手なんだよね。」

「そうなんですか、残念ですね。」

「ホントごめん。

…ってことで…」










ヴァイシスはジェイに軽く謝ると、セネルとワルターの腕を掴む。















「ヴァイシス?」

「おい…」

「俺ら三人用あるから行くわ!」














彼らの疑問や不満をよそに、ヴァイシスはにっこりと笑った。












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2007/11/06(訂正2008/01/17)






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