ジェイはの胸に刺さったままの苦無から無意識に手を離した。
それは彼女の胸からつぷりと抜けると、軽い金属音を上げて床に落ちた。
カラン…
ソロンはそれを見てとると、ジェイの手を離し、腹から足をどけた。
そしての髪からも手を離す。
くたりとうなだれた彼女の体はゆっくりと床に倒れ込む。
そしてその場でぴくりとも動かなくなった。
「……興ざめですね。『selector』の力がこんなものだったとは。」
ソロンは周囲を見渡した。
目の前には再起不能となった弟子、後ろにはボロボロと泣きながら呆然としている煌髪人の女。
選択者の生は消え、これは興ざめとしか言えなかった。
「さて、大切な『selector』を殺したあなたにも、死んでもらいましょう。
残念でしたね!あなたの家族になってくれる人は、もういませんよ!アハハハハハハハハハハハハハハッ!」
彼はそう言うと、最後の仕上げにジェイを消そうと刃物を取り出した。
それをジェイへ向けたその時、
ドンッ…
ソロンの刃物に何かが当たり、吹っ飛んだ。彼は衝撃に驚き後ずさる。
ジンジンと痺れる腕を押さえ飛んで来た方向を見ると、そこには愛玩動物のような姿をしたモフモフ族が、険しい顔で立っていた。
「笑うのはそこまでキュ!」
彼らはその短い足を必死に動かして走り、ソロンと微妙な距離で立ち止まった。
そしてジェイを見る。
ジェイは放心状態をゆっくり解くと、モフモフ三兄弟を見た。
「三人とも……なんで…」
「キュッポ達だけじゃないキュ!」
「モフモフ族みんなでジェイを助けに来たキュ!」
「……」
ジェイは両手で顔を覆うと、その隙間から目の前に横たわるを見た。
モフモフ三兄弟もジェイに釣られてそちらを見、驚愕する。そこには、胸から血を流したが横たわっていたからだ。
「さん…キュ?」
「血が出てるキュ…」
「危ない状況だキュ…」
彼らは口々に言うと、ソロンを睨んだ。
「ソロン!!」
「絶対に許さないキュ!」
ソロンはさも楽しげにニヤリと笑うと、ジェイを蔑むようにしながら彼らに言う。
「勘違いをしてもらっては困りますよ。それは、ジェイがやったのですから。」
「「「キュ!?」」」
三兄弟はピクリと止まると、恐る恐るジェイを見た。
ジェイはその視線に耐えられぬ様にからも目を逸らした。
「……嘘だキュ。」
「そうだキュ。ジェイがさんにそんなことするはずがないキュ。」
「ジェイはさんが好きで好きでたまらないんだキュ!」
三人はソロンの言葉を信じることなく言い放った。
内心舌打ちをしながら、ソロンは言葉を続ける。
「ジェイが目を逸らしたのが証拠ではないですか!彼はあなた達の目を真っ直ぐ見れないはずですよ!自らの手で、彼女を刺したのですから。」
ソロンの言葉にジェイは唇を噛み締めた。悔しそうで悲しそうな表情だ。
「ジェイがやったのは本当かもしれないキュ。」
「でも、それはジェイの意思じゃないキュ!」
「ソロン、お前の意思キュ!
突撃〜っキュ!!!」
三人は両手を上げてソロンに向かっていった。
今度こそ舌打ちしたソロンは煙幕を使っての横に現れる。
「キュ!」
彼らは急ブレーキをかけると、ソロンが現れた方を見た。
「こんなにも取り乱しているジェイを見て、そんなに信じられるとは泣かせてくれる。」
「ジェイは家族キュ。キュッポ達の家族キュ!」
「いつだって信じることが出来るんだキュ!」
「それが家族ってものだキュ!」
三人が再びソロンへ突撃しようと構えた時、の手がピクリと動いた。
そしてそのまま、両手でソロンの足を掴む。
「…そうよっ…ジェイは無理矢理やらされただけだわ…」
「さん!!!」
三兄弟が嬉しそうに叫ぶ。そしてジェイの顔も、心なしか驚きと嬉しさが浮かんだ。
「やはり死にませんでしたか。」
「実験ありがとうございます。私は、これくらいでは死にません。」
はソロンを掴む手を強めた。彼が少しの間でも動けないようにするためだ。
「今よ!ポッポ!」
の声にポッポはシャーリィの元へ走る。そして縄を切ってやった。
「ジェイを頼むキュ!」
その言葉にシャーリィは頷くと、落ちていた葉っぱを拾いジェイの手を取った。
ジェイは促されるままに引かれ、覚束ない足でシャーリィと一緒に走り出す。
「さんは任せるキュ!」
「ジェイとシャーリィさんは逃げるキュ!」
二人は彼らの声を背中で聞きながら、一目散に入口に向かって走って行った。
「我が下僕達よ、いでよ!」
ソロンは右手を上げて仲間の忍者を呼んだ。
しかし、誰一人出てはこない。
「?」
「残念だキュ。
他の忍者は抑えてあるキュ!」
ソロンは目を細めて三人を睨んだ。
「ラッコが粋なことをしてくれる。」
ソロンは黒い霧を噴出し出した。
彼自身はそんな事も気付かず、自分の力が大きく膨れ上がっていくことに酔いしれている。
「ソロンからもやが出てるキュ…」
「もやじゃなくて霧みたいだキュ。
これが……最近遺跡船を騒がせている黒い霧なんだキュ…」
はソロンの足につかまったまま、黒い霧に纏わり付かれた。
しかし彼女の周りだけは、何故か不自然に霧がうごめいている。
「さん!」
霧を払いながら、キュッポが手を延ばしてきた。
しかしお互い手を掴むことは出来ない。前が見えない程、濃い霧が溢れ返っているのだ。
「キュッポ………きゃっ…」
「さ……キュキュキュ〜〜!?」
急に目の前の霧が晴れた。
それに驚いたピッポとポッポは、そこにソロンももキュッポの姿も確認出来ず、そこら中を捜し回る。
「見つからないキュ!」
「どこに消えたキュ〜!?」
「…ここは?」
はパッと目を開けると、辺りを見回した。
すると、爪先が反り返った大きな靴が目に入る。
「やっと起きましたか。こんな時に暢気に寝ないで欲しいですね。」
「あら…?」
何が起こったのか理解出来ず、はじっとソロンを見つめた。
彼はバツが悪くなったのかふと目を逸らすと、の横に座り込む。
「そろそろ離してくれませんか?」
「え?」
最初は何の事かわからずにキョトンとしていたは、時間をかけて彼が言っているのが掴んでいる手の事だと理解した。
「ダメです。あなたがどこかにいってしまわないようにしなければ。」
「…あなたは本当におかしな人ですね。人質になっているのはあなたなんですよ?」
「そうだけれども……」
「……まあ、いいでしょう。気が済むまで掴んでいて下さい。」
ソロンはそう言うと、息を吐いた。
はそんな姿を見てクスリと笑った。それを見て、ソロンは眉間に皺を寄せる。
「何ですか?」
「いえ…師弟だなあと」
「…ジェイが私に似ていると?」
「ええ、話し方や対応の仕方がよく似てます。」
「…そうですか」
ソロンは少し嬉しそうだったので、はお喋りをしてみようと思った。
「ジェイは、あなたに似ているのでは?」
「今、あなたが言われたではないですか。」
「そういう意味ではなく……小さい頃から、という意味で。育てていく中で自分と重ねたりしているのではないかと思って。」
の言葉にソロンは返す言葉に詰まった。
彼がの言葉に詰まったのは二回目だ。さすがに二回目だと、一回目の様に誤魔化しきれない。
「重ねてませんよ。ジェイは私とは違います。
あなたといると、調子が狂いますね。」
「ふふ、ジェイも初めて会った時、そう言ってました。」
「……つくづく似た子に育ったのか。」
「ほうらやっぱり、重ねている。」
「……」
ソロンは無言で立ち上がると、を見下ろした。
「あなたも私の道具になるべきモノです。お喋りはやめましょう。」
ソロンは話を一方的に断ち切った。
しばらく沈黙が続き、が再び彼に声を掛けようとした時、彼女はソロンから絶えず黒い霧が出ているのに気付いた。
先程話していた時は出ていなかったのに、何故…
「あ…」
彼女は気付いた。
ソロンが立ち上がった時に彼女は手を離してしまったのだ。
無意識に黒い霧を打ち消していた自分の力を、彼から外してしまっていた。
「!」
溢れる霧は彼の形相を酷いものへと変えていた。
は意を決すると走り、彼を抱きしめた。
ソロンは全てが悪い部分ではない。少しでも彼に思いやりが残っているならば…
「何を…」
「霧にのまれてはダメ!あなたは、帰って来なければいけない人です!」
「っ離せ!」
「黒い霧を、私に…下さい!」
は強く強く彼を抱きしめた。
ソロンは最初彼女を剥がしにかかったが、彼女が自分を決して離さないことを見てとるとそのまま呟いた。
「気が済むまでそうしていればいい。」
彼の言葉は先程と同じだったはずなのに、その言い方は全く違っていた。
はゴクリと唾を飲み込むと、実際はどうすればいいのかわからない頭の中で「霧消えて、霧消えて!」と祈るだけだった。
「!?」
そのうち、霧がの中で浄化されていくのがわかったが、ソロンの周りはまったく晴れなかった。
それどころか霧が溢れる一方だ。
「っ…霧が多すぎて……」
はいつの間にか霧に全身を纏われ、飲み込まれていく。
「あっ…」
宙に泳いだ視線も飲み込まれると、彼女の姿は見えなくなった。
***********
ソロン様はジェイより闇に染まってますからね、きっと溢れる霧の量は尋常じゃないはず…!
2008/04/11
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