蜃気楼の宮殿の中を、シャーリィはジェイの手を握って走っていた。
いつもなら襲い掛かってくる魔物の気配もないので、キュッポ達はそれらも廃除してくれたのだろう。



あともう少しで入口に着くという場所で、繋いでいた手がびくんと反応した。
自分ではない、ジェイの手が動いたのだ。
今までは意識が虚ろ、気力だけで走っていたようだったが、その意識は戻り現実を見直したといったところだろう。















「…やっぱり、さんとキュッポ達を置いてはいけない」














彼の言葉を聞いて、シャーリィがどんなに落胆したかわかるだろうか。
年下の彼女から見ても、ジェイにはずば抜けた才能があるのがわかる。しかし同時に欠けている部分があるのにも気付いていた。
今はその、欠けている部分が出ているのだ。














「今から戻って、何か出来るの?戦うことが出来るの?」

「…だけど、みんなは僕が守らないと!僕が守らないといけないんだ!」













辛辣な言葉を後悔しながら、彼女は続けた。















「いいかげんにして!あなたが一人戻っても、さんを助けるどころか、キュッポ達のお荷物になるだけ。

私は足手まといになる人を送り出すことは出来ない」

「っ…」














シャーリィは言い返せないジェイを見据えて、言葉を続けた。














「もうわかったでしょ?キュッポ達はすごく強い。戦う力があるわけではないけど、心がとても強いんだよ。あなたとは比べ物にならないほどに」

「僕は、モフモフ族のみんなを、さんを守っているつもりだった。けど……だけど、守られていたのは僕の方だったのかもしれない」

「大切なものを守るために、危険に立ち向かえる心の強さをキュッポ達は持っているの。何かを犠牲にしたとしても、立ち向かっていける本当の強さをね。あなたを守るという気持ちは人一倍強いんだよ。

さんだってそう。あんなに傷だらけだというのに、あなたを守るために出てきたんだよ?わかってる?」















ジェイはコクンと頷いた。














「あなたの心はとても弱い。けど、その弱さの代わりに敵を倒すための力は持っている。それはキュッポ達にはないものなんだよ。

誰もひとりで全部は持っていないの。だから私達は手を取り合うんだよ。協力するの!助け合うんだよ!

だから一度、みんなの所へ帰ろう?」












シャーリィが手を差し延べた途端、ジェイはビクンと強張った。
その表情を見ると恐怖に怯えているようだ。



『裏切ったから…』



シャーリィは即座に彼の考えを理解すると、唇を噛み締めた。














「私はみんなのところに戻る。私達には力が必要なの、ソロンに対抗出来る力が。

だから、さんとキュッポ達を見捨てるんじゃないの。助けるために逃げるんだよ」

「助けるために…」

「そう。キュッポ達もさん達も強い、けれどもソロンとは互角に戦えない。だから、お兄ちゃん達に助けを求めに行くの」

「でも、僕は…」














迷いの顔、虚ろな瞳。
ジェイは自分をさらって、仲間達を裏切ったのだ。だからといって、皆の関係がなくなるわけじゃない。













「みんながあなたを受け入れないと思う?」

「…」












彼ははっとした表情でシャーリィを見た。それ以上は言わないで欲しいと言われている気がする。















「そう思ってるなら、思われる方の気持ちになったことあるの?

信じられてないって気持ちはすごく悲しいよ。みんなあなたを信じて、気にかけてくれてたよ。
お兄ちゃんもモーゼスさんも、心配してたのに。

それに、さんなんてみんなを置いてまで来てくれた…」














ジェイははっとした表情でシャーリィを見た。
その瞳からは、涙が零れそうだった。














「私達の絆は消えない。みんなもあなたを受け入れる。自分でその手を振り払っておいて、もしそう思ってるなら許せない!」

「……僕は…」

「…みんなを信じなくちゃだめ。私はそれに気付くまでたくさん時間をかけて、たくさん迷惑をかけた。後悔もしたし、苦しかったし悲しかった。

信じることが、人と人の絆になるってこと、私はさんに教わったの。昔の私と、昔のさん、今の私と今のさん…その絆は変わらないもの」

「…シャーリィさん…」

「だから、勇気を持って踏み出さないと!自分の気持ちを打ち明けないと!お互いを知って、分かり合って、信じて…人の絆はうまれるの。

待ってるだけでは何も変わらない。逃げたらもっとだめだよ。踏み出す勇気が必要なの。

傷つくのは嫌だけど、信じあえる人が欲しいなんて、そんなのただのわがままなんだよ…」

「わがまま……?

そう。わがままだっ…わかってる、わかってるんだ。みんなは僕のやった事を受け入れて、簡単に許すんだ。

そんなの、いたたまれないじゃないか。傷つきたくないに決まってるじゃないか!」













ジェイは頭を抱え込んでうずくまった。



『全部わかってる、わかってる上でやっぱり傷つきたくなくて、自己防衛反応をしてしまうんだ』



シャーリィには彼が思ってることがよくわかった。
前の戦いでは自分がそうだった。自分の殻に閉じこもって、みんなと向き合おうとしなかった。














「みんなと向き合わなきゃ。このままじゃ、嫌でしょ?」












ジェイは何も言わなかった。
しかし彼の動きは止まっていたので、自分の言葉を体全体で受け止めているのがわかった。
シャーリィは屈み込むと、優しく諭すような声色で囁く。













「今、自分と向き合えたじゃない。みんなとも向き合おうよ」

「……僕は…僕は…」

「最後は自分で決めて」






























「僕は……モフモフのみんなも、さんも守りたい」




































ジェイは噛み締めるように返事をすると立ち上がった。














「今の僕にはみんなの力が必要なんです!僕一人では、ソロンに対抗できない。

だから、キュッポ達を助けるためにも、さんを助けるためにもみんなの力が必要なんです!」












その表情は見違えるほど明るくなっていた。
シャーリィはホッとするとジェイの手を再び取る。
















「みんなのところに帰ろう!」

「はい!」















蜃気楼の宮殿を出、二人はダクトに乗った。
そして一瞬にしてウェルテスに着くと、シャーリィはダクトを降りようとした。















「シャーリィさん、待って下さい」

「えっ…?」

「セネルさん達ならきっと、モフモフ族の村にいますよ」

「…わかった。行こう!」















シャーリィはクスりと笑った。




ジェイはきっと大丈夫。もう、みんなと向き合える。
だって、こんなにもみんなのことわかってる。















二人はすぐにダクトでモフモフ族の村へ飛んだ。そしてぴょんとダクトを降りたジェイは、シャーリィに手を出した。
シャーリィは一瞬キョトンとしたが、すぐそこに手を置いてダクトから降りる。



村に入ると、入口でグリューネが待っていた。
グリューネは二人に気付くとにっこりと笑って立ち上がり、両手を広げて抱きしめた。












「おかえりなさい、シャーリィちゃん、ジェイちゃん」

「ただいま、グリューネさん」
「……ただいまもどりました」

「二人とも無事でよかったわぁ〜」











その声を聞いて、グリューネの後ろで眠っていたクロエとモーゼスが起き出した。
クロエは目を真ん丸に開き、モーゼスは二人を見据えると走っていなくなってしまった。



そのうち、モーゼスはセネルとノーマとワルターを呼んできた。
そしてそれと同時に、村の入り口からウィルが現れる。















「シャーリィ、無事か!?」

「うん、この通り無事だよ」














にっこり微笑むシャーリィに、セネルは安堵の溜め息を漏らした。














「二人は蜃気楼の宮殿から脱出してきたらしい」

「そんなところにいたのか…。…もそこにいるのか?」

「うん、さんは怪我が酷くて…キュッポ達に任せたの。でも……」

「そうか……キュッポ達だけだと……」













セネルが考え込む中、シャーリィはジェイの横に回るとその背中をぽんぽんと押した。
そして小さな声で囁く。















「何のために戻ったのか、それを忘れないでね」













ジェイは小さく頷いた。















「ジェイ…」















「やっと、やっとわかったんです。
…いつも……キュッポ達は、僕を助けてくれてました。

僕が一人にならないように、いつもいつも、そばにいてくれたんです。
帰りが遅いと心配してくれたんです。ご飯を食べずに待っててくれたんです。

ケガをすれば手当てをしてくれたんです。病気になれば必死に看病してくれたんです。
寒い夜は一緒に寝てくれたんです。ぼくと一緒は楽しいと言ってくれたんです!


僕のことを……僕のことを……家族だって言ってくれたんです!

さんだって……」













ジェイはそこで話を切ると、息継ぎをするように大きく息を吸った。












さんだって、自分のことでいっぱいいっぱいなくせに、僕を気遣ってくれたんです。
僕がわがままをした時だって、何か言いたいことはあるだろうにそれを飲み込んで見守ってくれたんです。

僕達の間に壁が出来てしまった時だって、さんからいつも歩み寄ってくれたんです。
出会った時から不思議な人で、いつもいつも振り回されて……僕らしくなく調子を崩すんです。
そう言ったらいつも笑って……


いつも、いつも嬉しそうに、楽しそうに、悲しそうに、悔しそうに、苦しそうに……笑ってくれるんです。


僕は……さんを…ううん、さんは、僕の大切な人なんです。
さんも、僕を弟だって……家族になるって言ってくれたんです。



……さんとキュッポ達は僕の家族なんです!大切な大切な家族なんです!!



さんとキュッポ達が傷つくのは嫌だ!誰かを失うなんて耐えられない!
みんなを助けたいんです!



でも、僕一人の力じゃ、僕だけじゃ全然足りない!
だから、だから!!僕に力を貸してください!!



家族を守る力を、僕に貸してください!!

お願いします!!僕に力を貸してください!」















ジェイはその紫色の瞳からぽろぽろと涙を流して訴えた。
深々と下げられた頭から揺れる髪の束が、特に印象的だった。
















「……」















セネルとモーゼスは無言でジェイの前に立った。
そしてセネルは拳を振り上げると、ポカリとジェイの頭を叩く。
















「セネルさん……?モーゼスさん……?」

「誰かを守るって決めた奴が泣くな」

「セネルさん…」

「弟を泣かしてくれた借りは、兄ちゃんがきっちり返しちゃるわ!」

「モーゼスさん…」

「家族を泣かせるやつを、ワイは絶対に許さんけんのお!」
















胸元で拳を握り締めて闘気を燃やすモーゼスを、ジェイは嬉しそうに見上げたが、次のクロエの言葉で恥ずかしそうに顔を逸らす。















「お兄ちゃんができてよかったな」

「……どうせなら、デキのいい兄が欲しかったですね。……例えば、ウィルさんとセネルさんとワルターさんを足して割ったような…」

「それもイイトコだけ割って、とかでしょ〜?ま、今はモーすけで我慢してあげなさいよ」














今のジェイの皮肉は、誰もが笑って許せた。















「面倒見のいい、素敵なお兄ちゃんよねぇ」

「確かに面倒見はいいな」

「よっしゃ!ワイの嫁になるを助けたうえで、ついでに弟を泣かしたアホタレをぶん殴りに行こうかのう!」















最後のモーゼスの言葉に、仲間達全員はずっこける。















「嫁になるって…なんだ?」














セネルはそこにつっかかると、横にいるモーゼスを睨んだ。
モーゼスは「そのまんまじゃ!」と意気揚々としている。















「あ〜っ!もしかしてだからジェージェーが弟とか言うわけ〜?」

「やっぱりシャンドルは最低だな。がジェイを弟だって言ったのを逆手にとって…」

「ち…違うんじゃ!そういうんじゃ…」

「貴様、男の風上にも置けんな」

「ワの字まで!!!」















そんな会話を、ジェイはぽかんと見つめていた。
しかし途中から笑い出すと、仲間達が見たことない程の笑顔になった。















「モーゼスさんには残念ですが、弟の意地をかけてさんは渡しませんよ。

きっと、ヴァイシスさんも僕に手を貸してくれるでしょうし」

「うっ……ヴァの字と二人がかりとはっ……勝ち目がないかもしれん」

「セネルさんも、ワルターさんも、覚悟していてください!」

「望むところだ!」

「ふ……」















男子四人は信頼の絆が深まったようだった。
それを見てシャーリィは微笑むと、ジェイを見る。
彼はもう、仲間達を裏切ったりはしないだろう。それだけは滄我に掛けて誓える。















「じゃあ、さんとキュッポ達を助けに行きましょう!」









「「「「「「おー!!!!!」」」」」」


















彼らにはもう、何も恐れるものはない。

あとは、仲間を助けるのみ……















******************

ちょっと話を変えてみました。
『絆』についてですね^^
そしていつまでもモーゼスが可哀相なキャラになっちゃってます。
ごめんなさい…!!!


2008/05/02






136へ