じっとりとした湿り気が肌に吸い付き、ツンとした黴臭さが鼻を衝く。
それはこの地下道がどれくらい古いかを示すため、研究者にはとても願っても無いことかもしれなかいが、研究のために歩いているのではない彼らにとっては、全くと言っていいほど有難い事は一つもなかった。
崩れかけた足場に注意をしながらゆっくりと歩を進め、周りの気配に耳を欹てる。
しかし忍者のにの字も視界に入らず、彼らは緊張が解けてきた。
忍者など、本当はいないのではないかと思ってきてしまったのだ。













「ねぇ、ジェイ。」

「何ですか?」












そんな中、は弓に矢を番えていつでも放てる様にしながらそれを握り締めている。彼女の緊張が解けていない証拠だ。
ジェイは流石だと思った。彼女の気配の使いようは他のみんなとは断然に違う。














「私、何かジェイの役に立てないかしら?」

「はい?」

「だって、ジェイには悩みがあるでしょう?」

「悩みが無い人なんていますか?あのモーゼスさんだって悩むんですよ?」

「わかっているわ。だから…」

「余計なお世話です。いい加減にその無償な奉仕精神をどうにかしないと、心がボロボロになってしまいますよ?」

「あら、心配してくれるの?」

「いっつもしてますよ。」















前よりは落ち着いて話せることに安堵すると、ジェイはの心配をも口に出来た。
いつも他人の事ばかり目が行く。彼女の心配な部分は自分を顧みない事だ。















「いつも?私って、そんなに心配されるよう?」

「心配だらけですよ。ある意味モーゼスさんやノーマさんよりたちが悪い。」

「えっ……」














は言葉を失った様だった。引き合いに出した二人よりも自分の方がたちが悪いと言われたからだろう。
モーゼスとノーマは、それほどに比べられたくない二人なのだ。














さん?」

「……もう少し自分の行動を考えてみるわ。」















彼女はそう言うと唸り考え込んでしまった。
よっぽどショックだったのか、青白い顔をしていた。




































淡い光が隙間から差し、ジェイはそれを見つめた。
小さな小さな光は、闇を照らしてそこに温かみを作り出していた。













僕にはああいう光はあるだろうか?
ううん、ない。僕は闇そのものだ。



だから……













ジェイは自分を囲む仲間達を見た。彼らはこれから忍者という未知なる者と対するはずなのに明るく笑っていた。
輝かしい笑顔は眩しいくらいで、ジェイは目を閉じた。
この人たちは眩しすぎる光を持っていて、僕は時々ここにいてはいけないと思う。
















そう、僕は闇だから。



























「ジェージェー」

「……」

「ジェー坊?」

「……」

「ジェイ、どうしたの?」

「何ですか、さん。」















はっと気付くと、が自分の顔を覗き込んでいた。
あまりにも近すぎる美しい顔立ちに、ジェイは息を飲んだ。















ちゃんだと気付くんかい!」
「ジェー坊はやらしいのう。」















何がやらしいのかわからないし、そういう考えを持つモーゼスさんの方がやらしいのでは?と思いながら、いつものように口に出すのは億劫に思えやめた。
ジェイはの顔を見つめると、その肩をトンと押して離した。














「大丈夫です、すみません。」

「気ィつけろゆうてた奴が、一番気ィつけてないのう。」

「こら、モーゼス。ジェイは謝っているのよ?」














が怒っているのをぼーっと見つめながら、その場の空気が変わったのに気付く。
何かが、いる。

崩れかけた柱の向こうに気配がする。小さく押さえられた殺気。
それは湿った空気と闇に紛れてぎらぎらとジェイの体を貫いた。



これで隠したつもりですか!僕には苛々するほど伝わってきますよ。
下っ端の忍者がいることがね!!!














「忍者ちゃん、出てこないわねぇ〜」














突然、その気配に気付いたからかのように発せられたグリューネの言葉。ジェイは半信半疑で彼女を見上げる。














「お姉さん、楽しみにしてたのに〜」

「グー姉さんにかかれば、何でもお楽しみだね。」












……言葉が出なかった。なんだろうこの緊張感の無さ。
これがいつの間にか心地いいって思っちゃうんだ。危険だとわかっているのにも関わらず、ほんわかしたこの雰囲気。
















「私も、グリューネみたいな考え方がしたいわ。」

は寧ろそうなった方がいいだろうな。」
















クロエの言葉にジェイは否定したくなった。がグリューネのようになったら、この世界はどうなってしまうんだろうか。
そんな事を考えているうちに、自分達を刺すような殺気は強くなった。
彼の射程範囲まではあと数歩。向こうはそこに僕達が入ってくるのを待っている。しかしなかなか入ってこないから待ちきれずにいるのだろう。
その溢れ出す殺気に溜息を吐きたくなった。

忍者はプロだ。こんな事は許されない。















「何じゃジェー坊、腹でも痛うなったんか?」















ちらちらと殺気の出る方を見ていたジェイに、モーゼスが声をかけた。
そしててくてくと歩いていく。














「気をつけてください。」

「ん?」














モーゼスが忍者の射程範囲に入った。すると、そこから火炎物が投げられてくる。
それを辛うじて避けたモーゼスは、しゃがみ込みながら投げられた方に凄みを利かせた。
















「誰じゃコラァ!」

「気を抜かないで下さい、来ますよ!間違いありません、忍者です!」

「あれが……」

















姿を現したり消えたりしながら、忍者は走ってきた。口元に笑みを浮かべ、その行動に楽しさを含めながら。
ジェイはゾッとした。昔の自分を思い出したからだ。














僕は違かった……楽しくなんて…















「苦無!!!」














ジェイはその思いを振り払うように腰を屈め、苦無を放った。
それを皮切りに、仲間達は次々と飛び出す。












「柔招来!」












クロエが剣を握り目を瞑った。力を溜めるかのように集中力を上げる。
その間にもセネルが忍者の元にたどり着いて技を繰り出す。














「臥竜砕!迫撃剛賞来!」















息を吐く間もなく技を繋げてふっ飛ばす。
忍者は反撃する隙も無く、その口元には驚きを浮かべている。



きっと僕達をただの子供か何かだと侮っていたのだろう。僕が前に行くまでもない。
セネルさんとクロエさんだけで十分かもしれない。
















「荒ぶる氷雪の乙女よ。疾風の調べに乗り舞い散れ!」















そう思っている間に、ノーマが呪文を唱え上げる。
次に来るのはあの爪術だ!















「クロエ、お兄ちゃん、離れて!!!」














ノーマの呪文を聞いてシャーリィが叫ぶ。するとセネルとクロエは一撃を加えて同時に離れた。















「ブリザード!!!」















何も無い地下道に吹雪が起こる。
忍者は痛みに耐えながら頭上を見上げて体を震わせる。

吹きすさぶ氷雪に強引に巻き込まれ、冷たくも痛い氷というものに傷つけられて見るも無残な姿になる。
そこへ、止めのようにの放った矢とモーゼスの槍が浴びせられた。





ズシャ、という音と共に忍者は動かなくなった。


















「……フウ、びっくりしたのう。」

「今度はこんな事が無いように気を引き締めてくださいよ。」

「ノーマ、わかったな?」

「ここはモーすけに注意するとこでしょ!」















やっぱりみんなには緊張感ていうものが無いのか、こういうやり取りが生まれる。
僕もその中の一人だったけれども。
それよりも気になる事がある。あの忍者が使おうとしていた技…あれは・・・
…いや、そんなことあるはず…
















「ジェイ、どうかしたのか?」

「い、いえ、何でもありません。」















誰も気付いてなくてよかったと思った。
何せあの忍者は、技を使う前にやられたのだから。














「自分と似たような技使いそうになったから、気になったんじゃろ?」

「!!」














まさか!と思いモーゼスを見た。鈍感なモーゼスが気付いている事にジェイは目を見張った。
モーゼスが気付いているならば、他のみんなも気付いているだろう。
でもみんな、何で……















「気にしてなんていませんよ!」

「「!」」

「こんな連中の技と、僕の技を、一緒にしないで下さい!」

「めちゃくちゃ気になってるってさ。」













ジェイの反応を見て驚いているセネルとモーゼスに、確信を付くかのようにノーマが言った。
はジェイの横に来ると、声をかけようと手を出した。
















「ジェ…」

「気になんてしてませんよ!」


















バシッ!!!

















ジェイは出された手を叩くと、キッと仲間達を睨んだ。
目の前ではが、驚きと不安に苛まれた表情で立ち尽くしている。その顔に気付くと、ジェイは居たたまれなくなって顔を逸らした。
















「……だったらあんまり必死に否定しないの。ツッコミたくなるじゃん。」

「……」

「ありゃ、反論はなし?」














何にも答えたくなかった。
忍者と聞いて、何もかもうまく廻らなくなっていたのは気付いていた。彼らの技を見て、こんなに考え込んでしまうなどとは思わなかった。
ジェイにもどうしていいかわからなかったからだ。
だからこの気持ちも、この焦りも、全てがうまくいかない事の延長線上だと思った。












それに、僕はまたさんを拒絶した。











のあの表情はきっと、ずっと僕の影について消える事は無いだろう。
あんな顔をさせたかったわけじゃない。僕は…………僕が彼女に持っている気持ちは。
















「何焦っちょるんじゃ?」

「…焦ってなんていませんよ。何を言ってるんですか?

ほら、さっさと調べて帰りますよ。」














ジェイは考えていた事をすっぱり捨て、今はこの真相を知ることだけに専念するようにした。
僕は情報屋だ。仕事はきちんとやる。
全てを知るために。

















「気になるんじゃったら、気になると言えばええんじゃ。」

「なかなか素直になれないんだろう。困ったものだな。」















ジェイが先に行った事で、その場の雰囲気はいつも通りになった。
しかし彼らには疑問が残る。ジェイが焦るなんて珍しいからだ。















「あんたが言うか。」

「/////…まあ、その、なんだ……。ジェイにも色々とあるんじゃないか?」

「ジェー坊は自分のこと、な〜んも話さんけんのう。」

「そこにもそういう者がいるがな。」
















ウィルはの方を見て言った。
皆が彼女を見ると、気付いて不思議そうに首を傾げる。















「ああ、確かに。」

「?何の話?」

「聞いてなかったんか?」















はコクリと頷く。そんなにほんわかされながら、仲間達は話をやめて歩いていってしまった。














「ねえ、シャーリィ。」













は心配そうに自分を見上げている彼女に声をかけた。
きっとシャーリィだけは気付いたから残ってくれてるのだろう。














「はい。」

「ジェイは大丈夫かしら。気になってしょうがないの。」

「そうですね……でももう少し様子を見てみましょう。」

「ええ、そうね。」















やがてワルターも自分とシャーリィを待っていたと気付いたは、シャーリィの腕を取ってそちらに歩き出した。















「ワルターも?」

「いつも冷静な奴らしからぬ行動だからな……それよりも、は大丈夫か?」

「え?」

「……いや。」
















ワルターはふと視線を落とすと、二人について歩を進めた。
そんな二人を、シャーリィは嬉しそうに見ていた。



















***********

ジェイ編なのにワルターが…!!!
いやいや、今のジェイはきっとそれどころじゃないはず。
好きな人をも振り払うくらい焦ってしまっている彼は、いつもの冷静さとはかけ離れてますね。
それもこれも、ロンロン様が遺跡船に来ちゃうから悪いんだ!(笑)


2008/03/10







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