「……何故セネルなのだ」















今日絶対に終わる作業ではないとわかっていると、頭は全く関係ないことを考えてしまう。
それは人にとってはよくあることで、俺も例外ではない。
昔から言われ続けてきた言葉















『隊長だから』『ワルター』だから。














そんなのは言った者の思い込みでしかない。
俺は他の奴らとなんら変わったところなんてないのだ。と一緒にいると思い知らされる。
いや、だけではない。あいつら……セネル達全員といるとだ。




俺が変わったというならば、そういう点からだと思う。
全ては陸の民であるあいつらの所為なのだろう。




そのため、俺が本をめくりながらそう呟いてしまったのも仕方のないこと…だと思っている。
影響というものは何気ないところで受け、出てしまうのだ。




マズイと気付いて口に手を当てるも、この資料室に誰かいるということは滅多にない。
だから99%は大丈夫だろう。




しかしあの呟き、俺もセネルの事を考えるなど頭がどうにかなってしまったのだろう。
がセネルの家に行くなどと言うからだ。だから……
















「……」
















思ってみると、無性に腹が立ってきた。
その上、の横にいるセネルを思い浮かべると、腹が立ってきたどころではなくなってしまった。
本なんてもう、読む気もめくる気もしなくなってしまった。















今すぐ、どうにかしなければ…と思う。















「……ここの本は一度全部見た。しかし『世界を見守る者』についての詳しい事は、一冊も書かれていなかった」
















そうだ、丁寧に一冊ずつ読んでいったではないか。
そんなことも忘れてしまったのか、ワルター。
















「したがって、二回目を読む必要はない」
















俺はそう決め付けると、本を置いて立ち上がった。そして辺りを見回す。




考えてもみろ、ここの本は山のようだ。一回見て見つからなかったのだから、あのウィルとかいう博物学者の資料を見せてもらうか、ミュゼットとかいうレクサリアの王に頼んだ方がよぽど効率がいいではないか。
今日は帰ろう。行くのは癪だが、セネルの家にを迎えに行こう。




出した本を元の場所に戻し、はたと立ち止まる。


















俺は、を守りたい。あいつの支えになりたい。
だから、共に生きたい。
















我ながらおかしなことを考えるようになったと思う。
なぜならば、守らなければいけないメルネスにはそんなことは思わなかった。共に生きるのではなく、この命を失ってでも守らなければならない存在なのだ。


















しかしは……

















共に生きなければ自らを責め立てるだろう。



俺が悪くとも、が悪くとも。
そんな事は絶対にさせたくはない。だから俺は共に生きたいのだ。


















気付くと自分の頬が仄かに赤くなっていた。
それを手で押さえながら資料室を出ると、たくさんの書類を抱えたマウリッツに出くわした。


















「ワルター、ここで何をしている?」

「資料探しだ」

「何のだ?」

「貴様には関係ないことだ」


















俺は素っ気無く言うと、その場を後にした。



フェニモールが死んだ直後から、俺はあいつが苦手だった。あいつが正気に戻った後も、距離をとってしまう。
里の誰もが『長』としてあいつを敬う中、俺だけは近寄る事をしなかった。

もしかしたら、あいつがを苦手としているからかもしれない。
その延長線上で、逆に俺があいつから苦手とされているのかも知れなかった。

















「さて……」















日は落ちかけていたが、はまだセネルのところにいるだろう。
は何となく長居をするのが好きなのだ。それにセネルがこんな良い機会を逃すはずがない。
もし二人きりだとしたら、早く行かなければあいつの家を壊してしまう事になりかねないからな。





俺はテルクェスを出すと、ウェルテスに向かった。































































マウリッツは、夕空に飛び立つワルターの背中を静かに見送っていた。
彼は黒いテルクェスを見つめ、溜め息を吐く。















「行ったか……」















マウリッツは、ワルターもシャーリィも水の民の里に戻る気がないのを知っていた。
二人は何も言ってはこないが、マウリッツにはわかるのだ。
そして、何故戻ってこないのかも。
















「同族よりも……」
















愛する者を選ぶことが間違っているとは思わない。
彼はそのくらいはわかっていた。我らも陸の民も、同じように異性を愛し共に暮らす。
しかし何故、よりにもよって……




マウリッツには彼ら二人が求める者が何者かも手に取るようにわかった。
だからこそ、快く認めてやれないのだ。

















「しかし、シャーリィだけではなくワルターまでもが」

















シャーリィは数年セネルと暮らしていた。だから必然的に彼に恋をしてしまうのもおかしくはない。
なんていっても、彼女は若い。




しかしワルターはそうではない。
そのような気持ちを持たぬよう、行動に出ないように気をつけて訓練してきたはずだった。
メルネスのためだけの親衛隊長として生きるように、してきたはずだったのだが。


















「いや、ワルターはメルネスのために命を落とす覚悟までした。しかしそれを妨げたのは、あの娘だ」


















銀色の髪の、人間離れした美しさを持つ娘の。


















マウリッツは足早に家に入ると、円卓へ無造作に書類を広げた。
そしてそれを手に取ることなく自らの席へ腰を下ろす。



確かにあのような娘と共にいれば、情だけではなく心まで奪われるだろう。
それだけならばいいのだ。それだけならば……、何かにつけこんで心を取り戻させればいい。

しかしワルターの場合は、それだけではない。
あの娘も……
















マウリッツは何をやる訳ではなく席を立ち上がると、自室へと戻っていく。
戻った先でおもむろに書棚に手をやると、次々と本を手に取った。


















「まだ、気付いていない」

















間に合うはずだ。互いに気付く前にどうにかしなければ。

何冊か取った本の中には、一際目立つけばけばしい本があった。
彼はそのけばけばしい本に目をやると、驚いたように目を見開いた。そして慌てて捲る。


















「こ……これは!こんなものが……」

















彼が取ったのは陸の民の本だった。
マウリッツは急くように次々とページを捲り、書いてある文章を理解していく。




きっと、これが普通の人間なら一度では理解できないだろう。
何度も何度も読み返して繋げて……その作業を繰り返していけば理解出来るだろう代物。
しかし、今のマウリッツには理解出来ない文章はなかった。


















「これは、これでは……あんまりではないか!!!

『全ての運命を決める者selecter、それは神が定めた地に住まう者。世界を見守り、導く者。未知なる力を用い、全てを決定する』

だと!?」

















マウリッツは本を落とすと、頭を抱えた。
地に住まう者……これでは、この世界は陸の民の天下ではないか。我ら水の民に滅びよというのか!!!
その者を陸の民が崇め出したら……


















「陸の民の信仰は一つとなり、今ある全ての国と対立しなければなくなる」

















そのような事になれば、水の民は滅びるしかない。
しかし、その者とは……


















「まさか!!!」
















ワルターはずっと、資料室に入り浸って本を探していた。
もしやこの本を、探していたのだとしたならば……



















「あの娘か!」


















マウリッツは全てのカラクリが解けたような気がした。
・ボラドが不思議な雰囲気を纏い周囲を魅了することこも、メルネスでもないのに滄我と話を出来ることも。
全て神が選んだselecterだからなのだ。





そして、ワルターはどうにかしようと道を探している。
それならば……



















『どうにかしてやればいい』



















彼の周囲に黒い霧が現れた。
そして、彼の体を支えてやるようにシュヴァルツが現れたのだ。


















「どうにかしてやろうではないか」


















マウリッツはニヤリと笑った。

神に選ばれた者ならば、命を取ることは論外だ。運命を全うするまであの娘に死は訪れない。




















『そうだ。死なぬのならば、奪ってやればいい』


















シュヴァルツはマウリッツの頬を優しくなぞった。
そして彼の心を読む。



















それならば、大切な者を奪ってしまえばいい。




















『それでよい。仔の願い、我が聞き届けよう』





















シュヴァルツは満足そうに彼の元を消え去った。
マウリッツはそのような事も気付かずに、今だニヤリと笑っていた。




















「我らは海に帰る時が来た」




















そして、私も「長」を降りるときが来たのだ。






















「さて、里の皆を説得しなければならない。どう説明すべきか」




















マウリッツはひとりごちると自室を出た。


















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何か起こりそうな予感!!!
起こりますけどね(笑)
マウリッツが本を見つけたのは、シュヴァルツの陰謀です^^


2008/06/01



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