思ってたよりも遅くなってしまったと、とセネルは急ぎ足になった。
遅くまで小川のほとりで語り合っていたのだ、月も傾く頃だろう。
祭の最中に二人して誰にも告げず抜け出して、戻ったのがこんな時間だ。きっと心配しているかもしれない。


そう思って客間のドアを開けると、薄暗い照明に照らされたクロエとノーマの顔が見えた。
その他の仲間は寝入ってしまったらしい。















「おかえり〜、二人とも」

「遅い!こんな時間まで何をしていたんだ!」













ニヤニヤと含み笑いを見せるノーマとは打って変わって、クロエは眉尻を上げて明らかに怒っていた。
はセネルと顔を見合わせて苦笑すると、二人のもとまで歩いていく。














「ごめんなさい、クロエ」
「すまないな、クロエ」















二人は同時にクロエへ謝った。
するとクロエはばつが悪そうな表情になってノーマの背中を押す。















「ノーマも珍しく一緒に待っていたんだ」

「ちょっとクー、珍しくってなによ。一言多いじゃんか〜」

「本当のことだ」

「なんだと〜!」















クロエとノーマのやり取りを見て、は高らかに笑った。
すると、後ろでウィルがごろりと寝返りを打つ。














「あっ」














が笑いを止めてウィルのベッドを見た。
しかし彼は特に起きたわけでもなく、「ハリエット、それは…」などと寝言を言っている。
それに四人でくすくす笑うと、再びお互いを見合った。
















「何故、こんなに遅くなったんだ?」














クロエはまた渋い顔を作った。しかし、隣のノーマはやはりニヤニヤ顔だ。
はセネルをチラリと見て彼が頷くのを確認すると、二人に向かって満面の笑みを向けた。














「おっ、その満面の笑みはなに!?こっちもなんかスゴイ展開あったのに〜」

「凄い展開?」














ノーマの話に興味を示して、の笑みは消えた。
しかしクロエはノーマを制するとをじっと見つめる。















「その話はあとだ。まずはとクーリッジの遅くなった理由を聞こうじゃないか」















その物言いは、理由を言うまで逃さないぞという強いものだった。
こうなったクロエは、彼女が納得するような話をしなければ寝かせてくれないだろう。
はそう思うと、祭を抜け出した理由からひとつひとつ話し出した。



それは、今日の朝。



























































「今日も良い天気になりそうね」















は陽が昇る少し前にベッドから起き出した。
まだ横ですやすや眠るワルターをそのまま、自分はいつもの服に着替えて部屋を出る。
朝早いため、まだカウンターに宿主も居なかったが、ドアはちゃんと開いていた。
昨日のうちに言っておいたのだ。朝早く出掛ける予定があるから開けておいて欲しいと。
















「っさむ…」
















宿から出た途端、冷たい空気にさらされて思わず、両手で二の腕を覆った。
そして鳥肌のたった肌を擦りながら歩き出す。




昼間は暖かい気候だからと油断してはいけない。
遺跡船は常に世界中を駆け巡り、前の日がとんでもなく暑かったとしても次の日は極寒になっていることもあるのだ。
今日は極寒とまではいかないが、宿屋の庭の草にちらほら露が見えた。




摩った肌が暖まると、は腕を振って歩き出した。
今から自分がしようとしていることを考えると、我ながら名案だと嬉しくならざるを得ない。
自然と早足になり、背中に羽が生えたようにスキップをする。
そのまま、どこかへと飛んでいきそうだった。
















「おはようございます」
















ドアベルがカランカランと鳴って、店員にが来たことを知らせる。
しかし誰も出てこない。
まさかまだ寝ているのではないかと思い、は店の奥まで入っていく。
すると、店主が釜の前でパンに卵を塗りたくっていた。

















「おはようございます」

「おや、ちゃんこんなに早くどうしたんだい?」

「パンの注文に来たんです」

「注文に?それはそれは……で、どんな注文かな?」


















店主は卵を塗ったパンを釜に突っ込むと、思い切り戸を閉めた。

















「はい。パンを50個くらいお願いできますか?」

「50個!?そんなに食べるのかい?」

















の言葉に驚いた店主は、パニック状態になってしまったのかありえない質問をしてきた。
自分が50個も食べるように見えるのだろうか思いながら、にこやかに返答する。
















「今日、水の民の里で開かれるお祭に呼ばれたんです。だからお礼をしたくて」

「ああ、そのお礼にパンをあげるんだね」

「はい。お願いできますか」

「ああ、わかった。頑張るよ。いつ頃取りに来るかな」

「夕方頃伺います」

「待ってるよ」

















店主は快くの注文を受けると、大急ぎで小麦の元へ走っていった。
途中で、寝ぼけている店員を揺り起こしている。



これならなら大丈夫だろう。
はそう思うと店を出た。そして散歩がてら遠回りをして宿屋に帰った。















部屋に入ると、まだワルターは起きていなかった。それにまだまだ時間があるので二度寝を決め込むことにする。
そして次に目を覚ました時には、いつの間にか起きたワルターが朝食の準備をしていた。




手作りの服に着替え、ワルターに褒められてにこにこしながら着いた水の民の里。
キラキラと光る水に囲まれて、羨ましいくらい美しい場所だ。
そしてどんな楽しさが待っているか期待するお祭。胸が躍ってしまう。




クルザンドのお祭を思い出す。
水を讃えて、雨乞いを目的としたものだったが、が見たそれは、そんな意味を含んでいるとは思えないようなはっちゃけたものだった。
手に手を取り合い踊り出す。若者達は男女で手を取り、そしてそのまま静かな場所へ語らいに移動していく。
恋の始まりといえるお祭だった。

はいつも兄達に囲まれて、お祭では恋などとは無縁だったが、それでも楽しかった記憶しかない。
今回のものは国を挙げての行事ではないので大々的ではないだろうが、『お祭』という言葉が彼女の心を盛り上げていた。
























































「あっ……」












日も沈み、家庭ではそろそろ夕飯時の頃になって、は思い出した。
水の民のみんなのために、パン屋にパンを頼んでいた事を。
















「ど…どうしよう…」














まさか完全に忘れてしまうなんて思っていなかったので、ここで思い出せたのは奇跡に感じた。
いやいや、そんなことを考えている場合ではない。取りに行かなければ…
しかしパン50個などいくらなんでも自分ひとりでは持ってこれる自信はない。それならば、誰かに頼まなければ。




ワルターは論外だ。
プレゼントすべき水の民であるし、何故か今日は主役急に色々な取り巻きに囲まれていた。


ジェイかモーゼス…と思って彼らの方を見たが、モーゼスの酒癖のせいでジェイもなんだか変な風になっている。
あれではどちらか連れて行っても反対に荷物になってしまいそうだ。


ウィルと思ってみるが、彼は既に手酌で出来上がっている。下手に話しかけたら絡まれてしまいそうだ。
















それならば……














「セネル」

「ん、何だ?」

「ちょっと、ウェルテスまで付き合ってもらってもいいかしら?」

「ウェルテスに?わかった」














彼は誰に囲まれるわけでもなく周囲を見回してその盛り上がりの雰囲気を楽しんでいるだけのようだった。
ワルターと同じように主役級に取り巻きに囲まれているシャーリィを見つめ、兄としての顔で微笑んでいたのだ。

二人はすぐ帰ってこれるだろうとふんで、既に頼りがいのなくなっている仲間達に何も告げずに里を出た。
















「ところで何しに帰るんだ?」

「えっとね……」






   ………






「……そんなことを?らしいな」

「取りに行くのを忘れてたってところが?」

「そうじゃないって」
















二人は笑いながらダクトに乗り、ウェルテスに降り立った。
そして仲良くお喋りをしながらパン屋へ向かう。セネルは文句一つ言わずに着いてきてくれ、そしてこうやって楽しく話してくれる。
とても頼りがいのある存在だと思った。

















ちゃん、来ないかと思ったよ〜!」
















パン屋に着くと、店主が泣きそうな顔で待っていた。
きっと閉店して結構経つのだろう。店員は既にいない。















「ごめんなさい、実は忘れてて……」

「忘れて…!」














主人はかわいそうなくらいしょんぼりすると、力なく肩を落とした。
は大変申し訳なく思ったのか、何度も深くお詫びを言う。
















「もういいよ、ちゃん。さあ、注文もらったパンを彼氏と持っていきな」

「はい!」

「彼氏……」
















微妙なところでぴくりとしたセネルをよそに、は嬉しそうにパンを抱えた。
彼女の頭の中には、何はともあれパン屋の主人が許してくれたことが嬉しかったのだろう。
二人は50個ものパンを両手に抱え、パン屋を後にした。


















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文章が説明的だ……!(つまらないかも…)
とりあえずこういう前提でこういうことしてました話です^^
セネルはホント、頼りがいのある男ですな♪


2008/08/11





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