「パン50個って、意外に重いのな」
「本当。セネルが手伝ってくれて助ったわ」
申し訳なさそうに、しかし嬉しそうに微笑むを見て、セネルは内心喜びで満ちた。
彼女を見て顔が緩む。
目を細めて緩やかに微笑みを讃える自分が想像出来て、少し気持ち悪かった。
「明日の朝は食べ切れないってほどのパンを出されるかもしれないわね」
「え?」
「少し多すぎたってこと。適当に50個って言ったけれど、私達も2個くらい食べないとなくならないわ」
くすくす笑うに優しい視線を投げ掛けて自分も笑う。
確かにそうだ。そのくらいの数になるだろう。
「もう星が出てるわ。こんな時間。急ぎましょう、セネル」
「ああ、わかった」
彼らは急ぎ足で里に向かう。
途中、ダクトでパンがはみ出してしまう事件が起こったが、何とか袋ごと頭上に乗せてことなきを得た。
息を上げながら到着してみると、先程まで賑やかだった里はひっそりと沈みかえっていた。
祭は、終わってしまったようだった。
「間に合わなかったな」
セネルが慰めるようにの肩を叩く。
すると彼女は小さく頷いた。表情が見えないが落ち込んでいるように見える。
セネルは慌てて彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
「忘れてた私が悪かったのだもの。大丈夫よ、セネル」
「そっか。じゃあ、このパンはマウリッツさんに渡してこよう」
セネルは我ながら良い案を思い付いたと思った。
祭が終わってしまったならば、里を仕切ってるマウリッツに報告すれば良いのだ。
それだけで水の民全員に行き渡るだろう。
「そうね。さすがだわ、セネル」
マウリッツは感謝の意を二人に表してくれた。
パンは明朝食すことにすると宣言され、はとても満足そうだった。
二人は祭に間に合わなかったことと多すぎるパンの数に謝罪しながら、館を後にした。
「喜んでもらえてよかったな」
「ええ。喜んでもらえると、こっちも嬉しくなるわ」
にこにこと笑顔を振り撒く彼女を見て、このまま部屋に帰るのはもったいない……と、セネルの頭の中に言葉が過ぎる。
いつも仲間がいて二人きりになることは少ない。寧ろ二人きりなんて夢のまた夢なのではないかと思ってしまう。
幸い星は綺麗だし…、たまには誘っても…いいか。
「」
「なに?セネル」
セネルは恐る恐る人差し指を上げ、空を指した。
「星が綺麗だから、散歩なんてどうかな?」
は目を見開いて少し驚いた表情になったが、すぐに口元を緩めて首を左に傾げた。
「いいわ」
そして頷く。
セネルは心踊る気持ちで彼女の手を取ると、里を出て周りを囲む小川に沿って歩く。
ふと気付くと、は自分に手を引かれながら、空を見上げていた。
「本当、星がきれいね」
は星に「きれいね」と話し掛けているようだった。
そんな彼女は、他の女の子とは違い…個性的ではある。
けれども、彼女には彼女の魅力があって、自分はその虜にされてしまったのだ。
セネルは思った。
しかしその考え方はに対して失礼だ。彼女は魅力なくとも、その人間性で人を惹きつけるだろう。
「星の美しさに気付けるセネルは、素晴らしいわ」
は突然、そのような発言をした。セネルはびっくりして彼女を見る。
すると、は聖母のように自分を見守っていた。
彼はその視線に顔を赤くすると、何も言わずにの手を引いた。
「ここに座ろうか」
「そうね」
小川の横の少し開けたところを見つけ、セネルは座るように促す。
はそれに倣って腰を下ろしたが、何故か肩が触れ合うように近かった。
ドキッ
セネルの心臓が跳ねた。
肩がぶつかったのだ。が気にしていない中、彼は唇を噛み締める。
これは少し拷問だ。
「水もきれいね」
自分がそんないかがわしいようなことを考えていても、は小川の美しさを語ろうとしている。
に対しての自分の頭の中は、申し訳ないくらいよろしくなかった。
せめて二人きりでいる間は彼女と同じ話題をと思い、セネルは小川を見つめる。
サラサラと流れる水に、空にちりばめられた星たちが反射している。
水の煌めきだけではなく、星の煌めきも入り交じった小川は、天を流れるという川(名前は忘れてしまったが)の繋がりだと思えた。
このようなものを求めた時期があった。セネルはある時代を思い出した。
そうだ、クルザンドの…
「ああ。そうか、もクルザンド出身だから水が好きかもな」
「それは言えてる。水は貴重だったもの。雨が降ると、皆喜んで仕事そっちのけで祝杯をあげる国だったわ」
「そうそう。盛り上がってた」
「でも、一歩あの国を出ると…、水は豊富なものだって知ったのよ。本の知識ではなく、実際に体験したの」
「、一歩じゃない。俺達は、クルザンドからこんなにも遠くにいるんだ」
「そうね…」
「…クルザンド……クルザンド…」
途端、セネルは何かを思い出しそうな気がした。
クルザンドのことだ。何か大切な…と繋がる何かを。
「セネル?」
「あ、そうだった!!!」
セネルは急にの両肩を掴んだ。そして彼女に向けてにんまりと笑う。
よかった、やっと言える。
「俺さ、ずっとに話そうと思ってた事があるんだ。」
「え?何かしら…」
「、絶対驚くよ」
「う〜ん、気になるわね…」
小首を傾げ、瞳をまっすぐ向けてくる。
セネルはごくりと喉を鳴らすと、噛み締めるようにゆっくりと喋り出した。
「実はさ……クルザンドで俺、を助けたんだ。それで仲良くなって文字とか教えてもらってた」
「………えっ…」
キョトンとしたの顔が見る見るうちに驚きの顔に変わっていく。
しかし完全には思い出せないようだ。
「覚えてない?」
もどかしい。そう思いながら、セネルは切なく彼女を見つめる。
すると、の胸がドキンとなったのが聞こえた。
「わ…え…え…えぇーっ!!!」
「あ、思い出しただろ?」
は勢いよく首を縦に振った。
口元は両手で隠され、瞳は零れそうなくらい見開いている。
「そう、『セネル』だわ。そう!」
彼女はそう言うと、口元を覆っていた手をセネルの背中に回した。
そしてその大きくなった体をその身で感じるようにきゅっと抱きしめる。
「こんなに大きくなっちゃって…、あの時は私と全然変わらなかったのに」
「やっぱり、だった…」
自分の胸に体を預けるように抱きしめてくれているを、セネルは優しく抱きしめ返す。
の記憶は鮮明に甦ったようだった。
「ああ、私…なんで忘れていたのかしら…。私、私、セネルに謝りたい事だらけだわ…」
「いいよ、いいって。
また、会えただろ?だからいいんだ…」
「だめよ…」
消え入りそうな声を不思議に思い、セネルは身を捩っての顔を覗く。
すると、その紫色の瞳から大粒の涙がほろほろと零れ落ちていた。
「!」
「あっ……ごめんなさい。色々思い出しちゃって……あの時は、楽しかったわね」
「ああ、そうだった」
「……でも、私がクルザンドの悪事にセネルを巻き込んだのね」
の表情がさっと曇った。その顎に手を掛け、上を向かせても目を逸らされてしまう。
不安に駆られ、セネルは眉間に皺を寄せて唇を噛み締める。
の言っていることは一概にも間違いではない。に出会わなかったら、ヴァーツラフの企みに足を踏み入れることはなかったのだ。
しかし、それがあったからこそ
「に出会ったから、俺はここにいるんだ。だからみんなとも会えた。仲間に出会えたんだ」
「セネル……」
「も、俺達に出会えてよかっただろ?まさか、良くなかったなんて言わないよな?」
は首を縦に振ってその手に力を込めた。
少し痛いと思ったが、セネルは何も言わなかった。それが彼女の思いだと思ったから。
受け止めたかったから。
「私、セネルに会えてよかった……。
ありがとう、セネル」
「……」
セネルは優しく、そして愛情たっぷりに彼女の体を抱きしめた。
その温もりを逃さぬように、強く。
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本当はヒロイン視点で書くつもりだったのに、
どうしてもセネル視点が離れなくてこんなことに。
いつもみんなの思いが色んなところからはみ出して
読みにくくて申し訳ないです…!!!
2008/09/03
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