「お兄ちゃん、汚い」
「本当。汚すぎるわセネル」
とシャーリィはセネルの家のドアを開けて言った。
第一声がこれだ。セネルの家は相当汚い。
絨毯にはわけのわからないものが散乱し、台所には食器が溢れている。
階段には埃が積もり、窓は曇って外が見えなかった。
セネルはバツが悪そうに頭を掻くと部屋を見回した。
確かにそう言われる程汚い……と思う。
「しょうがないだろ。ジェイのことで立て込んでて掃除が出来る心境じゃなかったんだから」
「言い訳ね」
「!」
突っ込むに苦笑すると、セネルは彼女とシャーリィに布キレを渡した。
そして口に巻くように言う。
「埃が入って具合が悪くなったら困るからな」
「お兄ちゃんたら……」
シャーリィが呆れ顔で兄を見つめる。
セネルは申し訳なさそうに背を向けると、自分も口に布を巻き、腕まくりをした。
とシャーリィはセネルから頼まれて彼の家の掃除をする事になっていた。
来てみたはいいが、いざ掃除しようと思うとあの部屋はかなり汚くて掃除のしがいがありすぎだ。
彼女達はセネルそっちのけでどこから手をつけるか話し合うと、は一階シャーリィは二階と別々の担当を持って掃除し始める。
そしてセネルはというと……
「セネル、これちょっとどかして」
「おう」
「お兄ちゃん、ちょっと肩車して!」
「肩車っ!?……わかった」
「セネル!」
「はいはい…」
「お兄ちゃん!」
「はいはいはい…」
終始このようにこきつかわれ(元々彼の部屋の掃除なのだが)一階と二階を行ったり来たり。
彼の腹が空腹で鳴り止まなくなるまで続いた。
「さて、休憩にしようかしら」
がそう言った時、丁度ドアが叩かれてノーマとジェイが入ってきた。
三人はきょとんと二人の顔を見つめる。
「何しに来たんだ?」
セネルがそう言うと、ノーマはヘラヘラと笑う。
ジェイはジェイでくすりと笑うと、部屋を見渡した。
「結構きれいになりましたね」
「当たり前だよ。私とさんが必死に掃除してるんだから」
「その通りですね。それにしても、ちょっと前までは本当に汚くて…」
「ちょっとはお前のせいでもあるんだぞ、ジェイ」
「わかってますよ。だからこうして見に来たんじゃないですか」
「見に来ただけかよ…」
仲よさそうにやり取りする二人を見て、は優しく微笑んだ。
そしてマスクとエプロンを取ると、台所に入る。
「今ちょうど休憩にしようと思っていたの。二人も何か食べていくといいわ」
「やった〜それを狙ってたんだよね〜」
「だろうと思った」
「なんだとーセネセネのくせに〜!」
とシャーリィが当然のようにキッチンへ入り、セネルは全員が座るように床を片付ける。
ジェイとノーマは彼らが言ったように、見ているだけだった。
「久々のさんの手作りは美味しかったです」
「私も手伝ったけど?」
「ああ、シャーリィさんのお手伝いもよかったと思いますよ」
「うわージェージェー黒い〜」
このようなやり取りが行われながら、時間は早々の過ぎていく。
とシャーリィの料理がなくなり彼女達が皿を片付け始めると、ノーマはおもむろに立ち上がった。
「もしかして、帰るつもりか?」
セネルは同じ様に立ち上がるとノーマの腕を掴む。
するとノーマは言葉に詰まったような表情でセネルを見た。
「もしかしなくても、図星だな」
「や、やだな〜セネセネ〜。あたしがそんな事するわけ…」
「するわけありませんよね。
食材費はセネルさん、手間を掛けて作ったのはさんとシャーリィさん。僕たちはその分、働かないと」
ジェイの爽やかな微笑みとセネルの少し暴力的な強引さに圧倒され、ノーマは仕方なく頷く。
もっと早く帰ればよかったと思いながらだが。
「あ、皆さん。さんが食器を片付けてくれるそうなので、私達は他の掃除をしましょう」
キッチンからひょっこり顔を出してシャーリィが言う。
「ああ」
「はい」
「は〜い」
そして四人で集まると、掃除の分担をし出した。
「そ〜いえばジェージェー、ロンロンに会ったの?」
はたきを振り回しながら、ノーマが聞いた。
ジェイは振り向くと、持っていた荷物を床に下ろす。
「いえ、お師匠様には会っていません。たぶん、大陸に帰ったと思います」
「そっか〜。ロンロン、ちゃんを諦めたか〜」
「……やっぱり、お師匠様の狙いはさんでしたか」
ジェイは顎に手を当てて考え込む。
ノーマはそれを見て首を傾げると、「あ」と言った。
「そっか、ジェージェーとリッちゃんは知らなかったんだ」
「はい。でも傷だらけのさん一人があそこにいたのはおかしいと思ってました」
「うんうん」
「だから、途中からシャーリィさんはオトリだって事に気付きましたよ。
でも、遅かったですけどね。さんはあんなに傷ついた後で、シャーリィさんも僕はさらってしまってた。
それに…」
ジェイは小さく息を吐くと、ぎゅっと目を瞑った。
「僕はその時から……弟だ」
「ジェージェー…
それは違うよ。ちゃんはずっと、ジェージェーのことは弟だったと思う」
ノーマは慰める様に言ったが、ジェイには全くそう聞こえなかった。
寧ろ、痛いところを突かれた気がする。
「酷いことを言いますね」
「あ、ごめ〜ん。でも今のちゃんにとっては、みんな弟と妹なんだよ。
だって…大人過ぎるもん」
ノーマはくしゃりと顔を歪ませた。
彼女がこんな表情を見せることは殆どないので、逆にジェイは驚いてしまった。
彼らしくなくどうしようとオロオロしてしまう。
「ちゃんは、女の子の時間がどんどん短くなってく。
大人になってく。急ぐように、全てを隠し通してしたたかに生きてく大人に…」
「ノーマさん…」
ジェイはノーマの肩に手を掛けるしか出来なかった。
ノーマは顔を歪ませたまま、唇を噛み締める。
「あたしは、そんなちゃんも心配だけど……
ワルちんとセネセネも心配なんだ」
「ワルターさんとセネルさん?」
ノーマの意外な言葉に、ジェイは息を飲んだ。
その二人は自分よりもずっとと近く、彼女を好いている。
「ジェージェーは見てないけど、ちゃんがロンロンに連れていかれた後のあの二人は大変だったんだよ。ワルちんはウィルっちが羽交い締めにして、セネセネは自分を傷つけるなってクーが説得してた。
もし、ちゃんがいなくなったりしたら、どうなる?あの二人もおかしくなっちゃうよ!」
ジェイは俯くノーマに何を声掛ければいいか悩んだ。しかしあることに気付く。
「ノーマさんの言い方は、さんがいなくなるのを前提にしていますよ?
さんがいなくなることなんてありえません。絶対にさせません。
僕たちがさせないんじゃないんですか?」
「あ…」
「ノーマさんらしくないですよ?
僕たち全員で、さんを守り、この…居心地がいい場所を守るんでしょう?」
ジェイはまっすぐとノーマを見つめた。その瞳には一点の曇りもなく、清々しいものだった。
ノーマはいつも通りの表情に戻ると、元気よく頷き笑う。
「あたし、何考えてたんだろ。
そだね!ジェージェーの言う通りだ!」
「さ、早く片しますよ」
「おっしゃー、やるぞ〜!」
ジェイは彼女のガッツポーズを見て笑みを漏らした。
しかしすぐに表情を曇らせると、荷物を持ち上げて考え込む。
ノーマさんをこんなに不安がらせるものがどこかにあるんだ。
…それは黒い霧だろうけど。
一体、僕たちはどうあがけばさんを救えるんだろうか。
彼は一心に考えながら部屋を出る。
「あら、ジェイ」
「さん…」
部屋を出ると、は庭の草むしりをしていた。
そんなことまでしなくていいだろうに、一生懸命むしっている。
「どうしたの、そんな小難しい表情をして」
「あなたのことを考えていたんですよ」
「もう、冗談ばかり」
冗談なもんか!
半ばムスりとしながらジェイは頭の中で悪態をついた。しかしはクスと笑いジェイに近づく。
そして彼の額に、軽いキスを落とした。
「お兄ちゃん」
ベッドの周囲を片付けていたセネルに、シャーリィは声を掛けた。四つん這いになっていた彼は、ふと後ろを向く。
「聞いて、いい?」
「なんだ?」
いつものシャーリィのような、違うような…。
何故か不思議に感じたが、セネルは特に聞くこともなく彼女に返事をした。
「ソロンさんの狙いがさんだったって本当?」
「ああ、さっきのジェイとノーマの話を聞いてたのか。
そうだ。俺達の目をシャーリィに向けさせて、本当はを手に入れるつもりだったんだ」
「そう、なんだ…」
シャーリィは一歩下がると、セネルの顔を恐る恐る見上げた。
「お兄ちゃんはさんがさらわれた時、その…」
ボソボソと言って聞こえないシャーリィの声。
しかしセネルはそっけなく言う。
「が怪我をしててさ、俺、悔しかった。
本当はを狙って見抜けなかったことを。そして、シャーリィをオトリに…」
したことも腹立たしくて、悔しくて。
そこまで言う前に、シャーリィは背を向けて階段を下りて行ってしまった。
「シャーリィ!」
呼び掛けるにも、彼女が振り向くことはない。セネルは不思議に思いつつ、元の作業に戻っていった。
この事が後に大きな出来事に繋がるとも知らずに。
ワルターは出るに出られず、家の影に隠れていた。
目の前で行われているその事に頭がついていかず、ただ見つめるばかりだったのだ。
里から戻りセネルの家の前まで来ると、確かにはそこにいた。
しかし、ジェイの額にキスしているのだ。
「っっ…」
ワルターは身を引くと、一気に家の隅に駆け込んだ。
驚きに目を点にしているジェイを見て、あれはきっとからしていると気付く。
すると、一層胸が苦しくなり、出ていくことができない。
しばらく口づけていた額からそれを離すと、はジェイに笑いかけた。
ジェイはふと笑みを零すと、顔を赤くしてそれはもう嬉しそうに笑った。
「……」
一体、何が起こっているのかわからなかった。
今日、宿の部屋で俺のためにあいつを追っ払ってくれたはどこへいってしまったんだろう、とか。
本当は俺を追い出したかったんじゃないかとか。本当は弟とか言いながら、あいつの家に行きたかったんじゃないかとか……
醜い考えが頭の中を支配していく。
ギリリと歯を噛み締めて、嬉しそうに笑うあの男を睨みつける。
俺はどうかしてしまったのだ。こんな感情……これではまるで…
ワルターは力強く自らの胸を鷲掴むと、一気に息を吐いた。
そして方を大きく震わせて深呼吸する。
そんなことはない、そんなことは。
自分に言い聞かせ、とジェイから目を逸らす。
もう、見たくない。
そう思って背を向けた時、とジェイが驚いた声を出す。
「うわっ」
「きゃあ」
もう見たくないと思ったにも関わらず、の悲鳴に反応してしまう自分。
でも振り向かずにはいられなかった。
「!」
二人が声を上げた原因はシャーリィだった。
彼女は家から飛び出してくると、二人にぶつかって出て行ってしまった。
「シャーリィ…?」
は呆けて彼女見送ると、ハッと気付いて家に入っていく。
「セネル!セネル!!」
そしてセネルを呼んだ。
ワルターは一刻も早くここから居なくなりたいと思い、駆けていくシャーリィを追った。
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視点が多すぎ!(笑)
読みにくくて申し訳ないですな。
ちょっとずつドロドロに…とりあえず、
『セネルは罪な男』ですね。
2008/06/09
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