暖かな風が吹く昼下がり、彼らはそこに到着した。
シフォンが何故ここを選んだのかわからない。しかし、何となく繋がりで何かを感じ取ったのかもしれない。
この輝きの泉から…。
シフォンは泉を眺めて、穏やかな表情をしていた。
彼は達に気付くと騎士らしくピンとした背筋を保ち歩き、彼らの前で立ち止まった。
「来て下さいましたね。」
シフォンはだけではなく、皆に向かって言う。
彼の穏やかな表情に困惑しながら、皆は悲痛な面持ちで見返した。
「そんな顔をなさらないで下さい。あるべき事、あるべき姿に戻っただけです。
私は、暗殺者なのですから。」
シフォンはそう言ってお辞儀をした。
そして一歩下がってレイピアをスラリと抜くと、を見据える。
「シフォン兄様、どうにかならないのですか!」
1番最初に口を開いたのはクロエだった。
彼女も同じ様な敵討ちがあったので、何とか止められないかと説得に努める。
自分も止められたのだから彼も止められるはず、と。
「私は一度決めた事は絶対に実行する。今日がその日なんだ。」
「シフォン兄様…」
しかし願いも虚しく、言い切られてしまった。クロエは悔しそうに仲間達の中に戻る。
「さあ、剣を抜いて下さい。」
シフォンはへ懇願する様に言った。
は彼の視線から逃げる様に目を伏せると、彼から贈られた白銀の剣を鞘から引き抜く。
キィン…
音が響く場所ではないにも関わらず、剣は鳴る。
「やはり、美しい。貴女に似合う剣だ…。
貴女はその剣がどんなものか知っていますか?」
シフォンは微笑むとに問う。
彼女が首を横に振ると、彼は意外な話をしだした。
「それは、貴女のために造られた剣です。」
「えっ?」
意外ではあったがどこかでそんな気持ちがあったのか、はあまり驚かなかった。
それをシフォンは嬉しく思う。
「なんとなく気付いていたのでしょう?
そうです。これは第三王子が貴女のために、ひそかにガドリアの名匠にオーダーされた剣。貴女の持つ弓と対に造られたものです。」
「ヴァーツラフ兄様が…?何故それを貴方が…」
「ある伝手で手に入れたんです。貴女にお渡しする約束で…。」
「…」
「確かにお渡ししましたよ!」
シフォンはレイピアをはためかせて突きを繰り出す。
は後ろに避けると、剣を構えた。
「シフォン…」
「、行きますよ!」
皆が見守る中、彼等はぶつかった。
キンッ
剣のぶつかり合う音が耳に入る。
そして目の前には実際にぶつかり合うとシフォン。
は攻撃せずに防戦一方だが、シフォンは遠慮なく突きを繰り出している。
「ちゃん…」
「涼しい顔をして、攻撃せずに防戦しているな。」
「大丈夫でしょうか…」
ノーマとクロエ、シャーリィは、の気持ちを知ってか応援出来ずにおろおろする。
隣ではセネルとモーゼスがはらはらと見守っていた。
「何か、ひっかかりませんか?」
ジェイが冷静に戦いを見ているウィルに話しかけた。
「ああ。ジェイもか?ヴァイシスはどうだ?」
「俺も、かなりひっかかる。
…大体、おかしくないか?暗殺って、こんな白昼堂々と他人の前でするか?」
「そうです。それでは暗殺じゃないんですよ。」
三人はと対峙するシフォンを見る。
二人は一度離れて息を整えると、再びぶつかった。
「の方が上だな。」
「えっ、そ〜なの?」
ヴァイシスの呟きにノーマが反応する。彼女から見ると、どう見てもの方が劣勢だ。
「経験が違う。シフォンは人を殺した事はほとんどないんだろうな。俺と一緒だ。
でも、は違う。」
ヴァイシス以外の皆が息をのみ、そしてに視線を注いだ。
「は防戦してるだけで、息が切れてない。」
「あ…本当です!さん凄い…。」
皆の顔に希望が浮かぶ。
しかしその希望を突き崩すようにヴァイシスが呟いた。
「そして、シフォンが死ぬのか…?」
希望に水を差すような言葉だったが、皆はその通りだと思い戦う二人を見守った。
「見守ることしか出来んな…」
「ワルター…ああ、歯痒いな。」
どうしていいかわからないという表情でセネルはワルターを見た。
ワルターは目を細めると、戦いに視線を戻す。
「……シフォンさん、何か企んでなければいいですけれど。」
「ああ、本当だな。」
ジェイの言葉を耳に残しつつ、ヴァイシスは二人を見守った。
「さすがですね。私では足元にも及びません。」
「そんなこと…ないわ…」
は器用にシフォンの突きをかわす。
「いえ、貴女はわかってらっしゃるはず。私には実戦の経験がない。しかし貴女は経験がおありだ。」
「やめて。
それは私の罪だけれども、もう…」
「申し訳ありません…。しかし、私の剣には迷いがあるでしょう?」
シフォンはから離れると、息を整えた。
「そんなことないわ。
それよりも、ごめんなさい。私が葬ったたくさんの人々は…ガドリアは、シフォンの故郷だというのに。」
「いえ、そんな……本当は貴女だって……」
キンッ
剣が擦れた。
そして二人は離れ、再びぶつかる。
「…は、いつからそんな不思議な力を持っていたのですか?」
シフォンはおもむろに聞いた。は応戦しつつ答える。
「遺跡船に来てからよ。でも、過去が関係しているみたいなの。」
「過去…」
シフォンは遠い目をした。
そんな彼は隙だらけになっていたが、は攻撃する気にはならなかった。
「…ワルター君も、その過去の繋がりなんですね。」
「そうよ…」
「そうですか…」
シフォンの闘志が消えた。
彼は悲しそうな表情でを見据える。
「貴女達は本当に、お似合いなんだ…」
「っ……何故、シフォンまでそんなことを?私が好きなのはワルターではなく、シフォンなのに!」
は剣を下ろした。
身体中に悲しみが渦巻く。こんなに想って、今こんな戦いをしているのも辛くて苦しくてしょうがないのに。
「そんな、勝手な思い違いをしないで!私は…私が好きなのは、シフォ…」
「違う!!!」
彼は叫ぶと、突然レイピアを構え素早くの懐に走り込んで来た。
「っシフォ…!!」
彼の行動に、の驚く声がする。
仲間達が声を上げる暇もなく、シフォンはの懐に飛び込んだ。
「!」
誰もが隙を突かれたが刺されたと思った瞬間、
「ヴァイシスさんっ!」
「!っと…」
戦う二人を見守ってたはずのジェイとヴァイシスの危機迫る声が聞こえた。
「ヴァイシスさん!僕の後ろへ隠れて下さい!!!」
ジェイが叫ぶ。
しかし当のヴァイシスは屈み込みながらジェイを頭から爪先まで見回して、
「いや…、隠れろと言われても。」
とニヤニヤ笑う。
まるで彼が小さすぎて、自分ははみ出て隠れられないと言いたそうだ。
「こんな時に何言ってるんですか!!」
激怒するジェイをよそに、ヴァイシスは辺りを見回した。
すると、自分を襲ったナイフのようなものが地面に刺さっているのが確認出来、そしてまた遠くで誰かの舌打ちも微かに聞こえた。
「ジェイ、あそこだ。舌打ちしてっぞ!」
「わかりました。」
「俺も追おう。」
ジェイは下から、ワルターは上から追う。
「さん!!」
シャーリィの悲鳴の様な声に、皆の緊張が溶け一斉にそちらを向く。
はシフォンを上にして、倒れ込んでいた。
「ど〜しよ〜!早くブレスブレス!!」
ノーマが慌ててぴょんぴょんと跳びはねる。それをウィルが制して全員での元へ走った。
「!!」
二人の周りを囲み、彼らは悲痛な声を堪えながら逸らしたいはずの目線を下ろした。
一番最初に視界に入ったのは、の上に乗る形で倒れているシフォンの背中に刺さった刃物。
「なっ…!?これは、俺に投げられたのと同じ…?」
ヴァイシスが膝を着く。そして刃物に手をかけると、一気に引き抜いた。
「うっ…」
シフォンの低い呻き声が聞こえる。
彼がを刺したと思っていたヴァイシスは、困惑顔で刃物とシフォンを交互に見た。
「これを見ろ…」
ウィルが指差した場所を見ると、シフォンのレイピアが転がっていた。
に突き刺したと思われていた獲物が、何故別の場所に転がっているのか。
シフォンは一体何ををしたかったのか。
暗殺するために遺跡船に渡って来たのにも関わらず、彼は一体何をしているのだろうか。
今の状況ではまるで……
「早く、シフォンさんにブレスを!」
シャーリィが叫ぶ。それに触発された様に彼女と一緒にウィルとノーマがブレスを唱える。
三人のブレスでシフォンの背中の傷は消えたが、苦しそうな表情はそのままだ。
きっと刃物に毒が塗っていたのだろうか、ウィルがリカバーを唱えるが全く効かない。
「シフォン…?」
が気が付いた。
セネルに抱えられるようにしていたが、慌てて起き上がるとシフォンにしがみ付く。
「シフォン!私を庇うなんて!!!」
の一言で皆の考えは核心へと変わる。
シフォンはを守ったのだ、その身を挺して。
「なんで…」
がボロボロと涙を零し始めた頃、シフォンは気が付いた。
しかし彼は苦しそうに息を荒げている。
「、無事…ですか?」
「ええ、無事よ…」
「貴女を守れてよかった…」
シフォンは微笑んだ。
はシフォンのマントを悔しそうに掴むと、すぐに力を弱めた。
「そんな…!そんなの…」
「貴女を守るために生きて、死んで行く。
クロエ、君は私に…聞いたね。尊敬してる騎士はいるのかと…」
「はい、聞きました…」
クロエも涙を流しながら言う。
シフォンはそんな彼女の顔を見てふと笑うと、の顔を見上げる。
「私の尊敬する方は…ただ一人……
私は貴方の様になりたかった。しかしなれなかった上に……彼に妬いてしまったんだ……」
「シフォン、シフォン…しっかりして!!!」
理解できない事をうわ言のように話すシフォン。は涙でボロボロになった真っ赤な顔を彼の顔に近づける。
シフォンはそれに気付くと、震える手を持ち上げて涙を拭った
「貴女の暗殺計画を知った時…私は立候補したんです。イルハの仇として…。
でも本当は違かった。イルハは病気で呆気なく死んだのです。私が一人になったのはのせいではありません。コホッ…」
シフォンは血を吐いた。は彼の頬から血を拭うと、彼の唇に自分の唇を当てる。
ズッと吸う音がしたかと思うと、は唇を離して地面に血を吐き捨てた。
「大丈夫?」
「ありがとう…でも、もう私の命は潰えるのです。ですから、私に構う事はありません。」
「そんなこと、言わないで……」
「貴女も、感じ取っているはずです…さあ…」
「嫌……だわ。今度こそ一緒に…再び出会えたのですから……!!!」
シフォンはの言葉にくすりと笑った。そして再び彼女の涙を拭って言う。
「貴女も混乱しているようだ。私と同じです、これに気付いたんですね……。
この時が来たんだ……、この時が。
貴女を縛っているものをなくしましょう。私はそのために、貴女に会いに来た。」
シフォンはゆっくりと手を上げると、の胸元に置いた。
「逃がしました。」
「ああ…。」
その時、犯人を追っていたジェイとワルターが帰って来た。そしてシフォンとを見下ろす。
「シフォンさん…」
彼らは瞬時に状況を察知した様で、名前を呟くと無言で見守る。
シフォンはの胸元から碧色の宝石が付いた小さな指輪を取り出した。
そしてそれを握ると、念じる。
その途端、辺りが真っ黒な霧に包まれた。
「うわっ…何コレ〜!」
「霧だ!!」
シフォンはその霧を見て微笑むと呟く。
「さあ、貴方の番だ。
私の尊敬する方……サレイジェ・ベネト殿……!!!」
***********
シフォンは何故こんな事をしたのか、何の意味があったのか。次で解明されます!
2007/12/12
次はシフォンの回想から…その他もろもろかなり長くなりそうです。
2008/02/14
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