さん…あなたがなんで…」














最初に上げられたのは、ジェイの信じられないという声だった。
が目の前にいることで、彼が考えていた安全は全て消えたことを告げられたのだ。
モフモフ族に手を出さないという約束は破られ、もう一つの守りたかった者が、ここに…ソロンの手の内にあった。












セネルさんと一緒にいてほしいという言葉はあっさりと忘れられ、彼女はきっと僕とシャーリィさんのことでいっぱいになってしまったんだろう。
さんなら、有り得ないことではない。
















「囚われの姫君は、奥で大人しくしていなければ駄目じゃないですか。」















ソロンはジェイを置いてと向かい合った。
彼女はよろりと壁に手を着くと、少し前に踏み出す。




最初はわからなかったが、ジェイはがぼろぼろの傷だらけなのに気付いた。
彼女はその体に鞭打って、囚われの身から助ける身に転身させたのだ。

















「よくもまあ、そんな傷だらけで立ち上がれたものですね。このバカ弟子のために出て来たんですか?こいつが、笑い者になるのを止めるために?」

「くそっ…」














ソロンの後ろでジェイはから目を逸らした。













あんな大きな声で言われたんだ。彼女だって事の次第を聞き、出て来ただろう。
最も聞かれたくない人に、聞かれてしまった。

例え僕が人殺しだと彼女が知っていようとも、他人の口から彼女の耳に入ってしまうなんて。
















「楽しい。楽しくてしょうがない!完璧な者であるあなたが、こいつのために?

これも、笑わなければいけない出来事ですね。アハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

















































「黙りなさい!!私の大切な弟を笑うなど、許しません!」





































リン…!








鈴の音が響いた気がする。








の凜とした声は、宮殿を木霊した。
その傷だらけの体から何故そのような声が出るのか不思議なくらい、それは響いた。
















「弟?……」
















ソロンは不機嫌そうに目を細めると、隣で彼女を恍惚と見つめているジェイを叩き飛ばした。

















「うっ…」

「ジェイ!」















は目を大きく開いて彼の名を叫んだ。近寄ろうと踏み出した足はもつれ盛大に転ぶ。
彼女は、自分の体がいうことをきかないのを忘れていたのだ。

























「うぅ…っ」














痛さに身が強張る。









ジェイとシャーリィが助けを求めているのに、こんな近くにいるのに、私は手を差し延べることも出来ない。
結局は、何も出来やしないのだと悔しさに唇を噛み締める。









はわなわなと震える手を地につき、ゆっくりと体を起こした。



















「弟?弟ですって?こいつがあなたの弟?

あなたも笑いの天才ですか!冗談も大概にしてくださいよ、笑いが止まらなくなるではないですか!」














ソロンは笑いながらジェイの体を足蹴にした。
ジェイは反撃することなくうずくまり、その打撃に甘んじている。















……さん…」














ジェイの口がうっすらと開き、彼女の名を呼んだ。はそれに気付き、彼の唇を見つめる。

















「僕は……ううっ…」
















彼が言葉を全て発する前に、ソロンから飛び切り強い蹴りを浴びせられた。

















「もう、やめて…やめて!お願い!」
















隣に縛られているシャーリィが泣きながら叫んだ。
結ばれた腕を振りほどこうと、躍起になりながら恐怖に髪を振り乱している。

















「家族など出来るものか!弟などになれるものか!

お前はいつまでたっても、一人なんだ!

人殺しだからな!」











「ぐうぅっ…」















ソロンは数回ジェイを蹴り上げると、一息吐く。
そして今度はの元にやってきた。















「囚われのお姫様、どうですか、気分は?」

「………」

「最悪、ですかね?それはいい!弟なんて、簡単に言うものではありませんよ。家族気取りですか?」















は小さく震えるジェイを見て、深くうなだれるシャーリィを見て、最後にソロンを思いきり睨み上げた。















「あなたのその顔は、何度見てもそそられますよ。」














舌なめずりしたソロンを、今度は同情の顔で見つめたは静かに言った。















「……人殺しだって、家族は持てるわ。」

「……そうでしたね。立派に兄を殺したあなたも、未だ故郷のボラド家には家族として扱われている。」

「……」

「でも、人殺しは人殺しですよ。人殺しをした時点で、家族は家族ではなくなるんです。

一人で孤独に生きるモノなんですよ。」















ソロンは得意げに言った。
は無言で彼を見上げる。その表情は、肯定とも否定ともとれなかった。
ソロンはそれを気にする事なく言葉を続けていく。















「それに、ジェイは暗殺者です。人ではなく道具なんです。道具に家族は出来ません。」

「道具?ジェイは人よ。私が人だと言えば、ジェイは人なの。

それに、私は人殺しの過去を持って、ジェイと家族になれるわ。











……あなたも、家族になる?」















はじっとソロンを見つめた。
彼がジェイの家族が欲しいという願いに固執するのは、彼自身が家族を求めているからではないかという考えに行き着いたのだ。
ソロンは驚きに目を見開くと、少し間を空けて笑い出した。















「くくく…アハハハハ…

あなたは甘ちゃんなんですねぇ。私を見て家族になる?ですか!私とあなたとジェイで家族?暗殺人殺し家族ですか?

ハハッ…世間から疎まれて蔑まれるだけですよ!」














はキョトンとした顔でソロンを見上げた。彼の言葉があまりにも思っていたものと違うからだ。















「世間なんて関係ないわ。私達が思えば、家族は家族ですもの。」













めげずに言う彼女に、ソロンは言葉に詰まった。























この女は押しても何をしても起き上がってくる、起き上がりこぶしみたいだ。
どうしたらこんな考えにいきつくのか……

























「…ああそうか、忘れていました。あなたの考えがおかしいのは家族全員が人殺しだからでしたね。人殺し家族だからそんな考えが出来るんですねぇ。」

「…それは」

「そうですよねぇ。否定出来ないですよねぇ。」













今はヴァイシスが国を担っているので違うとも言える。しかし少し前がヴァーツラフを葬るまでは、クルザンドは人殺しの国だったことに間違いはない。
は否定出来ずにソロンを見つめることしか出来なかった。
それに気をよくしたソロンは、突然目を吊り上げての髪を鷲掴み、釣り上げた。














「っつう…!」














は髪の痛みと体の痛みに歯を食いしばる。
ソロンはそんな彼女をニヤニヤと見下ろした。















「痛いですか?あなたが変なことを口走るからですよ。

…完璧な者は全てにおいて完璧でなければ。あなたは、口以外は完璧ですからね…」














ソロン本人は気付いていなかったが、は彼から黒い霧が溢れたのを見逃さなかった。
ゆらゆらと溢れ、その量は次第に多くなっていく。














「…何を…するつもりなの?」













どうにかしなければいけないと思うが、どうすればいいかわからない。
黒い霧に対しての自分が持つ大きな力は使い方がわからないのだ。














「あなたには、私の言いなりになってもらいますよ。

そう…これもある意味家族になるということかもしれませんねぇ…」














意地悪い笑みを強くするソロンの言う意味が、には理解出来なかった。
言いなりとは…一体、何をするつもりなのだろうか。














「…っやめ…」













今まで無言で倒れていたジェイが、弾かれたように起き上がった。
しかし苦痛に顔を歪ませ、荒々しく肩で息をしている。















「さすが我が弟子、私がやろうとしていることがわかったようですね。変なところで優秀なんですから。」













ソロンは白い錠剤を口に含んだ。
それを見てジェイはポケットに手を突っ込むと、苦無を握る。














「そんな…ことをしたら、僕はあなたを殺す!!」

「言いなりになった彼女共々ですか?

…お前にそんなことが出来るはずがないだろう!!出来損ないが!!!」














ジェイは悔しそうにぎりりと歯を噛み締めると、ポケットから鈍く光る苦無を出した。
彼は今までにない強い意思で師匠を睨み付けると、言い放つ。










































「あなたを殺して、さんを取り戻す!

さんは……さんは、僕の大切な人だ!!!」










































ジェイが構えたと同時か少し早いくらいに、ソロンはを掴んだままジェイの目の前に移動した。
そしてジェイが苦無を放つ前に、彼を思い切り殴り倒した。


















「大切な人だと?弟だと言われてもなお、この女が好きですか!」


















ソロンの怒声が部屋に響く。はそれを背中で聞いた。


















さんが家族になってくれるなら……弟でも、何でもかまわない!」
















ジェイは仰向けに腹を足で押さえつけられ、苦無を持った手を複雑に掴まれている。
彼との顔は向かい合わせになり、お互いの表情が読み取れるくらいだった。
















「健気ですねえ。私はとても関心しましたよ、ジェイ。

それならあなたに良い役目を与えてあげましょう。

実験です。

・ボラドは運命を全うする前に死ぬのか、死なないのか。あなたが証明出来るんですよ。」



「!?」















ソロンはおもむろにジェイの手を持ち上げた。苦無が握られている方の手だ。
















「っ…やめ…」

「さあ、どうなるんでしょうねぇ…」







































「やめろぉぉぉっ!」






















































ズシャァッ……




















































苦無はの胸に刺さった。そこからは血が溢れ、彼女の服を朱に染め上げていく。
ジェイは掴まれた自分の腕越しにそれを見つめていた。
























「……ああ…あ、僕が、さんを…………う…ぁ……」



「そうですよ。あなたがやったんです。」


























ジェイは自分の腕に流れてくる赤い血を感じた。
鮮やかな赤は、温かい。




























































「っ…うああぁぁぁぁぁぁっ!」























































ジェイは掴まれていない自由になる手で自分の目を覆った。
そこから逃れるように、目を逸らせるように。















しかし、もう片方の手で感じている彼女の血の温もりから感覚を逸らすことは出来なかった。























今まで何度も味わってきた人の生の象徴である血。
大切な女性であるの血は、他の誰よりも温かく…・・・いや…熱く、強い生を感じる気がした。
























******************


痛い〜!
(笑)とこで終わってしまいました^^;
本当に痛そうですねぇ…。ごめんなさい。

ヒロインに負けそうになったソロン様はちょっと言い訳がましく躍起になってます。
そしてシャーリィの出番が少ない…!!!


2008/04/07






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