そよそよと吹く夜風に当たりながら、私は誰にも見つからない場所へと移動した。
そう、誰にも見つかってはいけない。














セネルにも、ワルターにも、ジェイにも、モーゼスにも…みんなにも。














私達は蜃気楼の宮殿から帰って来て、山賊の野営地に向かうとそのまま馬鹿騒ぎに移っていった。
成人していないみんなはお酒を飲むために、ウィルを盛り立てて盛り立てて盛り立てて……
杯をどんどんと注いで酔わせてしまったの。




ウィルがばったりと倒れこんで寝てしまうと、保護者である彼がそこにいるのを良いことに、みんなはお酒を飲み始めた。




と言ってもね、
男の子四人組(セネルとワルターとジェイとモーゼスね)は積もる話があるのか円になってお酒をちびちびと飲みながら語りだし、女の子達も三人で固まって何かを話し始めたのよ。
山賊のみんなはグリューネにたくさん飲ませてストリップショーを始めないかドギマギしていたりして……。
(女神がお酒に弱いはずがないのに)














それぞれが楽しそうに過ごして、私を一人のけものにしてくれたわけなの。

まあ、大切な人とあう約束があったから都合がいいのだけれど、ちょっと寂しいわよね。








































「う〜んっ」


















背中を反らせて空を見上げる。
たくさんの星がいつもと同じように私達を祝福するように見下ろしている。

















「今日も美しいわ」
















だから私もいつもと同じように彼らに声を掛けた。

















「……王女が木登りするとは、聞いた事がありませんね」

「王女が木登りしてはいけないなんて決まりはないわ」
















後ろから掛けられた声に答えると、私はクスクスと笑った。
するとバツが悪そうな表情が近づき、その義手を外して銃口を私の首に付ける。

















「私を逃がした事を、後悔しましたか?」

「いいえ。していないわ」
















彼は私の答えを聞くと、溜め息を吐いて銃口を離した。そして義手をはめなおして私の顎の下に手を置く。
クイ、と上げられて彼の顔を見ると、何とも複雑そうな顔をしていたので笑いたくなってしまった。
けれども彼のプライドを傷つけるわけにもいかないのでそこは耐えてみせる。















「…耐えられても、プライドは傷つきますよ」

「あら、ごめんなさい」














舌を出して謝ると、彼はじろりと睨んだ。















「……写本を確認してきましたが…」

「え?」

「ある狂人が書いたものの写本ですよ。あなたの事を知るための資料にと持ってきていたんです。それを確認しましたが、『serecter』は死にませんよ」

「!」














今度は声が出なかった。
















「…死なない?」

「死ぬ気満々だったんですねぇ。

まあ、これはあくまで私の仮説なのですが……書かれていた部分『選択スル者、チカラシぬ』は力を失うということではないでしょうか」

「……そうね、そうとも考えられるわ」

「まあ、やっぱり死ぬかも知れませんがね」














彼は意地悪くそう言うと、ニヤリと笑った。
私は上目遣いで彼を見つめると、拗ねたように言う。
まあ、実際は拗ねているもの。彼は肝心なことをしてくれない。
















「その写本をくれればいいのに」

「……それは出来ません。あなたの行動が狂人の本なんかに洗脳されては困りますからね。あなたには、自分で考えて行動してもらわなければ面白くない」

「……面白いとかの問題じゃ…」

「あるんですよ、私には。不確定な未来が私の心を満たしてくれる。

……私の願いが、いつか叶うかも知れませんからね」
















彼は私から目を逸らすと、星空を見上げた。
きっと何十年ぶりに見上げたのだろう。食い入るように見入っている。
その横顔は純粋で、若々しく見えた。















「あなたの願い、当ててあげるわ」

「!!」

「これは私からの意地悪返しよ、取っておきなさいね」















彼の首元を引っつかむと、そのまま引き寄せた。
そして、
















「ジェイに殺されること」
















と言ってあげた。
















「……」
















絶句した彼の顔は可笑しいと思う。
だって、見た目とか色々、全くジェイとは違うのにも関わらず、同じに見えてしまうのだもの。
私は首元をパッと離して可愛らしく微笑んであげる。すると彼はここに来た時と同じバツの悪い表情を見せた。

















「『serecter』とは、なんとズルい者でしょうかね」

「存在が?」

「…訂正しましょう、そのズルがしこさはあなたの持って生まれたクルザンドの気質なんでしょうね」

「うふふ、そうね。そうだわ」

















彼はふと物思いに耽ると私を見た。
それは、一生の秘密を話してしまおうか、という感じだ。


















「…ジェイは私があの… 「待って!」

















彼の告白を遮ると、私は彼の口を塞いだ。


















「私は何も聞かないし、ジェイにも言わない」

「っ、離してください。……知っているのですか。何故…」

「ヴァイシスからの情報でね。でも、ジェイの出生の秘密は彼には言わない。少なくとも今の彼には」

「……ジェイとあなたをくっつけるいい機会なんですがねぇ」

「あら、いつからあなたは弟子思いになったのかしら」

「ふ、最初からですよ」
















彼は素早く木から飛び降りると、私を見上げた。
その顔には闇はない。恐怖もない。
















「私は大陸に戻ります。仕事がありますからね。

まあ、怪我しない程度に頑張ってくださいよ」

「ふふ、ありがとう。ソロン」

「……」
















彼は風のように消えた。



















私はもう一度夜空を見上げてソロンの純粋な横顔を思い出した。

彼はきっとこれからも死ぬまで暗殺稼業を続けるだろう。でも、それがソロンの選んだ道なのだ。
願わくば、彼を殺すような日が私にもジェイにも来なければいいけれど。
















「ジェイに殺されれば、恐怖に打ち勝てた」













そう思うなんて、残酷なんだか優しいんだか。
















「でも、ジェイは絶対あなたを殺す日は来ない。私がさせないわ」














だから、精一杯生きなさいね。ソロン。

















































































さん!!!」


















木からおりてしばらく街を散歩していると、遠くからジェイの声が聞こえた。
自分から行こう迷ったけれど、ジェイの方が走るのが早いので彼が追い付くのを待つことにした。

















「一人でどこに行ってたんですか?」

「散歩よ。夜空が綺麗だから…それに」

「それに?」

「みんなが私をのけ者にするのだもの」
















拗ねてみせると、ジェイはクスリと笑った。
自然と出るようになった微笑みを、ずっと忘れないでほしい。















「それは、すいませんでした。さんが一人なら、僕が相手しにいけばよかったです」

「嘘おっしゃい」














楽しそうに四人で話していた姿が思い出される。
仲良く手を打って、絆を深めていたじゃないの。















「あはは、バレましたか」

「見ていればわかります!」
















女性にははわからない男性の絆。
それは深く、ちょっとやそっとのことでは崩れたりしない。



きっと、女性と男性のつくりが違うからだろうけれど……。
昔も思ったのよね、兄様とサジェの仲を妬ましく。

















「ワルターさんもなかなかでしたよ」

「え?」

「僕よりも、ワルターさんの方が変わりましたね。まあ、絆とまではまだまだ遠いですが」

「そう」















そっけなく答えると、ジェイは無言でじっと見てきた。
不思議に思って見返すと、彼は少し目を細めて言う。















さんはもっと、ワルターさんの事が知りたいと思ったのですが」




















             *


















「何故?」














首を傾げて聞き返す彼女を見て僕はほっとする。
なぜならば、僕の思い過ごしだったかもしれないのだから。















「いえ、別に。

ところでさん」

「なに、ジェイ」

















彼女がきょとんとした隙を狙って、僕はその唇を奪った。










柔らかな温かさが伝わってくる。
そのみずみずしさに、僕のかさかさな唇が満たされるのがわかった。









さんが今起こっている状況を把握する前に、してしまいたい事を全部しなければならなかった。















これがきっと、最後のキスになる















僕は彼女が離れないようにその頭に手を回して押さえ込む。
さらりとした銀の糸に指を絡ませ、もう片方の手で肩を強く抱いた。














「…!」












僕の思った通り、さんがこの状況を把握するまでに少し時間がかかった。
少し抵抗したけれど、逃げるのは無理だと思ったのか、僕のされるがままになる。












まあ、計算ずくでしたけどね。












彼女が抵抗を諦めた瞬間、上唇と下唇の間に隙間が出来たので、そこからぬるりと舌を入れて彼女のモノを絡めとる。
そしてしばらく味わってからゆっくりと顔を離した。















「顔、赤いですよ?」

「ジェイは強引だわ」

「僕は、ですか。

それは光栄です。きっと、あなたを信じているからこういうことが出来るんです。

こうしても、あなたが僕を嫌うことがないって」

「…もう。あの時はもうしないって言っていたのに、嘘つきね」















さんは赤い両頬を押さえて抗議した。
でも、そんなのは効きません。















「あの時は、姿を消すつもりでしたから」

「ジェイ」

「でも、今は大丈夫です。姿を消すつもりはありませんしそれに、あなたがこんな近くにいるのに…」

「ジェイ!」

「……なんですか?」














怒ったように僕の名前を呼ぶあなたに、しぶしぶ答える。











一体何を言われるか……って、え!?









さんは何も言わずにずんずんと僕の顔に自分の顔を寄せる。
あまりにも近すぎて、不覚にもやられてる自分が赤くなってしまった。





近づいてくる顔が、あまりにもゆっくり過ぎて…心臓がバクバクと跳ねる。














さ……」












あともうちょっとで唇が当たる……というところで、さんはニッと笑った。














「え……?」














ちゅっ













































「……どういうことですか?」












あの緊張感はなんだったのか。顔が真っ赤になった。
あの場面で、あそこまでされたら普通は期待するでしょう?

でもさんは見事に裏切って、額にキスをしてくれた。















「ジェイは弟でもいいって言いましたよね?」

「言いましたけど……」

「あなたはあの時から私の弟です。弟とはおでこにチュッくらいが関の山だわ」

「!!!ちょっ……」















そう言われては黙ってられないと思い、背を向けたさんの方を掴もうとした時…















「ジェー坊…」















厄介な声が後ろから聞こえた。
振り向くと額に青筋浮かべたモーゼスさんと、その後ろには機嫌悪そうなセネルさん。



もしかしなくとも、見ていたとか?
















「モーゼスさん?セネルさん?」

「何やっとんじゃ!ワイも、にでこちゅーされたいわ!!!」














……よかったぁ。

もしあの濃厚なディープキスを見られていたら、さすがの僕も生きてはいられなかったでしょう。















「ジェイ、抜け駆けは許さないぞ?」

「セネルさん……。さんも何か否定してくださいよ…ね…!」














上手くさんに話を振ったつもりだったけれど、僕は見てしまったんだ。
困ったように目を逸らすさんを。




彼女が見ていたのは……

















「ジェイ、聞いてるのか?」

「ジェー坊!!!」

「聞いてますって!」
















僕は適当に二人をあしらいながら、さんが見ていた方を見た。
そこには、さんを一途に見つめるワルターさんがいた。
















「……弟にしかなれないのなら」

「なんかいったか、ジェー坊」

「いえ」















もし僕が、あなたの弟にしかなれないのなら、あなたの弟でいます。
それであなたの傍にいられるのなら、僕はそれでいい。














あなたからは大切なものを教えてもらったから。














『絆』

僕はこれだけは絶対に捨てません。















これ以上を望むのは、少し気が引けますからね。














でも願わくば……いつかは弟ではなく……


















夜風が僕を祝福するように舞う。
視界の角に、銀色の糸が流れていった。

















*****************

ジェイ編お疲れ様でした!

ジェイだったらキスしちゃいそうですよね。
そして自分勝手に離れていく、と(笑)
お相手が決まっているのでジェイとはくっつきませんが、ジェイもいいなぁ。
ディープキスはオマケです(笑


200/05/15






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