真っ暗闇の中を、私は浮かんでいた。
その静かな波に漂い、ゆっくりと移動していく。
ここがどこだかはわからないけれど、居心地が悪い場所だと思った。
なぜならば、人の汚い部分が渦巻いた闇だから。
……ああ、そうか…
これは黒い霧なのだわ。
そしてこの渦巻く気持ちの持ち主は………
「ソロン!」
セネル達はなだれ込むように駆け込んだ。
しかしそこにはピッポとポッポしかいない。
「ジェイ!」
「みなさん!」
二人は嬉しそうに駆け寄って来ると、ジェイとキュッポを抱きしめた。
「無事でよかった…」
ジェイは頬を緩めると、安堵した。
キュッポ達も同じ様に安堵の溜め息を吐く。
「ソロンがいないな」
セネルの呟きに皆、辺りを見回した。
この広い部屋のどこにも彼の姿は見当たらない。
「ソロンはさんと一瞬に消えたんだキュ」
「ポッポ達はこの部屋を必死に探したんだキュ。でも見つからなかったんだキュ」
困ったように眉をへの字に曲げる二人を見て、クロエは目をとろんとさせた。
そして呟く。
「かわいい…」
「クー、そんな場合じゃないっしょ〜」
そんな二人を横目にモーゼスが周囲を見回して目を凝らしたが、ソロンの姿もの姿も見当たらなかった。
彼はワルターを見つめて言う。
「ワの字、上から探してみてくれんかの?」
「言われなくとも…」
「そんな無駄骨、する必要がありません」
ワルターがテルクェスを出そうとしたその瞬間、今まで誰もいなかった部屋の中心に黒い霧が現れた。
そしてその中からソロンが顔を出す。
「うげっ…、見たことないくらい凄い霧だし」
「なんだ、これは…」
彼の影響で、部屋全体が霧に包まれる。
夥しい程のそれが、ソロンから溢れているのだ。
「お兄ちゃん…」
セネルは震えるシャーリィの手を握ると、もう片方の手で優しく肩を引き寄せた。
するとシャーリィの震えは弱まり、手を握り返してきた。
二人はお互いの手を握り締めると、ソロンを強く睨む。
「そんな顔しなくとも、大丈夫ですよ。クルザンドの王女はここにいますから」
ソロンは黒い霧の塊から足を出し、そして体全体を見せた。
すると同時に、彼の首に手を回してぐったりしているが現れる。
「!」
ワルターが叫んで向かおうとするのを、ウィルが止める。
ワルターはその手を振り払おうとしたが、すぐに舌打ちをすると大人しくなった。
「この女は何をしても離れようとしないんですよ」
「私はもう、遺跡船からおさらばしたいんですけどねぇ」ソロンがさらりと言った。
その言い方が気にくわないのか、モーゼスが眼を飛ばす。
「じゃが、あれは…」
モーゼスはソロンとの不自然さに気付いた。
何故か彼女は、ソロンから生えているように見えるのだ。は上半身しか見えない。
「同化、しちゃってるわねぇ」
「しちゃってるって、グー姉さんったら!」
グリューネはしばらく無言でソロンを見つめたが、再び口を開いた。
「ちゃんは、あなたから黒い霧を追い払おうとしているの。でも、あなたは闇に染まり過ぎてちゃんの手には負えない…」
グリューネがゆっくりと前に進み出ると、ソロンは警戒して一度消えてから後方に姿を現した。
「……近づかないで下さい。この女がどうなってもいいんですか?」
ソロンは刃物を取り出すと、の喉に当てた。そしてもう一方の手で頬を撫でる。
「この女はいくらでも役に立つ。お前達に対しても、世界に対してもなぁっ!
死ぬまで、ずっと…アハハハハハハハハハハハハハッ!」
嘲るように高笑いするソロンを見て、ジェイはぎりと歯を食いしばった。
「ふざけるな!」
「!」
ここから逃げたときのジェイとは思えない勢いで、彼は叫んだ。
ソロンは驚くと、弟子を見つめた。
「ジェイ、どうしたのですか。何があったんですかねぇ…」
「…うるさい、黙れ!」
ジェイは鋭い勢いで走り出すと、ソロンに向かっていった。
がいるために攻撃は仕掛けられないが、なんとか気を逸らそうと思っての行動だ。
「僕はもう、昔の僕じゃない!
あなたの知っている、僕じゃないんだ!」
ジェイは黒い霧に自らを投じ、の腕を掴んだ。
「僕には仲間がいる!家族がいる!信じ合える人がいるんだ!
守って、守られて、築いていく『絆』があるんだ!」
「くうっ…離せ!」
ジェイはの腕を思いきり引っ張った。
絶対離さないように、二度と離さないように強く握りしめて。
「それに、あなたにはさんを殺せない。僕にだって、誰にだって、さんは殺せないんだ!!!」
グイと力強く引っ張るも、の体はソロンから離れない。もう一度力を込めて引こうとしたその時、ジェイは胸倉を掴まれた。
「そうだ!この女を殺すことは誰にも出来ない!
しかし、代わりにお前が死ぬことは出来るんだぞ!」
ソロンはもう一方の手で刃物を振り上げると、ジェイのの頭上で構えた。
ジェイはそれでもの腕から手を離さず、寧ろ絶えず引張っている。
「例え死んだとしても…僕はさんを守る…!」
ジェイが最後に持てる力を込めてを引っ張ると、彼女の腕はソロンから外れる。
そしてソロンと同化している部分が崩れ出すと同時に、掲げられていた刃物が吹っ飛んだ。
「貴様はまだ、わかっていない」
「ワルターさん!」
ソロンの上に、黒い翼を広げたワルターがいた。彼が刃物を蹴っ飛ばしたようだ。
「そうじゃぞ!ジェー坊はワイらの気持ちがわかっておらん」
ソロンの後ろでは、ジェイの奪還を助けるかのように、その首ねっこを捕まえているモーゼスがいた。
「モーゼスさん!」
「だって、ジェイが自分のために死んだなんていったら、一生自分を責め続けるぞ」
そして、ソロンと自分の間に現れるセネル。
彼は拳に力を込めると、ソロンを殴り飛ばした。
「ぐうぅ…」
まともに喰らい床に叩きつけられたソロンは、苦しそうに低く唸った。
ジェイはその隙にを抱き抱えると、クロエに走り寄る。
「さんを、お願いします」
「わかった」
クロエはを抱き寄せ、膝に抱え込んだ。
「シャーリィさん、ノーマさん、さんに爪術をお願いします!」
「はい!」
「おっけ〜!」
クロエの元にシャーリィとノーマが駆け寄り三人でを守るように丸くなったので、ジェイは安心してセネル達の元に戻る。
「すみません、みなさん」
「ちっちっ…まちごうてるぞ、ジェイ」
申し訳なさそうに謝るジェイの肩にモーゼスが自分の腕を乗せる。
「ありがとうじゃろ!」
「……ありがとうございます」
「おーおー素直になったのう
ヌォッ」
嬉しそうにニヤニヤするモーゼスの足を、ジェイは思いきり踏んだ。
「ウィル、グリューネさん、援護してくれ!」
「わかった」
「わかったわよぉ」
セネルの声に身を引き締めると、ジェイはソロンを見据えた。
セネルの一撃が効いていると思えたのはつかの間で、ソロンはふらりと立ち上がった。
「……私は今、気分がいいんですよ。
今の行動は多めに見てあげましょう。あの女を手にするのは、たやすいんですから
あなた方愚か者達を殺した後にでも、じっくりですね…」
「……」
ソロンからは先程以上に黒い霧が溢れ出していた。
それは彼を強く、人から遠ざけるようにこの世のものではない力を与えていった。
ジェイはセネル達から一歩踏み出すと、ソロンを見据えた。
「セネルさん、ここは僕にやらせてください」
「ジェイ…」
「大丈夫、ですから」
「……ああ、わかった」
セネルはモーゼスとワルターを下げさせると、ジェイの背中を見つめた。
「愚か者はあなたの方ですよ、お師匠様」
ジェイは目を細めると、唇を引き締めた。
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138話に続きます^^
2008/05/07
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