木々がざわめいた。
闇の奥深く月も見えぬその場所で、シフォンは一人佇んでいた。
聞こえるのは木々のざわめきと、草の掠れ音。そして、遠くで獣が吼える声。

威嚇するように吼える声はやがて絶叫へと変わり、ドシンという地を揺らす音の後に絶えた。
その後聞こえたのは、人の歩く微かな音。









「いいのか、足音が聞こえる。」

「いいんですよ。ここにはあなたしかいませんから。」

「そうか。」








シフォンは言葉を切ると、その姿を見つめた。
手の持つ刃物には今倒したであろう魔物の血。そして民族衣装のようなガドリアでは見ない服にも、点々と血痕があった。










「今度の相手は何せ、手強くていけませんね。殺り甲斐のある立場の人間ですが、鼠がちょろちょろと煩くて…」

「それは言い訳なのか?」

「まあ、そう取って頂いても異存はありませんよ。」









男はニヤリと笑うと、シフォンを上から下まで舐め回すように見た。
ゾクリとするその視線を受けながら、シフォンは男を見据える。










「あなたの作戦はうまくいったようですね。私の仕置きがあなたに機会を与えた。」

「……」

「これで心置きなく殺れるではないですか、あの王女を。」

「ああ。」

「それにしても勿体無い。あの娘はあんなに美しく聡明で……世界を変える力を持っている。私のコレクションに欲しいくらいです。生捕りは難しそうですからね、何なら殺して美しいままのコレクションでも……」

「……」

「ああ、そんな『鬼神』の様な表情にならないでくださいよ。」

「っ……」









シフォンが少し顔を崩したので、男は大笑いする。
それは、異常な笑いに感じた。









「私もそろそろ、あなたのポーカーフェイスを見飽きたんですよ。自分の作戦だからと言って、あんな半殺しの目に合っても声一つどころか眉を顰める事もないあなたの鼻を明かしてやりたいと私が思ったとしても、おかしな話ではないという事です。」

「貴様……」

「その喋り方も似合っていませんよ、ウェレンツ家落ち零れ四男。優秀な兄が戦争で亡くなって零れ出た家督を継いだ落ち零れ……これは、世間の噂ですが。」

「……世間の噂は理解している。だが、貴様に言われる筋合いはない。」

「そうですか。まあ、いいでしょう。あなたが失敗しそうな時は私が手伝いますから安心してください。」








男は踵を返すと、闇に紛れた。
その長い髪が肩の上で揺れ、雲から出掛かった月光に照らされて淡く光る。








「私のターゲットはヴァイシス・ボラドですから意見し難いのですが……あなたは私と似ているのでは?

……愛でるものを自分の手にかけるなど、人生最大の悦びではありませんか。そんなにあの娘に未練が?

まあ、あの・ボラドという娘なら、分かる気もしますがね。」

「お喋りが過ぎるのではないか?忍者というのは、そんなものなのか。」

「私はあの集団でも、変わり者でしてね……」








その言葉きり、男の気配は消えた。シフォンは緊張を解くと溜息を吐く。
忍者というものは、何から何まで調べ上げるのかと思う。さすが暗殺集団組織だ。侮れない。









「さて、今日だったな。」








彼は空を見上げると、重い足を踏み出した。
全てが今日で終わるのかと思うと、複雑な気分だった。自分に残された道は一つしかないのだから、真っ直ぐ進むしかない。

シフォンは闇に紛れると、ザワワと揺れる木々に身を隠し消えた。



















































ひやりとした空気に息をのみ、体の中から一気に体温が下がった感覚を覚える。
それに追い打ちをかけられるように、街を覆う霧が肌に吸い付て体温を吸い取った。



は肩に掛けたケープをたくしあげ、きつく体に巻き付ける。そしてゆっくりと足を踏み出すと、空を見上げた。
真っ暗な景色の隅に街明かりが映り、そしてその向こうからはひょっこりと顔を出しかけた朝日が見える。
もう、そんな時間なのかと思うと溜め息が出た。







今日はシフォンに呼ばれた日。あの別れの時から数日が経ち、シフォンは全快したと聞いた。
別れを宣言されたあの時から、はシフォンに会いに行っていなかった。








彼が望まないならば、会いには行けない。








他の仲間達はそれを不思議に思い聞いて来たが、は「ケンカしたの」と言うだけ。
きっと何かあったのだと察したのか、彼らはそれ以上聞いてこなかった。








空を見上げると浮かぶシフォンの顔。他に何を考えど、浮かんでくるのはシフォンのことばかり。
そのくらいの頭の中は彼で占められていた。









シフォンは今、一体何をしているのか、何を考えているのか。
貴方は、本当に私を殺そうとしているの?









は地面に膝を着くと持っていた長い荷物を地面に置くとその巻き布を取る。
そこから現れたのは、白銀の柄に赤色の宝石が飾られた一振りの剣。



肩からケープがふわりと落ち、は求める様に鞘から剣を抜く。
立ち上がってゆっくりと振ると、銀色に輝く剣は綺麗な孤を描き、美しく舞った。









「これで、戦えと…?」








これはシフォンからの手紙と共に送られて来た剣。
手紙にはこれを持って来る様に、仲間達を連れてくる様にと書いてあった。









「はぁ…」








は名残惜しく感じつつ剣を布で巻いた。










「素晴らしい剣だわ。

まるで、私のために造られたみたい…。」










不思議な感動が胸の中で燻る。
剣に感動するなど不謹慎だが、それ程名作であったのだ。












「あらワルター。」










ワルターがの落としたケープを拾い上げた。そして埃を払うと肩にかけてやる。











「風邪をひく。」

「ありがとう、ワルター。」











はにっこり笑う。











「あなたはいつも、こうやって私を見守ってくれるのね。」

「……」

「そして、助けてくれる。」

「……それは、遠回しに助けを求めているのか?」

「いいえ…」












今度は困った様に笑う。











「……俺が言えるのは、お前がやりたいようにやればいい、ということだ。」

「…そうね。」











は決心した様に呟き視線を上げると、顔を出し切った朝日を見て頷く。











「皆にウィルの家に集まるように伝えて。」

「俺がか?」

「あなた以外に誰がいるというの?」

「……わかった。」











ワルターは小さく溜め息を吐きつつ飛び上がった。そしてウィルの家の方に向かう。











「私も…支度しなければ。」











は剣を大事に抱え、宿屋の自分の部屋へと走った。






















































「イシー、どういうことだと思う〜?」

「さあ…。なんとなくは想像出来るけど。」

「そうなのか!?一体は…」

「クロエ殿。それはが話してくれるよ。」

「あ…ああ…。」










ウィルの家に集まった仲間達はそわそわしていた。突然呼び出されたのだから色々考えずにはいられない。










「お待たせ…」










入って来たの恰好は普段と違い、動きやすく身軽だった。
しかしどこか引き締まった姿で、珍しく腰に剣を帯びている。










、その恰好は…?」










セネルの声が震える。皆目検討がつかないらしい。
はつかつかと皆に歩み寄ると深呼吸した。











「シフォンが騎士道精神に乗っ取って、私に一対一の戦いを申し込んできたの。皆にはそれを見守って欲しいの。」











ざわと空気が揺れる。











「そういうことですか。」

「ちょっ…どういうこと?!あたし、わかんないよ。説明して!」

「今ので十分説明になってましたけど。

シフォンさんは差し詰め、ガドリアからの暗殺者だったのでしょう。」

「その通りよ。」

「その通りって、ちゃん!あんなに仲良くしてたのに!そりゃさ、最初はあたしだって疑ったけど…」












ノーマは信じられないという表情でを見た。きっとそれが普通なのだろう。
ジェイとヴァイシスとワルター以外は、ノーマと同じ様な顔をしている。











「私はシフォンの妹の仇なの。だからこうやって決闘を望まれたら、受けて立つしかないわ。」

「しかし、は騎士では…!」












クロエがどうにか止めようとする。












「私は騎士ではないわ、王女だもの。でも、クルザンドでは申し込まれた決闘は必ず受けなければならないのよ。」

「しっしかし…!とシフォン兄様は…」

「私達はお互い好き合ってるわ。でも、避けられない事なの。」

…」












クロエが泣きそうな顔でを見、ヴァイシスを見た。
ヴァイシスは立ち上がると、その長身を生かしてクロエの帽子を取って頭を撫でる。











は、それでいいのか?それで、納得できるのか?」











セネルが納得出来ない、という声でに問う。
はその気持ちを受け止めて頷く。











「こうする以外に道はないの。

運命からは、逃れられない。」

「こんな時に『世界を見守る者』ですか?」











ジェイは目を細めると、声にはださなかったが「クソ食らえです」口語った。
それを見て、はくすりと笑う。












「…それも運命、これも運命ということよ。」












その姿は人間離れした理解というものを持っている様だった。
しかし、












さんは何でも受け入れ過ぎです!良い事も悪い事も全部受け入れて……!」

「…それは、シフォンにも言われたわ。

…普通ではないのはわかっているの。でも、そうせざるを得ないのよ。

何かが、私をそうさせる。きっと………『世界を見守る者』という何かが。」

「「「!………」」」












仲間達は黙ってしまうと、気まずそうに目を泳がせる。
は再び笑うが、それは余りにも悲しく、美しかった。












「もういいだろう?

シフォンが待っているのだ、行くぞ。」













ウィルが仲裁に入り皆を家の外へ追い出す。
そして、ワルターとウィルがこれ以上誰も何も聞かない様にとの横に着いた。












「大丈夫か?」

「ええ、大丈夫よ。

私は戦うけれど、どうにか…なんとかするつもりだから…。」

「そうか…。」













ワルターがの前髪をくしゃりと掴み、頭を撫でる。
は心地良さそうにそれを受けると、腰に掛けた剣を握った。












シフォン、私は…












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本当は次まで続く予定ったのに終わらなかった!(笑)
皺寄せていく〜…

2007/12/09(訂正2007/02/11)







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