お日様も一番上に上がったお昼時、私はマダムミュゼットに呼ばれて彼女のお屋敷へと向かった。
どんな用件かは考えなくても分かる。
ヴァイシスのことだ。
彼は私と違ってまるまるクルザンドの宝石のようなものだから、この遺跡船にいることは望まれない存在なの。
「だからー、俺と一緒に空き部屋でも借りて二人で住もうよ?」
「……私はそんな話をするためにここに来たわけではないのよ。」
敷居を跨ぐと、待ってましたとばかりにヴァイシスがまとわりつく。
ヴァイシスはこのお屋敷の居間をねぐらにしているから、ここに来るという事は必然的に彼に会うということなのよね。
何故居間かって?
お部屋はハリエットとシャーリィが使っているから、彼は男の子だし居間でいいって言ったみたいよ。
「……聖王陛下は、自室でお待ちだよ。」
「そう。」
「…俺も呼ばれてるんだ。一緒に行くよ。」
彼はそう言うと、私に着いてきた。
トントン…
「お入りなさいな。」
ドアを叩くと中から優しい声で返事が聞こえた。
私は息をつくと、ドアノブに手を掛けて開ける。
『失礼します。』
私達は同時に言うと、部屋の中に足を踏み入れた。
中はとても豪華な作りになっていて、たくさんのお花に囲まれている。
そしてマダムミュゼットは天井から多くの布が組まれ弛む天蓋ベッドに身を横たわらせ、何かの本を読んでいた。
「いらっしゃい、さん。お二人でそこにお座りなさい。」
「ありがとうございます。」
勧められるがまま、小さなソファに腰を降ろす。
「今日呼んだのは、ヴァイシスさんのことですよ。」
「聖王陛下!!」
「…分かっています。私も、仲間から注意されましたから。」
「そうですか。」
「注意って……あ、ジェイだろう!?」
「黙りなさい、ヴァイシス。」
「…う……は恐いな……。」
私はヴァイシスを黙らせると、マダムミュゼットと向き合った。
「ヴァイシスさんは無断で遺跡船に来たそうですよ。」
「……そんなことだろうと思っていました。」
ギロリとヴァイシスを睨む。
「マダムミュゼットにご迷惑をおかけして申し訳ないと思っています。」
「いいえ。でもこの方がここにいるのはとても危険な事ですから、守ってあげなければなりません。」
「それは…!!俺は大丈夫です!!!」
「黙りなさい、ヴァイシス!!!!」
「……。」
「…それか、帰国させなければなりません。」
「はい。」
「でもヴァイシスさんにとって遺跡船にいることは、とても多くのことを学ぶ機会になると思います。ですから、もう少しここに居ていただこうと思っています。」
「えっ…?」
マダムミュゼットは、私が思っても見ないことを口に出した。
私が口をパクパクさせて驚いているのを余所に、ヴァイシスはガッツポーズを出す。
「しかし、少しの間です。その期間が終わったら私の一任でレクサリアに戻ってもらいますよ。」
「ヴァイシスをレクサリアに?」
「ええ。ちょうどお忍びで留学に来ていたみたいですから。」
彼女はにっこり笑うと、ヴァイシスを見た。
「頭の良いあなたでしたら、これがどういうことかお分かりでしょう?」
「わかっています。でもそれは、がここにいる時点で成立してると思いますけど?」
「そうかしら。でも、あなたの方がずっと……いえ。…私にその気がなくても、レクサリアの者達はそうなのですからね。」
「……まあ、ここに来たのは俺の気分ですから。そんな事構いませんよ。困るのは父上達だし。」
「ヴァイシス!!」
「お父様がお嫌いなの?」
「…嫌い、大嫌いです。」
「ヴァイシス!!」
ヴァイシスがヴァル兄様のことをこんな風に思っているとは知らなかった。
私は彼の顔を覗く。
「ごめん、でもそうなんだ。」
「……。」
「…さあヴァイシスさん、これからはさんと二人でお話させてもらいます。退出していただいていいかしら?」
「わかりました。」
ヴァイシスは頷くと、静かに部屋を出て行った。
「ヴァイシスは一種の人質なのですね。」
「そうはしたくないけれども、そうなってしまうのよ。」
「はい、分かっています。私達クルザンドの人間はとっても身勝手です。」
「さん……。」
「わかっている、わかっているのです……。」
「そんなに思いつめては駄目よ。ヴァイシスさんには、ここでのあなたの生活を見てもらったらすぐレクサリアに還す予定ですからね。」
「はい、ありがとうございます。」
「…ところで、さんはまだ帰らないのですか?」
「え……。」
マダムは本をパタンと閉じて私を真っ直ぐ見つめた。
それに戸惑いを覚えると、思わず目を逸らしてしまう。
「まだ、ここでやることがあるのね?」
「はい。私がレクサリアの迷惑になっているのは分かっています。でも…」
「さんは身が知られていないから大丈夫よ。だから思う存分、自分の知りたい事を知りなさい。」
「マダムミュゼット……」
マダムは優しく包み込むような微笑をくれる。
この前まで敵対していた国の王女だというのに、この方は寛大にも保護してくださった上に母親のような愛情まで下さる。
なんて、素晴らしい聖王なのでしょう!!
感慨に耽っていると、下の今から大きな声が聞こえてきた。
「9年間も放っておいて!今さら父親面しようなんておかしいの!命令ばかりして、ハティはあいつのなんなのよ!
あんなやつにハティと口を利く権利なんてない!あやまりもしないし、全部自分が正しいと思ってるんだから!
ほんと、いらいらする!」
ハリエットの声だわ。
それも凄い勢いで足を床に打ち付けてる。
「マダム、ハリエットが…」
「また喧嘩みたいね。」
「私、見に行ってきます。」
「ええ、お願いね。」
私はそそくさと部屋を出た。
本当は少し助かった気がした。
だって、これ以上クルザンドに帰ることを考えなくていいのだもの。
……でも私、いつからこんな故郷に帰りたいと思わなくなったのだろう?
「言いたい事があるなら我慢しなくていいよ、聞いてあげるから。」
「体当たりしたかったら、俺が相手になってあげるよ?」
「さすがシャーリィとヴァイシス君!よくわかってるわ!」
「おいおい」
再びハリエットの文句が飛び始める。
私は出て行くタイミングを失うと、階段の上で文句の大部分を聞いた。
親の義務も果たさないで言いたい事だけ言って……か。
私から見ればウィルはハリエットに対して、見えないところでたくさん親の義務を果たしてる。
でもそれは彼女に見えてないだけであって真実だから。
疑いようの無い真実……だけど、それをハリエット本人が確認しなければいけないのよね。
難しいわ……。
「ウィルにも考えがあるんだろう。それで、ウィルと何があったんだ?」
「そうだよ、ハリエット。俺にも話して欲しいな。」
「……行くなって言われたの。」
「どこにだい?」
「たくさんお花が咲いている場所。すっごい綺麗なんだよ!!」
ここら辺で話に入れるかしら。
私はトントンと階段を降りると、ハリエットに問う。
「どこにあるの?街の外?」
「…!……うん。」
「ウィルが止めるのは当然だな。」
「だけど、そんなに遠くじゃない!」
「街の外は危険なのよ、ハリエット。」
「の言うとおりだ。特に最近は魔物も凶暴化しているしな。」
セネルがそう言うと、ハリエットはマシュマロみたいな頬を膨らませて私達を見る。
「ウィルさんはハティのこと心配してるんだよ。」
「!!絶対そんな事ない!あいつはハティのこと嫌いなの!だからハティのすることにケチをつけるのよ!!」
そう言うと、口を尖らせる。
「それに、理由があるんだから!」
「理由?」
ハリエットはこくんと頷くと、私達を見回す。
「この花飾りのお花を探してるの。ママがよく話してくれたの。このお花が咲いてる場所があるって。」
彼女はくるりんと体を回すと、私達に花飾りがちゃんと見えるように頭から取ってくれた。
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国と国と対立は、聖王陛下の一言でどうなるわけでもありません。
特にクルザンドの場合は、他国を鬩ぎ立て戦争を起こして領地を乗っ取ったりした上で、あんな事件を起こしたものですからなかなか難しい事でしょう。
それなのに次の次の王様候補のヴァイシスが無断で遺跡船に来ちゃったのは両国間にとっても多大なる問題な訳です。
だから一時的人質扱いになって、再び戦争を起こさないような密約が結ばれているはず!!!
きっと、聖王とヴァル兄様の間で!!ヒロインはこの件に関してなんの役も買っていません。
うっわー、説明的に(笑)
2006/09/28
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