星が美しい、そう思った。
海原を翔ける遺跡船は一つの場所に留まっているわけではない。だからこそ、昨日とは違う今日の空が見れる。ここは一体世界のどこで、どの国に近いのか…知りたくても空が飛べない以上、知る由もない。
ヴァイシスはそこまで書き終えると、ダイアリーを閉じペンを置いた。そして窓を見て顔を緩ませる。
枠内にはたくさんの星々がにちりばめられ、名匠の絵画の如く輝いていた。
昔から星を見るのは好きだった。
クルザンドの城でに連れ出されては、バルコニーから二人で見上げたものだ。
熱過ぎるくらいのココアをふうふうと冷まし、ずずと啜って空を見上げるのだ。
トントン
ドアが叩かれた。こんな時間に、と思いながらも「どうぞ」と声を掛ける。
怖ず怖ずと開かれるその隙間から見えたのはシャーリィの顔。彼女はヴァイシスの姿を見ると、胸を撫で下ろして部屋に入った。
「ごめんなさい、こんな遅く。」
「いや、いいけど。シャーリィが俺のとこ来るなんて珍しいや。」
ヴァイシスは純粋に驚いていた。
彼から見ても、シャーリィはセネル以外の男性と進んで二人きりになることはなかったのだ。
彼女は俯きながらも「座っていいですか?」と聞いてきた。頷くと椅子を引いて促す。
「ありがとうございます、ヴァイシスさん。」
シャーリィはにっこりと微笑み座った。
彼女が自分のところに来る理由は二つしか思いつかなかった。クロエのことかのことだ。
寧ろそれ以外の事で自分のところに来るなど、考えられないとまで思った。
「あのですね…相談したいことが…」
きた…!と思った。一体、どっちの話なのだろう?
「なんだい?」
シャーリィは言葉を切ると、戸惑った様に上目遣いでヴァイシスを見上げた。彼は脅かさないようにと笑みを向ける。
「さんの事なんですが…」
か!と思った。セネルの気持ち事だろうと身構える。
しかし、シャーリィから出て来た言葉にセネルの名前が含まれることはなかった。
「クルザンドに帰ったら、さんは罪人になってしまうんですか?」
「へっ?」
思ってもみなかった言葉に検討違いの身構えを破られ、ヴァイシスはつい素っ頓狂な声を出してしまった。眉を寄せるシャーリィを見て、ヴァイシスは咳をして慌てて態勢を整える。
「罪人にはならせないよ。」
「それは、ヴァイシスさんの考えですよね?クルザンド自体ではどうなんですか?」
シャーリィは真剣かつ鋭く問うてきた。ヴァイシスはふと笑むと、シャーリィの頭にぽんと手を乗せる。
「大丈夫。クルザンドの国民はが大好きなんだ。」
「でも……さんが殺してしまったのは……クルザンドの第三王子で、お兄さんです。」
シャーリィは涙を堪えながら気持ちを振り絞って言った。両手は強く握りしめられ、小刻みに震えている。
彼女の気持ちは痛いくらいに伝わって来た。
シャーリィは、ヴァーツラフに姉を殺されているのだ。そして自分も、命の危険に晒されていた。だからこそ、今の言葉を出すのには勇気がいっただろう。
「ボラド家にをどうこうしようなんて者はいないんだ。独立師団を従えて突然二年も消えたりと、国家にとって不審な行動をしていたのはヴァーツラフ叔父の方だったしね。
それに、国民はに同情してる。シャーリィは知らないかもしれないけど、とヴァーツラフ叔父は、誰もが認める程の仲の良い兄妹だったんだ。」
ヴァイシスの言葉に理解出来かねるところがあったのか、シャーリィの眉間がきゅっと縮んだ。ヴァイシスはそれがわかったのか、逆に問う。
「肉親に命を預けるってこと、知ってるかい?」
「…?いえ。」
ヴァイシスはシャーリィの頭を撫でると、自分はベッドに腰を下ろした。
そして窓を見る。
「クルザンドではね、自分を失くさなければならなくなった時、肉親に任せるんだ。好戦的なとこからこの考えが生まれたのかな。それとも自尊心の表れなのかな。自分で自分を葬ったり、助かったり、違う国の奴らに殺られるは名前に傷がつく。だから肉親に頼むんだ。」
「殺して…欲しいと頼むんですか…?」
「ああ。詳しくはわからないけど、ヴァーツラフ叔父もそうだったんだと思う。彼が自分の命を任せられるのは、たぶんしかいなかっただろうから。」
信じられないという顔で見つめられると、彼も我が国ながらそうだと思った。プライドの塊というか、何というか。
「俺の代になったら、国民の考え事変えてやるよ。」
ヴァイシスは笑った。大丈夫だと言い聞かせる様に彼女の頭を撫でながら。
「わかりました。ヴァイシスさんがそう言うのなら、もう心配しません。さんが心穏やかにクルザンドに帰れる日が来るなら、心配する必要はないですもんね!」
シャーリィは部屋に来た時とは打って変わり明るくなった。
「シャーリィって優しいねえ。」
「私の事、何だと思ってたんですか?」
「腹黒少女?セネル大好き。で、セネルの事だと周りが見えない。」
「う……遠からずですけど、ヴァイシスさんて酷いですね!大人っぽくてカッコイイ、なんて思って損しました。」
「いやいやいやいや、思ってないでしょ?」
「大人っぽいとは思いましたよ?」
「半分嘘じゃんか。」
二人は笑い合うと他愛もない話をしだしたが、いくばくもせずドアがノックされ、今度はイザベラが入って来た。
「今度はイザベラさんだ。今日はよく用あるもんだな。」
イザベラは床に膝をつくと、俯いたまま用件を述べた。
聖王陛下がヴァイシスを呼んでいると。
軽く二回ノックをする。そして返事を待つことなく開けた。
「来ましたよ。」
声を掛けると、澄ました顔で紅茶を飲むミュゼットが目に入った。
彼女はヴァイシスに気付くと、少女の様な笑みを讃える。
「あら、いらっしゃいヴァイシスさん。」
「はあ。」
ヴァイシスはいつもの様にお構いなく部屋に入ると、こうやって話す時に必ず座る椅子に腰を落ち着けた。
「どうぞ、お飲みになって。」
いつもの様に用意された紅茶を口に含み、ミュゼットを見る。こうやって呼び出されたということは、自分が何かやらかしたか、何か頼み事をされるに決まっている。
「何か用ですか?」
そう切り出すと、ミュゼットはキラキラした瞳でヴァイシスを見た。その大きな瞳に取り込まれそうになり、思わず目を逸らす。
「ヴァイシスさん、狙われてるのですって?」
「!」
上手く隠したと思っていたにも関わらず、この聖王陛下の耳には何でも入ってしまうのだ。
実際、ヴァイシスは遺跡船に来てからというもの、ずっと命を狙われていた。それも一人の暗殺者に、だ。流石に一人では対抗出来かね、ジェイに応援を頼んで何とか持ちこたえていた。
「あら、私が知っていたのを驚かないのね。」
「聖王陛下ですからね。何を知っていてもおかしくありませんし。
あ、護衛はいりませんよ?今でも十分対抗出来ますし、あの二人は目立ち過ぎる。」
あの二人とは、カーチスとイザベラのことだ。
ヴァイシスの言葉に、ミュゼットは残念そうに微笑んだ。
「貴方が狙われるということは、さんにも同じ様な危険が迫っているということですよ?大丈夫なのですか?
……あの、シフォン・ウェレンツという青年は大丈夫なのですか?」
ミュゼットの心配そうな顔を見て、やはり彼女は何でも知っていると思った。
「シフォンは、よくわからないんです。危険なのか、危険じゃないのか。」
「……ヴァイシスさんもさんと同じ様なのね。」
「?」
ミュゼットは溜め息をつくとヴァイシスを見据えた。
「貴方達がそう思うのなら、思うように行動なさい。」
ミュゼットの話はこれだけだった。ヴァイシスは何が何だかわからずに部屋を出ると、自室に戻る。
戻ると、机に熱々のココアが置いてあった。きっとイザベラが気を利かせて持って来てくれたのだろう。
「貴方達ってことは、も同じってことか…?よくわからん。」
コクリと飲む。何故か懐かしい味がした。あの、バルコニーでと一緒に飲んだココアの味だ。
そして思い出す。
「!!そうかぁ!…シフォンはサジェに似てるんだ。」
ヴァイシスは再びココアを口に含んだ。
「は本当に面食いなんだな。」
そしてカラカラと笑いながら机に向かうと、ダイアリーの続きを書き始めた。
朝、小鳥の囀りと眩しい光りに起こされると、私は目覚めに逆らって布団の中でもぞもぞとまどろんでいた。
また見るだろうと思ったサジェの夢は見なかった。残念に思いながら気付く。
あれは、夢なんかではなかった。過去にあった出来事だわ。
言葉も何もかも、寸分も違わないもの。
やっぱりシフォンがサジェに似ているから、思い出してしまったのだと思う。
「うーん…」
唸ってみせるが目が覚めない。このまままどろんでいたい。
溜息を吐いて空気を吸い込む私の鼻に芳香な紅茶の香りが入る。
え?と思って跳び起きた。
だって、私が寝てるのだからワルターしかいないじゃない。滅多に紅茶なんて淹れないけれども。
「あ…」
「おはようございます、。」
はたと起きて一番最初に目が合ったのはシフォンだった。あろうことか私の寝ている間にワルターが招き入れたみたい。
そして肝心のワルターは、紅茶を淹れてシフォンに出している。
「ぷっ…」
その姿があまりにも合わないないので、思わず笑ってしまう。
だって本当に滅多にやってくれないのですもの。
「笑っては失礼ですよ。ワルター君は私のためにわざわざ紅茶を出してくれたのですから…」
「ふふ、でも…」
「……」
ワルターは私を一睨みしてテーブルにカップを置く。その数は三つ。
「あら、私の分?」
「…もうすぐ起きると思って、だ。」
「ありがとう、ワルター。」
私は素直にお礼を言うと、ベッドから立ち上がって顔を洗いに外へ出た。
部屋の中では、彼らのどんな話が繰り広げられているのだろう?
もしかして話していないってこともあるかもしれないわね。
パシャパシャ…
冷たい水で顔をスッキリさせると、お日様の匂いがするタオルで拭いた。
まどろみが気持ちの良い目覚めに変わると、何でもっと早く起きなかったのだろうと思ってしまう。
自分に少し腹を立てながら部屋の前まで来ると、話し声が聞こえた。
やっぱり二人は何か話しているみたい。
「お待たせ…」
ドアを開けると、ワルターとシフォンは話しを止めた。そして私を見る。
「おかえりなさい。」
「ただいま、シフォン。」
私はシフォンの言葉に答えると、ストックパンを切り分けてお皿の上に置いた。
それにハムとチーズを簡単に乗せ、テーブルに置く。
「ワルター、朝食は?」
「まだだ。」
彼は私が置いたお皿からパンを一つ掴む。
「シフォンは?」
「では、私も頂きます。」
シフォンもお皿からパンを一つ掴んだ。
私は席に座ると、残ったパンをお皿ごと引き寄せて頬張る。
あ、ちょっとハムが古いかもしれない。
三人でテーブルを囲んで、それぞれがパンを頬張っているのが滑稽で笑えてしまう。
でもパンを頬張りながら笑ったので、あろうことか喉につかえてしまいワルターに助けてもらった。
「大丈夫か?食べながら喋るな。」
「ええ、ごめんなさい。」
私今日、シフォンがいるから浮かれているのかしら??
「仲がいいんですね。」
シフォンが笑う。
私は頷くとワルターを見た。
「私達ね、何千年も前から知り合いなのよ。」
「何千年も前からですか?」
「ええ。」
「凄く古い仲なんですね…、では…」
「今日はどこかに行くのか?」
私達の話を遮る様にワルターが言う。シフォンは彼の方を向くと「今日は街中の散歩なんです」と言った。
「ワルターも行く?」
「いや、俺は行くところがある。二人で楽しめ。」
「そうですか、ありがとうワルター君。」
「いや…」
ワルターとシフォンは、何故か分かり合っているような目線で話す。
私だけ退け者みたい。
パンを食べ終わるとお皿を洗いに部屋を出る。私がいなくなると部屋からはまた話し声が聞こえた。
何を話しているのかしら。
…二人に共通する話って……私?私の事を話しているの?
気になってきてしまったので、お皿を洗い終えると忍び足でドアの前に立った。
「…古い付き合いってどういう意味なんですか?」
「ああ、前世で知り合いだったというだけだ。」
「前世…、そんな記憶があるんですか?」
「ある事件で思い出した。」
「……そうですか。
…ところでワルター君は、何故私がに近付くのを嫌がらないんですか?」
シフォンの纏う空気がガラリと変わった。彼は穏やかな人なのに、こんな鋭い気を持っていたのかと思ってしまう。
ワルターも気付いたのか、警戒するけれど口調はいつもと変わらない。
「自らが望んでいるからだ。」
「そう…ですか…」
それきり話がぷつりと止んでしまったので、私は部屋に入ることにした。
シフォンが私に近付くのを嫌がる?誰かそんな人いるのかしら…。
「さ、シフォン、行きましょう。」
「はい、。」
私がお皿を片すと同時にシフォンが立ち上がる。共にワルターも立ち上がった。
「俺も一緒に出る。」
私達三人は宿の外に出ると空気の暖かさに心地良さを感じ、今日の天気に感謝する。
「ワルターは何をしに行くの?」
「調べ物だ。」
彼はデルクェスを出した。それにシフォンが驚く。
「それが水の民のテルクェス?」
「ワルターのテルクェスよ。シフォンは見るの初めて?」
「はい…。綺麗なものですね…。」
シフォンの呟きにワルターは反応すると、
「俺はもう行く!」
と飛んで行ってしまった。
「照れたみたい。」
「はは。でも、あまりにも彼の心そっくりな羽でしたので…。」
「ワルターの心にそっくり…?」
シフォンは頷くと、既に黒い点になりつつあるワルターを見て続ける。
「透き通った黒……。
は彼に絶大な信頼を置いてますね。」
「ええ。私はワルターと一緒に生きると約束したの。彼を、信じているわ。」
「彼とは強い繋がりがあるんですね。羨ましい。」
「え?あ、恋人とかではないわよ?」
「わかってますよ。」
シフォンはくすくす笑うと私の手を握る。
「今日は街中の案内をお願いします。」
「任せといて!」
シフォンはやっぱり何か、私にあるんだわ…。
時々射抜くような視線を感じるの。
彼を見ていて思うの。
彼を感じていて思うの。
私をどうにかしたいと思ってる。それが気になって仕方ないの。
私も、彼が望むならどうにかしてあげたい。
シフォンと一緒にいたいと思う、彼の傍を離れたくないと思ってしまうの。
これは、恋というものなのかしら?
彼といると、温かいものを感じるの。
ほら、感じる…。
クルザンドで初めて会った時とは違う気持ちが、私の中で溢れているのがわかるの。
でも、それが何かわからなくて…
どんなにもどかしいか。
色々考えてしまう。
シフォン…
シフォン…
シフォン…
心がもやもやする。
目の前が暗くなる。
これは、闇?
それとも…
「!!」
思い切り体を揺らされて目を開ける。
ここは自分のベッド…。
噴出した汗が体をひんやりとさせる。
「大丈夫か…?」
目の前には青白いワルターの顔。
彼は心配そうに私を見下ろしている。
「酷くうなされていたが…。」
「私…ど…してここに?」
ワルターの言葉を無視するかの様に聞く。するとワルターの目が一瞬曇ったかと思うと、
「散歩の途中で倒れたと、シフォンが…」
そう言った。
そうだ、私はシフォンと散歩していた。他愛もない話をしながら楽しくしていたのに。
何かの話題で急に、彼が射抜くような視線を見せるから私……
「シフォン…?あ、彼は?」
「さっきまでいたが、遅いから帰った。」
「そう…。迷惑かけてしまったわね。」
きっとここまで運んできてくれたのもシフォンだろう。きっと大変だっただろうと思う。
「はあ……」
溜息を吐くと、ワルターはベッドの端に座って私の額を触った。
それは、とんでもなく優しい愛撫。
「どうして倒れたんだ?」
「…考え…過ぎかしら。」
また溜息が出る。
溜息が出る度にワルターは私の額を優しく触る。
「シフォンの事か?」
「ええ、やっぱりわからないの。」
ワルターは眉間に皺を寄せると私の目の上にその手を置いた。途端に周りが暗闇になる。
耳元で彼の吐息が聞こえる。
ぴくりと体が震えた。自分が何故か緊張しているのがわかったからだ。
「ワル…」
「考え過ぎるなら、一度シフォンから離れた方がいい
そうしたらお前は楽になる。」
「でも!」
考えるのは苦しい、答えがわからないから。でも、シフォンから離れるのは身が契れる程辛い気がする。
でも、また倒れたりしたらシフォンの迷惑になる…。
迷惑を掛けるくらいなら、離れた方がいいのかもしれない……。
「……わかったわ、ワルター。」
「ああ、もう寝ろ。」
「んっ…うんっ…」
涙が出て来た。
しばらくシフォンに会うのはやめよう。
私がいけないんだわ。
倒れたのは自業自得。
何かを知ろうと急いでしまう。時間がないような気がしてしまうの。
「シフォンにお礼、言っておいて。」
「ああ。」
私は布団を被ると、声を押し殺して泣いた。
ワルターは私が泣いているのわかっているでしょうけれど、押し殺さずにはいられなかったの。
ああ、シフォンを思うと胸が苦しい……。
***********
またまたワルター(笑)
ヒロインはシフォンの事に真剣です!
2007/11/15(訂正2008/01/23)
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