微風に靡くつやつやした金色の髪と、そこから垣間見える沈んだ海に心打たれ、思わず声を掛けてしまう。
ただの同情のはずだ。
きっと、自分の心境と似ていて同じものを持って惹かれたから。
「メルネス…」
ワルターはセネルの家から少し離れたところをとぼとぼと歩いていたシャーリィに声を掛けた。
シャーリィはゆっくりと振り向き、彼の顔を見て微笑む。
「ワルターさん。どうしたんですか?」
「いや…セネルの家から慌てて出てきただろう?だから気になって…」
さっきの雰囲気とは違うと思った。
シャーリィはまるで、思い詰めているものをひたすら隠すように笑う。
「あ、ワルターさん。さんを迎えに来たんでしょう?」
「……」
話題を変えたいだろう彼女の言った言葉は、図星過ぎて何も返すことが出来なかった。
言葉に詰まっていると、シャーリィはくすくす笑い出す。
「ワルターさんて可愛いですね。いいなぁ、そんな一途で。
私もワルターさんに一途に思われてみたい…」
「な…」
何を言われたのかと思った。
驚きに顔が赤くなる。それがとても恥ずかしく、ワルターは顔を逸らした。
思わずな発言をしたシャーリィも同じだった。
自分の言葉に真っ赤になり、口をぱくぱくさせている。
「……さんは羨ましいです。ワルターさんはカッコイイし、強いし……一途だし」
ボソボソと言う彼女を見て、違うだろう?と聞き返したかった。
シャーリィが好きなのはセネルだ。本当は奴に思って欲しいだろうに。
「メルネス…」
「あ、ごめんなさい!」
「いや。何か悩みがあるならば、俺でよければ聞くが…」
見下ろした彼女の唇が、噛み締められるのがわかった。
何かに耐えるように、手も強く握られる。
耐えていたものが、脆く崩れさる瞬間。
「………私って、なんだろうって思う」
「……」
シャーリィの言葉は、話すというよりも呟きに近かった。
ワルターは無言でそれを受け止めてやる。
「お兄ちゃんにとって、私はなんなんだろうって…」
シャーリィは俯いたまま涙を流す。
震える肩が小さいと思った。
これが、水の民を背負おうとしたメルネスなのか。
…ただの、少女じゃないか。
彼女は次々に流れる涙を何度も拭い、涙を止めるのに必死だった。
ワルターは何か助けが出来ないかと思い、シャーリィの背に手を当てる。
「ワルター…さん…?」
「泣けばいい」
骨張った大きな手でシャーリィの小さな肩から背を撫でる。
ゆっくりと、彼女の息継ぎに合わせて。
メルネスは、ただの少女だ。
セネルに恋をする、普通の少女なんだ。
ワルターは自分の中にシャーリィに対する新たな気持ちが芽生えるのがわかった。
メルネスではなく、シャーリィという少女に対するこの気持ち。
これは、きっとセネルと同じなのだろうと思う。
「私、みんなのところへ戻ります」
「そうか」
気分が落ち着いたのか、シャーリィは深呼吸すると言った。
ワルターは目を細めて彼女を見ると、その落ち着きにほっとする。
「ワルターさんも、さんを迎えに行きますよね」
「……ああ」
即答出来なかったのは、自分の中に少し後ろめたい気持ちがあったからだ。
しかしよく考えてみると、全く後ろめたいことはない。
寧ろ、の行動の方が不可解だ。ジェイの額にキスをするなど……。
しかし、そう思ってしまう俺が勝手なんだろう。
そんな事を思うこと自体、自分勝手なんだと思う。
は自分も含め、は誰も選んではいないのだから。
「帰りましょう……あ」
シャーリィの視線の先を見ると、が立っていた。
彼女は息を切らせて、肩を上下させている。
「シャーリィ!」
は全速力で走って来ると、シャーリィを強く抱きしめた。
シャーリィは目を丸くして、彼女を見上げる。
「心配したわ!セネルが何か言ったんでしょう!」
はシャーリィを心配して探し回っていたようだ。
そして、シャーリィがいなくなったのはセネルのせいに違いないと決め付けているのだった。
シャーリィはワルターと目を合わせると、クスクス笑う。
「あら、ワルター…シャーリィと一緒にいたの?」
はきっと、シャーリィの事しか頭になかったのだろう。
自分の存在に今気付いたようだ。
「大丈夫だよ、さん。
あ、ワルターさんはさんを迎えに来たんだって!」
「なっ!」
気持ちをひた隠しするシャーリィの笑みにワルターは気がついた。
しかしそれどころではない発言をされてしまう。
「私を迎えに?じゃあ、一度セネルの家に行って、すぐに帰宅しましょう」
「…ああ、わかった」
すぐに帰宅する、という言葉が嬉しかった。
やはり、自分の事を考えてくれていると思えてしまう。
俺は、なんてゲンキンなんだろうか。
「よかったですね!
さんを、大事にしてあげてください」
シャーリィはに聞こえないようにボソボソと囁いた。
ワルターは目を細めると、シャーリィの頭に手を乗せる。
「あまり、思い詰めるな」
彼の言葉に、シャーリィはまた涙腺が緩みそうになったようだった。
彼女は今までと少し異なるワルターの態度に、嬉しそうに笑った。
翌日、いつもと同じ一日が過ぎていった。
進んでしていた資料探しを諦めたワルターは、特にすることもなく部屋の中で縫い物をするを見ていた。
同じ行動を幾度となく繰り返して、新なものが出来上がっていく。
その過程が把握出来る程、ワルターはずっとを見つめていた。
「今日はどこにも行かないの?」
「……ああ」
「そうなの」
何を聞くわけでもなく、はポツリとそう言って縫い物を続けた。
その縫い物があと数針で服に仕上がるという時、彼女は突然作業を止めてそれを机に置くと背伸びした。
「う〜んっ!」
背伸びをすると着ている服が上にずれ、いつも見えないところまで太腿があらわになる。
「△●×□★!!!」
ワルターは目を見開いてそれをしっかり見た後、慌てて逸らした。
「どうしたの?」
「い、いや…」
不思議そうに見つめるの視線をかわしながら、今更一緒に住んでいるということを考える。
これはまさか、すごいことなのか?
こうやって、共に無言で居ても自然なのは、滅多にあることではないだろう。
それに協調性がない自分は、他の誰といても一日も一緒にいられまい。
ワルターはを見つめた。
は本当に、すごい女なんだな。
そして感心する。
「さっきから、私を見てばかりよ」
「……すまない」
「普通はこんなに見られて気にしない人はいないわ。
こうやってずっと見つめられるのを気にしなくするためには、たくさんの努力が必要なのよ?」
「努力?」
「そう、努力。
何があっても動じてはいけないの。それが王族なのよ」
「……」
言われて思い出したが、はクルザンドの王女なのだ。
よく考えれば、こんな宿屋で自分と一緒に暮らしているような身分ではない。
「でも、ワルターの場合は自然過ぎて気にならないのよね」
にこりと微笑むを見て、心が温まる。
ワルターはベッドから立ち上がると、彼女の前に行き再びじっと見つめた。
「なに…?」
の顔が少し赤くなる。
照れているようだ。
ワルターはその頬に手を当て、愛しむように優しく撫でる。
「ワッ…ワルターっ…」
困ったように赤くなるを見て、自分の無意識な行動に驚く。
しかしここで引くのもなんなので(誰も見ていないし)、そのまま彼女の背まで腕を伸ばし抱きしめた。
「ん…」
強く抱きしめると、可愛い呻きが聞こえてドキリとする。
自分の顔も赤くなり、一体何をしてるんだと自問自答したくなる。
「ワルター…あ、私…」
が何か言おうとしているので腕を緩める。
そして彼女の顔を見た。
「!」
は真っ赤な顔で瞳を潤ませていた。
ワルターは理性が吹っ飛びそうなのを必死に抑え、の言葉を待った。
「わ、私、お昼の支度を……」
「…」
彼女の言葉にガッカリしたが、ほっとした部分もあった。
今、まさに自分は何かやらかそうとしていたのだ。このままの生活が崩れ去るかもしれない何かを。
それが良い意味ならばいいが、もし悪い意味ならば…取り返しがつかなかったかもしれない。
「いや、昼の支度は俺がする。お前はその服を仕上げればいい」
ワルターは何もなかったように装うと、テーブルに放り出された縫い物を見た。
はこくこくと頷くと、再び椅子に腰を下ろす。
はぼーっとしたまま、何回か指に針を刺して痛がっていた。
そして縫い終わると昼食の支度をするワルターを見つめている。
確かに、見つめられるのは非常に辛いものだと思う。
ひとつひとつの動作も、全て気にかけないといけないかと思うと、昼食の支度も骨が折れる作業になった。
数日後、出来上がった服を着たが、ワルターに見せようと自ら着てくるくると回った。
出来上がった服を着るのが余程嬉しいのか、うきうきと調子に乗ってぐるぐる回っている。
「あんまり回り過ぎると目を回すぞ?」
「ええ、だいじょう…ぶっ…!」
言った側からは、バランスを崩してベッドに足をぶつけるとワルターの体に倒れこんだ。
ワルターは軽々と抱き、すぐに立たせてやる。
しかしの頭は、未だぐるぐるしているようだった。
「言わんことはないな」
「ごめんなさい」
「大丈夫か?」
「ええ…」
は左右に頭を振ると、頭の違和感を振り払った。
そしてワルターの顔を見上げ、くすりと笑う。
「やっぱり、ワルターは男の人だわね」
「…一体、今まで何だと思っていたんだ?」
「一緒に生きる大切な人よ」
「……」
ワルターは嬉しいような悲しいような複雑な気持ちに駆られた。
男と見られていない大切な者というところか…
「うふふ、ごめんなさい」
「すまないと思ってないだろう」
「そんなことないわよ」
笑うに呆れながら、ワルターは彼女の手作りの服に手を伸ばした。
は少し驚くと笑うのをやめる。そして彼の行動を見守った。
ワルターは服を掴み、スカートをひらりと横に広げる。
「いつもの服よりは丈が長く、何かと安心出来る」彼はこう思いながら服を眺めていた。
「いいんじゃないか」
ワルターはこう言った。
は最初、彼の珍しいその言葉が頭の中でエコーしてしまい理解出来なかったが、次第に頭に溶け込んでくると嬉しくなったようだ。
顔を蒸気させて思い切り笑顔になると、ワルターに抱き着いた。
「ありがとう、ワルター!」
「いや…」
そんな言葉でこんなに喜ぶものだろうかと思う。
しかし現には大喜びし、自分に抱き着いてきている。
彼は自分の心の奥底が温まるのを感じた。
その上で、肌から伝わってくるの温かみに愛しさを感じる。
ワルターはゆっくり彼女の体に腕を回すと、優しく抱きしめた。
きっと無意識だったのだろう。の首筋にも微かにキスを落とした。
トントン
そんなさなか、誰かが部屋のドアを規則正しく叩いた。
ワルターとはお互いを見つめると、顔を赤くしてパッと離れる。
が急いでドアを開けた。
「どなた……あら」
「こんにちは」
「…今日は槍が降るのか?」
「失礼ですね!
私だって、こんな陸の民の集まってるところに来るのは嫌なんです!長に伝言を頼まれなきゃ来ません」
部屋に来たのはテューラだった。
テューラはワルターの物言いに腹を立てると、一気にまくし立てる。
「ごめんなさいね、テューラ」
「……あなただけに伝えます。だから、他の人達に伝えてもらえます?」
苦笑しながら謝るに、テューラは言い放った。
自らの役割に相当不満を持っていたのか、に負担させようという魂胆だ。
「貴様、甘えすぎだぞ」
「フン」
「ふふ、いいわよ。で、何を伝えるの?」
ツンツンと犬猿の仲のようになるワルターとテューラを可笑しく思いながら、は優しく聞いた。
すると少しは機嫌がよくなったのか、テューラは真っ直ぐ見てくれた。
「翌々日に里でお祭りをするそうなので、是非皆さんにも参加して欲しいとのことでした」
「わかったわ。みんなで行きますって伝えて」
「わかりました。では、他の人にもお願いします」
テューラはそう言うと、ドアをパタンと閉めて帰っていった。
ワルターは呆れ顔でドアを見つめている。
は無言で出掛ける支度をすると、ワルターに声を掛けた。
「行きましょう」
「俺も行くのか?」
「ええ。
だって、今日は最初からウィルの家に行くつもりだったの。言わなかったけれど」
「…ああ、わかった」
何か集まりがあるのだろうと思う。
結局、テューラの伝言を伝えるのは一回で済みそうだ。
しかし、マウリッツは一体何を考えているのだろうか。
里で祭など、柄でもない…。
ワルターは不信感を募らせながら、の後をついていった。
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ワルターと少しずつラブラブに(笑)
そして、そのワルターもたくさん成長して欲しいですね!
物語はどんどん進んでいきます☆
2008/06/12
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