仲間達の中で一人、誰かを避ける様に後ろを歩くは、戦闘中も自分の視界の端でちらつくジェイの姿を苦しい程意識していた。
集中しなければいけないと思いながら、ジェイの事を気にしてしまう。

これは完全に病気だと思った。

















、ちょっと来い。」
















立ち止まったウィルは、そんな彼女を廊下の角に呼んだ。他の誰にも話が聞かれないような場所だ。



















「何故呼んだかわかるだろう。」

「ええ、ごめんなさい。」

「どうしたんだ?らしくないな。」
















ウィルはの意識が戦闘そっちのけだったのはわかった。しかしそれは何が原因なのかわからない。
は恥ずかしそうに目を伏せると、可哀相なくらい身を縮こませ明らかに反省した様子だった。
しかし命に関わる戦いなのだから、反省したからといって問題なく連れていくわけにはいかない。


















「ごめんなさい、ウィル。私…」

「僕が原因なんです。」

















の言葉を遮るようにジェイは話に入って来た。
ウィルは問う様に視線を向ける。



















さんは僕の気持ちに気付いたんですね。それともヴァイシスさんが言ったんですか?」

「…ヴァイシスから聞きました。」

「やっぱり。」
















ジェイはさして怒ってはなく、それが当たり前かのように受け流した。


















「話が見えないのだが?」
















ウィルが苛立ったかに言ったので、ジェイは彼ににっこりと微笑んだ。


















「僕はさんにキスをしたんです。」

「…キス?」

「はい。それでさんは僕の気持ちを知って、無視できずに気になっているんですよ。」

















ウィルは目を丸くしてを見た。
彼女は恥ずかしさのあまり、先程よりも縮こまってしまった。


















「本当なのか?

「……はい、そのようです。」

















見たこともないくらい赤くなるを見てウィルは何よりも驚いた。
の心が完全になったのは、こんなにも違うことなのかと。


















「そうか…。

…俺はその事についてとやかく言うつもりはないが、戦闘中によそ見をしたり気が回っていないのを見過ごすことは出来ん。」

「はい…」

















ウィルはジェイを一瞥するとに言った。


















「今日はジェイのそばにいるんだ。その不安定な気持ちにケリをつけろ。」




「ええっ!」
「なっ…」

















とジェイは同時に声を上げた。しかしそれ以上は何も言えなかった。
殴るぞという勢いで、ウィルが睨んだのだ。
















「…わかりました。」
「……しょうがないですね。」
















二人は同時に言うと、仲間達のところに戻るために歩き出す。
















さん」

「はい?」

「もう、僕の事は気にしないで大丈夫ですよ。」

「?」

「もう、キスしませんから。」

「ジェイ…?」

















彼はそう言うとの手を握った。
は不思議そうに彼の後ろ姿を見つめたが、掛ける言葉が見つからない。








ジェイの態度がいつもと違う事に、が気がつく事はなかった。
世界を見守る者として研ぎ澄まされた力を持っていたとしても、人の感情というものは理解に苦しむこともある。
なぜならば、は自分の顔が赤くならなくなったことも気付かなかったのだ。




















































ちゃんとジェージェーがおかしくない?」

「本当。さんたら、赤くなったり白くなったりしてるよね。」

「そ〜なのよ。今までのちゃんじゃないみたいな。心が完全になるってこ〜いう事なのかな?」

「そうなんだろう。」
















ノーマとシャーリィの会話にクロエが入った。彼女達は話題にしている二人を盗み見る。
二人は無言で手を繋ぎ、てくてくと歩いている。その後ろからウィルが監視するように二人を見つめていた。
















「ウィルっちもなんか…変?」

「何で疑問系なんだ?どう見てもさっきの集まりからおかしいだろう。」

「うん、ウィルさん二人をすごい見てる。さんもジェイさんもあんまり気にしてないみたいだけど。」

「気持ち悪いね〜。ああいうの監視っていうんだよ。」

「「ノーマ…」」

「にしてもあの二人、あんな手を繋ぐほど仲良かった?」

「だよね。なんだか……今日からそういう風に見えるから、昨日ジェイさんの家で何かあったんじゃないかな?」

「うわー、ちゃん争奪戦ヒートアップか〜!」

「「ノーマ…」」































「おかしいと思わないか?」














遺跡の最奥に近づいたその時、セネルが辺りを見回して言った。
隣ではクロエが同じように遺跡を見回している。













「警戒がやけにゆるいのう。」

「私達が来ることを、考慮してなかったのでは?」












この遺跡に入ってからというもの、襲い掛かってくるのは遺跡に住み着いた魔物だけだった。
忍者の潜伏場所だというのに、何故か忍者は襲い掛かってこない。



は彼らの話を聞きながら隣で俯いているジェイを見た。
彼は遺跡の奥に近づいていく度に無口になり、今では一言も発さなくなってしまった。
昨日は様子がおかしかったけれども、朝には元に戻っていた彼が、何故遺跡の最深部に近づくと衰弱していくように顔色が悪くなっていく。
は心配せずにはいられなかった。














「ジェイ、大丈夫?」

「……さん…」












は恥ずかしくなって先程離した手を、今度は自分から出して握り締めた。
彼の手は冷たく氷のようだった。
寒い場所ではないのに不思議と冷たくて、は両手の摩擦で暖めてやった。














「大丈夫ですよ、ありがとうございます。さん。」












微かに唇を上げたようだが笑みには見えず、寧ろ苦しさを隠そうとしているのがわかってしまう。

きっと、この奥にソロンがいるから、ジェイは思い出したくもないことを思い出してしまうんだわ。
はそう確信すると、手の摩擦を強めた。













「けどさ〜、あたしらがここに来た時点で、普通は情報伝わるっしょ?」

「何か策が用意されているかもしれない。慎重に進んだ方がいいな。」

「…………」












ジェイの長い沈黙は、いつものやり取りを待っている仲間達には決まり悪いものだった。
彼の沈黙のせいで、いつもの元気が出てこないのだ。














「モーゼスさんは特に気をつけてくださいね?……とか、ジェージェーが言うはずなのに。」

「……」













ジェイは聞こえていないのか、それとも無視しているのか答えなかった。













「お〜い、ジェー坊、おつむの具合は大丈夫か?、ジェー坊はどうしたんじゃ?」













も何も答えず、困った顔をモーゼスに向けている。












「…モーゼスさんは人の心配よりも、自分の心配をしてくださいね。」

「ジェー坊こそ、ぼ〜っとしちょると足元すくわれるぞ。」

「バカ言わないでくだささいよ。モーゼスさんじゃないんですから、僕がそんなミスをするわけないでしょ?」

「何じゃとこら!」












いつもとは違った雰囲気で流れていく会話。なんだかギクシャク感がみんなに伝わってきた。













「敵地に乗り込んで騒ぐやつがあるか。」

「「……」」

「な〜んか、ぎくしゃくしてない?」












ジェイは背中を見せて、再び俯いてしまった。
それを見かねたセネルが声を掛けるが、「本当に何もありませんよ。」と言っただけで会話は止まってしまった。
仲間達はこのギクシャクした空気を纏ったまま、遺跡の最深部へと足を踏み入れていく。

最深部の左奥にある小さなドアから、彼らはある部屋に入った。
忍者がいるとしたらこの部屋しかないと思ったのだ。




ジェイは依然俯き加減で、の手を握り締めたままだった。
最初はそれに難色を示していたセネルとモーゼスとワルターだったが、ジェイの様子がおかしいので何も言わないようにしていた。
ジェイは部屋の真ん中まで来るとゆっくりその手を離し、に向き合った。














「ジェイ?」

さん、あなたはセネルさん達と一緒にいるのが一番安全です。」

「・・・?え…ええ。」

「絶対に離れてはいけません。」

「でも、ジェイ、は?」

「僕は……」







「な〜んもないとこじゃのう。」













ジェイの続きの言葉を聞く前に、モーゼスの大きな声に阻まれた。
もその声に触発されて部屋を見回すが、忍者の姿はない。













「調べても意味ないんじゃない?」

「……」













ジェイはが余所見をした瞬間に部屋の前方へと歩いていった。
それにウィルが気づき、声を掛ける。














「何か見つけたのか?」

「シャーリィさん、ここを見てもらえますか?古刻語で何か書かれています。」














シャーリィがジェイの横に歩いていった途端、他の仲間達の上に電流の走った牢が落ちてくる。
そして彼らはジェイとシャーリィを残して閉じ込められてしまった。













「お兄ちゃん!!!……うっ…」












シャーリィは驚いて振り向いたが、横にいたジェイに鳩尾へ打撃を食らわされられ気絶する。
それを目を大きく開いた仲間達が驚きと共に見つめていた。













「「ジェイ!」」

「ワレ、何しとんのじゃ!!」













彼らの叫びを無視してジェイは一点を見つめた。
そこから煙が上がりソロンが姿を現す。
















「お前……ソロン!!」

「さすが親愛なる我が弟子。素晴らしき働きでしたよ。」

「ジェー坊!どういうつもりじゃ!つまらん冗談はやめぇ!」

「冗談も何もないでしょう?だってこの構図ですよ?裏切り以外考えられますか?

バカですか?あなたはバカですか!」

「ええ度胸じゃ!ワレ、かかってこいやァ!」

「野獣にはちょうどいい檻でしょ?見物小屋でも作って、金でも取りますか?

愉快ですね!実に愉快ですよ!アハハハハハハハハハハハハハハッ!」


















「ジェージェー、ウソだよね!?」

「……」

「こんガキ!答えろ!!」

「いい!実にすばらしいですよ!あなた方の信じられないという表情!まったくもって傑作ですよ。最高ですよ。たまりませんよ!

これぞまさしく人生の悦びですね!」
















「ジェイ!待て!お前の言葉で理由を言ってみろ!」

「……」















「ぴーちくぱーちくするのは、その辺で終わりにして頂きましょう。

ジェイ、あなたは煌髪人のお嬢さんを連れて先に行ってなさい。」

「……」
















ジェイは気を失っているシャーリィを持ち上げた。




















「ジェイ!!!」




















今まで何も言わずにこの場で静観していたが叫んだ。
彼女の声にジェイの腕は震えた。
















「待って、ジェイ!どこへ行くの!?」














ジェイは悲しそうな視線をに送ると唇を密かに動かした。
それはにしかわからないくらいにほんの僅かな動きだった。
















「……ジェイ、待って!私は……」















ジェイが消え去った後、残されたの言葉は虚しいものだった。
触れぬ格子のすぐそこで、困惑した顔で立ち尽くす。ジェイが言ったのは……
















「ジェイが気になりますか?お嬢さん。」















の目の前にソロンの顔がぬっと現れた。
彼女は驚くと口を噤む。















「あなたは美しい。野蛮なそいつらとは一緒にいるべきではないですよ。」

「なんだと〜!」














ノーマが凄む。しかしソロンはそんな事を気にせずにだけに話しかけた。















「あなただけ特別に一緒にお連れしても宜しいですよ。ジェイが気になりますか?」













これが罠だとわからなくないであったが、どうしてもジェイのことが気になった。
考えあぐねたが、今はジェイとシャーリィが先決だと確信する。













私だけでも二人のそばにいけるならば……














「私も、行きます。」

「わかりました。」

、行くな!!!」














ワルターの怒声が聞こえた瞬間、ソロンが電流の間から手を出したかと思うと、構わずにの腕を引っ張った。
その数秒の合間での視界に電流が迫り、すぐ後に体中に引き裂かれるような痛みが走った。















「きゃあぁぁぁぁっ!!!」














彼女は多量の電流を浴びながらも、ソロン側へと体を倒す。意識は殆ど遠のいていた。














!!!」













仲間達が叫ぶ。しかし当のは痙攣が起こった様に時々ビクリと動くだけで、返答はなかった。















「何て事をするんだ!!!」

を離せ!!!」




「…………くくく…」

「!?」














ソロンはの体を担ぐと、笑い出した。








































「アハハハハハハハハハハハハハハッ!!!手に入れた、手に入れたぞ!!!」











































「なっ……?」

「ロンロンがもっとおかしくなっちゃったよ!!!」

「何を言っているんだ!」















ソロンの笑いは絶えず、セネル達は彼を睨みつけていた。
しかし睨みつけても状況が変わることはなく、彼らは何も出来ない。

















「私の目的は煌髪人のお嬢さんではありません。

この美しく気高い…クルザンドの ・ボラドです。」




「「何だと!!!!!」」

















ソロンの突然の告白に彼らは目を白黒させた。
の正体を知っているというのか!?

















「今、この世界で注目されているのは遺跡船でもメルネスでもない……





『selector』





・ボラドを手に入れた者が世界を制する。君達はこの王女の価値を全くわかっていないんですねぇ。」

















ニヤニヤ笑うソロンの肩で動かない
まさか各国に狙われているのかまでは視野に入れていなかった。遺跡船から彼女の情報は漏れないとタカをくくっていたのだ。

















「さて、あなたたちの驚く顔も見飽きましたし、今度はあのバカ弟子の驚く顔でも見てきましょうか。

あんなにあなた達といれば安心だと言い聞かせていたのに、この少女は聞きもしないで…」

「なっ…ジェイが言ったのか…」
















セネルは格子を触りそうになって慌てて手を引っ込めた。


















「バカ弟子は、自分の愛する女性が師匠の手に渡ったと聞いたら、人格崩壊してしまうかもしれませんねぇ。

あの煌髪人のお嬢さんとあなた方の信頼を売ってでも、守りたかったはずなのに。

















アハハハハハハハハハハハハハッ!!!」


























ソロンは最後に盛大に笑うと、煙幕を上げてその場から消え失せる。
そこには彼の高らかな笑い声と、失望を浮かべた仲間達が取り残された。


























******************

守りたかったもの。
それが崩れ去ったと知ったとき、ジェイはどういう気持ちになるのでしょうか。

ソロンは完璧主義者ですよねぇ。
きっと自分が完璧だと思ったものは手に入れたがるはず(笑


2008/04/01





130へ