さわさわ…

















さわさわ…





















流れ行く雲を見つめ、ふと視線を下ろすと緑の葉が風に揺れて光を踊らせる。
自然の美しさに感嘆しながら、ワルターは里の見回りをしていた。














あの婚約の日から幾日経っただろうか。
あまりにも毎日が同じで、日の感覚も薄れてしまうくらいだ。



は元気だろうか。セネルとは、うまくやっているだろうか。















「俺は一体、何をしているんだ」














何が大切かと問われたらと答えられたはずなのに、今は水の民が大切なのか。
もうそばを離れないと誓いながら、いつだって手を離してしまうのは俺だ。



今回だって、セネルとは何もないかもしれん……
















「いや」















違う。
あの夜の二人は何か、入れない雰囲気を持っていた。
お互いを認め、求め合う何かを纏っていた。



だからこそ、メルネスも俺もマウリッツの考えを受け入れたのだ。

















はきっとセネルとなら…」
















胸に強い痛みを感じ、思わず目を細めて歯を食いしばる。
ワルターは、自分の痛みに気付きながらも気付かないふりをしようとしていた。

















「おい、隊長」

「なんだ?」















ふいに呼ばれて振り向くと、そこには十代に入ったばかりのあどけない少年が立っていた。
しかし彼の髪の毛は水の民特有の金髪ではなく、全て刈り上げて坊主になっている。とても珍しいことだ。
彼は生意気そうにワルターを見上げてツンとした表情をしていた。


















「里のみんなはどうしちゃったんだよ。まともなのは俺と隊長、あと時々メルネス様も普通みたいだけど…」

「なんだと、お前…わかるのか?」

「わかるって、明らかに変だろ。隊長の目は節穴か。

……それに、陸の民も来なくなったしな」

「そうだな……。貴様の感覚はいい。名前を教えろ」
















ワルターは上から目線で言い放つと、少年を見据える。
少年は全く動じることなくニヤリと笑うと、ワルターを見上げる。
















「ユリウスだ」
















ワルターは彼の物言いを聞いて幼いころの自分を思い出した。
少なからずとも、自分に似ているのかもしれない。
















「貴様みたいなガキが、本当の事を一番感じ取っているのかもしれん…」















自分の呟きに首を傾げるユリウスを見てワルターは微かに笑った。
それは久しく出していない表情だったため、自然に出てしまったことを自ら驚く。
















「もう行け」

「なんだよ!」















ばつが悪くなって追い払ってしまい、少し後悔した。
せっかくの水の民を変えることが出来るかも知れない逸材を追いやってしまったのだ。
















俺は感情表現も苦手で、うまく人を使うことも出来ない。
一人でいることは出来るが…、本当に隊長など向いているのだろうか…。

俺は……















「あっ、姉ちゃん!」

「!」















ユリウスの嬉しそうな声がして振り向くと、そこには銀髪を風にたなびかせた美しい少女が立っていた。
だ。

彼女はユリウスに優しく微笑みかけ、ふとこちらを向いて笑った。
ああ、癒される。ワルターにとってそう思える瞬間だった。
















「ワルター、元気?」

「……ああ」

姉ちゃん、どうしたの?隊長に会いに来たの?」















ユリウスの話し方が先ほどと大違いだっため、ワルターは思わず彼を睨んでしまった。
しかしそれが堪えるわけでもなく、気にせずにに纏わりついている。




まあ、相手に話し方が変わるなどわからなくもないが…。
















「ユリウスったら、やっとワルターに話しかけたの?」

「なんだ?」















はくすくすと笑いながらユリウスの頭を撫でた。
言葉の内容が気になって問い返すと、ユリウスがこれでもかという程に睨んでくる。




一体、なんだ?

















「それがね、ユリウスったらワルターの…」

「だめ〜〜〜〜〜っ!!!」















ガンッッ!!!!!














脛を強打され、ワルターは思わず屈みこむ。
普段だったらこんなことはありえないのだが、今日は完全に油断した。



そう、ユリウスはワルターの脛を思いっきり蹴っ飛ばして逃げていったのだ。


















「っ……、何故俺が…」

「あらあら、大丈夫?」

「ああ。で、あいつが聞かれたくなかったことは何なんだ?」

















少々機嫌が悪くなり、通常より目線を鋭くしたワルターを見てはくすくすと笑う。
そうだ。はいつも笑っている。楽しそうに、嬉しそうに。










まだ、俺の前で見せてくれるんだな。俺はお前を置いていったのに。

















「ユリウスはね、ワルターの大ファンなのよ」

「は?」

「さっきのは照れ隠しなの。フフ」

「照れ隠しで脛を蹴られたらたまらん」















フウと溜め息を吐いて再びを見る。
そういえば、何のために里に来たのだろうか。それも見るところ一人だ。















、また一人で行動してるのか」

「あ、いいえ。セネルを誘ったのだけれど…」

「あいつ、放棄したのか!?」















苛立ちが隠せなかった。
何のためにセネルと一緒に住まわせてると思ってるんだ。の気持ちのためだけじゃない。
自身を守って欲しいからだというのに!!!
















「ち、違うわ。ダクトまで送ってくれたの。でも里には来たくないみたいで…」

「……そう、だったのか」















一気に熱が冷め、そう答えるのがやっとだった。
セネルが里に来たくない?俺に会いたくないのか、メルネスに会いたくないのか。




それとも……











はっとしてを見る。
にこにこと微笑んでいる姿が懐かしく、それに胸が掴まれる思いだ。




そうか、セネルは……
















、里に何をしに来た?」















セネルの気持ちに気付いた途端、心を引き裂かれる思いで冷たい言葉が出た。
低い、感情のこもらない平坦な声だ。
はびくりと反応すると、手に持っていた紙袋を出してきた。















「マフィンなの。シャーリィと食べて」

「……ああ」

「ユ、ユリウスとでもいいわ」















怯えのこもった声に息苦しさを感じる。
どうしてこんなことしか出来ないのだろうか。俺は本当に最低なのかもしれない。
しかし、これは俺にとってもメルネスにとっても、にとってもセネルにとっても必要不可欠なことなんだ。
だから…




ワルターは受け取った紙袋を徐に持ち上げ、を見下ろす。















「……もう、こんなことはするな」

「あっ……」















眉間に皺を寄せ泣きそうな表情に見えたが、瞬きした瞬間にの口元には笑みが浮かんでいた。
それに目を見張ると、己の愚かさに安堵が指した。
悲しそうな表情は幻だ。本当は、俺が見せて欲しかっただけなのだ。
















「ごめんなさい。そうね、今度からはシャーリィに作ってもらうべきだわね。他の女性からお菓子をもらうなんてよくないわ」

「……」

「私、帰るわね」

「ああ」
















くるりと背を向けて歩き出すの背を見て、追いかけたいという気持ちがこみ上げてきた。
ここでそのまま行かせたら、本当の別れになってしまうのではないだろうか。




手を離したのは自分だ。しかし離れていったのはの方じゃないのか?
俺ではなく、先にセネルを選んだ。追いかける必要はない。
しかし…













ワルターはの腕を掴むと、グイと引っ張った。

















「ダクトまで送る」

「でも」

「いくぞ」
















強く引っ張っていく。
この手を引くのは最後になるかも知れない。
セネルに引き渡したのだから。



他の水の民に見られたからといって構うものか。
これが俺の本当の気持ちだった。今日で全て封印する。
















はセネルと共に生きていく。俺はメルネスと共に水の民を守る。
彼女の笑顔も泣き顔も全て、最初から俺のものではなかったんだ。




























「安心しろ、セネル。俺はとは何もない」






























は、のための道をいく。
そして俺は…ワルター・デルクェスは、俺の選んだ道を行くだけだ。






















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気持ちが交差してどろどろしていきます…。
ちょっとワルターが潔さげ(笑)
でもよく読むと、自分が悪かったりのせいにしてたり。
本当は混乱してます。


2008/10/08









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