みんなが自分の事省みず、と私の事を怒るけれども、本当にそうなのかもしれないわ。
でも、体が勝手に動いてしまうのよ。
だから……それがなのだと諦めていただくしかないの。
うっすら目を開けると、高い天井が視界いっぱいに広がった。
ここが蜃気楼の宮殿だということはすぐにわかったが、は起き上がって確信を持とうとは考えなかった。
体中が引き裂かれたのではないかという痛みが走り、指一本動かすにも気力がいるのだ。
「はぁ…」
辛うじて動かせる口で溜め息を吐く。
これは自分自身への溜め息。こうやって体を労らない・ボラドを馬鹿にしたもの。
何故この様な状況になっているか思い起こす。
何らかの理由でジェイが自分達を裏切ってシャーリィを攫い…、彼の言葉が頭に残って。
そしてまんまとソロンの罠に嵌まったのだった。
「気分はどうですか?」
「!!」
掛けられた声に驚いて目をキョロキョロと回すと、ソロンはの後ろから回り込んで来た。
彼はニヤニヤ笑いを隠すことなく彼女を見下ろした。
「喋るのも億劫ですか?」
「……
…あなたの目的は、何ですか?」
はそう言うと咳込んだ。
揺れる体は激痛を伴い、頭がぼーっとする。
「私の目的は、あなたを手に入れることです。」
「私を…?」
ソロンの言葉に体の痛みを忘れて身を起こしかけたが、激痛が走り、は唸って身を丸めた。
「ジェイは私の目的を達成するために素晴らしい働きをしてくれましたよ。あなた方の目くらましに煌髪人のお嬢さんを攫い、あなたの守りを手薄にしましたからね。」
「……」
「・ボラドさんは今、この世界で1番重要な人です。命を狙う国もありますがね、あなたを殺す事は出来ないんですよ。」
ソロンはニヤニヤを強くし、は彼を睨み上げた。
「おやおや、そんな恐い目で見ないで下さい。でもその美しい顔で何をされても見惚れてしまいますよ。逆効果です。
私は完璧なものが好きでしてね。勿論、私も完璧なのですが。」
ソロンに何をしても無駄だと思った。今の自分では睨むことしか出来ないが。
「あなたは運命を全うするまで死ねないんです。」
「…え…それは…」
どういう意味ですか?
彼女はソロンの言い回しに疑問を持った。
「そう、『選択者』は運命を全うして散るのですよ。
あなたがこの世界からいなくなる程、勿体ないことはないですね。
世の中の女性があなたのように完璧な美しさと頭脳を持っていれば、もっと愛らしいモノになるというのに。」
「私は、死ぬの…?」
「ええ。これはある狂人が書いた本の言い伝えですがね…」
ある狂人が書いた本、それは有名な本だったなど頭に浮かべながら、彼女はある一つの言葉に囚われてしまった。
『死』という言葉だ。
「そう、死ぬの。」
今まで何度も死ぬ目に合って来たが、これ程までに死を近くに感じたことはなかった。
しかしソロンに言われ、大陸の諸国が己の存在と運命を自分よりも知っているのかと思うと、そうなのだという根拠のない確信が持てた。
自分はこの運命のために生きて死んでいくのだと思うと、ここで瀕死になりながらも生きているのが虚しかった。
「狂人の本など、当てにはならないですがね……」
「……」
にはもうソロンの声は届かなかった。
彼女は張り詰めていた気力をを手放したのだ。
「また真っ暗。」
起き上がった時は傷も綺麗に消え、痛みなど感じなかったが、立っていた場所は蜃気楼の宮殿ではなかった。
この真っ暗な場所はきっと、シュヴァルツに会うために用意されたのだとわかる。
その場に立ち尽くしていると、何処からともなくカツンカツンと靴音が聞こえた。
「私に何か?」
「…そなたが呼んだのであろう。」
「私が……?そう、そうかもしれないわね。」
はシュヴァルツの言葉は正しいと思った。
彼女自身聞いてみたい事があったのだ。
「私は一体、この世界のために何をすればいいの?」
「選択をするのだ。」
「それはもう、知っているわ。」
「それ以外の何者でもない。そなたは選択者なのだから。」
的を射ない返答に苛立つと、は唇を噛み締めた。
選択をしろなど言われても、何を選択するのかもわからない。
その時まで、何もわからないという恐怖に駈られ、びくびくと生きていかなければならないのだろうか。
「私が聞きたいのはっ…」
「その末路か?」
シュヴァルツは静かな声で言った。
元々感情のない声が、このシンとした闇に溶け込み、の恐怖はさらに増した。
聞きたくない、と思う。
しかし聞かなければ、とも思う。
どちらにしろ相当な覚悟がいった。
「……ええ、教えて。」
不自然なくらい間を置いた後、が言った。
普通の者ならが考えて悩み抜いた上の言葉だとわかっただろう。そういう時は真相を話す側も躊躇いが生まれる。
しかしシュヴァルツはそれがない。
彼女には正しい時間の間隔がないので、不自然な間というものは存在しないのだ。
「選択者は消える」
シュヴァルツの言葉には息を飲んだ。ソロンから聞いた言葉を、そのまま聞いたのだ。
それは確実に確信となる。
「…」
「それを、聞きたかったのだろう…?」
「……ええ。」
は深呼吸をして心を沈めた。
ここで泣き叫んでも何もかわらないのはわかっている。だから心を乱すわけにはいかない。
死ぬのなら、この世界から消え去るのであれば……
…私は、私らしく生きてみせるわ。
は自分の生き方に決定打を撃った。
「ありがとう、教えて下さって」
「……」
自分をじっと見つめているシュヴァルツに微笑み掛けると、は一段と明るくなったようだった。
「もう行くわ。」
「そうか」
は再び微笑み、シュヴァルツの前から去った。
彼女が去った後も、シュヴァルツはその場所をじっと見つめていた。最初は混乱した顔で疑問系、次は何かを決心したような微笑み。
「人は強い、変われる、
グリューネが昔、言った気がするな…」
彼女はそう呟くと、闇から消えた。
は再び気が付くと上半身を起した。
今度は痛みも少し消え、立ち上がれないにしろ起き上がって壁に背をもたれることは可能だった。
「っ…はぁ…なんとか、少しは起きれるみたい。」
彼女はそう言うと、辺りを見回した。
気を失う前に近くにいたソロンはもういない。彼女を置いてどこかへと行ってしまったようだ。
「そうか、ここにはジェイもシャーリィもいるのだものね。きっと二人のところに行ったのでしょう。」
は一息吐くと再び辺りを見回した。
ここが蜃気楼の宮殿であることは間違いない。しかし、ここは一体どの辺りなのか検討がつかなかった。
以前来た時にくまなく歩いたはずなのに、見たことがない場所なのだ。
「ここは……」
「話が違うじゃないか!」
えっ……
突然聞こえたのはジェイの不満な声だった。
その声には少しの恐怖と、焦りが含まれている。
ジェイがいる……?
はどうにか立ち上がろうとしたが、なかなか上手くいかず痛みに悶えた。
動かぬ体を疎ましく思い、握った拳を振り上げる。
しかしそこを叩くわけにはいかなかった。これ以上痛みを増やしてもどうにもならないからだ。
「私はどうすることも出来ないのね……」
寧ろ足手まとい……
その言葉が頭を付いて離れなかった。
「ちゃんと仕事はしたんだ。モフモフ族のみんなには手を出すな!」
「おや?そんな約束を誰がしましたか?夢でも見ていたんじゃないですかね?」
「ふざけるな!」
ジェイは怒りを露にして体全体で抗議を示した。
しかし彼はそ知らぬ顔でニヤリと笑う。そして、
バシン!!!
「げほっ……けほっ……」
ジェイは腹を殴られると、苦しそうにしゃがみ込む。それを見ていたシャーリィは顔を歪めた。
「口には気をつけてくださいね。私は気が短いんですから。
その辺のことは、よ〜く知ってるでしょうに?」
ジェイはゆっくりと立ち上がるとソロンを睨み上げた。今まで見たことがないくらい、憎しみを込めた顔だ。
ソロンはその顔に一種の高揚感を覚えた。我が弟子は、こんなにも自分の知らないモノになったのだと。
「あなたはクズだ!」
パシン!!!
彼の高揚感はどんどんと高まっていく。
自分の知らないモノが知れていくのに、こんな楽しいことはない。
パシン!バシン!!!
頬を叩いて腹を殴ると、地べたに這う弟子を蹴りつける。
楽しい、楽しくてしょうがない。
これは、何年も忘れていた楽しみだ。
「口の利き方には気をつけろと、言ったばかりだろうが!!物覚えの悪いガキだな!!」
「やめて!もうやめて!!」
彼の口調に、その行動に、目の前に横たわるジェイに触発され、シャーリィは恐怖で体が震えていた。
青い瞳は潤み、涙を我慢するかに顔を背ける。
ソロンは内に溢れ出る力を感じた。心の奥底から溢れ出る、今まで気づかなかった力。
遺跡船に来たことで解き放たれた、闇の心。
バシン!!!
立ち上がって自分を見上げる弟子に再びお見舞いする拳。
ジェイは地べたに倒れこんでうずくまった。
「ん、何だ……?葉っぱか?」
そんな弟子のポケットから一枚の葉が舞い落ちた。
それは鮮やかな緑色をした大きな葉だ。生き生きとした色を艶めき、その存在を知らしめる。
「!」
ジェイは落ちた葉っぱに気づき急いで立ち上がると、拾おうとして前につんのめった。
体全体で上手く隠せたと思った時、後ろから蹴り上げられてどかされてしまう。
痛みにその葉の存在を一瞬忘れ、気が付いた時にはもう、それは彼が拾い上げていた。
「あ〜、これはあれか。星祭とはな。殺しの道具が、ずいぶんと人間らしいことをする。
さてさて、何が書いてあるのかな?」
ソロンは見ないでも何が書いてあるかわかっていた。
ジェイがずっと昔から求めてきたもの、それは師匠である自分が一番よく知っている。
術を失敗した時、怒られた時、ご飯を抜きにした時、そして、町で仲のよさそうな親子を見かけた時……
ジェイが遠く何かを求めるような瞳になる。
私がそれを気づかないわけがない。
「クククッ……ハハハッ……!
アハハハハハハハハハハハハハッ!」
「くそっ……くそっ!」
「お前は笑いの天才か!私を笑い死にさせる作戦か!」
やっぱりという思いが笑いに変わる。
どんなに求めても手に入らないものを求めるのは、ガキのする事だ。
我が弟子は、未だに何も出来ないおねんねちゃんなのだ。
私に育てられ、人を殺した時点で、一生手に入るものではないというのに。
「ふざけるな!」
「いい、実にいい!こいつは傑作だ!
煌髪人の女!何が書いてあったと思う?知りたいか?知りたいだろう?特別に教えてやろう!笑う準備はいいか?
『家族が欲しい』だとよ!!誰が?お前が?アハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
「何がおかしい!!」
「おかしいだろ?おかしすぎるだろ?これを笑わずして、何に笑えばいいんだ?
お前なんぞに、家族が出来るものか!この人殺しが!!」
人殺し。
このバカ弟子がずっと嫌がってきた事だ。そしてずっと背負っていくものだ。
人としての罪の証。
私も、お前も、そう寸分も変わらない。
「あなただけは許さない!」
「悔しかったら取り返してみろ?やってみせろよ!!
『家族が欲しい』だと?『家族が欲しい』だとよ?『家族が欲しい』だってよ?
アハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
「何がいけないんだ。何がいけないんだよ!」
「自分が一番よくわかってるだろ?道具には家族なんてできないってな!」
涙目で睨んでくるジェイ。
幼い頃からそうだ。勝てないとわかっていながらも、挑んでくるのだ。
私が正しいのだと何度言っても、こいつは他のモノと違って、何かを求めている。
だから、壊してやりたくなった。
この白い肌を、黒い髪を、凛とした音で鳴る鈴を聞いたときから。
「僕が家族を欲しいと、思っちゃいけないのかよ!」
「ああ、いけないね!アハハハハハハハハハハハハハハッ!」
私と同じに、壊してやろうと思ったんですよ。
「黙りなさい」
「?」
鈴の音を聞き間違えたのかと思った。
凛とした音で、私を否定するその旋律。
壊したくなる、その完璧な美しさ。
壊したい
壊したい
「それ以上笑ったら、私は許しません」
傷だらけで壁に寄りかかる少女は、私に強く言い放った。
その姿は、まるで女神のように強い意志を持った、輝く光。
全てを闇で染めたくなるような……
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うわ、すごく微妙なトコで切れちゃいました!!!
それもソロンの心の描写入ってるし(笑
2008/04/06
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