「何故、貴様がここにいる?」
今日のワルターは普段よりも一層、機嫌が悪かった。
彼は宿屋に居座っている一室の自分のベッドに、ドカリと座りこむ。
その反動で、綺麗に敷かれていた真っ白なシーツに皺が寄った。
「……」
その皺を見て、朝が敷いていた姿を思い出すと、罪悪感が浮かんだのか立ち上がってそれを伸ばす。
「相変わらず几帳面ですね。…不器用なくせに」
「貴様、俺に喧嘩を売りに来たのか?」
彼は(自分にとって)招かれざる客を睨むと、今度は皺が出来ないようにとゆっくりと座った。
「あなたに会いに来たわけじゃありませんから、安心して下さい」
「当たり前だ」
「わかってるなら、一々突っ掛かってこないで下さいよ」
勘忍袋の尾が切れそうになった時、タイミングよくが帰ってきた。
「ただいま、ワルター。あのね…」
は持っていた紙袋を持ち上げて、中にいたワルターに話し掛けようとした。
しかし部屋に別の者がいるのに気付く。
「あら、いらっしゃいジェイ」
「お邪魔してます」
はジェイににっこりと微笑むと、紙袋をテーブルに置いた。
「今日はどんな用?」
彼女はにこやかに何も気にすることなく言ったが、ワルターはもっと厳しくしてもいいと思った。
なぜならば、ここのところジェイは毎日来ているのだ。
「そんなこと決まってるでしょう。愛しの姉に会いに来たんです」
「冗談はだめよ、ジェイ」
ワルターからすれば、が言う様に冗談にしか聞こえない。
しかし少し前に二人には何かあったのだ。そのため、ジェイが言っていることは本気なのだと思う。
「本気です。僕はいつでもあなたに会いたいんですよ」
「それなら、私をここに帰さなければよかったでしょう?」
全くその通りだと思う。
いや、それ自体は嫌なのだが…、はジェイの家に当分住むという話だった。
しかしジェイが彼女を追い返したのだ。
「まあ、そうですけど。でもここに会いに来るほうが楽しいですから」
「でもねジェイ。申し訳ないのだけど、毎日はだめよ」
はきっぱりと言った。そしてワルターを見る。
「あなたにもわかるでしょう?ワルターの機嫌が悪くなるの」
「…」
ワルターは驚くとの顔を見る。すると彼女は、ウィンクを返してきた。
「ここは私達の共同生活の場所なの。リラックス出来る場所の一つなのよ。そこに毎日別の人が入って来たら、疲れてしまうわ」
「……そうですね。
わかりました。じゃあ、今日で終わりにします」
「ごめんなさいね。
じゃあ、お昼にしましょうか。さっきね、パン屋さんが一つおまけしてくれたのよ」
はパタパタと部屋を出て階段を降りていった。
「残念ですね。なんとかあなたを追い出してやろうと思ったのですが。
さんにああきっぱりと言われてしまいますと、どうしようもありませんからね」
「……」
ワルターはジロリとジェイを見た。
呆れたというか、なんと言うか。
そんなにに会いたいのならば、やはりここに帰るように言わなければよかったものを。
「冗談ですよ。悔しいですけど、僕はワルターさんに負けてますから」
「何がだ?」
「教えません。
まあ、安心して下さい。お昼を頂いたら帰りますから」
昼は食べていくのか、と半ばげんなりしたワルターは立ち上がる。
この時間にコップや皿の用意をしなければ、戻ってきたに何と言われることか。
ワルターは慣れた手つきで食事に必要なものを並べ始める。
「やっぱり几帳面ですね。不器用なくせに」
「二度も言うな。だいたい、俺のどこが不器用だと言うんだ?」
ムキになったワルターは、ジェイに聞き返した。
すると、彼は驚きに目を見開き笑い出した。
「本気で聞いてるんですか?
ワルターさんて、本気にヴァイシスさんの言う通りですよ」
「…あいつが、何を言った?」
「『放っておけない』と言ってましたよ」
「!」
ジェイの言葉にワルターは止まると、全く動かなくなった。
ジェイは訝しむと、ワルターの肩を叩く。
「大丈夫ですか?」
「……ああ」
「驚き過ぎですよ。
まあ、ヴァイシスさんも応援してるみたいですから、僕も応援してあげますよ」
ジェイは爽やか過ぎる程の笑顔を向けた。
しかしワルターは、これ程信用出来ない笑顔はないと思った。
「いただきます」
「召し上がれ」
ジェイは出された食事を当たり前の様に食べる。
元々会話の少ないとワルターと一緒の食事だ。ジェイも進んで会話しようとはしなかった。
彼はワルターよりも先に食べ終え、が食べているのを見つめた。
そして時々彼女の頬に何かついていると、「ついてますよ」と言って口を付けるのだ。
ワルターはそれを見て、何て大胆な奴だと思った。
前はそうでもなかったはずが、前回のことでへの態度をオープンにし始めた。
ワルターは、それは彼の気持ちが断たれたからだと考えていた。
の中での彼は、弟でしかなくなったのだ。
「さて、僕は帰りますね。
誰かさんが、そろそろ何も喋らなくなってしまうかも知れませんから」
がくすくすと笑った。その声だけで、場の空気が和む。
ジェイは微かに笑うと、ドアノブに手を掛けた。
「たまには来てね」
「そうします。では」
ジェイはドアを開けて出ると、ゆっくりと閉めた。
「大丈夫?ワルター。
慣れない人がいると疲れるでしょう」
「いや…。寧ろ慣れた隣の奴の方が疲れるな」
「ノーマの方が?それは知らなかったわ」
は緊張が解けたように柔らかな笑みを浮かべた。
彼女の方はきっと、自分とジェイの雰囲気に疲れを覚えたのだと思った。
「、これから…」
「ごめんなさい、ワルター。私、セネルに呼ばれてるの」
ワルターの眉間の皺が数本増えた。すると彼は呟く。
「セネル…?」
「ええ。夕飯までには帰るけれど、ワルターはどうするの?」
「…里に行く」
彼は不機嫌な態度でそう言うと、フイとから目を逸らした。
はそれに苦笑すると、とりあえず聞いてみる。
「ワルターも行く?」
「行かん」
ワルターはもっと不機嫌になると、を置いて部屋を出た。
はよく、からかい気味に聞いてくることがある。
嫌ではないが、答えがわかっているくせに聞いてくるのだ。
もしかしたら、ほんの一パーセントに賭けているだけなのかもしれない。
しかしからかいならば、一パーセントにも賭けては欲しくなかった。
それもセネルの家だ。
一体、何をしに行くつもりなのだろうか。
ワルターは苛々し、しかしが気になりつつテルクェスを出すと街から出た。
そしていつもより遥かに高速で飛び、水の民の里に着く。
里の中では、誰も歩いていないのをいいことに珍しく悪態をつきながら資料室に向かった。
乱暴にドアを開けると、たくさんの本を見上げる。
「また、見直しか」
ワルターは先日、ここにある資料を全て見終わったばかりだった。
しかしここからは『世界を見守る者』に関する文献は出てこなかった。
ほとんどが水の民に関することばかりで、陸の民の本は限られていたのだ。
「何日か遺跡船を離れて、変装でもして陸の民の図書館に潜りこむか…」
そうも思うが、なかなかそうはいかない。遺跡船から少しでも離れると、この船はどこかへ流れていってしまう。
少しの旅が、何十日の旅に成り兼ねないのだ。
「どうするか…。とにかく、もう一度…」
ワルターはぶつぶつと呟くと、床に座り込んである本を一冊ずつ丁寧にめくっていった。
マウリッツに見られていたとも知らずに。
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ワルター編の始まり☆
これはオリジナル話なので、
今までない話として楽しんで頂ければ幸いです!
ちらほら場面が変わるので、よく読んで下さいねっ!
2008/05/23
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