荒い息を落ち着けようと拳を強く握る。
元々白い肌だから、赤身が差すとよくわかる。鬱血するんじゃないかと思うぐらいに強く握って……そして手を開いた。
血がふわりと体に流れて行く。
すると不思議な事に、苛立っていたような悲しかったような心が解されてやんわりとした溜め息が出た。
それと同時に、
ぐう
お腹が鳴った。
「っ……お腹なんて鳴らしてる場合じゃないのに、何やってるんだ…」
今度は本当の溜め息が出た。
昔なんて言われた事が出来ない限り食事を抜きにされて、ずっとお腹が空いて…それでも食べれなくてお腹が空いて…空いてるのか空いてないのかわからないくらいだったのに。
今はこんな時にもお腹が鳴るなんて……僕はどんなにおめでたい人間になったんだろう。
「…キュッポ達、待っててくれるって言ってたな…」
お腹の音が抑えられず、僕は観念すると部屋を出た。
階下は明るく、彼らが僕を待っている事がわかった。
でも、どんな顔していけばいいだろう。
昔の自分を知っていたとしても、こんなにも変わってしまって、でも昔に戻ってしまった僕を見てキュッポ達何を思うだろうか。
それにきっと、セネルさん達にソロンの事を話しただろうな…。
話すことはしょうがないけど…やっぱり…嫌…
「……寝てるじゃないか。」
キュッポ達はご飯の支度をしたまま、待ちくたびれたのかそのまま寝ていた。
申し訳ない気持ちの中で、寝ないで待っててほしかったという我が儘な思いが紛れ込んでくる。
「…起こして食べよ…
……!!!」
その時、ピッポとポッポの体の間に、包まったタオルの山を見つけた。
そこからは透き通った肌色の人の足が出ている。
「なんか…このシュチュエーションて…」
僕は知っている気がする。
結構前に一回、これと同じ事があったはずだ。
そう思ってそろりと頭側に回って見る。
「やっぱり…」
そこには幸せそうに眠るさんがいた。
その姿は、体に申し訳程度のタオルを巻いただけだ。
「これじゃあ、初めて会った時と同じだ。」
僕は仲間の誰よりも先に彼女に出会い、一緒に過ごした。
彼女は最初は真っ黒で、女性にしては大層汚かった。だからお風呂に入れてあげて……服を買ってきてあげたんだ。
「そうだ……」
ポケットに手を突っ込んでぐりぐりと掻き回す。
中には苦無とか…みんなには内緒なものがたくさん入っているんだ。
しばらく掻き回してから見つけた小さな袋。
僕はそれを開けると中身を摘む。
キラリ
中に入っていた青い宝石が光った。
それは小さなピアス。さんが自分の服を手に入れるために僕に売ってくれと頼んだものだ。
最初に渡されていたのは片方。
その時はこんな高価な物、盗品じゃないかと思ってとっておいたけれど、さんがクルザンドの王女だとわかったときは持っててもおかしくはないものだとわかった。
その後、もう片方を武器屋が道具屋に売っているのを見て思わず買い戻してしまったけど、彼女に渡す機会がなかったんだ…。
もうかなり前のことだから忘れてたけど、僕には……
少なからず共に過ごして共有した時間も、分かち合うものもあるんだ…。
急に胸が締め付けられる。
彼女が愛しくて愛しくて堪らなかった。
あの時……さんを気になり出した時からずっと、
僕は彼女が好きなんだ…。
おもむろに手を出すと、彼女のほっそりした顎に掛けた。
クイと上に向けるけれど、起きる気配はない。
「……さん…」
僕は彼女の頭を覆うように被さると、その淡く瑞々しい唇にキスをした。
「……」
甘くとろけそうな味わいが広がり、彼女の持った女という性を感じる。
ちろりと唇を舐めると、唸りながら唇を開ける。僕の舌はそのまま彼女の口内を犯しにかかった。
無防備過ぎる!!!
いつものように怒鳴ってやりたかったけれど、今の僕には好都合だった。
舌を絡ませて優しく吸い上げる。
瞑っている瞼が小刻みに震え、睫毛がゆらゆらと僕の本能を引っ掛けた。
そのまま引き込まれるように彼女のふっくらした唇を、何度となく貪る。
普通だったら起きるような行為をしているはずなのに、さんは何回キスをしても起きなかった。
眠り病にかかったようにスヤスヤと寝息を立て、舌を絡ませる時に少し唸るくらいだった。
あまりにも起きないので心配になり、そろそろ起こしにかかろうと最後に口付けた時、紫色の瞳がパッと開く。
「ん…」
「!!」
あまりにも突然だったので、僕は身を引くのを忘れてしまった。
僕も目を開けていたわけで(そうしないとさんがいつ起きるか確認出来ないために)、さんも目を開けたわけだから、いつもより近く視線が絡む。
それは舌を絡ませるようにねっとりとした熱いものではなく、もっとあっさりとした優しさが含まれていた。
この状況で僕は、慄くか居直るかを迷った。でもそんな事を考える余裕があるならば居直るのが正しいと思ったんだ。
瞬き一つせずに不思議そうに見上げる瞳とその甘美な唇を惜しいと思いながら、ゆっくりと離れる。
すると、さんは瞳を開けて初めての瞬きをした。
「…どうして、あなただけここにいるんですか?」
先手を打ったのは僕だった。気になる事を開口一番に聞いたんだ。
セネルさん達は帰ったのに、何故。
いつも共にいるワルターさんだってここにはいないのに。
「キュッポ達もいるわ?」
「彼らはここの住人ですから当たり前です。でも、あなたは違います。」
「でも、前に数日住んでいたわ」
「居候でしょう!」
「でも、住んでいたもの」
さんはキスの話題に触れず、その話に熱くなった。居候といえども、住んでいたにはかわりないのだろうか。
ハッと気付くと見事に彼女のペースへ引き込まれていた。それを悔しく思って顔を逸らす。
初めて会った時、僕は彼女のペースに惑わされるのが嫌だった。このほんわかした空気に纏わり付かれ、不可視のジェイがどこかに消えてなくなりそうだったから。
でも今は…おかしなくらい彼女のペースに乗せられ、居心地の良くしている自分がいる。
「いいでしょう?」
「……」
普段は僕より視線が上だからわからないけれど、さんの上目使いは僕にとって多大な効果を発揮することがわかった。
この人は、美人なはずなのに何て可愛らしい女性なんだろう。
ぐう
その時、あろうことかおさまったはずの腹の虫が鳴きだした。
「……///////」
「ああっ、そうね。私達ジェイと夕食を一緒にしようと待っていたのだわ。」
「忘れていたんですか?」
「あら、だってあまりにも出てくるのが遅いのですもの。」
「…すみません。」
意地悪く笑うさんはふっと瞳を緩ませて起き上がった。
「ジェイ、気持ちは纏まりましたか?」
「……」
「そうですか…」
纏まったものは何もない。ただお腹が減って部屋から出て来ただけ。本能に従っただけだ。
頭の中では何も解決していない。
「夕食にしましょ…」
「さん」
「はい」
「…僕は………」
声を掛けたけれども、その続きが出て来なかった。僕は一体何が言いたいんだろう。
好きだと言う?
だめだ。そんな場合じゃない。
キスしていいですか?
いやいや、さっきので十分したじゃないか。
自問自答してもわからなかった。
「…ねえ、ジェイ」
「はい、何ですか?」
「私、当分ここに住もうかしら?」
目を上げると「いい?」と問いだけな視線を向けられる。
そ…そんなこと。
拒否するわけがないでしょう。
「ずっと、居て下さい」
我が儘かつぶっきらぼうに、でも…願いを込めて。
さんはうんとは言わなかったけれど、にっこりと微笑んだ。
あなたがいれば、
その存在が近くにあれば
モフモフ族と一緒に守らなければいけないと思えば、
僕には他の仲間なんて………
いらないです…
***********
少しエロティックな感じで近付いた二人。
ジェイの心は悲しくも、モフモフ族と愛する人を守ると決めたようです。
この人が好きだとあらためて気が付いた瞬間
2008/03/28
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