無音の気がした。








別に何も聞こえなかったわけではない。
時計がチクタクと鳴るのも、隣の部屋の誰かに見舞いが来ているのも、その話し声も聞こえる。
けれども自分の部屋は無音な気がした。







シフォンは上体を起こし、ぼーっとドアを見つめていた。
恋人のがいつ自分を訪ねてくるかわからない。そう思うと、飄々と寝てもいられなかったのだ。







それにしても、今日は遅い気がする。







毎日自分を心配して通ってくれる彼女は大体今の時間帯にぱたぱたと階段を駆け上がって来る。








「ふう…」








溜め息を吐くと緊張が解けた気がした。彼女を待つだけなのに、何故緊張しているんだ自分は。
シフォンはくすりと笑った。




ここ毎日、にこの傷がどこでどのようにして出来たのか問い質されるのではないかとびくびくしていた。
先程解けたのはその緊張だ。









、遅いな…」








ぽつりと呟く。その途端眠気に襲われた。








「眠っては…ダメだ…」








シフォンは一度、が来た時に眠っていたことがあった。その時彼女は、自分を起こすことなく見つめていたらしい。







限りある時間を、睡眠で無駄には出来ない。







その時そう思ったのだ。
そうは言っても、やはり眠気には勝てずにうつらうつらしてしまう。
かくんと頭を下げると、ハッと気付いて頭を上げる。それを何度か繰り返している時、部屋にカタンと物音が響いた。








…?」








恋人が入って来たのだと思いドアの方を見る。しかしドアは開いた形跡もなかった。







「?」








物音だけで恋人が入って来たと勘違いするのもおかしいと思った。
はいつも、ノックをするではないか。


では、無音のはずの部屋に誰が?







ではなくてすまない。」







声がした方を見ると、窓の枠に足を掛けたワルターが目に入った。
彼はその身を部屋に下ろすと、ゆっくりと窓を閉めた。







「ワルター君…」








物音は彼が窓を開けた音だったらしい。シフォンはゴクリと唾を飲み込むと、ワルターの顔を見据えた。
彼が来る事を考えなかったわけではない。しかし自分が彼にヤキモチを妬いてとの仲を見せ付けるようにしてきたのは事実だ。子供の様な感情だとわかっていても、それを止める事が出来なかった自分は未熟だと思う。そのくらいにを自分だけのものにしたかったのだ。
見せ付けた時のワルターの反応を見て、会いに来る等はないとも思っていた。しかし…









「どうだ?」

「大丈夫です。窓からお見舞いなんて粋ですね。」










シフォンはにっこりと微笑んだ。
いつものスマイルのはずだが、ちゃんと笑えているかは自信がなかった。








「……聞きたい事がある。」








ワルターはこの傷の事を聞きに来たのだと思った。
覚悟して頷く。







しっかりと笑えているだろうか。






今は何よりも、それだけが気になった。









「シフォン…貴様は、を幸せに出来るのか?」









ワルターは目を細めて、強く聞いた。








「……」








思ってもみなかった事を聞かれた。シフォンの感想はこうだっただろう。
てっきり傷の事を聞かれると思っていた。よく見ればこの傷が刀傷だということはすぐわかってしまう。
シフォンは目を見開くと、ワルターをじっと見つめた。







整った顔立ち、白い肌、全てを見透かす様な蒼い瞳…。
そして輝く金色の髪は彼女…の銀髪と対になる色だ。







彼に勝てるとは思わなかったから、自分は彼女との仲を見せ付けたのだろうと思った。
なんて、子供の様なのだ。








シフォンは歯を噛み締めた。








苦しみは終わらない、開放されるまでは。

いや、開放されたとしても、この思いは失くなるのだろうか。









「私には…彼女を幸せに出来ません。」

「な……」









ワルターは出かかった手を握り締め、ぶるぶると震えた。
その蒼い瞳に、炎を宿している。










「私はそろそろ、彼女を置いて行かなければならないところがあるのです。」

を連れては行かないのか?」

「連れては行けない。

…どんなに連れて行きたくとも、私は彼女を連れて行くことは出来ない。

をこんなにも愛し、一分一秒でも多く傍にいたいというのに!」









言葉を強くし、シフォンは頭を抱え込んだ。自分の運命を酷く呪っているようにも見えた。










「そうか…」

「ホッとしましたか?」









シフォンがすぐに聞き返して来たので、ワルターは驚いて一歩下がった。
答えを考えつつ、苦悩するシフォンを見つめる。









「わからん。そうかもしれんが、そうではないかもしれん。

貴様を見ていると、何だか悲しい気がする。

何故だろうな。」










ワルターはそう言うと踵を返して窓に手を掛けた。




カチャ




木枠が擦れて音を立てる。彼は帰るつもりだ。








何か言わなくては、と思ったが何も浮かんで来なかった。
ただ彼の背中を見つめるのみだったが……









「私は、を守ります。」









突然に浮かんだ言葉を発した。まるで、自分以外の者が言った気がしたくらいだった。
ワルターは振り返ることなく頷くと、









「わかった。」








と言った。






























































「でさー」

「いきなり『でさー』はないだろ。」

「ほうじゃ。」

「でさー」

「無視かよ。」

「ヴァイシスさんは、取り敢えず話したいんですよね。」

「自分勝手な王子だな。クルザンドも大変な事だ。」

「言いますね、ウィルさん。」

「でさー」

「「「……」」」











他の人が馬鹿にするも何も、ヴァイシスは自分のスタイルを変えるつもりはないらしく同じ言葉を繰り返す。
ジェイは諦めたようにヴァイシスを見つめると、溜息を吐いた。









「…はいはい、何ですか?」

「昨日、聖王陛下に『ヴァイシスさん、そろそろお帰りになられたらどうかしら』とか言われたんだけど。」

「今のマネ似とる。」

「ほんとだな。」








ミュゼットの声色まで真似をするヴァイシスに向かって、モーゼスとセネルは関心した。
ジェイは再び呆れる。









「モーゼスさん、セネルさん。ツッコミどころはそこじゃないでしょう!

よかったじゃないですか。これから狙われる事をあまり考えなくてすみますよ。」

「そーだけどさー。」








ヴァイシスが大きな溜め息を吐くと、ウィルが疑問に思った事を口にする。








「狙われるって…ヴァイシス、お前本当に狙われていたのか?」








ヴァイシスは欠伸をすると、ソファーにねっころがった。そして腕枕をして天井を見上げる。








「うんー、まーね。」








軽く返事する彼を見て、ウィルが無言でガタと立ち上った。
そしてヴァイシスの前に来ると額をペシリと打つ。









「新しい技じゃな。」

「寝転がられては拳骨が無理なだけだ。」









ウィルは自分の座っていた場所に戻ると、腕を組んでしかめ面を決め込んだ。
ヴァイシスは額を押さえながら起き上がり、彼を見て笑った。








「何故言わなかった?迷惑をかけるとでも思ったのか?」

「今更。

そんな事は思ってないよ、ただ…が…」

が大変じゃからじゃろ?」

「おお!モーゼス、その通りだよ。」









ヴァイシスはにっこりと笑って見せた。滅多に見れない彼の爽やか笑顔は逆に恐い。









「なんじゃ?その、珍しいこと言うみたいな顔は。」

「正にその通りですけどね。」









朗らかな雰囲気での笑いが起きる。
ヴァイシスもからからと笑ったが、どこか遠くを見るような目付きをすると笑い止めた。










が恋愛するなんて、珍しいからさ。

皆には悪いけど、応援したくて。」









彼らはから聞いた婚約者の事を思い出すと、シンとしてしまう。









「あの時以来、は感情を表わにする事が少なくなった。大人になってしまったんだ。…と言ってもさ、もともとあまり感情を表わにしないけど。」

「確かに。我慢するタイプだよな。」

「ずっと、背負ってるんだ。自分のために死んだ婚約者を。

だから、は自分のために命を張ろうとする人間を嫌う。

共に生きてくれる人がいいんだよな。でも…」

「シフォンは違うのだろう?」









いつの間に来たのか、ワルターがそこにいた。
ヴァイシスは眉を吊り上げたが、大人しく頷く。









「…ああ。

シフォンはいい奴だ。でも、にはよくない。応援したかったんだけど…。」










すると、ウィルも頷く。










「ヴァイシスの気持ちはわかった。俺もそう思う。」

「……。」

「シフォンは、もうすぐどこかに行かねばならないと言っていた。」









少しの間があり、ワルターが口を開く。
彼は前とは比べて豊かになった表情を駆使していた。










「話したのか、ワルター。」

「…ああ。本当はと少しでも多く一緒に居たい、しかしそれは出来ないと言っていた。」

「……驕りですね。さんの気持ちも、僕達の気持ちも考えずに…。」










ジェイが舌打ちすると、ワルターは目を細める。










「シフォンが居なくなる事は、も気付いているのだろう。」

「金髪、それはお前の勘か?」










ヴァイシスは皮肉っぽく問う。するとワルターは、









「ああ。」









と頷いた。
ヴァイシスはニヤリと笑い、、









「俺もそう思う。」









と言った。




















































病院の廊下をぱたぱたと駆ける音が聞こえる。
病院の中では駆けない欲しいというのが受付嬢たっての願いだが、街の大事な薬師の一人であるが走っているので何も言えずに大目に見ていた。









「シフォン!!」









はどしんどしんという足音が聞こえそうなくらい足に力を入れて病室に入った。











「またタマネギを食べなかったのですって!」

。」

「タマネギは体にいいって…」

がダイコン食べれるようになったら考えます。」

「えっ…?」










私、シフォンにダイコン嫌いなんて話をしていないわ。
は思ったが、敢えて聞かない事にする。










「そんなこと言って!」









はシフォンの頬を抓ると、グイグイ引っ張った。










「まあ、いいわ。

そうそう、シフォンの傷が治ったら、皆でハイキングに行きましょう。」

「いいですね。是非…」










シフォンはの顔から視線を外す。そして窓の外を見るとふと笑った。
その顔が消えてしまいそうで、怖くて、は力を込めて手を握ってしまう。











?」

「シフォン、どこにも行かないで。」

「……」

「行かないって言えないのはわかっているわ。

あなたはきっと、私のところから消えてしまう。

でも、せめて今だけは…」

……」









は、彼にその後の言葉を発せないよう口づけた。










「ところでシフォン、誰にやられたの?」









は唇を離すと、今までの雰囲気とはがらりと変わって強く聞いた。
シフォンは一瞬ぽかんとなると自分の傷のこととわかったのか、笑って誤魔化す。











「これは魔物にですね…。」

「そんなわけないわ。あなたより強い魔物なんてそういるわけないし、大量の魔物出現という報告もなかったわ。」

「……。」










シフォンは穏やかな笑顔で動じることはない。










「…嘘をつかないで。魔物ではないのでしょう?」

「いえ、魔物に…」

「シフォン!」









穏やかに否定するシフォンに苛つきを覚え、は思わず大きな声を出してしまう。
はっとして口元を押さえど、気持ちは変わらない。










「あなた……

…いつまで経っても私を殺さないから、他の暗殺者から仕打ちをうけたのでしょう?」










出来る限り心を落ち着かせて、感情を表わにしないように気をつける。










「……」










シフォンはじっとを見つめた。
そして一瞬哀しそうな表情になるとゆっくりと口を開く。










「ど…で…を……」










あまりにも小さくか細い声だったので聞き返そうと思ったが、彼の言葉は一つしかない。



『どうしてそれを』だ。



私も知りたい。どうしてわかってしまったのか。










は思う。











私も、本当は知りたくなかったのに……。











「あなたと初めてキスしたあの時に、心が流れ込んできたの。」

「…そう…ですか。」











シフォンは項垂れた。そして両手で頭を抱えると肩を震わせる。










「はは……クルザンドの王女には不思議な力がある、気をつけろ。と祖国から言われていたのに……。まさか気付かれていたなんて。」

「シフォン…」









シフォンは笑う。
その笑いは、喜びの笑みではなかった。










「それでも私と一緒に居て、キスをしてくれるなんて……。愛されている……いや、私ではないのか。」

「シフォン…?」











シフォンは両目をぎゅっとつむって開く。
その表情は今までの彼とは違う、鋭い気を持った敵国の騎士だった。










「私のターゲットは貴女です。」

「ええ。」

「ヴァイシス様は他が狙っている。」

「ええ。それも正体が掴めないようなプロ。シフォンを痛めつけられるような人ね…」










シフォンは目を丸くした。









「そこまでわかっているとは恐れいります。では、私が貴女を討つ理由も…?」








シフォンは窺うように聞いてきた。は悲痛な表情になると、口を噤む。










?」

「……イルハでしょう?イルハの死…」









絞り出すように言うと、はシフォンの手を握った。
それに反応したのか、それともイルハという名前に反応したのか、シフォンはの手を握り返した。












「そこまで知って……」

「私のせいでイルハが…」

の…では……せん…」











シフォンは小さく呟く。その呟きは殆どには聞こえなかった。
彼はの手を離すと窓の外を見る。そして、決意したようにを見据えた。











「その時が来たら、私は貴女を……」

「…私は死ぬわけにはいかないの。どうにもならないの?」

「どうにもなりません。」










シフォンはきっぱりと言い切る。











「私は貴女みたいに、全てを受け入れることは出来ない。感情を、抑えることも出来ない。

ただ、一直線に進むだけです。」










シフォンはもう一度を見つめると、扉を指差した。











「さあ行って下さい、お別れです。その時にまたお会いましょう。」

「シフォン…」










キスもしていない、彼に触れていないはずなのに、シフォンの心が入り込んで来る。















私は立ち止まりません。

あとは実行するのみ。







お別れです、

『我が愛する方』














は静かに頷くと、病室を出た。













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仲決裂!!!
ヒロインは黙っていられない質なんです(笑)
それで自分が不利益を被ろうが、言わなきゃ真実が見えないという考えですね^^

2007/12/08(訂正2008/02/10)





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