「私が、愚か者だと?」
ソロンは額に青筋を立てると、ジェイを睨み付けた。
しかしジェイは動じることなく彼を見返す。
「はい、あなたは世界一の愚か者です」
「…強気になったものだな、ジェイ。みんながいれば恐くない、か?」
ソロンは口が裂けるくらいにニヤリと笑うと、再び刃物を取り出した。
セネルはそれを遠目に見て驚いた。
あんな大きな刃物をどこに隠し持っているのだろうか。
「あいつ、武器をいくつ持ってんだ?」
「ソロンは忍者だ、セネル。あれくらいは不思議ではないだろう」
「そうなのか…」
ソロンは刃物を構え、独特なポーズをした。
ジェイは彼と睨み合いながらポケットから苦無を取り出すと、構える。
「みんながいれば恐くない、ですか…。あなたは本当に正しいことを言いますね」
「ほほう、今頃わかったのか?私はずっと正しいことを教えて来ただろう。例えば……
お前は道具なのだと」
ジェイは睫毛を震わせて伏せた。唇も同じように震え、何かに耐えているようだ。
「お前は人殺しの道具に過ぎない。私はいつも、そう言って来ただろう?」
「……」
ソロンはくくと笑った。
ジェイの周りに微かな黒い霧が発生したからだ。
彼はそのままセネルに目を向けると、蔑んだ目で笑う。
「人を殺め、その手を血に染め、罪悪感もなく道具として生きてきた。そのようなモノとあなた方もよく一緒にいますねぇ。
アハハハハハハハハハハハハハッ!!これは傑作だ!本当に愉快だな!」
「あなたの言う通り、僕は罪もない人を殺めてきた。人殺しの道具と言われれば、その通りなんだと思います」
「そうだ、お前は人間なんかじゃない。
拳であり、剣であり、槍であり、爪術であり、殺しの道具なんだよ!
後戻りができないほど、血に染まっているんだ!」
ソロンの吐き捨てた言葉にセネルは歯を噛み締めた。
そして真っ直ぐな視線を、彼に向ける。
「ソロン!……俺達は、ジェイがお前と違って変わっていける人間だと知っているんだ!」
「私と違って…?
耳障りなことを言ってくれますねぇ。あなた方は本当に愚かだ。道具を仲間だというなんて。
道具は道具らしく人に使われてればいいんだよっ!」
ソロンの瞳がくわと開かれた。瞳は充血し、人間離れした気が飛んで来る。
ジェイはそれを耐えると、ソロンをじっと見返す。
「後戻りはできないと、確かに僕も思っていましたよ。だけど、諦めてしまった僕を、支えてくれる人がいる。受け止めてくれる人がいるんだ!」
「そんなものが何だ!過去は決して拭い去れぬものだ!
諦めて闇に身を任せろ!血にまみれながら生きていくんだ!それがお前の本来住む世界だろう!」
「あなたは本当に愚か者です。
人は変わっていくことができるんですよ!あなたみたいに、何かに固執していると、何も変わりもしない!」
「っ……ジェイ、言ってくれますね」
ソロンの形相が変化していく。それは恨みに似た別のもの。
ジェイは後ろで待機するセネルとモーゼスとワルターに目を向けた。
「セネルさん、モーゼスさん、ワルターさん」
「よく言ったのう!それでこそジェー坊じゃ!」
「いつもの貴様らしさが戻ったな」
「ジェイ、俺達が手伝う。だから、ソロンを倒そう!」
「はい!」
四人は並んで構えた。
そしてその後ろにはウィルとグリューネ。
「なめられなもんだなぁっ…」
ソロンと彼らは思いきりぶつかった。
黒い霧が舞い、ソロンの動きが早くなる。セネルとワルターがそれを止め、離れたところでモーゼスの槍とジェイの苦無が飛ぶ。
ウィルの回復爪術に息を吐きながら、彼らはソロンに向かっていく。
「全然だめじゃな…すぐ回復しおる」
「諦めるな!少しは効いてきているようだぞ」
唇を噛み締めて悪態をつくモーゼスを見て、ウィルは叫んだ。
彼の目線の先にあったのはソロンの傷だ。
それも治る様子もない。
「ジェイ」
「はい、勝算が見えてきましたね!」
彼らは治らない傷に気付くこともなく、自分達に向かってくるソロンを睨んだ。
「僕はもう迷わない!僕はもう一人じゃない!
僕は、あなたには絶対負けたりしない!!!」
*
「…さようなら、お師匠様」
目の前でぐったりとしているソロンを見て、ジェイは強く手を握りしめた。
皮膚に爪が食い込み、紫の跡をつける。少し震える肩は今言った言葉を煽るような…
若しくは悔やむような、彼のそんな心を表していた。
「これで、最後です」
ジェイの爪が光る。
彼に叩き込まれたあらゆる爪術は、このためにあったのだろうか。
ジェイの頭の隅を過ぎる。
もう 終わる
「ジェー坊から黒い霧が!」
「ジェイ!」
ジェイが爪術を放とうと手を掲げた瞬間、彼は濃い霧に包まれた。
それは、ジェイの姿が霞むくらいの霧…
真っ暗闇の中で、ジェイは葛藤していた。
「これで終わる、これで終わるんだ!これで僕は、変わっていける」
…それは違う。
「え…?」
あなたが変わるのに、過去を削除することは必要ないの。
「でも、でもお師匠様は…」
あなたは、無くしたいの?辛い思い出を全部…
楽しかった思い出だけになりたいの?
「それは…」
そんな思い出だけでは、人として変われない。
今までも、これからも全部受け止めて、自分の糧にするの。
この人といた時間も忘れてはいけない。それも、あなたなのだから。
「僕は…」
無理矢理はなしでいいの。
あなたが望んでいることを、ね。
「僕は、僕は」
ジェイ
「僕には…
僕には出来ない!!!お師匠様を殺すなんて、僕には出来ない!」
ジェイは叫びながら涙を溢れさせた。
そしてぼろぼろに横たわっているソロンを見つめる。
「僕はもう、誰も殺したくない」
その時、ジェイは暖かな風に吹かれ、甘い香りが自分を包んだのに気付く。
そして柔らかな肌と、人の温もりに包まれた。
「よく、出来ました」
「…さん…?」
ジェイは後ろからに抱きしめられていた。
耳元で囁くその吐息が、なんだか恥ずかしかった。
「ジェイが出来ないのならやめましょう。ね?みんな」
「「「「おーっ!!!」」」
の声に示し合わせたように仲間達が頷いた。
まるで、最終的には彼女がジェイに手を差し伸べるとわかっていたかのように。
「でもお師匠様は、さんに酷い事を……それに、シャーリィさんだって…」
「そんなのは関係ない。さんもわたしも気にしないよ?あなたが変わるきっかけになって、殺したくないのならしなくていいんだよ!」
「シャーリィさん……」
「ジェイは殺したくないんだろう?それで殺したら、絶対に後悔する。私は後悔しているジェイは見たくない」
「クロエさん……」
「今度はさ、ジェージェーがロンロンの変わるきっかけになってあげればいいじゃん!」
「ノーマさん……」
ジェイは三人を見て頷いた。
彼女達が言っていることは本当のことだ。それが一番の道なのだ。
「ジェイ、私達はあなたの全てを受け入れる。あなたの考えを受け入れる。仲間ですものね!だから、無理はしなくていいの」
「……ありがとうございます。さん……」
はにっこりと微笑んでジェイを抱きしめた。
そしてゆっくりと体を離すと、彼の額に口付ける。
「さん……?」
「ここからは、私に任せてね」
「えっ……」
はジェイから離れると、ゆっくりとソロンの方へ向かった。
そんな彼女を待つように、ソロンからいまだ溢れる霧は辺りを漂う。
「グリューネ」
は彼女を呼んだ。
するとグリューネは呼ばれるのをわかっていたのか、ゆっくりと踏み出した。
カツンカツンと彼女の靴音が響く。
仲間達はそれを静かに見守った。
「ちゃん」
「力を貸して、グリューネ。私だけでは、この人の霧は払えないの。ジェイの霧は払えたのだけれど……」
は手に持っていた光の玉をスッとグリューネに見せた。
グリューネは優しく微笑むと、その玉に手を乗せての手を握る。
「力を貸しましょう」
グリューネであるはずなのに、彼女の声ではないものが聞こえた。
はびくんとすると、彼女の手を握り返す。
「ジェイの玉から、小さな思いが…」
「ジェイちゃんの、彼への思いかしらねぇ」
いつの間にか戻ってしまったグリューネを見つめて、はソロンを見つめた。
彼は薄目を開けて苦しみに喘いでいる。
「私が、助けてあげます」
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139話に続く〜(笑)
2008/05/09
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