「貴方がシフォン・ウェレンツ?」











それは、突然の出来事だった。










イルハがこの世からいなくなってしまってからというもの、私はガドリアでも特に治安の悪い地域、スラム街ではないかと言ってもいいほどの場所にある札付きの酒場で、浴びる様に酒を飲んでいた。
守ると決めてからずっと慈しんできた妹。私の生きがいが無くなった後、はっきり言って自分がどうやって生きていけばいいかがわからなくなっていた。そのため、なりたくなかったウェレンツ家の当主の座をそっちのけで酒を浴びる毎日。
最低な時を過ごしていた。


その時の私は、生きる目的を見つけた途端に妹と同じ病に蝕まれ死を待つのみになってしまうなど、思ってもいなかったのだ。










「……貴女は?」









酒に溺れたとしても、騎士としての誇りは忘れたくなかったのだろう。せめてもと騎士の恰好をしたまま、この様な酒場で一人カウンターの隅に座っていた。
それを見咎めて力試しを挑んでくるあらくれ供は数人いたが、レイピアを舞わせると逃げていったものだ。
それが数日続いた後の今日、声を掛けて来たのは水色の髪の快活そうな女性だった。
私より十以上は歳をとっているのが明らかな、艶っぽい女性だ。








「私が誰かなんてどうでもいいじゃない?隣、いいかしら?」








普段なら自分の名を知っている様な輩に隣へ座らせはしない。
ここは互いに名前など聞かない。話が合えば酒を酌み交わし、合わなければ殺るか殺られるかなのだ。









「好きにしてください。」








しかし、今日はかなり酔っていたのかも知れない。
酒は強い方なのだが。










「ありがとう。」









女性はお礼を言って隣に座ると、酒を頼んでちびちびと飲み出した。
彼女が私に話し掛けてくる事はなかった。私も話し掛けるつもりはなかったのだが、名前を聞いて来た割に何も問われないのは気味悪く思い彼女を見つめる。









「あら、何か用?」

「こちらの台詞ですよ。」








澄ました顔で笑う唇が光り、そそられる。
私は彼女から目を離すと、酒を口に含んだ。









「ふふ。こんな酒場でそんな恰好をして誰彼構わず戦いを挑んで下さいって感じなのに、見た目通りの好青年で優しいのね。」

「これでも一応、騎士ですからね。」

「騎士ねぇ…まあいいでしょ。

先ず始めに、妹さんの事お悔やみ申し上げます。」

「!!…貴女は一体…」









妹が死んだのは好評されなかったはずだ。
知っていたとしてもそれは一部の貴族のみ。何故死んだかは誰も知らないはず。




それをこんな場所にいる様な女性が…









「そんなに驚かないでくださる?私は貴方の事、何でも知っているわ。

昔は同じ立場だったのもね。」









女性はウィンクを決めた。
その顔には、大人の女性と少女の可愛らしさが見え隠れしている。










「……」









私が何も言わないと、彼女はゆっくりと顔を近づけてきた。何をされるのかわからず体が固まってしまう。
すると、聞こえるか聞こえないかな小さな声で









「ジェイル・ベネト」









と名乗った。

私は驚きに目を見開き、彼女を穴の開きそうなほど見つめる。








まさか、クルザンドのスパイが接触を諮ってくるとは思わなかった。
今の私には何の情報もなく、たった一人の妹も亡くしてしまったのだ。



私には何もないのに。










「貴方、驚きすぎよ。そんなんでよくあの国にいられたこと。」









ジェイルはころころと笑った。よく見れば、彼女には貴族の面影が見える。
ベネト家と言えば、クルザンドでは高名な貴族だ。ボラド家に決して曲がらぬ忠誠を誓う家柄。








そして、あの方の婚約者もベネト家だ。









「今、あの少女を思い出してたでしょう?銀色の。」









王女の事だとすぐにわかった。私はあろうことか顔を赤くして言葉を失ってしまう。









「やっぱりね。あの子は貴方の想いを受ける程に美しく成長したのね。」

「聡明で情に厚く、お優しい方です。」

「ふふ、それはよかったわ。

でも、あの子は弟の婚約者だったのよ。」









ジェイルは悲しそうに呟いた。
彼女の弟、サレイジェ・ベネト。鬼神だと恐れられた妖艶なアーツ系爪術士。
王女の愛した唯一人の男性だ。










「……そうですね。」

「弟はきっと、あの子の一部を持ち去ってしまったはず…いえ…関係ないわね。

・…貴方に頼みがあるの。」

「…私に?何を?」

「これを、あの子に渡して欲しいのよ。」










ジェイルはそう言うと、持っていた大きな包みを開けた。
そこから現れたのは、あの方のためだけに造られたと言っても過言ではない白銀の剣。
淡く美しく光る。









「これは、第三王子があの子のために造らせた剣なの。これを渡してきて欲しいのよ。」

「…それをあの方に渡しに行って、…私に何か見返りはあるんですか?」








腐り切ったといっても名家であるウェレンツ家。落ち零れだといっても当主である自分。
全てを投げ売ってでも、行く価値があるのだろうか。









「あるわ。近々遺跡船にいるあの子に向けて暗殺命令が下されるの。貴方はそれに立候補なさい。そうしたら、貴方が願うあの子に会えるのよ?暗殺という馬鹿馬鹿しいものも防げるわ。

…貴方を引き留めるものは、もうここにはないのでしょう?」









何故この女性が、私が妹にしか漏らさなかった気持ち…王女にもう一度会いたいということ…を知っているのだろうか。









「……そんな情報どこで!」









これには二つの意味があった。私の願いと暗殺の情報。どちらもスパイだとしても手に入れがたい情報だ。
しかし、スパイと言ってもピンからキリまでいる。ジェイルは最上級のスパイなのだろう。クルザンドの伝説が本当ならば、彼女はベネト家の出した犠牲者だ。










「…いや、聞くのは野暮というものですね。」

「そうよ。それで、渡しに行ってくれるの?」

「一つ聞かせて下さい。何故、貴女自身が行かないのです?」










そう聞くと、ジェイルは口を閉じて遠い目をした。眉間に皺が寄り、唇を噛み締める。
何か辛い事を思い出している様だった。











「私はダメよ。あの子に会ったら…殺しかねない。」

「え…」










彼女の言葉に驚く。











「私はあの子に、大事な弟と愛する方の命を奪われたわ。仕えるべき方だとしても、それに耐えられる程私は強くないの。」










彼女は掠れた笑みを浮かべた。明らかに無理している様だった。
彼女の弟は王女を守るために四年前にガドリアの将軍に殺された。そして愛する方というのは、きっと第三王子ヴァーツラフだろう。王女自らが葬っている。











「そうですか…。わかりました、お引き受けしましょう。」

「よかったわ。ありがとう、シフォン・ウェレンツ。」

「いえ。」










私も、あの方に再び会えるならば…ウェレンツ家など。









「ジェイル殿。」

「何かしら?」

「……弟さんもあの方のお兄様も…愛する者のために命を断ったのでしょう?」

「……ええ。それが救いだわね。」









私の言葉は彼女の救いにはならなかっただろう。もしかしたら彼女の気持ちを追いやるような物言いだったのかもしれない。
しかし彼女は何も言わず、剣を私に預けて去っていった。

その背中は、哀しみに満ち溢れていた。





















それからというもの、私は酒を飲むのをやめてウェレンツ家の仕事に勤しんだ。
クルザンドの王女暗殺に名乗りを上げるには些か、家の仕事を放棄し過ぎていたからだ。
寝ずの日々を過ごすうちに、私は体の調子がおかしいことに気付いた。まさかと思った時にはもう遅かった。

自分も妹と同じ、死を待つだけの病に侵されていた。










「まさか…あともう一息というところで…」









とうとう私は、寝台から起き上がることも出来なくなった。

私は本当の病を伏せ、ただの過労だという事にした。あと数日で暗殺命令が発せられる。暗殺者は既に私に決まったようなものだったのだ。








自分が病で臥せっているうちに、誰か別の者が暗殺者に命じられないようにと手を打った。
四年前の…あの砂漠での戦いを覚えている者に、あの方の噂を流させたのだ。








クルザンドの王女・ボラドは、弓の名手だけではなく、かつての鬼神の様に妖艶に剣を操り人を殺す相当な使い手だと。








自分の名声を上げるためだけに名乗り上げた者達はその噂で去り、その内暗殺を希望する者はいなくなった。










「動け、私の体よ!今一度、あの方にお会いするのだ…」









そして、今度こそ私の想いを…









願いは虚しく、私の体が動くことはなかった。
風の噂で、我が友が暗殺者に選ばれた事を知った。彼は最近子供が産まれたばかりで…幸せ真っ只中の筈だ。それにお世辞にも騎士として強くはない。爪術も使えない。
きっと私が病気で候補から外れた今、誰も立候補しなかったのだろう。そのために騎士の端くれである彼が選ばれた。
彼だけでは心許ないので、他国の暗殺集団にも依頼したとか。








私の存在は、忘れ去られてしまったのだ。この病のせいで。








ふと、あの方に渡すよう頼まれた包みが目に入った。付き人に頼んで持ってこさせ、包みを開ける。

あの方を思い出させる美しき剣。
これを渡しに行かなければ…私は、あの方に会わなければ死んでも死に切れない。









「綺麗な剣ですね。」









見上げると、付き人のメイリーンが微笑んでいた。私は頷くと包みを戻す。










「この剣が似合う方…きっと、美しい女性なのでしょうね。」

「っっ…」









私が目を丸くすると、彼女は笑う。そして腰に手を当てた。










「私だって、その剣が女性用だという事くらい、わかりますよ。

はい、ではその方に元気にお会い出来る様に体を休めましょうね。」










彼女はそう言うと、テキパキと剣をしまった。










「おやすみなさいませ…」










悲しい微笑みが目に入る。彼女には、私が助からないことがわかっているのだろう。










「ああ、おやすみ…」




















































私はその日、暗闇の中を彷徨っていた。この闇が夢なのか現実なのかもわからなかった。
ただ、真っ暗闇を歩いているということだけはわかった。









「ここは一体…。」









しばらく歩くと真っ暗闇が途切れ、純白の世界に変わった。
おかしいと思い、立ち止まる。









「…ここはもしかして…」

「そう、ここは生と死の狭間です。貴方はあと一歩で死に入るところです。」









声を掛けられた方を向くと、そこにはすらりと背の高い男性。
どこかの国の王子を思わせる様な美しい顔立ちでにこりと微笑んでいる。

彼の印象は顔立ちだけではない。さらと靡く水色の髪に、碧の瞳…そして死の世界だと言われた純白の世界に立っていることだった。










「……」

「まだ、貴方はこちらに来るべきではありませんよ。」










男性は緩やかに言うと、私の体を押し戻した。









「貴方は一体……。ここにいる私は、死んでしまったのか…?」

「正確には、まだ亡くなっていません。あと一歩というところですね。

…自力で立ち止まる人は初めて見ました。普通なら闇に居た者は光りを求めるはずです。それにも関わらず貴方は立ち止まった。それは何故です?よっぽど現世に未練があるのでしょうね。」









彼はつらつらと厳しい事を喋った。私はそれを聞くと、目を瞑る。



未練?私にまだ、未練があると…?











「…!!様…」










あの方にまだ、会っていない!!!

それが、私の未練だ!











「……何て…今、何て仰いましたか?」










踵を返して戻ろうとする私の腕を、彼が掴む。










「今……どなたの名前を…!?」









彼の表情は一転していた。
私を押し戻した緩やかな笑みを湛える男性は、今や悲しみと焦り、そして喜びを交えた表情をしていた。









「…様と…」








私はポカンとしてしまったので、慌てて答える。すると男性は嬉しそうに私の両肩を掴んだ。









「…貴方は、私の大切な方の事を知っておられるのか…!!」








彼はそう言うと掴む手を強くする。
その手は、私が様の事を話すまで離してはくれなそうだった。











「貴方の大切な方?王女は、私の大事な方でもあります。」

「…そう、貴方もですか。様は今でも、たくさんの方から愛されているのですね…」











男性は嬉しそうに微笑んだ。
私は彼に親近感を覚え、あの方の話をする事に決めた。私達は闇の世界と純白の世界それぞれの境目に座りこむ。










「貴方はこの世界の番人では?」

「違います。私は貴方とは違い数年前に命を落として…この場から先へ行けずに彷徨っている者です。」

「彷徨って……?」

「はい。……女神、といいますか…その様な立場の方に、ある仕事を終えないと輪廻の輪に行く事は許されない立場だと言われているのですよ。」

「輪廻の輪…?仕事…?」










この様な死の世界には、その世界の掟があるのだろう。
それにしてもこんな世界を彷徨うこの男性は、女神の意にそぐわない事をやらかしたのだろうか。










「……私は、シフォン・ウェレンツと申します。ガドリアの騎士です。貴方は?」









とりあえず名乗る事にして自分の名前を言うと、男性は困った様だった。










「…ガドリア……ガドリアの方ですか。……まあこの世界では国など関係ありませんよね。」










そして独り言を呟く。
こんな世界に一人でいたのだ。独り言も呟く様になってしまうだろう。










「どうされましたか?」

「ああ、申し訳ありません。

…私は、サレイジェ・ベネトと申します。」










彼の名前を聞いた時、私の目は点のようになっていた事だろう。そのぐらい驚いたのだ。
しばらく思考が着いて行けず放心した後、目線の先で彼の手が振られた事で気がついた。











「あの…?」

「あああ…貴方がサレイジェ・ベネト殿!?」

「はい。やはり、ガドリアでは私の悪い噂しかないのでしょうね…」

「いえ、違います!私は先日貴方のお姉様にお会いしました、その時…!」










私は様に会いに行かなければならない理由を話した。
そして知り合った経緯も自分の想いも全て。











「そう…だったのですか…。」










彼は呆気に取られたようだったが、深呼吸すると気を取り直した様だった。
そして、








「私は、貴方を待っていたんですね。」








と言った。










彼は純白の世界で美しく微笑む。
様の婚約者だったサレイジェ・ベネト殿…彼は噂でも妖艶だと言われていた。
クルザンド出身の男性は大概、がたいがよく背も高い。顔もどこかしら骨張ったところがある。しかし彼はその様なところは何一つなかった。線が細く、纏った空気も落ち着いている。
男でも息を飲むはっとする美しい顔立ちは、私の心を貶めた。彼が王女の愛した人ならば、私に勝ち目など何一つないではないか。










「シフォン殿?」

「あ、申し訳ありません。それで、私を待っていたとは…?」

「それはですね…」










彼は自分の胸に手を当てると、そこから光る玉を取り出した。その光は淡い紫色だった。










「それは?」

「これは、様の心の欠片です。」

「えっ…」










思わず手を出して確かめる。恐る恐る触れる光、その温かさがこの身に浸みる。












「本当だ…これは、あの方を抱きしめた時の温かさと同じ…。

しかし、何故亡くなった貴方が王女の心の欠片を?」











彼は光の玉をしまい込むと溜め息を吐いた。そして遠い昔を思い出す様に空を見つめる。












「私達の馴れ初めを知っていますか?」

「少しは。貴方とあの方が婚約されて一緒だった時間は半日程だったということくらいで…」

「そうですか。

私達は…、婚約する前から想い合ってきました。十七も歳の差があるのに何を言うと思われるかもしれません。しかし、あの方はおいくつの時でも私と対等に話されました。

きっとそれが、心を通わせた始まりだったのです。私はヴァーツラフ王子の副官だというにも関わらず、常にお傍に仕えたいと思いました。。」









サレイジェ殿は一気に話すと頭を抱えた。ずっと悩んでいたことだったのだろう。
私は彼の気持ちはわかる気がした。あの方の傍にいたいと思うのは同じだ。
しかし私よりもずっと、彼の方が想いは強い。










「ずっと、自分を偽って来ました。こんな三十にもなった男が…十三歳の王女に惚れてしまうなど、あってはならないことです。

しかし、その偽りを崩す様な出来事がありました。ヴァーツラフ王子が…私に様を、と望んで下さった。」

「あの、ヴァーツラフ将軍自らですか!?」











私は驚愕した。そういう経緯があったとは知らなかったのだ。想いあっていた二人が押し切って婚約したという話を聞いていた。
……王女を愛して止まなかった兄王子が、彼に大事な妹を授けるとは。


それならば、ヴァーツラフ将軍が彼以外をあの方に認めることはもうないだろう。










「はい。王子自らの許しを頂き、私は自分の気持ちに迷いました。

その時、あの戦いが始まったのです…。あの砂漠の戦いが。

様はクルザンドの民を守るために戦地に赴かれました。それなのに私は、戦う勇気が出なかった。

人を殺すということは、もちろん恐かったです。でも、何よりも……死ぬのが恐かった。」











彼の懺悔を聞く中で、鬼神と呼ばれたサレイジェ・ベネトという男性を身近に感じた。
私だって、彼とそう変わらない。
死にたくないという気持ちは、誰だって持っているだろうから。










「あの方を残して死ぬのは恐かった。共に生きたいと願っていたから。
戦地に赴けば、自分に死が訪れる事を知っていました。どんなに訓練しようが、死を受け入れなければならない事を。

けれども、私はもう一つの運命に気付いてしまった。私が行かなければ、様が亡くなる事を知ってしまったのです。
女神は私に言いました。自分の死かあの方の死か。二択であるならば、選択するものは一つしかありません。

私には、あの方の命が一番大事だったのです。」










彼は再び溜め息を吐いた。
私には酷な話だった。生きて様に会って気持ちを伝えるつもりだというのに、こんなにも亡くなった婚約者との絆が強いなんて。
私には勝利というものはないのだろうか。





ずっと、そうだった様に。











「共に生きられぬ運命なのだから、自分の気持ちを伝えるべきではないと思いました。それなのに、私はぼろぼろになった様の心を見てその気持ちを一変させてしまった。

抑え切れない気持ちを爆発させ、守るために、彼女を救うために伝えてしまった。いえ、守るため救うためなんてこじつけにすぎないですね。この世から消える前に伝えたかったのです。私の想いを。」

「そう、だったんですか…」










何て言えばいいかわからなかった。自分の事でいっぱいいっぱいだったのだと思う。そこには愕然としている私がいた。











「あとはシフォン殿が知っている通りだと思います。」

「……」

「大変言いにくいのですが……。」










サレイジェ殿は私の顔を見ると、真剣な表情になった。穏やかさのカケラもない。












「何でしょうか。」

「私と、命の盟約を結びませんか?」

「命の盟約…?」










聞いたことのない言葉だが、背筋がぞくりと震えるような言葉だっと思った。











「貴方はもう病から逃げられない。このままいけば様に会うこともなくそこから、この純白の世界に歩むだけの状態です。」

「……仰る通りですね。」

「ですから、私と命の盟約を結び全快するのです。そして、今度こそ様に会いに行く。」

「……貴方にそのような力がおありだと?」










彼は静かに頷くと、私の後ろに広がる暗闇を見据えた。










「女神は様の運命に一つ過ちがあった事に気付きました。

私があの方の心の欠片を持ち去ってしまった事です。あの方の心は完全ではなければならないのに、私が大切なものを持ち去った。だからそれを戻さなければいけない。
私があるものと交換で持ち去ったので、私自身がその物自体と交換して帰って来なければならないのです。

しかし私はもうあの世界の者ではない。命の盟約を結べる方を見つけるために、ここを彷徨っていたのです。」












なるほどと思った。
ガドリアでも噂になっていたクルザンドの王女が関係する世界説。詳しいことはわからないが、彼女が何か大切な運命を握っている事に間違いはないようだ。
「何故クルザンドの者が……だ…」そのような言葉をガドリア王宮で聞いた事がある。
王女は、とてつもない運命を担っているのだ。












「私が心の欠片を返さなければ、様の使命も終わらず、いつまでも各国に命を狙われ続けてしまうのです。

この世界の者はそれが間違いだと気付いていない。これから起こることは必然なのに、様がいなければ世界がどうなるかわからないのに!目の前の敵を排除する事だけを考え、世界の全体を見ようともしない!!!」

「サレイジェ殿……」

「シフォン殿、無理を承知でお願い致します…。私はこの魂に代えても、様をお守りしたいのです。」











切ない運命だと思った。
王女も、サレイジェ殿も私も…。その女神の手の上で転がされる命だということだ。



私に彼の申し出を断る事は出来ない。これも運命なのだろうから。










「わかりました。命の盟約を結びましょう。」

「!!有難う御座います、シフォン殿。」









サレイジェ殿は嬉しそうに笑った。とても綺麗で純粋な笑顔だと思った。
彼は本当に王女を愛し、そのためには自分の命をも厭わないのだ。

私も、そんな人間になりたい。










「私は貴方の気が済むまで眠っています。様に想いを伝え、現世に未練がなくなった時に私を呼んでください。」

「わかりました。」

「私が貴方に呼ばれ、様に欠片を返した時が貴方の死ぬ時です。必ず未練は断って下さい。ではないと、私の様に何年も彷徨うことになりますよ。」

「はは、貴方は面白い方ですね。

……期限付きですが、これから宜しくお願いします、サレイジェ・ベネト殿。」

「ええ、私こそ。シフォン・ウェレンツ殿……」
































































「もう、宜しいのですか?」

「はい、十分です。気持ちも満たされています、思い残す事はありません。」










私は再び闇の中に佇んでいた。
そこには穏やかな表情をしたサレイジェ殿が私を気遣うように横に立っている。










「私は貴方の様になりたかった。を守りたかった。」

「はい……」

「目標を達成しました。彼女が恋人になってくれるという幸せなおまけつきで。」

「シフォン殿・・・」

「だから、未練はありません。」










サレイジェ殿は高い背を生かし私の頭を優しく撫でた。
そして、









「貴方の気持ちも、様の気持ちも本物です。私は一切介入していませんよ。」

「っ……」

「私達は似ているんですね。だからこんなにもシフォン殿のことが良くわかる。」

「……サレイジェ殿は、何故そんなにも穏やかなのですか……。私がに気持ちを伝えた時も、抱きしめた時も、キスをした時も……貴方は感情を表さなかった。そんなこと、私には出来ない。

ずっと、私は貴方とワルター君に嫉妬していたんだ……。」









彼はにっこりと微笑むと、再び私の頭を撫でた。子供をあやす様に。









「それが、サレイジェ・ベネトという者です。でももうわかりません。私が様に面と向かったら、どうなるかなんてわかりません。泣いてしまうかも知れない、今の貴方の様に。」

「……」

「では、行って参ります。私の最後の仕事ですからね。

……願わくば、シフォン殿に幸せが訪れん事を。」

「ありがとうございました、サレイジェ殿。」

「こちらこそ、私を連れてきてくれて有難う御座います。シフォン殿。」








彼は目を細めて微笑み、深々とお辞儀をすると私の前から消えた。
やはり私は、彼には勝てないと思った。













サレイジェ・べネト殿は、私の尊敬する男性で兄の様な存在だった。












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完璧なるオリジナル世界!(笑)
ワルターの名前が一回出てきたのみで、あとはオリジナルキャラしかいないよ〜(汗
それも長い!!!いや、その分書くのが楽しくてしょうがなかったです。
そして…修正を加えない書き下ろしになってしまいました。
12月頃はこんなに深い話にするつもりがなかったので、こういう深いところがありつつ
さわりだけ…な話だったのですが、いざ書き出すとこんなん!?
まあ、いいですよね。うん。

次はサジェとヒロインの話です^^

それにしてもシフォンとサジェの言葉遣いが似ていて、わからなくなりそうです…(苦笑)


2008/02/16





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