「うおっしゃ〜っ!!あたしの勝ち〜いっ!」







持っていた二枚のトランプを放り投げると、ノーマは嬉しそうに飛び上がった。
それを呆れ顔で見ているワルター。そしてその二人を見据える私。







「いや〜なんだかワルちんには悪いほど勝ちをもらっちゃってますなぁ〜。」






ノーマは頭をポリポリと掻きながらニヤニヤと笑った。それに答えることなくワルターはノーマが放り投げた二枚のトランプを拾って、テーブルの上に山になっていたトランプに混ぜると、一つに纏めて切り出した。
性懲りもなくまだ続けるみたい。







「これで九勝ゼロ敗。あたしってば、強い〜♪」






ノーマは自分の勝利にうっとりとし、頬に手を当てて上気した顔を鎮めた。そして真剣な顔つきになるとワルターの配るトランプを見つめる。
なんだかノーマの勝利が悔しくて、思わず横から口を出してしまう。







「ワルターの場合は、弱いのではなくついてないのよ。」

「……」

ちゃん、それフォローになってないし。」







苦笑するノーマを見て、また変な事を言ってしまったのかとワルターを見ると、背中にどんよりと暗い物を背負っていた。
ああ、またやってしまったみたい。






その後、ワルターは五連敗してしまった。
でも、ここまで連敗続きだと…やっぱり運の問題なのではないのかしら?








「おい、黄色い女。」

「は?あたしにはノーマ・ビアッティって名前あるんだけど?」







ワルターは言葉に詰まったが、ノーマの言葉を無視する事にした様だった。








「もうババ抜きはやめないか?」

「ノーマって呼んでみ?ワルちん。」

「……次はスピードにするな?」

「スピードって何?」







いつもはこういうことにねちっこいノーマが、すぐに諦めてワルターの話に乗った。
確かに、ワルターってば女の子の事ちゃんと名前で呼ばないわね。








「赤黒のことよ。」

「あ〜赤黒!」

「……陸の民のネームセンスを疑うな。」

「「……」」








確かに赤黒なんてトランプの色分けではあるまいし、変な名前だと思うわ。打って変わって水の民のスピードって言う名前は、この遊びを示すような名前だものね。スピードを競うこの遊びの。








「まあ、いいじゃないの。ノーマ、付き合ってあげてくれる?」

「しょうがないなぁ……。」







ノーマは言葉とは裏腹に、楽しそうな笑みを浮かべてババ抜きのために配ったトランプをワルターが纏めるのを見ていた。








トランプは、シュッシュッという音を立てながらうまくワルターの手から机に配られる。赤と黒に分かれたトランプは、何だか男性と女性の違いを表しているような気がして嫌になってきてしまった。私は目を逸らすと、出掛ける仕度をし出す。









ちゃん、どっか行くの〜?」

「え、ええ。外の空気を吸ってくるわ。」

「気をつけろ。」

「ええ、有難うワルター。」







そんな姿をノーマがニヤニヤと見ている。私が訝しんで彼女を見ると、ひらひらと手を振ってきた。ノーマのニヤニヤを見たのは今日二度目だわ。









「いってきます。」

「いってらっしゃい!」








ワルターは何も言わなかったけど、ノーマの声に重なって聞こえた気がした。まあ、声に出してはいないでしょうけれども。
ドアを閉めて階段を下りようとすると、部屋からノーマの楽しそうな声が聞こえる。









「あたしが勝ったら、『ノーマ』って呼んでもらうかんね!!」








再びワルターの声無き声が聞こえた気がした。















































どれだけあの二人のトランプ勝負を見つめていたのか、もう夕暮れ時になっていた。もうすぐ日が暮れますというお知らせのように空がオレンジ一色となり、どこからか紺色の部分も見え始めて来る。
私はぼーっと空を見上げ、その移り変わる様を見守っていた。

この移り変わりは毎日ある同じ事なのよね。
移り変わるのに、それが同じ事だなんて、言葉って変ね。そんなことを思いながら再び、てくてくと歩き出す。道にはもう人は少なく閑散としている。しかし家々から篭れ出る淡い明かりは、昼間忙しく働いている人達が帰路に着いた事を表していた。



やはり、家庭が良いものね。



私の散歩はステラのお墓参りだけ幕を閉じる予定なので、夕日を見つめながら歩き出した。
数歩行く度に落ちていく陽は地平線との境目をぱらぱらと曖昧にし、上へ上へとグラデーションをかけていく。やがてオレンジ色の部分が消え去ると空は真っ暗になり、街灯が自分の見せ場だと言わんばかりに輝き出した。









ステラのお墓に供えるお花を買ってき忘れてしまったわ。
でも、もうこんな時間ではお店にもいいお花が残っていないわよね。









花を諦めて顔見せだけで済ませようと思う。よくお墓参りするのだから、一度くらいは多めに見てもらわなければ。









トントンと階段を上がり、お墓の前で立ち尽くす。
一体誰がこんなに供えたのか、ステラのお墓にはたくさんの花束が置いてあった。セネルかと思ったけれども、違うと思い首を振った。彼がこんな事するはずないもの。
それに……







私は墓石の隙間から奥の方を見た。ちらりと見えたそれに目を見張る。








「スヴェンのお墓まで…!」








誰かわからないけれど、ステラのお墓にたくさんの花束を置いた人は、スヴェンのお墓までも花束で飾ってしまった様だった。









「一体誰が…」









考えても思い付かないので諦め、私はステラのお墓の前に座って空を見上げた。
きっと、ステラはもうここにいない。生まれ変わると言っていたから、その準備に入っているのだろう。ここに来て、彼女に会えないのは寂しいけれども、ここは彼女の生まれ変わりに納得しなければいけない。


墓石相手に他愛もない話をすると、私はその場をあとにした。花束に水をと思ったけれど、備えられたばかりなのか、たくさんの水を与えられていたから大丈夫だった。








夕闇に囲まれて少し寂れた心持ちになると、宿屋に帰るのが憚られた。
気持ちが沈んでしまい、溜め息が出る。このまま帰ると、きっとまた泣き出してしまうかもしれない。この前シフォンに会うことをやめた日、私はセネルの家でずっと泣いていた。セネルに慰められながら、か弱い女の子の如く涙を流していたのだ。








「あの時のヴァイシスの顔ったら…」








甥の顔を思い出したら、笑いが込み上げて来た。
ヴァイシスにとって私は、強い叔母だったのだろう。昔、彼を守らなければと思うと、私の涙は出て来なくなったものだけれども、この前は自分の事で精一杯で……次々と流れ出す涙そのままだった。





もしかしたら初めて甥の前で大泣きしたのかもしれない。





私はくすくすと思い出し笑いをすると、階段を下りて墓場を見上げた。








「また来るわね。」








いないだろう彼女に声を掛けると、私の足取りは軽やかになった。偏にヴァイシスの御蔭かもしれない。










































宿屋に帰る憚りは消え足を向けた時、遠くに人影が見えた。
夕食だろう時間に、誰か歩いているのは珍しい。家族の夕食に出ないのはどんな人だろうと思って目を凝らすと、後悔した。








当分会うはずではなかったのに、その人と目が会ってしまった。
焦ると体が勝手に動く。足が方角を変えて走り出した。








会う事が、顔を合わせる事が怖いと思った。









その人は腰に差してあるレイピアをかちゃかちゃいわせながら追って来た。
私は足に自信はあるけれど、今回は逃げられる自信がなかった。








だって本当は、会いたいという気持ちが半分占めていたから。








彼は私に追い付くと、腕を掴んで逃げるのを阻んだ。
私は掴まれた反動で彼の胸におさまる。









顔が真っ赤になったのがわかった。逃げてしまった事と、こうやって彼の元にいる喜びに羞恥が芽生えた。









シフォンは息を整えようと、深呼吸した。膨れたり縮んだりする彼の硬い腹が当たって、手が震える。
シフォンはなかなか呼吸が整わないのか、息を切らしたまま戸惑った顔をしていた。
でも私を見下ろし、優しく微笑む。








心が痛んだ。
勝手に悩み、勝手に会わないと決めたのは私。シフォンには何も落ち度がないというのに、彼は私に振り回されたというのに、何故微笑み掛けるの?
声を荒げて怒ってもいいのに、ううん、寧ろそうして欲しいのに、彼は優しく微笑む。








「シフォン…」








辛うじて彼の名を呼べた。辛うじてだったはずなのに、途端に凍っていた彼への気持ちが溢れ出してきた。
涙は耐えたにしろ、手の震えは止まらなかった。








……会いたかったと叫べばいい?







いいえ、それは違うわね。私が会うことを拒否したのだもの。
だからそんな気持ちでいっぱいになったとしても、叫べるはずがない。









…」









シフォンは私の名を呼ぶと、再び微笑んだ。その声はかさかさした唇の様に痛々しくて、私は更に怖くなってしまった。









彼にこんな思いをさせるなんて!!









私のこの気持ちを知られてしまう前に、どうしてもここを立ち去らねばと思った。
私のあやふやな気持ちなど、なくなってしまえばいい!!








シフォンは固まってしまった私を気遣うと、掴んだ手を離してくれた。
それを機に、私は彼の体を押し返して逃げる。




逃げられる、と思ったの。
でも、足は一歩踏み出しただけでそれ以上進めなかった。彼に再び腕を掴まれ、阻まれたの。
剣を扱ってるのですもの、反射神経が良くてもおかしくないわ。








掴まれた反動も、逃げられない様に抱きしめられた手も、あまりに強くて辛かった。
今度こそ、彼は私を離しはしないだろう。









「どう…して、逃げるんですか?」









シフォンはゆっくりと囁いた。冷静を保とうと、震える声。


今度はきっと、私を怒ってくれる。









「……」









私は何も答えなかった。
何か答えたら、それこそシフォンの気持ちを聞けない様な気がした。









「どうして…?」










彼の声が、一層震えた。
冷静で、いつも微笑んでいるシフォンは、一生私に本音を見せてくれないだろう。
あのクルザンドの時だってそうだった。あの時の私はまだ、あなたの心まで見る余裕も気持ちもなかったけれど、今の私は違う。
貴方の本当の気持ちが知りたい。









「………」








シフォンはギリと唇を噛み締めた。眉間に皺が寄り、辛そうに、苦しそうに顔を歪ませる。
私は何も言わなかったけれど、彼の目を見続けた。









「どうして……どうして逃げるんだ!?」








シフォンは騎士としての言葉遣いを忘れたように、自分の気持ちだけをぶつけてくる。









「私を嫌いになった?私を信じられなくなった?私と一緒にいたくなくなった?」









彼の辛そうな顔は見たくなかったけれど、私は目を逸らす事は出来ない。
彼を知って、私のことを知ってもらいたいの。








私は彼の問い全てに首を振る。ありったけ左右に振る。










「じゃあ、なんで…?」

「………」









何て答えるべきか、わからなかった。彼の本当の気持ちを聞きたいとは思ったけれど、自分の事は何も考えてなかった。
何て自分勝手なのかしら。








何て言えばいいの?信じてるわ。でも信じられていないの。…なんて言えないじゃない。







自分でもよくわかっていないのに、彼の「なんで」に答える術がなかった。
貴方をこんなに求めているのに、私はそれが恋かもわからないのよ。









「お願いだ…。」








シフォンは懇願した。
見上げた彼の顔はくしゃくしゃだった。男の人も、こういう顔をするのね。


シフォンは一息つくと、くしゃくしゃだった顔を元に戻して私の瞳を見た。
そして泣きそうな顔で微笑む。










…愛してるんだ。君がいない日常なんて、耐え切れない。」









胸がズキリとした。その心の奥底で小さな心臓が大きくとくんと音を鳴らす。
それは次第に激しくなり、苦しくて息が出来なくなった。








「私……」







声を出そうにも、唇がぶるぶると震えてうまく出せない。出してもおかしな音で言葉だと認識されないかもしれない。
何か伝えたいのに、うまく出来なくてもどかしかった。








ねえ、私。私はどうだったの?
毎日そわそわして、泣いて、皆に迷惑かけて…。
たとえ会うことが怖くとも、シフォンと会えるとわかっていればそんな不安定な気持ちにならなかったはずなのに。












私も




私も





シフォンを求めている。











「私…」










再び口を開こうとした時、急に顔に手を添えられて彼の方に向かされたかと思うと、温かな柔らかさが私の唇を塞ぐ。
香る爽やかな香水の匂いに、頭がくらりとしてしまう。






何分…何秒か経った後それは離れた。
それがシフォンの唇だったということに気付いたのは自分が放心を解いた時。

顔が真っ赤になってしまう。










「シフォン…?」

「ごめん、でも…」










彼は瞳を潤ませると、再び私の唇に口付ける。









「ん……」









彼の温かさが、柔らかさが気持ちいい…。
人の唇ってこんなに温かなものだった?わからないけれど、求めたくなるくらいに気持ちいい。










「ふ…あ…」

「ん………」









求めて舌を絡ませると彼も絡ませる。口端からつつと零れた唾液が、妖しく光る。けれどもそんな事を気にする暇もなく彼の舌を追いかける。
体が火照り芯が熱くなり始めた頃、どちらからともなく唇を離す。
混ざり合ったぬめりは、名残惜しむかのように二人の唇から糸を引いた。









……これはその……」








シフォンが驚いたような、戸惑ったような表情で私を見つめた。
私は目を細めて微笑むと、彼の胸に顔を埋める。







もう何も隠す必要がないと思った。だって、ここまで来たらもう、彼を求めたいという気持ちでいっぱいだったから。
シフォンも、本当の自分を曝け出してぶつかってきてくれた。だからもう、私も私でいたい。









「私の、私のそばにいてください。シフォン。」









私の言葉に、彼は晴れやかな笑みで微笑んだ。











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何回読み直しただろうか…(笑
きっと、訂正するとこなないと思う…。
シフォンとラヴになるのは、ヒロイン編の一つの山場〜♪


2008/01/30





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