目前を真っ暗にするにはまだ早い昼下がり、僕は昔を突きつけられた。
一生会わなくて良いと思ったお師匠様はここにいて、昔と同じように僕を見下していた。
ここで僕が取るべき態度は何だったのだろうか。
いつもの様に強気な態度?
そう…そうだ、僕は今までどんなに弱みを見せずにヒトと付き合ってきたか。
どんなに努力してきたかを思い出すんだ。
……でも、僕の体は願いも虚しくそれを拒んだ。
きっと昔の記憶がそうさせるのだろう。
意志を持たない体は、機械のようにただ小刻みに震えながら「トラウマ」というものを餌に動く。
「ソロン……どうしてこんなところに……」
「そんなに喜んでくれるとは、私は嬉しくて涙が出そうですよ。」
嘘をつけ!
僕は叫びたい衝動に駆られながら言葉を飲み込む。嬉しそうな人間が、そんな厭らしい笑みでニヤニヤと弟子を見下すだろうか。
答えは否だ。
ソロンに再会の感動なんてものはない。おおかた、昔の玩具を見つけ出した子供の気分なのだろう。
「どうしてあなたが……」
「つれないですね。あの頃のようにお師匠様と可愛い声で呼んでくださいよ。」
僕の頭の中で幼い僕はソロンを「お師匠様」と呼んだ。
その声は絶え間なくエコーし、僕の脳を支配していく。
彼に逆らってはいけない、と。
その声を振り切るように後ずさると、少し離れただけで体が動いた。
これならいける。
しかし僕がゆっくりと後ずさると共に、ソロンは同じように緩やかに近づいてきた。
その目は面白いものを見るかの様に細められ、僕を写し出している。
何故一人で来てしまったのかという後悔の念に襲われた。
みんなと離れる時、セネルさんの戒めの声が聞こえた。
その後にさんの恐怖の声が聞こえた。
仲間達の声をこの耳で聞きながら、僕は興味と驕りで自分の昔を穿り返す出来事に、足を突っ込んでしまったんだ。
それを、ソロンはわかっていたのだろう。挑発すれば、少しのヒントをくれてやれば、僕がのこのことついてくるであろう事を。
ゆっくりと後ずさる。
ソロンが近づく。
僕達の行動は永遠に続くかと思われた。が、
「どこへ行くんですか?私はここにいるのに。」
その言葉に幼い自分が悲鳴を上げる。
そのまま表面化したように、心も体も固く動かなくなった。それは恐怖に身が竦んだのと同じ。
彼の呪縛にかかってしまった……いや、昔からかかっているのだから再発と言った方がいいのかもしれない。
「僕はもう…あんなのは……」
支配される心。
満たされる
恐怖
恐怖
恐怖
「誰が逃げていいと言った!?」
肩がビクリと震え上がった。強張る体をそのまま、頬に当たるあの痛み。
そこは熱く赤みを帯び、そのまま地面へと吹っ飛ばされた。
乾いた砂の冷たさが頬に沁みる。心地よく感じる反面、そのざらりとした触りが気持ち悪かった。
僕はその砂を掴むと、震える体をなんとか起す。
「そんな惨めな姿を私に見せないで下さいよ。
知ってるでしょう?私は醜いものが死ぬほど嫌いなんです。
醜いものをみると壊したくなるではないですか。」
「……ああ……ああ…」
出るのは嗚咽。
それ以外は全て飲み込まなければ何をされるかわからない。
ソロンは僕を通り越して数歩歩くとこちらを向いた。僕は何か言われる前に立ち上がらなければならない。
彼はニヤリと笑うと話し出した。
「そのままで構いません。話を聞いてもらいたいのです。」
「い、いやだ。僕はもう……。」
「いいから黙って聞け!!」
最初は丁寧な口調なんだ。いつもそう。しかしキレると出る怒声は、相手を見下して押さえつけるものだった。
その声に圧倒され、ビクリと肩を震わせる。相手に意志があろうと、彼には関係ないんだ。
「私の仕事を手伝って欲しいんですよ。たったそれだけのことです。
簡単ですよね?断る理由なんてありませんよね?」
「い、いやだ。僕は、僕はあなたのことを……。」
「大好きなんですよね!」
違う。絶対に違う!
僕の頭の中に仲間達みんなの顔が浮かんだ。
そして最期に浮かぶのはさん。彼女は笑顔を向けて僕に手を差し伸べてくれる。
今日はギクシャクしていたとしても、明日にはきっと……
それだけで、ソロンに立ち向かえると思った。
「違う!」
「誰が口答えをしていいと言った!」
バシン!!!
「けふっ……えほっ……。」
叩かれる頬、痛みは増すばかり。
でも、
「痛い思いは、もうしたくないでしょう?叱る方も辛いんですよ。」
「何を、されても……僕はあなたに協力しない!」
「そんな寝言を聞きたいんじゃない!!」
バシン!!!!!!
「けふっ……おえぇっ……。」
「あ〜、拳が痛いなぁ。痛いんだよなぁ。」
昔はそれで屈してたかもしれない。
でもその時の僕はその時の僕だ。今の僕には仲間達がいる。
さんは笑って、僕の名前を呼んでくれた気がした。
「何をされても、何を言われても、絶対に協力はしない!」
バシイイィィィン!!!!!
僕の体は再び吹っ飛び、地面に倒れこんだ。
頬はあまりの衝撃に感覚を麻痺し、熱だけが篭っていた。
そのうちに体を踏みつけられ、重い痛みが体のあちこちに付けられる。
それでも僕は屈しない。
「昔を思い出しますね。楽しかった訓練を思い出しますね。」
「僕は……協力……しない…」
涙が出ようとも、どんなに格好悪かろうとも、屈しない!
「…これは困りましたね。ええ、実に困ってしまいましたよ。困りすぎて独り言を言いたくなってきました。」
「?」
「あくまで独り言ですから、気にしないでくださいね。
モフモフ族と言いましたか?なかなか愛嬌もあって愉快な連中ではないですか。」
「ど、どうしてそれを!?」
「彼らは何色の血を流すんですかね?どんな声で鳴いてくれるんですかね?」
「や、やめろ!モフモフ族には手を出すな!」
「いや〜、今から楽しみだなぁ〜。
らっこが逃げ惑い、泣き叫び、命乞いをしながら死んでいくさまは、さぞ見物でしょうね!
アハハハハハハハハハハハハハッ!!」
僕の目の前からさんの姿は消える。
…その手を掴むことは無かった。
悔しくて悔しくてどうしようもなかった。
でも、仲間達より何よりも、遺跡船での生活を共にしてくれたモフモフ族のみんなの顔が浮かんだ。
楽しくて安心できたあの時間を、僕がいなくなったとしても壊したくない――
「ちくしょう、ちくしょう!!」
悔しさと悲しさの入り混じった涙が出た。
***************
ジェイの心境。
今の僕は違う。彼が一番わかっているけれど、きっと「トラウマ」が彼に恐怖を駆り立てる。
その中でも対抗しようとしたジェイはかなりエライ!と思います^^
2008/03/19
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